第268話 怒れる者<ゼストSide>
ーー 竜国 ーー
「勝手な事をしてくれたものだ」
「ごめんなさい……」
<私からも謝罪を>
「何故私の命令に従わずに動いた?」
「だって……、叩くなら早い方が良いと思って……」
「確かに私は憲明が厄介な存在になる前になんとかしないとなとは言った。だが、それは今日じゃなくても良かった筈だ。私には私なりの考えがあるからこそ待てと言っていたんだぞ? それなのに何故だ? 私の命令が聞けないと言うのか?」
「違うの兄さん! そうじゃないの!」
そうじゃないと言うが実際パンドラ達は勝手に動いたのだ、私の命令が聞けないと言ってるようなものじゃないか。
厄介な存在になる前に、その不穏な芽は刈り取らねばならない。だが何も殺せとは言っていないのだ私は。
憲明が兄者と親しい関係であるならば、ならばこちら側にどうにか引き込んで味方に出来ないかとも考えていた。
だがイリスの件もある。
私は出来ることならもう、この件に関わらず、2人で何処か安全で静かな場所で暮らしてもらった方がいいのではと悩んだ。
それなのにだ。
私がどうしたら良いか悩んでると言うのに、パンドラ達が勝手に動いた事で憲明は天使の力を覚醒させてしまった。
まさかよりにもよって生まれ変わったウリエルの子として。
想定外の事実に正直どう対処すれば良いのかまた頭を悩ませる事態になってしまった。
「貴様らのせいで憲明は天使の力が目覚めてしまったぞ。私としてもまさか憲明の中に天使の力が眠ってるとは思ってもいなかった。どう責任を取るつもりだ? 余計な事をしてしまった事で、厄介な存在がより厄介になってしまったぞ?」
私がそう言うとパンドラとゴジュラスは黙って俯く。
私は2人にどうしたいのか聞いてると言うのに、黙りとはな……。
「私の言葉は兄者の言葉も同然だと言った筈だ。貴様らは兄者に楯突きたいとでも言いたいのか?」
「違う! そんなんじゃ!」
「違うものか。現に貴様は私の命令を無視し、ゴジュラスと共に憲明を殺そうと動いたではないか。しかも羅獄まで使ってだ……。アズラエル。お前はどうして羅獄を出撃させた?」
「ちょっとそれはまって欲しいんだけど。私は別に羅獄を動かしてないよ?」
「なんだと?」
「ねえパンドラ~、アンタ、私の事も無視して羅獄を勝手に連れてったでしょ」
「そ、それは……」
「なに? 私がまだ目覚めて間もないから勝手に羅獄を連れ出した訳? それはちょっと酷くない? お陰で私まで勝手に動いたって誤解されてるじゃん。ねぇ、流石の私でも勝手に羅獄を使われたらさぁ、マジで怒るからね?」
……アズラエルの言い分は認めよう。
そうか……、アズラエルになんの断りもなく勝手に羅獄を動かしたと言うのか……。
「アナタには悪かったと思ってる。だけど、私もなんとかしなきゃと思ったのよ」
「私さ~、別にアンタの言い訳を聞きたく無いんだけど~? ……アンタ、それで計画に支障が出たらどうするつもり? ゴジュラス、アンタもだよ? 今はまだカズのパートナーでしょ? だったら勝手な行動はしないでもらえる? じゃなきゃカズに謝ってでもアンタをブチのめすけど?」
<す、すまない>
「ねえゼスト~、この2人、いっぺん本気でシメた方が良いんじゃない~? いくらなんでもナメ過ぎだって」
「……アズラエルの言う通りだな」
「まって兄さん!」
「まってだと? まって欲しいのはこちらのセリフだったんだがな。どうして私がそんなお前をまっていなければならない?」
「ごめんなさい! 本当にごめんなさい! だから!」
ー "覇轟棍" ー
「あっ……ゴプッ……」
「暫く頭を冷やしていろパンドラ」
「あっ……うっ……」
「……本来ならもっと酷い目にあって貰うところをこれで済ませたんだ、しっかりと頭を冷やし、今度こそ兄者の為に計画を壊さないようにな?」
「は……い……」
「さて、では次にゴジュラス、覚悟は良いな?」
<うっ……>
ゴジュラスにもパンドラ同様"覇轟棍"で殴った。
"覇轟棍"とは拳に魔力を乗せた打撃技。
殴る衝撃に加え、二重三重と衝撃波を与え、その衝撃波は2倍3倍と力が増大する。
パンドラやゴジュラスなら死にはしないが、本来なら相手を破壊する力だ。
「まったく……」
「はぁ……、めんどくさいけど、私も羅獄のお仕置きに行ってくるよ」
「……すまなかったな」
「いいよ、私はそこまで気にしてないから」
そうは言ってもアズラエルから怒気を感じる。
怒っていないと言っても、おそらく勝手に動いた羅獄に対して相当頭にきてるのだろう。
生まれ変わったアズラエルは性格が昔とは変わってしまってはいるが、奴を本気で怒らせればあのパンドラでさえ手が出せなくなる程気性が激しい女だ。
だと言うのにパンドラは今回、そんなアズラエルを怒らせてしまった。
きっと羅獄はパンドラやゴジュラスよりも酷い目に合うことだろう。
<ギイアアアアアアアアア!!>
思ってる矢先に羅獄の悲鳴が響き渡る。
羅獄は唯一、アズラエルの言うことしか聞かない。
にも関わらずパンドラは羅獄を動かすことが出来た。
その理由は容易に考えられる。
パンドラは羅獄に、アズラエルが喜ぶ顔が見たいならそうしろと言ったに違いない。
まったく……、逆に羅獄が不憫でならんな。
「しかしゼスト。ダージュはどうするつもりだ?」
「そうだな……。奴は我々を裏切ったと認識して良いだろうな」
「だからどうするつもりだって私は聞いている」
ルシスはまさかダージュが裏切るとは思ってもいなかったのだろう。
その怒りを私に向けられても困るのだが、奴は奴なりに悩んだに違いない。
ダージュは今の兄者は認めても、もう一人の兄者の事は認めていなかった。
確かに私も思うところはある。
だが兄者は兄者だ、他の誰でもない。
「ゼスト!」
「分かっている。だからそう怒鳴らないでくれないか? ダージュにはダージュなりに考え、悩んだ末に出した答えなのだろう。奴は今の兄者を昔同様慕っている。だが、もう一人の兄者を良くは思っていなかった。つまり奴は今の兄者の言うことだけを聞こうとして我々を裏切ったんだろう。ならばそれはそれで良いんじゃないないか?」
「それはそれで良いって……、本気で言ってるのか?!」
「私は何時でも本気だ。考えてみろ。今の兄者は昔となんら変わりない性格の兄者だ。だが、時折我々に指示を出す兄者はそんな昔の兄者とは違う性格をしている。しかし、兄者は兄者。我々はどちらの兄者も信じるが、奴は昔と同じ性格の兄者だけを選んだ。だからそれが別に悪いとは私は思わないが?」
「そ、それはそうだが……」
「ルシス。我々と奴の道は違えてしまったかもしれん。しかし、このまま進んでいればまたいつか、ダージュが辿る道と交わることだろう。それまで待とうじゃないか」
「だがゼスト、もしそれでも奴と戦うとなったらどうする?」
「その時は仕方ないと思う。だが、互いに生きていればまた手を取り合えると私は信じている」
「ふんっ、だったら勝手にしろだ。それでも私は敵になるなら容赦せんがな」
どうしてお前はダージュの事になるとそう熱くなるんだ。
ルシスは怒ったまま部屋を退室し、そのまま一人で何処かへ出掛けて行ってしまった。
残されたナンバーズ達もそんなダージュに思うところがあるだろうが、誰も何も言おうとはしなかった。
「バラン、すまないがまた頼めるか?」
<……はぁ、致し方ない、憲明を見るついでに奴の様子も私が見てくるとしよう>
「いつも本当にすまない」
<気にするな。だが、今度呼ばれた時が最後だと憲明には伝えてあるからな……>
「じゃその時を最後にするんじゃなく、もう一度だけ会う事にしてはどうだろう? きっと喜ぶんじゃないか?」
<……なぁゼストよ、どうしてお前もアイツをそこまで気にするのだ?>
「何故だろうな……、奴のこれから先の未来が見たいからなのかもしれんな……」
<……それは私も一緒だ。奴は我々の敵だ。だが……、そうだとしても何故か私はそこまで奴を敵だと認識出来無いのだ>
お前は随分と可愛がっていたからな。
だが私はそうじゃないんだよ……。




