第318話 荒れる海 8
美羽の雷攻撃を受けた先生は黒焦げになり、その場に倒れるとピクリとも動かない。
……死んだ、のか?
<……美羽を侮るからだ>
呆れた様子の骸が黒焦げになった先生に近付くと凶悪な手で優しく持ち上げ、美羽と目を合わせる。
<本当に強くなったな美羽>
「それでも、まだまだ骸には勝てそうに無いよ」
<それは時間が解決するだろう。……今日の事は決して忘れるな、彼女はまだ凶星十三星座ではないにしても本来であれば我々と同等。それをお前は見事払いのけたのだ>
「運が良かっただけだよ」
<運もまた実力。戦とは時に運も必要だ>
「……うん」
<……私達は彼女を連れて引き上げる。メルヒスを追うも放置するもお前達の自由。今後、我々はメルヒスに関する事は一切無い。……時が来ればまた会おう>
そう言ってダゴン達と一緒に引き上げようとしていた骸に。
「行く前にお願いがあるの」
静かに美羽は骸を止めた。
<早くしないとメルヒスがより遠くへ逃げてしまうぞ?>
「ノリちゃん達だけなら追い付けないまま逃がしちゃうだろうけど、私のスピードなら追い付けるからいいよそんなの」
い、言ってくれるじゃねえか。
<ではそのお願いとやら、聞くだけ聞こう>
「……骸は知ってるんだよね? 先生が……、先生がカズの本当のお母さんだって事を」
本当なら直接本人の口から聞き出したかった話しだ。
<私の口からは差し控えさせてもらう。だが……、否定も肯定もしない>
「そっか……、ありがとう」
<……ではな>
骸の言葉に俺達は驚きはしない。
骸の立場として考えると、軽はずみなことを言うことは絶対に無い筈だ。骸は知っているから「否定も肯定もしない」、つまり「事実だから好きなようにとらえろ」って言いたかったのかもしれない。
それだけ言ってダゴンが待っている場所へ静かに歩いていく後ろ姿を見ながら、これで骸は向こうにいっちまう。そう思っていると。
<……あの方が来年の春には目覚める>
「「?!!」」
<バラン!>
<別に構わんだろ、私はこの者達と対等でいたいのだ。そのほうが楽しめると言うもの、違うか?>
その顔は邪悪だ。だけどその裏には俺達を想ってるってのもなんとなく感じられた。
<ダゴン、お前は見たくないか?>
<ナニヲダ>
<歴史が再び動きだし、究極の存在に立ち向かおうとしている者達の姿をだ。フフフッ、時と言うものもまた面白い>
<私ニハワカラナイ考エダ。究極ナル存在ノ前ニ、矮小ナ存在ハスベカラク淘汰サレルモノ>
<だから面白いのではないか、力こそが全てでは面白くも無い。抵抗しなくてはあの方が全てを滅ぼす。抗え、抗って自分達の存在証明を成し遂げてみせよ>
「そんな焚きつけなくてもわかってるっつーの」
<フフッ、だがその前に私を越えろ。フフッ、フフフッ、フハハハハハハハハッ!>
<オ前ハ昔カラ何ヲ考エテルノカワカランヨ>
笑う骸が何を考えてるのか分からないダゴンは、頭を抱えながら後ろをついていくと部下達と一緒にその姿が霧みたいに消える。
「んで? お前なら簡単に追い付けるのかよ?」
「まぁ、本当ならその力を使わないでどうにかしたかったんだけどね」
竜の力だな。
闇、雷。2つの能力に加えて人間から竜になり、更に八岐大蛇と融合した美羽はもう別の存在になってる。
閻魔大王の正体が八岐大蛇なんだし、炎まで自由に操ることだって出来るだろ。
「でもなんで急に戻ってきてくれたんだ?」
疑問を感じた一樹が美羽に聞くと、美羽は気まずそうな顔で黙り。
「あっ、んじゃちょっと追いかけるから見つけたら知らせるね」
って言うと竜の姿になり、轟音だけ残して黒い雷の如く一瞬でいなくなった。
「一樹さぁ、もうちょい聞くタイミングを考えろよなぁ」
「あぁア?! 俺が悪いって言うのかよ!」
悪いとかそんなんじゃなく、アイツだって言いたくない事とかあるだろ。
手紙だけ置いて黙って消えたって後ろめたさがあるけど、俺としては俺達がオルカルミアル討伐に動いたって事を影に忍ばせていた八岐大蛇から聞いたからこうして助けに来たんだと思うからそれで良いだろってさ。
「今はそれよりオルカルミアルだ。マスターもそう思うっすよね? ん? マスター?」
マスターの様子がどこかおかしい。
恐怖と驚き。
すると。
「なんて……ことだ……、どうして……!」
「マスター?」
「守行さん!!」
ど、どうしちまったんだよ急に?!
マスターと目を合わせた親父さんは力強く、「わかってる」ってだけ言ってそれ以上何も言わず、美羽が飛んで行った方向に目を向けた。
「憲明」
「はい!」
「お前だけじゃなく、この場にいる全員が何事かと疑問に感じてるだろうが今はオルカルミアルの討伐を優先しろ。ーー俺はこれから別行動をとる。後の事は任せたぞ」
親父さんが俺を信頼して任せてくれる。
それがどれだけ嬉しいかわかってもらえるかわからねえけど、俺はここでオルカルミアルを討伐して、この世界の海の脅威を排除するために再び戦いに挑むことにした。
「了解っす! 行くぞ皆! オルカルミアルをぶっ倒してこの世界の海を守ろうぜ!」
親父さんだけ別行動をとる理由はなんとなくわかってる。
おそらく、いやきっと、オルカルミアルのステータスを確認しようとしてそれを邪魔していた奴の所に行くつもりなんだ。
それを出来るのは俺が把握してる奴の中でアイツだけ……。
親父さんがアイツをどうするつもりなのかなんてその胸の内を知ることは出来ないけど、アイツを今の状況で止められるのはきっとあの人だけだ。
流石のお前でもあの人には勝てるわけねえんだから、抵抗しねえでおとなしく捕まってくれ。
そう願いつつ、俺は仲間と一緒に美羽が飛んでいった方向へと向かった。
12:56
『皆聴こえる?』
「見つけたのか? ーー場所は?」
現在オルカルミアルが縄張りにしているのは東京と、東京湾と伊豆半島の間から小笠原諸島の沖合い手前の縦長のエリア。
オルカルミアルはエリア内の伊豆半島にいて、何時でも上陸出来る場所にいた。
「上陸しないようになんとか食い止めてくれ!」
静岡県東部に位置する伊豆半島には普通に多くの人達が暮らしている。
だけどオルカルミアルのせいで漁に出れないでいるし、海までの3キロを立ち入り禁止区域として警戒されてるから近付けない。
東京、千葉、埼玉、茨城に住む人達はどうにか避難する事は出来たけど、神奈川、山梨、群馬、栃木、長野、こっちは一部の人達が避難しただけでまだ普通に多くの人達が暮らしている。
その為にも政府は自衛隊や夜城組で構成されたチームで、エリアから出てくるモンスターの排除を担ったり、出てこさせないように警戒している訳なんだけど。
……それでも限界はある。
「最終戦だ、ここでオルカルミアルを絶対に倒す!!」
オルカルミアルを倒し、少しでも安心して暮らせるようにしないといけない。
犠牲がなんだ。覚悟がなんだ。
んなもん俺は俺のやりかたで突き進むだけ。
どんなにアマちゃんだって言われようと、俺はそれでも自分の信念を曲げたくない。




