第305話 亀裂
「突然何を言い出すかと思えば、付き合ってみないかだと?」
「うん、そう」
「馬鹿な事を言うな、お前と私の歳を考えろ。ましてやお前は若の元彼女。そんなお前と私が、本気で付き合えるとでも?」
「え~、別に良いじゃんそんなの」
「お前は若をもう一度振り向かせたいんじゃなかったのか? だったらそんな戯れ言を言う暇があるなら、もっと自分を磨いたらどうなんだ」
犬神さんの言うとおりだ。なにとち狂った事を言い出すんだこの人。
「う~ん……、考えたけどさぁ……、カズにはあの美羽ちゃんがいるんだよ? どう考えても勝ち目ないよ」
まさかの敗北宣言をしやがっただと?!
美羽の事だし、何があってもカズと別れるつもりなんて無い。
カズとしては傷つけるくらいなら別れようと考えてたけど、それを美羽が怒って結局カズは別れなかった。と言っても、カズは向こうに行っちまったんだから結局この場合、どうなるんだ?
まぁそれでも美羽は別れるつもりなんて全然無かったけどな。
「だから付き合うならやっぱ大人の男のほうがいいっしょ?」
大人の人かぁ、犬神さんは大人は大人だけど、歳が離れすぎてるんだけどなぁ。
「ふざけるな。お前が私に、何をしたか忘れたとは言わせないぞ?」
……なにしたんだこの人。
怒った犬神さんを見て、俺は志穂ちゃんが何をしたのか気になったけど、聞いたらマズイ話になると思ってイリスを連れて静かにその場を離れる事にした。
志穂ちゃんは知り合った頃からワガママなところがあり、気に入ったものがあればそれがなんであれ自分の物にするような人だ。
それがあっていっとき、サーちゃんとなんだか気まずい雰囲気になっていたこともある。
だからなのか、俺達が静かに離れた瞬間。
「ねぇシーちゃん、それって、私に喧嘩売ってるの?」
静かに、物凄く静かなんだけど、サーちゃんが志穂ちゃんを睨む……、その目は今まで一度も見たことが無い、今にも志穂ちゃんを殺しかねないような殺意にみちた目に、俺達は背筋がゾッとした。
これはカズとは違うヤバさだぞ……。
「アンタには悪いことをしたと思ってる。……それに、何時も私に向ける殺意に気づいてた。だけど、好きになったんだから仕方無いじゃない! んじゃどうしてもっと自分の気持ちに素直にならなかったのよ!」
「それはっ! その理由は分かってくれてたじゃん! それなのにシーちゃんはカッちゃんに告白して付き合った! 私の気持ちを知ってて付き合った!」
「じゃあなんで今になって怒るのよ! 怒るならなんで付き合った時に怒らなかったのよ!」
「なんで? なんでって聞く? ……私の気持ちを知っててシーちゃんは裏切ったのに、それをずっと我慢してたのに……。……そう、だったらもう許さない」
マズイ!!
「誰かサーちゃんを止めろ!!」
俺は叫んだ。
サーちゃんの目は、人を殺す覚悟が決まったって目をしていたから。
どうしてそれが解るのかって言うと、……俺達がそうだったからだ……。
「ダメだサーちゃん!! そんな事をしてそれをアイツが知ったらどうするんだよ!!」
「君は黙っててよ」
「サーちゃん!!」
ポーチの中から"魔鉱糸"を取り出すと素早く装備し、志穂ちゃんに対して本気で殺そうと動く。
誰かに止めてほしいけど近くに誰もいないから志穂ちゃんが目の前で本当に殺される。
そう思った。
「や~めとけ桜~、手~を出すって言うなら、……俺が許さねえぞ?」
「……タカさん」
その場にタカさんが現れるとサーちゃんを睨んで止める。
タカさんが来てくれなきゃきっと志穂ちゃんが殺されてるって思うと、心底ゾッとする。
「こりゃどういうこ~とか、せ~つめいしてくれるんだよなァ~? 桜~?」
殺気立ってるサーちゃんですらタカさんに睨まれて冷や汗を流し、悔しそうな顔で俯くと黙った。
「黙ってちゃ解らんでしょ黙ってちゃ。えェ? 今お前さんは志穂を殺そうとしてたよなァ? と~もだち同士、な~にやっちゃってんのよお~前はよ~お? ふざけた真~似をしくさってるなら、オジさん、本気で怒るぞ~?」
「……くっ! タカさんに私の気持ちが」
「あ~わかりゃ~しね~よ~、でもな~、その目は宜しくね~な~、その目は殺す覚悟を決めた目だ~、そ~の一線を踏み越えちまったら後戻りは出来ね~ぞ~?」
「どの道今更後戻りなんて出来ないでしょ!! カッちゃんを行かせない為とは言え私達はいったい何人殺したと思ってるんですか!!」
「甘ったれた事を言うんじゃなよこのスットコどっこいが!! それとこれとは別で戦争なんだから仕方ねえでしょ!! 人を殺した!! モンスターを殺した!! 動物を殺した!! 意味は違うが内容中身が全然違う!! 共通するのは生きる為!! だがお前さんがしようとしてるのはその理由がただ憎いから!! ムカつくから!! ふざけんのも大概にし~なさいよまったく!! そんな理由だけで人を殺めるなんて言語道断!! 生きてるならどれだけでもツラい想いをするのはいくらでもあるって言うのにそれをしちゃ人の道を外れた只の外道でしかありゃしねえよ!! オジさんみたいになるんじゃありません!!」
「うっ……ぐ……」
タカさん……。
「な~桜、お前さんが若をどれだけ好いてくれてたかこのオジさんでもよ~く分かってるつもりだ~、だからよぉ、友達に対してそんな目をしね~でやってくれ、な~ァ?」
昔、タカさんになにかあったんだろ。
「じゃあこの苦しみを消すにはどうすればいいの?! いっそのこと何もかもメチャクチャにしたいのに!!」
「だ~からと言って道を踏み外すようなことをしちゃいけません!!」
「…………さい」
「……あ~ん?」
「うるさいうるさいうるさいうるさい!!」
ブチギレたサーちゃんは泣きながらわめき散らした後、あやめを連れて外に出ていった。
「はぁ……、桜にもまいったね~まったく~」
そうは言ってもほおっておけないタカさんはサーちゃんを追いかける為に外に出て行く。
外は相変わらず酷い雨が降り続ける。
まるで今まで降ってなかった分を降らしているかのように。
傘、持っていったのかな。
サーちゃんはサーちゃんでずっと我慢していたけど、本音を言える相手がずっといなかったから我慢してたんだと、俺は思う。
もし言えていたら今回みたいな事にならずに済んだのかもって思うと、なんだかサーちゃんが可哀想に思えてならなかった。
これでサーちゃんまで裏切りでもしていなくなろうもんなら、それはそれでかなり厄介な事になるぞ。
沙耶から始まり先生が俺達を裏切り、そこにサーちゃんが加わろうもんならと考えると、なんだかやるせなくもなってくる。
しかも今は美羽が俺達から離れて1人で行動してるし、この分だと俺達はバラバラになるかも知れない。
……今お前は何してるんだ? 美羽…………。




