第330話 一緒に逃げたい
20:22
学園祭は何事も無く無事に終わり、後片付けを済ませて周りを見ると、既に美羽の姿は無かった。
カズから連絡が来て行っちまったのかな?
「憲明」
「ん? どした? イリス」
「……美羽姉ならさっき行った」
「そっか、んじゃアイツから連絡が来たんだな」
後片付けも終わり、皆で打ち上げしようかなって考えていると。
「なぁ憲明」
「どうしたんだよイリス? カズが来てから様子が何時もと違うじゃねえか」
変におとなしいし、何時もと違って元気がまったく無い。
もしかして昼間の。
「気にしすぎだって、未来なんて不確定要素だろ? 水晶で見た光景なんてんなもん、俺がブッ壊してやるよ」
明るく言ったつもりだったんだ。
だけど。
「んじゃなんでそんな怖い顔してんだよ」
……俺は気づかないまま、あの光景に恐怖を植え付けられていた。
自覚は無かった。でも確かにあの時のとんでもない恐怖がトラウマになっちまっていた。
「あれ? おかしいな……、なんで、俺、こんなに震えてんだ?」
「憲明やっぱやめよう! どう考えてもあの人には勝てない! 無茶だよ!」
でも、俺は約束したんだ。
だからって逃げられる訳ねえだろ。
「あの人には絶対、誰だろうと勝てない。文字通り神を食い殺す事が出来る唯一無二の存在なんだぞ?」
「んなこと、……分かってる」
「だったら!」
イリスの心配は痛いくらい分かる。
だけど、約束したのにそれを破っちゃ友達って言えねぇ。
「んじゃお前は誰かに任せようって言うのか? そんなの無責任だろ」
「でも!」
「俺の代わりに苦しませるなんて、んなことできっかよ。アイツは、俺が止めなきゃなんねえんだ」
「……前にも言ったけどさ、あの人が完全復活すれば、どんなに抗っても全部無意味に終わるんだぞ? 生きた終焉に、どう勝てる算段があるって言うんだ?」
「勝てる算段なんざ、最初っからねえよ」
そう、んなもんねえんだ。
アイツのステータスはあって無いのと同じで、正面から殺りあえば確実に死ぬ。
どんな小細工も無理。
だけど俺は真正面からアイツと戦わなきゃいけないって思ってる。
「イリス、逃げたきゃお前だけでも逃げろ」
「は? 何、言い出すんだよ……。俺にお前だけ残して逃げるような女になれって言うのかよ?!」
そう言って怒っても震える体は正直だし、今にも泣きそうな顔をしている。
イリスは知っている。いや、知っていた。
カズがどんだけの化物なのかを。
ゲームに出てくるラスボスや裏ボスですら泣いて逃げたくなるような、存在するだけで世界に終焉を与える最強最悪な存在だって。
だからイリスは俺を心配してくれてるのが分かるし、心から嬉しい。
だからこそ、それもあるからこそ、俺は俺の友達を、イリスの兄貴でもあるカズと向かい合わなきゃならねえって思ってるし救わなきゃならねえんだ。
それが出来るのは、俺だけしかいねえって思うから。
「お前の気持ち、スゲー嬉しいよ。嬉しいからこそ俺はアイツから逃げたくない」
「馬鹿だよお前は、大馬鹿ヤローだよ」
「でもそんな俺が好きだろ?」
「馬鹿、馬鹿は嫌いだ!」
ちょっとからかうと直ぐふてくされる。
けどそんなイリスが可愛い。
「俺、……もうちょっと」
「どうした?」
「……もうちょっと、女らしくなって、お前にふさわしくなれるように、……頑張る」
え? 急にどしたわけ?
「これからは"俺"って言わず、その、わ、"私"って言えるようにする」
「どうしたんだよ急に?」
「そしたらさ! もっと俺っ! じゃなかった、私の頼みを聞いてくれるだろ?! 聞いて、くれる、よねっ?!」
え? なんだろ……、凄く可愛いんだが?
「今は違うけど、兄様が美羽姉を守り、美羽姉は兄様を守るって誓いを立てたように、俺、じゃなかった、私達も立てよ?」
ほんと、なんだか言い方を変えただけで何倍も可愛く思えるな。
「んじゃ、俺はイリスを守る剣になるよ」
「わ、私はおま、……憲明を守る銃になる」
あ~ダメだ! 可愛すぎて抱き締めたい!
「えへへっ、なんか、言うと恥ずかしいな」
もう無理、早く一緒に帰りたい。
「憲明が俺、私の剣で、私は憲明の銃か。……んへへっ、恥ずかしいけどなんか嬉しいな」
はにかんだ笑顔が可愛すぎて死ぬ。
「……だけど、いざって時は頭の片隅に逃げる事を置いといて……、ほしい」
「わかった」
「えっ、えへへっ、……ん~、もっと、可愛くなれたらその頼み、聞いてくれる、かな?」
俺はそこで我慢の限界を迎え、イリスを強く抱き締めた。
「ちょ?! どうしたんだよ憲明?! 嬉しいけどさ!」
「駄目、もう無理、マジで無理、可愛すぎて早く帰りたい。いやむしろもう帰ろう」
「まっ、まてって! 嬉しいけど打ち上げは?!」
「もうそんなのどうでも良い」
「……ったく、じゃなかった、……もう。……逆に寝かせないからな?」
「あ? そりゃこっちのセリフだ」
そうやってお互い見つめあっていると。
「お前ら他所でやれ他所で、人目も憚らずにイチャイチャすんじゃねえよボケ」
「「そうだそうだ!」」
「「……ゴメン」」
一樹に怒られると他の連中からは「そうだそうだ!」って言われてしまい、俺達はなんだか急に、さっきと違ってかなり恥ずかしくなった。
「の……、憲明がいけないんだぞ?」
「はぁア? なんでだよ? お前が可愛いからだろ?」
「いやいやいや、お前が格好いいからだろ?」
「「……あ?」」
「イチャつきながら喧嘩すんなっつーの! どっちもどっちだよアホが!」
「……悪い」
「……ゴメンなさい」
「ほら! 終わったんだからそろそろ行こーぜ!」
「「はーい!」」
そのまま一樹が指揮り、俺達は学園祭の打ち上げをしに場所を移す。
「「かんぱーい!」」
その場所は夜城邸の大水槽前ホール。
ーー 夜城邸 ーー
食い物は自分達で用意し、場所だけ借してくれるからそこにした。
ましてやカズについて話さなきゃならねえ事もあるからだ。
22:00
「さて、そろそろ話すか?」
「そうだな」
夜の22時。
俺はクラスメイト達に改めてカズの話をした。
全員カズがどれだけむちゃくちゃな存在なのか既に知っている。だけど、それでも俺達だけしか知らない情報を伝え、どれだけ無謀なクエストをアイツは言ったのかを知ってもらう。
「ハッキリ言って生き残る確率はゼロ。ありとあらゆる攻撃手段も無い。アイツが次に目を覚ましたら別次元の存在になっちまう、それでもお前ら、俺達と一緒に挑む勇気はあんのか? 正直俺達ですら勝てる保証なんて皆無なんだぜ? あるとすりゃんなもん奇跡ってレベルだ、その奇跡も何百万回どころか何億に一回あるか無いかの化け物って言うのも可愛く思えるくらいヤバい。それでも良いのか?」
「憲明の話はなにも誇張して言ってんじゃねえからな? イリスにも聞いてみ? あの馬鹿はそれだけヤバいって解るからよ」
俺に続いて一樹がそう伝えると、皆の視線がイリスに集中する。
「兄様が得意としている攻撃は"核擊魔法"。ピンポン玉ぐらいの大きさでも想像を絶する規模の破壊力を秘め、同時に百個でも千個でも作り出して攻撃してくる。例えるとするなら、たった1つで東京ドーム位の範囲を消し飛ばせるな。その中でも最悪なのが兄様にとって切り札になる"月の雫"がマジでヤバい」
「確かアイツの話だと、今は変異して"黒月の涙"って名前になってるらしい。それ、お前は何か知ってるか?」
「……アレは本気の本気でマジでヤバすぎる。兄様の血の記憶だと一度だけ撃った事があるみたいだ」
「どうヤバいか言えるか?」
「……それで星1つを消滅させた」
……それはヤバい。
「それにあの人の戦闘力は測定する方が馬鹿げてる。……無限なんだよ、あの人の能力は」




