第281話 真夏の雪
<来たか>
11:06
「待たせたか?」
<いや? 人間が何もしてこないので私も手を出さず、お前が来るのを待っていた>
カズの部屋を出た俺はバイクで骸がいる"葛西臨海公園"までぶっ飛ばし、俺が目の前まで行くと骸はゆっくりと目を開いた。
俺達はお互いこの日を待っていた。
別に約束なんてしてねえけど、なんとなく俺を待ってるんじゃねえかって思ったから来たんだ。
<以前よりマシになったようだな?>
「そうか? お前にそう言ってもらえると嬉しいな」
<ふふっ、今の私を前にしてそこまで落ち着いていられるとは、お前は大物なのか馬鹿なのか、はたまた虚勢か知らんが楽しませてもらうぞ?>
「望むところだ」
遠くから八岐大蛇の咆哮や羅獄の咆哮が聞こえてくるからそっちに目を向けると2つの巨体が激しくぶつかってるのが確認出来る。
やってんなぁ向こうは向こうで。
<こちらはこちらで始めるとしよう>
そして、骸を中心にバトルフィールドの"氷河期"が軽く広がる。
<行くぞ?>
「おうっ! 気合い入れろよお前ら!」
<ガウッ!>
<カロロ……ッ>
クロ達も気合い十分って感じで応えてくれると、骸はその巨体にもかかわらず、物凄いスピードで俺の真横まで移動して来た。
<簡単には死ぬなよ憲明!>
「当たり前だ!」
そう言いつつ、凶悪な触手の爪を"ヴァーミリオン"でガードしたけど軽く吹き飛ばされる。
でもそれは前とは違う。
<ほう? 上手く受け流したか>
「へっ、散々カズにシゴかれたからな!」
<ではこれはどうだ!>
触手4本による連続攻撃。
けど俺は何も対策していなかった訳じゃない。
「カノン! ノワール!」
カノンは植物魔法で氷を突き破り、地面から蔦を伸ばして骸の触手4本に絡ませるとノワールが砂を使って植物の蔦に纏わせ、動きをなんとか鈍らせる。
「今だクロ!」
そこに、今度はクロの炎で砂を焼いて固める。
<ほう? 少しは考えたようだな。だが、その程度で私を止められると思ったか!>
思っちゃいないさ。
俺はそれで止められるなんてはなから分かってたさ。
ただ俺は、骸にどうにか一撃入れたいからほんの少しでも時間稼ぎをしたかっただけなんだ。
「"紅蓮爆炎斬"!」
前にゴジュラスと手合わせした時に一度だけやった事がある技の派生系技、"紅蓮爆炎斬"。
剣を鞘に入れた状態で内部に炎を溜めて凝縮。鞘の中で圧縮された炎が臨界点を越えると、鞘の先端からジェット機並みの強烈な炎を噴出させ、一気に相手の懐に入って抜刀斬りをして追い抜く新技だ。
<なかなかやるようになったじゃないか>
「そ、そうか?」
それでもやっと胸の皮一枚切ったって感じで、掠り傷なんて呼べない程度でしか無い。
まぁ考えても俺の力なんかでじゃまともに斬れないのは理解してるんだけど、それでも斬れたのはカズや岩美が強化してくれたお陰だと思える。
だけど悔しいな……、"紅蓮爆炎斬"はその時の俺にとって、最大火力の大技だったんだからさ。
<この短期間でよくぞ、よくぞ成長した……、私は嬉しいぞ憲明>
「お前に褒めてもらえると嬉しいなぁ……」
<50%の力を出している私に掠り傷を……、ふふふっ、前までは攻撃すらまともに出来なかったと言うのに本当に嬉しいよ>
「まぁ、やっとやっとって感じかな……、俺は掠り傷とは思ってねえけど、斬れたのはカズと岩美がコイツを強化してくれたお陰だって感じだし、このままでじゃまだまだお前に近づけねえから悔しいよ」
<そう謙遜するな、十分、お前は頑張ってるよ。それにしてもよい剣になったな、剣の名は?>
「"炎剣・レーヴァテイン"改め"ヴァーミリオン"」
<実によい剣だ>
骸は本当に喜んでくれてるみたいで満面の笑顔を見せてくれた。
だから俺はその顔を見て本当に嬉しかったけど。
<あぁ……いかんなぁ……、久方振りに楽しいと感じ、昔の私になってしまいそうだよ>
「?!」
骸が右手で顔を隠そうとするけど、指の隙間から見える左目や表情を見て俺はゾッとした。
……どこまでも冷たい冷酷そうな目なのに、邪悪で歪んだ笑みはまるでカズの"氷の微笑み"並みの恐怖。
骸は礼儀正しいし、本当は良い奴なんだって思ってたけどその顔を見て俺は考えを改めることにした。
これがコイツの……、本当の顔なんだ……。
残忍と言うより、冷酷と言った方が正しいかな。
カズもそうなんだけど、その笑みを見てると絶望感って言うかさ、なんかラスボス? って感じがしてハンパじゃねえ恐怖を感じるんだ……。
まぁカズがラスボスなのは間違いねえけど。
するとそんな俺達の間を割って、とある天使がやって来た。
「久しいなバラン、貴様のその顔を見るのは何時ぶりだ?」
<……何しに来た"ユグドラシル"、私の邪魔をしに来たのか?>
長い銀髪の50代って感じのおっさんが突然現れたんだ。
骸は"ユグドラシル"って呼んだけど、それって確か世界樹の名前じゃなかったか? って思った。
そのおっさんの手にはめちゃくちゃカッコいい、赤くて大きな槍を持っている。
<……今、私は久しぶりに楽しんでいるのだ……、邪魔をするなら殺すぞ貴様>
「では何故あの時、私を殺さなかった? 私はあの時、殺せと言ったではないか」
<そうだな、あの時に殺しておけばよかったな>
……うん、援軍として来てくれたのはありがてえけど、正直邪魔だな。
「おっさん、わりいけど手を出さないでくれねえか? 俺は俺なりにコイツと戦いたいんだ」
「正気か? お前達は止める為に戦うのではなかったのか? それ以前にお前程度の力で止められるとでも思ってるのか?」
なんかムカつく言い方だな。
<おいユグドラシル……、貴様、憲明を馬鹿にするなら承知せんぞ>
骸?
<良いだろう……、貴様をこの場で殺してくれる。……80%だ>
骸の全身から強烈な冷気が広がり、目を細め、ユグドラシルっておっさんを睨むといつの間にか凶悪な4本の触手の鉤爪が迫っていた。
<"婆娑羅">
そのスピードから繰り出される攻撃はかなりエグい。
それは4本の触手にびっしりと生える凶悪な"凶爪"や爪、両手の爪、牙、全身に生える"凶爪"で、周囲一帯の氷や地面をえぐりながらの連続攻撃。
俺ならガード出来ずに殺されてもおかしくない高威力だった。
ユグドラシルのおっさんはどうにかガードするか避けたりしているけど、そのスピードには付いていけず、ズタズタに引き裂かれる。
<先程の威勢はどうした? ユグドラシル!>
やっぱ強いな、それに綺麗だ。
骸の姿は死神みたいで恐怖を感じるけど、体の殆どが真っ白な甲殻に被われているから綺麗だ。
けどそれがかえって恐怖も感じられる。
「くっ!」
<……今回は貴様を見逃してやる、そこでおとなしくしてるがいい、"霜柱">
「くっ! 待てっ!」
<待たんよ>
来たわりには呆気ねぇ。
ユグドラシルのおっさんは骸の"霜柱"で氷漬けにされて動けない。
まっ、それだけ骸の方が強かったって事だろ。
<すまんな憲明>
「いや、邪魔してきたのが悪い。でもさ骸、他の連中は暴れてるのにお前は暴れないでいいのかよ?」
<私は許されているからな>
「ゼストにか?」
<いや、ゼストに限らず私は好きなように動ける立場でね>
それって、それだけ他の凶星十三星座とは違うからなのか? それともアルガドゥクスにそれを許されてるからか?
聞こうか迷ったけど、とりあえず骸がしたいことを許されてるなら今は聞かないでおく事にした。




