第329話 最後の曲
「カズ、人が集まってきたわよ?」
先生?!
「なんだ、来てたんですか?」
「カズに一緒に来ないかって誘われてね」
……なんか、気まずい。
美羽と先生はこの間"オルカルミアル"戦の時に戦ったってのもあるから、なんだか気まずい雰囲気が流れ、お互い睨み合う形で顔を合わせた。
「傷はもう平気なんですか?」
「私を誰だと思ってるのかしら?」
美羽とそんなやり取りをする先生は黒い軍服姿じゃなく、黒いコートを上に羽織ったスーツ姿をしている。
だけどこの人はカズやゼストと違い、仮面を着けていない。
「帰るわよ?」
「待ってくれ、もう少しここにいても良いだろ?」
「駄目よ、ただでさえまだ不安定な状態だと言うのに、これ以上時間を無駄にしたら、アナタだって分かってるでしょ?」
「0時までには帰る」
「ゼスト、その子を引きずってでも良いから帰るわよ?」
うわぁ、流石カズのお袋さんだなぁ。
でもゼストや他の連中は、先生がカズの母親だって事、ちゃんと知ってるのか? 骸は肯定も否定もしなかったし、ダゴンって奴も結局何も言わないで帰っていったし。
「待てくれお袋」
カズの言葉から「お袋」って出た瞬間。
俺達全員は悟った。
カズは先生が、実の母親だって事を知ったんだって。
いやもしかしたら、カズの事だからとっくの昔に気づいていたけどそれを、ようやく認めたのかもしんねえ。
「頼むよ、お袋」
「……ほんと、こんな時だけズルいんだから」
けどその顔はまんざらでもなさそうに嬉しそうだ。
「良いわ、少しだけ付き合ってあげる」
「ってことで美羽」
「ん?」
「よければもう一曲歌わねえか?」
「うん」
"Prominence Love"を俺達は間近で聴けた、それだけで他の連中からしたら羨ましがられる話になる。
けどここは学園都市。
しかも今はちょうど学園祭をしてる最中だ。
当然俺達以外の人達が美羽やイリスの歌を聞く為に集まる。
「ほんと、随分と人を集めちまったな」
「下手すりゃエルピスが来るんじゃねえのか?」
「アイツのことだからきっと来るだろうな。んじゃ、さくっと歌うとしようぜ」
そして次に歌ったのは、それもまた初めて聴く曲。
美羽とイリスが歌い、カズもピアノを弾きながら所々を歌う。そしてゼストがチェロを弾き、先生はヴァイオリンを手にして弾いた。
その曲はこれまで聴いた美羽の曲の中でも、ダントツに泣ける曲だ。
好きだとか愛してる、そんなフレーズは一切入っていない。だけど、聴いたら解る……。
その歌詞や楽譜を、いつの間に作ってたのか知らねえけど、……ゆったりと、だけど強烈で。これまで以上に感動すら覚える曲に俺達は泣いた。
この曲は反則だ。
「よく見つけられたな」
「カズの事だからもしかしたら隠してるんじゃないかと思って探して見つけたの。それからはイリスにも渡して練習してたし」
「それなのによく合わせられたな。今のは俺にとって最後になるかもしれない曲だ、題名もまだ無い。だからそれはお前ら2人で考えてくれ。後は楽譜だな、それも俺の部屋に隠してあるから後で探せ、既に見つけてるなら良いんだけど。さて、迷惑かける前に俺達はそろそろ行くとするよ」
「ねぇ、今夜の約束は?」
行こうとするカズに美羽が袖をつまんで止めると。
「待ってろ、こっちから連絡する」
「……うん」
美羽の後頭部に軽く手を当て、耳元でそれを伝える姿に俺は、カズらしいなって思う。
「あっ、行く前に1つ、お前ら全員に俺から依頼をしたい」
依頼?
「チーム"夜空"のメンバー全員は勿論。Aクラス全員にもだ。それを受ける受けないは自由。受けるならそれは死ぬまで、又は誰かが達成するその時まで終わらない。その依頼ってのはこうだ。俺を殺しに来い。クエスト、【終焉を告げる常闇の歌】。クエストを見事クリアしてみろ。報酬は莫大な富と名声、俺に叶えられる願いなら1つだけ叶えてやる。分かってると思うがどのクエストよりも達成するのは難しいものとなる」
【終焉を告げる常闇の歌】
それがどれだけ難しいのかなんて誰だって分かる。
恐らく、いやきっと、史上最難関のクエストだ。
「クククッ、世界を救う勇者になりたきゃ来い。開始の合図はその時がくりゃ分かる筈だ。まぁ、来なくてもその時が来れば全員、ただ蹂躙されて死ぬがな」
「ははっ、まったくテメェはお優しいよカズ。勿論俺達チーム"夜空"は行くに決まってんだろボケ。いいか? 勝つのは俺達だ。勝ってテメェを取り戻す。俺達の願いはそれだけだアホが」
「クククッ、クカカッ、分かってるさ。だったら抗え。抗って本当の俺を取り戻してみろ憲明。その時は全力で相手をしてやる」
「当たり前だろうが、じゃなきゃ面白くねえよ」
「クカカッ、んじゃな。せいぜい今以上は強くなれ」
「おいカズ」
「あ?」
「【終焉を告げる常闇の歌】を受ける為の証か何かねえのかよ?」
そう伝えると、カズはそれもそうだなと言った感じで悩み。
「ゼスト、後で用意する物をここへ届けてくれ」
「かしこまりました」
「てな訳で後でその証となる物を届けさせる。いいか? それを受け取った奴は誰だろうとその運命から逃げられないからな? 覚悟がある奴だけ受け取れ。んじゃな」
そうしてカズ達は黒い霧みたいになってその場から完全にいなくなった。
だけどここで1つ問題だ。
「んで? お前ら店は?」
「「あっ」」
いや来てくれたのはありがたいよ? ありがたいけどさ、店をそのまま無人にして来るのってそりゃ、ちと問題じゃね?
ってな訳で急いで店に戻ると。
「おう憲明、若は元気そうだったかよ?」
「え? あっ、はい。もしかして……、代わりに?」
「皆していっちまうからよぅ、誰かが残らなきゃヤベーだろ」
「あはは、……すんません」
戻るとそこには、エプロン姿の柴田さんと鳳仙さんの2人が切り盛りしていてくれていた。
ほんと、申し訳ねえっす。
「で? 久し振りの若はどうだったよ?」
「うん、元気でしたよ」
「そっか……、若にはダリアの事は?」
「すんません、言えなかったっす」
「だろうな。……ありゃ若達がダリアをやったんじゃねえからな」
ダリアの遺体を調べて解ったのは、それをカズ達が殺したって訳じゃない事ともう1つ。
純粋に武器によって死んだって事だ。
先ず喉に空いた穴は銃痕だって事。そして両足の切断は見事って言える程の切断面なんだけど、僅かに焼き切った形跡があったらしい。
つまりその事から推測されたのは、遠距離から狙撃で首を撃たれ、鋭利な物か超強力なレーザーメスで切断されたって事なんだけど、それだったら直ぐ近くにいないときっと難しいだろうって話だ。
だけどその時、親父さんは誰も見ていないまま目の前でダリアを殺られた。
悔しかっただろうな、ほんと、マジで。
「それで柴田さん、ダリアの遺体、アメリカが持っていきましたけどその理由って解りました?」
「解らんな。まっ、おおかたあちらさんは絶滅した生物を良い機会だから解剖して調べたりしてんだろ」
「なんだかそれって許せねえっす」
「同感だ、ましてやダリアはあのヴェロキラプトル達の中でもひときわ人懐っこかったんだ。そんなダリアを、なんでまたアメリカなんかに」
もうその話はよそう。ダリアは死んだけど、まだアリス達がいる。ましてや俺にはノワールがいるんだ。
でももし、ノワールが死んだら……、例え誰だろうと渡さねえ。




