第327話 ピアノの旋律
「大丈夫か?」
「……悪い、迷惑かけちまって」
「気にすんな、あんなの、誰にも予想出来ねえよ」
「……うん」
"占いの館"で倒れた連中を保健室に運ぶ為に、俺は一機やレイナ達を呼んで頼んで俺は俺でイリスを中庭に運んで寝かせていた。
正直俺もその場で倒れそうになったけど、俺まで倒れたら誰かが来るまでそのままになってただろうし、必死にどうにか意識を耐えるしか無かった。
「水飲むか?」
「……いらない」
流石のイリスでも耐えられない圧力に、俺はよく耐えられたなって自分を褒めてやりたい。
「イリスの調子はどう?」
「美羽……、見ての通り絶賛ダウン中だ」
ダウンしたイリスを心配して見に来てくれた美羽は、その手に水を用意してくれていた。
「飲める?」
「……悪い美羽姉、ちょっと今は無理……」
「そう……みたいだね、んじゃ取りあえず飲みたくなったら飲めるように、ノリちゃんに渡しておくね」
「……うん」
「んじゃノリちゃん」
「ん、ありがとな」
美羽から水を受け取り、それを芝生の上に置いた時。
俺と美羽の2人はある違和感を感じた。
「おい美羽……」
「……わかってる」
空は快晴、時間は昼過ぎ。
どこかで喧嘩や争い事も特に無し。
けど空気が一瞬で変わった。
他の連中には感じ取れてないのが不思議な程の圧迫感。
「これって……、いやでも、……アイツはまだ寝てる筈だよな」
「だよね……。じゃ、この圧迫感は……、何?」
俺達が感じている圧迫感は独特で、それはカズから漂ってくる気配とも言える感覚に近い。
「……おい美羽、これってやっぱり」
「たぶん……、そう」
でもカズにしてはどこか不安定って思える。
するとそこで、急にピアノの音が聞こえ始めた。
「この音色は……」
「……! "遺作"?!」
"遺作"?
ピアノの曲がその"遺作"だって言った途端。美羽は、慌てた様子で音楽室へ向けて走り出した。
まさか! 本当にアイツなのか?!
「悪いイリス! ここにいてくれ!」
「まって! 俺も! 俺も行く!」
「……無茶だけはすんなよ?」
「わかってる」
それから俺はイリスと一緒に、美羽を追いかけて音楽室に走った。
途中、美羽が言っていた曲、"遺作"って曲が終わり。今度は俺でも知ってる"月光"が弾かれ始めて、もしかしたらやっぱりアイツなんじゃって、不安と期待が入り交じった感情になって急ぐ。
「憲明!」
「お前も気づいたのか一樹!」
「気づかねえ筈ねえだろ! これ絶対アイツだろ!」
「たぶんそうだ! 今、美羽が先に行ってる!」
「おいおい! 大丈夫なのかそれ?! アイツを1人でいかせて会った瞬間に喧嘩売ったらどうすんだよ?! ましてや本当にアイツなのかすら解らねえのに!」
一樹もカズだって思ってるけど、本当にカズなのか解ってない。
でも、流れてくる曲をカズはよく弾いていたし弾きかたの癖、圧迫感もカズに似ている。それだけで断定するのはまだ早いけど、他に考えられない。
「! 美羽!」
四階まで階段を上がって行くと、直ぐの所に顔をうつむかせて立っている美羽がいた。
「どうしたんだよ?!」
「ゴメン、ちょっと、怖くなって……。だからノリちゃんが来るの待ってた……」
「……そうか。んじゃ、一緒に入るか」
「……うん」
音楽室は直ぐ目の前。
俺は美羽の後ろに立ち、美羽が扉を開けて中に入ると。
! やっぱお前だったか。
黒い仮面で顔を隠しちゃいるが、紛れもなくそこにいるのはカズだ。
しかも窓の方にはゼストまで仮面を着け、腕を組んで静かに聞いている。
……ここで騒いだら問題になるな。
そう思って俺は静かに歩き、カズが弾いているピアノ前にある椅子に座る。
美羽は涙ぐみながら泣きそうになるのをこらえるために上を向き、鼻をすすって我慢しつつカズの近くで立った。
久しぶりに聞くカズのピアノ。それに久しぶりに見るカズになんだか俺も泣きそうだ。
そんな俺は黙って目を瞑り、カズの演奏が終わるその時まで聞き入っていると、カズの演奏が遂に終わる。そこで目を開けると、いつの間にか他の皆まで音楽室に集結し、クラスの連中まで静かに来ていた。
まっ、全員どこか怖い顔をしてるけどそりゃ当然だよな。
「……久しぶりだなお前ら」
「……おぅ、骸の話だと来年の春に起きる予定じゃなかったのかよ?」
「クククッ、色々(いろいろ)としなきゃならねえ事があったもんだから一度な」
黒い仮面を着けてはいるけどやっぱカズで間違い無い。
「どうしてそんな仮面を着けてんだ?」
「あ? こうでもしなきゃエルピスにバレちまうからよ。まっ、来たところでアイツに俺をどうこう出来る事なんざ皆無だが」
「カズ……」
「美羽も元気にしてたか?」
泣くのをこらえながら何を言えば良いのか解らないって顔をする美羽は、顔を上に向け、必死に言葉を出そうとしていると。
「覚悟は出来てるんだよね?」
瞬間、美羽の左手に"青い彼岸花"が現れてカズの首目掛けて超高速で攻撃を仕掛けた。
おっ始めやがったコイツ!!
「邪魔して申し訳無いがそれはさせんよ」
けど同時にスッと、親指と人差し指、その2本の指だけで"青い彼岸花"をゼストは簡単に摘まんで止める。
マジかよ、美羽の攻撃をアイツ、簡単に止めやがった……。
美羽の攻撃は今の俺達でやっと、ほん少しだけど目で追い付けるようなレベル。
つまり、他の連中にしてみりゃ今の一瞬で何が起きたのか理解出来ないってことだ。
「……ねぇ、これが今の私の実力だと思ってる……?」
「ふふ、例え本気を出したとて、私に勝てるとでも?」
「……試してみようか?」
「よかろう」
美羽はゼストを下から睨み、ゼストは仮面で表情が見えねえけど、そんな美羽に対して笑ってるような感じがする。
そんな2人が静かに睨み合っているだけで周りの空気が震え、周りにいる連中から異常に緊張し始めてるのがわかる。
「よせゼスト、美羽が本気で俺を斬ると思ったか?」
「申し訳御座いません兄者。しかし流石ですね、兄者が御作りになられたこの短剣、"青い彼岸花"と言いましたか、手袋越しでもその潜在能力が未知数で計り知ることが出来ません」
「そうか、そりゃよかった。美羽次第でどんな風に成長するかマジで楽しみだ」
「コレだけで我らと対等に戦える事は確かです。正直、私としてはこの場でコレを破壊したいところではありますが、それをしてしまうと……」
「クククッ、間違い無く俺がお前をブチ殺すから絶対にするな」
「はははっ、兄者の場合それが嘘じゃないので本当に怖いですよ」
カズからは戦意ってのを感じられない、むしろ、わざわざ俺達に会いに来てくれた感じを俺は感じていた。
けどそれを感じられないクラスの連中からしたら、恐怖でしかないみたいで。
「それでなにしに来たんですの?」
レイナだ。
レイナは委員長的な立場でもあるから、クラスを代表してカズに聞く。
「別にお前らと喧嘩したくて来たんじゃねえからそう身構えんなよ。俺はただ、季節外れの学園祭をしてるって聞いたから来ただけだ。なんてのは嘘で、本当は学園祭をしてるなんて知らなかった。ただ、お前らに会いたいから来たんだ。それ以外の理由があるとするならそりゃ、お前らが考えてる事になっちまうぞ?」
その通りだ、ここでコイツが暴れでもしたら誰も助からないと思うし、コイツがその気ならとっくに殺戮が始まっててもおかしくない。
いや、むしろカズならこれから始めるって時にわざとピアノを弾いて、恐怖感を増大させるだろうな。だけど今回はマジでそんな気がしないから安心する事が出来る。




