第271話 伝説の人物
8月15日
ーー 東京 ーー
『都民の方は、慌てずに、避難して下さい。また、困ってる方がいれば手を差しのべ、一緒に避難して下さい。こちら、東京都、特別災害対策室です。都民の方は、慌てず』
3日前、政府のお偉いさん達は"特別災害対策室"を設置すると、東京に大災害が発生する恐れがあるから避難してくれって、ずっと訴えている。
大災害って言えばそうだろうけど、そんなもんただの口実でしかねえよ。
だって、その大災害って言うのが凶星十三星座達の事なんだからよ。
それに東京湾を囲むようにして多国籍の軍艦が待機し、横須賀やいろんな場所に米軍の他に中国やロシアとかの戦闘機や軍隊が集まってきている。
それを見て気づく奴は気づいただろうな。
……もうじき戦争が始まるんじゃないかって。
だって、東京を囲むようにして自衛隊や米軍がなんだか知らない兵器やミサイルを準備してるんだぜ? そりゃ誰だってもしかしてってなると思うんだ。
「あと5日か……」
竜の日だかなんだか知らねえけど、約束の日って言うのが8月20日であと5日しか無い。
そんな中、急に避難してくれって言われても行くところが決まってなきゃ大パニックになる。現に多くの車が渋滞していて、6時間も車の中に閉じ込められてるって人達がいるって話じゃねえか。
でも俺達は逃げないでカズの部屋に集まってそんなニュースを見ていた。
「どこもかしこも車が渋滞しているってニュースばかり。正直飽きたな」
「飽きたなら一樹はどこにも行かないの? ほら、ダークスを連れて5日後に備えるとかさ」
「んじゃヤッさんはどっか行くのか?」
「この後トッカーと一緒に出掛けるよ」
「そっかぁ……、んじゃ俺も一緒に行こうかな」
一樹とヤッさんの2人がそんなやり取りをしてる中、俺はカズと岩美に強化してもらった剣を磨いていた。
剣の呼び名をレーヴァテインから変え、"ヴァーミリオン"って名前にした。
意味は「鮮やかな朱色」で、本当に綺麗な赤色をしているし、パッと頭に浮かんだからそうした。
見た目も前とは違い、赤い羽って感じの刀身に、ガードになる鍔には握ると炎の羽みたいなのが広がる。
そして、刀身にはあの、ファフニールの目が埋め込まれているからかまるで生きた剣って感じがする。
「憲明はどうするんだ?」
「……俺はクロ達と一緒に"ハルゼン平原"に行こうと思ってる」
「ハルゼン? なんでまたあんなとこに? あそこはあまり強いモンスターとかいねえだろ?」
「いや別に討伐しに行く訳じゃねえよ、ただあそこで訓練しようと思ってさ」
"ハルゼン平原"は特にこれと言ったモンスターが生息していない場所で、ゼオルクの町を南から出て少し東に行ったところが"ハルゼン平原"になる。
いるとしたらスライムやホーンラビットってモンスターぐらいだ。
「ソラは重火器のメンテをしつつ、金は後で俺が払うから好きな重火器を親父さんに頼んで買っておけ」
<ガウ>
「カノン、悪いけど母さんの側にいてやってくれ。クロとノワールは俺と一緒な」
「んじゃよかったら僕達も一緒に行って良い?」
「そうだな、ヤッさんがそう言うなら俺も憲明と行きたいな」
俺がしようとしてるのは俺1人に対してクロとノワール2匹で戦闘訓練をって考えてたけど、ヤッさんと一樹も一緒に来るならそれはそれで良い訓練が出来るかもしれない。
「イリスはどうするんだ?」
「一緒に行きてえけど、俺は天界に行かなきゃならねえし……、あぁでもララを連れてってほしいな、一緒に行って訓練に参加させてよ」
「わかった、んじゃ一緒に行くぞララ」
<プウ~>
ララも連れてそろそろ出掛けようかと準備を始めると、カズに何か手紙を渡された。
「これは?」
「マスターに渡せ、それで理由が解る」
「……分かった」
カズがマスターって呼ぶのは1人しかいないからそれが誰なのかすぐ解った。
でもなんであの人に?
「美羽、刹那、サーちゃん、志穂、それに岩美達全員も一緒に行け」
「なんで?」
「なんででも行け」
どんな理由があるのか知らねえけど、カズなりの考えがあってそう言ってるんだから、取りあえず準備を整えて出掛けることにして、俺達はゼオルクの街にある喫茶店に行った。
「おや、いらっしゃいませ。今日はまた大勢で来られましたね」
「あっ、すんませんマスター、これ、カズがマスターに渡してくれって言うから持ってきました」
「……私に?」
マスターは俺達が住む世界でも喫茶店を開いている人で、ガキの頃から良く遊びに行ってる。
そんなマスターに手紙を渡すと、マスターは早速中を確認し、手紙を読み始めると怪訝そうな顔になった。
「まいりましたね……」
何が書かれてるんだ? やっぱ逃げろって内容なのか?
「……なるほど、まさかあの方にバレていたとは思っておりませんでした。あの方を侮ってしまっていましたね……」
ん? あの方? カズの事か? まぁマスターはカズとかなり仲が良いし、そう呼ぶのは別に不思議じゃねえかな?
でもそれは違っていた。
「ふっふっふっふっふっ、こんな老いぼれにこの様な手紙を渡されるなんて、あの方は昔から変わりませんね。では……、店を閉めて貴方方に付き合うと致しましょう」
どゆこと?
マスターはそれ以上なんにも言わず、ただ店じまいすると店の奥に消え、暫くすると紳士って感じがする格好で出てきた。
「では行きましょうか」
「あっ、はい……」
向かった場所は俺が予定していたハルゼン平原。
そこに到着するなり、マスターは後ろを向いたまま初めて自己紹介をしてくれた。
「"新庄明正"、それが私の、人間としての名です」
……え?
マスターが右手を開くと、どこからともなく黒い剣が飛んできて、それをスッと握る。
「本当の名を今お教えすることは出来ません」
この人、何者なんだ?!
「全員で掛かってきなさい。もし、私にかすり傷一つでも付けることが出来たその時は、改めて真の名をお教えする事を御約束致しましょう」
そう言ってマスターが剣を振りながらこっちに向き変えると、その顔はまるで親父さんみたいな鬼神、もしくは悪魔みたいに見えた。
……この人、こんなにヤバい人だったのかよ。
その瞬間、マスターの顔が俺の知ってる人物と重なった気がした。
……マジかよ、なんで今の今まで俺は気づけなかったんだよ……。
「おや、どうやら貴方は気づいたようですね」
「……は、ははっ、まさかマスターが……、ね……」
「ふふっ、どういった経緯で知ったかは存じませんが、きっとそれは正解なのでしょう」
「……」
よく知ってるよ……、だってアンタは……。
「目覚めなさい、"草薙剣"」
持っていた剣が黒く光ると、まるで皮がペリペリって剥がれるようにして真の姿を現す。
「神竜剣、"雨叢雲剣"」
……ははっ、マジで冗談じゃねえぞカズ……。
美羽が八岐大蛇と融合してからなんだかど、全員でいろんな神話を勉強したからマスターが本当は誰なのかって気づいた。
"草薙剣"、または"雨叢雲剣"。そう呼ばれる武器は今、天皇家が三種の神器として持つことを許されている武器の一つだ。
そしてそれを使用し、持っていたとする人物はただ1人。
「さぁ、始めると致しましょう」
「光栄だぜ……、まさかアンタと手合わせ出来るなんてな、スサノオノミコト。いや……、サタン!」
「ふふふっ」




