第290話 雪の微笑み
ーー 葛西臨海公園 ーー
ちっ! やっぱつええ!
<"婆娑羅"!>
ヤベえっ!
骸が60%の力を解放した後、俺はただ逃げる事しか出来なくなっていた。
10%だ、たったの10%上がっただけで全然相手にもなりゃしねえ。
<逃げるだけか憲明!>
んな事言われても下手にガードなんて出来やしねえっつうの!
<時間が余り無い。もう少しだ、もう少しだけ付き合ってもらうぞ!>
時間が無い?
「んなこと言ったってまた連絡すりゃ相手してくれるんだろ?!」
<くははっ! そうだな、確かにその通りだ。では簡単に死んでくれるなよ?! "氷柱舞"! "氷雪槍"!>
げっ!! 同時魔法攻撃かよ!!
上と下からの同時氷雪魔法。
逃げようとしても簡単に逃げられないなら。
やるっきゃねーな!
「クロ! 合わせてくれ!」
<ガウッ!>
クロの炎と合わせる炎魔法。
「行くぞ! "煉獄渦"!」
クロが炎魔法を扱えるようになってからゴジュラスの"四面葬禍"に対抗する為に、2人で作った魔法だ。
骸は氷雪系だし、相性的にも炎が有効になるからな。
でもそう簡単じゃなかった。俺とクロの合体技、"煉獄禍"は確かに氷雪魔法で作られた攻撃を熱で溶かす事が出来たけど、骸自身には全然ダメージが入っていない。
<ふむ、そこそこ暖かかったかな?>
「なにが! 暖かかったかな? だよチクショウ!」
連携は取れるけどまだ威力が足りないのは確かだからなんとも言えねえけどさ、その言い方はムカつく。
<ギエェエエエエエッ!>
そこにノワールが気配を殺して近づくと、骸みたいに全身から"凶爪"を幾つも出して攻撃し、カノンとソラが援護する。
<さて、私の"凶爪"とお前の"凶爪"、どちらが固いかな?>
んなもんお前に決まってんだろって言いたい。
だけどノワールはただ"凶爪"で攻撃する訳じゃないって事を俺達は知っている。
ノワールは"凶爪"で骸の攻撃を出来るだけガードしつつ近づいて、至近距離から別の攻撃をしようとしていた。
案の定って言うか当たり前なんだけどさ、骸の"凶爪"でノワールの"凶爪"が破壊されるけど、どうにか背中に乗ることが出来たノワールは右手に砂鉄を纏わせ、まるでドリルみたいにな純粋な攻撃。
だけど火花を散らすだけで全然効果が無い……。
<……虫でもとまったか?>
ですよねぇ……。
その言葉には流石に傷ついたのか、ノワールがショックを受けたって顔をすると、落ち込んでおとなしく戻ってくる。
何しに行ったのお前は?
<くっ、くくくっ、本当に面白い奴らよ。どうして敵である私を前にしてそんな態度でいられるのか理解出来ん>
「あ? 確かに敵かもしんねえけど俺達にしてみりゃお前を敵としてみれねえんだよ」
<くははっ! それが不思議だと言うのだ、私はその気になれば殺す事だって出来るのだぞ?>
「でもそれをもう1人のカズに止められてるんじゃねえのか? じゃなくても今のカズがそれを許す筈がねえし」
<そう思うか?>
「思うね。だってよ、お前から全然殺気を感じねえんだし」
骸にしてみれば俺達と遊んでるって感じがする。
60%の力を解放されて俺達はほとんど攻撃出来ず、ただ逃げるか防御するしか無いんだ。確かにその気になれば俺達を殺せるだろうけど、殺気をまったく感じねえし、ただ時間稼ぎしてる風にしかみえねえ。
それに俺達を殺すつもりならとっくに殺されてるだろうし、他に何か理由があるのかって疑いたくなってくる。
攻撃力だけじゃなく防御力も異常なくらいたけえから下手に攻撃しても届かない……。
どうすりゃ良いんだ?
骨みたいな甲殻だけじゃなく鱗まで硬いから、俺にとって最強技になる、"紅蓮爆炎斬"でようやく皮一枚斬るってぐらいでしかない。
勝てる勝てないじゃなく、俺は純粋に骸に早く追い付きたいからどうすればより早く追い付ける事が出来るのかを考えていた。
今の俺じゃ無理なのは分かってる。だけど攻略法をどうにかみつけたいって気持ちも強かった。
「"紅蓮爆炎斬"をもう一度やる」
<ガウ?!>
<カロッ?!>
クロとノワールにしてみれば"紅蓮爆炎斬"をもう一度やったとしても、また皮一枚しか斬れないんじゃないのかと言いたそうな顔をする。
だけどやってみなきゃ解らねえだろ。
俺は"ヴァーミリオン"を鞘に戻し、内部にエネルギーをもう一度溜め始めた。
「ん?」
すると、何故か力が漲ってくるのが解った。
なんだ? さっきとは違う? 力が体の奥底から溢れてくるし体が青く光ってる? これって……。
その状況に経験があるから瞬時に俺の中で答えが出た。
これ……、美羽の"歌魔法"か?! でもなんでだ?! アイツは近くにいないぞ?!
美羽の気配がまったく無いし、気がついた時にはもう沙耶と羅獄を撃破したからか、八岐大蛇の姿すらどこにも無い。
でも、これはありがたいぜ美羽!
俺だけじゃなく、クロ、ノワール、カノン、ソラもなんだか青く光ってる。
って事は俺達だけじゃなく他の連中全員が対象になってるのか? こりゃマジで助かる!
「次で決めてやろうぜ! 気合い入れろよお前ら!」
<アオーーーン!>
<ギエェエエエ!>
<面白い! さあ! 来るが良い!!>
「行くぜ骸! 抜刀一閃!」
クロは炎と氷を合わせるだけでも難しい魔法、"氷炎弾"を放つとノワールの"月砂"に纏わせ、強化させての近接攻撃に出る。
カノンは周りの地面から巨大な花を咲かせてエネルギーを放つ、"魔光砲"って魔力を凝縮させた光線を放ち。ソラは"次元収納"からありとあらゆる重火器を出すと一斉射撃する"殲滅射撃"を始め、2頭で援護してくれる。
そして俺は鞘の中に可能な限り炎を溜め込み、鞘の先端からジェット機並みの威力を放出してノワールと一緒に突っ込み。
「"紅蓮爆炎斬"!!」
<ギエェエエエエエ!!>
猛スピードで骸を追い抜く際に斬った。
手応えは……、かなりある!
<ぬがっ!>
最初の一撃とは違って胸をかなり深く斬り。ノワールは肩を斬るついでに凶悪な触手をぶった切ってそれを咥えていた。
「あれ? ノワールさん? なんで骸の触手を咥えてるのかな?」
<カロロロロッ>
するとそこで"悪食"発動。
ノワールは切り落とした触手を、"凶爪"ごと食い始めた。
「マジかよお前……」
しかもほぼ根元から切り落としてるからまるまる1本をだぜ? 普通食いきれねえって言うのに、ノワールは無理をしながら骸を見つめて食べ続ける。
<まさか……、1本持っていかれるとはな……。だがノワール、"悪食"でその触手を取り込んだところで果たして上手く扱えるかな? 触手と言ってもこれは腕だ。これは"触椀"と言ってな、あの方から頂いた能力なのだよ>
なるほど道理で似てる筈だ。
過去に見たアルガドゥクスの触手と骸の触手が似てるからきっとそうなんだろうなとは思ってた。
だけどアルガドゥクスの触手の方がもっと凶悪な形をしてた。
<くははっ、持っていかれた私が言える義理では無いが、せいぜい頑張ってモノにするのだな、ノワールよ。それを使いこなせれば、お前は確実に私に近づけるぞ。まったく……、お前達は本当に私を飽きさせないな>
なんだかんだ言っても、骸からどこか嬉しいって感情が伝わってくる。
だったらそれに応えねえとってなるよな。
「どうする? まだ続けるか?」
<いや、今回はこの辺でやめにしておこう。時間がくるまで私はおとなしくしているからさっさと他の所へいってやるんだな>
「分かった」
<随分と素直じゃないか>
「だってお前は嘘つかねえし」
嘘つかない。
たったそれだけで俺は骸を信頼している。
だから骸に<敵を信じるな馬鹿者>って言われて笑われた。




