第321話 薬
気がつくと、俺と一樹は夜城邸の大水槽前ホールにあるソファの上で寝ていた。
「生き……てる……?」
「当たり前だ馬鹿者。我がお前達を運んだのだからな」
「……ぅえ? ッ?!!」
バニラが俺の顔を覗き込み、同時に我慢できない程の悪臭が鼻の奥に刺激して気持ちが悪くなる。
「くあぁ…………」
鼻をつまんでも既に手遅れ。
俺の鼻は悪臭で麻痺した……。
「おいバニラ、その臭いなんとかならねえのか、臭くて迷惑だ」
「いやだが組長殿、この臭いもまた薬であり」
「やかましい、さっさとなんとかしろ。じゃなきゃテメェ、その臭いが消えるまで中に入らせねえぞ」
「なんとか致しましょう!」
……親父さんには素直になるよなコイツ。
まぁ親父さんに強烈で極悪な睨みをされたら誰だってしたがっちまうんだろうけど。それからバニラはその臭いの元凶になっているモンスターの素材を、いそいそとギルドに持って行って依頼を完了させて戻ってくると、消臭剤やらなんやら使って悪臭を消すのに必死になった。
「おい、まだクセーぞ」
「申し訳ありませぬ! 只今!」
「薬になるのはわかるがよ、請けるなら請けるで周りに迷惑かけるようなことすんじゃねえよ」
「はい!」
「のうバニラ、お主が請け負った依頼のモンスターじゃが、臭いからして"エリムル・レレラ"かの?」
ジャオルのおっちゃんが聞いてきたモンスターの名前は正解だ。
"エリムル・レレラ"。
その見た目から想像しにくいくらい全身が薬になるモンスターで、なんにでも効く。
最近だとその"エリムル・レレラ"から取れる内臓の1つが、癌の特効薬になりえるかもってことで某大手企業に頼まれてバニラがその依頼を引き受けた。
ちなみに依頼料は日本円で3000万。
けどそれは捕獲したらの話しであり、バニラは頭を潰して討伐したから減額されての1200万になった。
「ぬぅ、捕獲したつもりでいたのだがなぁ」
あれのどこが捕獲したって言えるんだよ。
それよりもクセえから早くなんとかしてくれよ。
親父さんに怒られながらやっと掃除を終えたバニラはその後。外に出してある"エリムル・レレラ"の亡骸を取りに来た、某大手企業に引き渡して風呂に入って臭いをおとした。
14:10
「お前ら、ちっと俺に付き合え」
「あっ、はい」
午後2時過ぎ。親父さんに呼ばれ、俺達はゼオルク郊外まで行くと。
「これからお前達には俺のパートナーと訓練してもらう」
親父さんの、パートナー……。
……親父さんのパートナーなんだからきっと、とんでもなく厳ついモンスターが出てくるんだろうな。
前にいないと言ってたけど、それは親父さんてきに隠しておきたかったから秘密にしていたんだと思う。
結果てきに"デスタニア"のココとリクがいたんだから、他にいてもおかしくない。
「出てこい。"牛鬼"」
呼ばれて親父さんの後ろの空間が歪み、"牛鬼"が描かれた襖が開くとそれはゆっくりと出てくる。
牛みたいな頭、体は蜘蛛のデカいモンスター。
"牛鬼"。
大妖怪の1体で、不死身の怪物としてでも知られる存在。
「頼むぞ"牛鬼"」
<お任せ下さい>
そこで俺はあることを思った。
あ~……、もしかしてこの間"がしゃ"とか言ってたのってもしかしてぇ……。
そいつも大妖怪と呼ばれている奴だ。
ははっ、この人マジで鬼だなぁ……。
<では始めるとしようか>
うん……、絶対ボコボコ決定だな。
その後はもう、言うまでも無いよな?
だって親父さんのパートナーだぜ? 大妖怪で有名な奴だぜ?
でもまぁ良い訓練にはなったとは思う。
オルカルミアルの討伐をしてからもう2週間。
次になんとかしてくれと言われている"埼玉エリア"を奪還する為に動いちゃいるんだけど、それが難航している。
"デスタニア"のルークを先生が連れていったんだから簡単に終わると思い、まずは状況確認をするために行ったらそこで俺達は逃げるようにして戻ることになった……。
「親父さん、親父さんならアイツをどう討伐します?」
"牛鬼"にボコボコにされて仰向けになりながらそう聞くと。
「空自に頼んで空中からのミサイル攻撃。次に陸自で地対空ミサイルをぶちこむ。まっ、それでもアイツには効果はねえだろうがな」
「ですよねぇ……」
「相手はあの"アフティオアメス"だからな」
"茨木エリア"を縄張りにし、一目見ただけで今の現状で手を出したらマズイって判断したモンスター。
そいつが"埼玉エリア"にいて、空から降りてくると20~30メートルはあるモンスターを一口で飲み込む場面に遭遇した。
「どうします親父さん、アレはさすがにマズイっすよ」
「"鑑定"で奴のステータスは見れたんだったか?」
「うす、最初はSSランクだと思ってたんすけど、近くで確認したらSSSランク。しかも、あのオルカルミアルよりもめちゃくちゃ強いってのがわかったっす。親父さん……はアイツの事も知らなかったんすよぉ……ね?」
「当たり前だろバカやろう。知ってたらお前らに何かしらの情報を与えられただろうが」
「す、すいません、そっすよね……」
俺に怒ってもなぁ……。
「奴にぶつけるとしたら……。"がしゃ"か」
"がしゃ"ってやっぱアレだな。
おそらく、いやきっと、親父さんが言ってる"がしゃ"ってのは、"餓舎髑髏"って妖怪の事だと思う。
人の怨念とかが集まって生まれた存在で、骨だけの妖怪。
「親父さん、"がしゃ"ってやっぱ"餓舎髑髏"なんすか?」
「あぁ、よく解ったな」
「ちなみにランクやレベルはどれだけなんすか? "牛鬼"にすら俺達全員が相手してもボコボコになるんすから、やっぱ"牛鬼"や"餓舎髑髏"ってSランクじゃないっすよね?」
「ん~、まぁ、そうなるな」
「ぶっちゃけどれだけなんすか?」
「……SSになる……な」
「ってことは、骸以外にもSSランクがいたってことになりますよね? なんで黙ってたんすか? まぁ……、結局のところ骸はSSランクなんかよりもっと上だった訳っすけど」
「まぁいるにはいたが、コイツらを使ったところでアイツを倒す事は出来なかったろうしな。それにコイツらの事は政府連中は知ってたさ。他には"火車"、"覚"、"雷獣"、"猫又"って連中を俺は使役してる」
さ、さすがだ……。
「見た目は恐ろしいかも知れんが皆、本当は根が良い連中でな。その見た目から尾ひれがついて色々と恐れられちゃいるが、確かに恐れられる程の力は持ってはいる。試しにコイツと訓練してもよさそうだな」
そう言って親父さんが次に呼び出したのは。
「呼ばれて来てみればこれはまた面白い」
「頼むぞ"安吉"」
「へい、お任せ下さいお館様。あっしはお館様に使役されている"猫又"の"安吉"って者です。以後、良しなに」
まるで大正時代の和服を着た超絶イケメンがキセルを持ち。"猫又"の絵が描かれた襖から出て来きた"安吉"って"猫又"が俺達に挨拶をしてくれた。
「ぼんの御友人方ですか。ほほぅ、良い面構えをしてらっしゃる。して、どこまでやれば良いんですかい?」
「手加減出来る限りどんな事をしても構わん」
「仰せのままに」
"猫又"の"安吉"。
真面目そうなんだけど、なんだか飄々(ひょうひょう)としててつかみどろこが無い感じがする。
でもその実力は本物だった。
手加減されてるのに俺達はまた簡単にボコボコにされ、"安吉"はそんな俺達を見て不適に笑い。
「あっしに負かされるようでじゃ、ぼんに辿り着くなんて夢のまた夢ですよ?」
な、なんかムカつくな。
その後、何度も"安吉"に挑戦したけど結果は同じ。
強いのは強いんだろうけど、強いって言うより、……なんて言ったら良いんだろ。
合気道に近い感じで俺達の攻撃は受け流され、即座にカウンターをされるばかり。
「どうしました? もう少し手加減しましょうか?」
……ブッ殺す!




