第267話 ダージュが見た世界
「大丈夫だ憲明、綺麗に治療されてるから後遺症も無いだろ」
「そうか……、よかった……」
1:00
ーー 夜城邸 ーー
もう夜中だって言うのに、俺達が来ると何も聞かずに組員の人達はカズの部屋まで急いで通してくれた。
「イリスもよく眠ってる。ったく、ミルクの事を考えてこれから力を取り戻してもらおうとしてる矢先だって言うのに、無茶しやがって」
「でもイリスは」
「分かってる。イリスはお前を守ろうとしてパンドラに挑んだんだろ。だがアイツは想定してるよりずっと力を取り戻してる。逆にゼストが止めに来てくれて感謝してえくらいだ」
「……」
「地震の原因、お前知ってるか?」
「……いや」
「"羅獄"だ"羅獄"、アレが地震を引き起こして関東全域がパニック状態になっちまった」
"羅獄"……、まさかアイツを使ってきたのかよ……。
「"時渡り"で見たなら知ってるだろ。アレは八岐大蛇程じゃないにしても三大魔獣の一角だ。アレがその気になれば地震だけじゃなく、大津波を引き起こして関東全域が水没させられていたかもしんねえ」
純粋な力だけの魔獣か……。
「んで? ゼストからファフニールの目を貰ったって?」
「あ、あぁ」
「ファフニールの目は宝玉と言っても過言じゃねえが、下手に扱うと強力な呪いで死ぬかもしんねえ代物だ」
……やっぱそうか。
「だがお前は本当にツイてるな」
「……え?」
「レーヴァテインを出せ。俺と岩美の2人で強化してやる。それとも、ファフニールの力を取り出してお前の力にしてえか?」
「……いや、なんか怖いから強化してくれると助かる」
「よし。おい岩美! 今から工房だ! 支度しろ!」
「準備は出来ております!」
「クククッ、随分と早いじゃねえか。まっ、安心しろ憲明。ファフニールの目だけじゃなく、他の材料も揃ってるからそれを使って今以上に仕上げてやるよ」
ほんと、頼りになるなぁコイツ。
「お袋さんは美羽達に任せて今は寝ておけ」
「でも"羅獄"はどうするんだ?」
「奴ならもうどっか行っちまったよ。今頃ゼストにそうとう怒られてるだろうな。クククッ、アイツもキレると厄介だからな」
なんとなく分かる。
カズは俺とダージュにってコーヒーを煎れてくれると、岩美を連れて工房に向かっていった。
いったいどんな材料も使われるのか気になるとこだけど、俺の頭の中は母さんとゼストとの関係が気になっていた。
「はぁ……」
どうしてゼストはあの時、母さんに対してあんな目をしてた?
それに私達の仲じゃないかって言おうとしてなかったか?
……俺が昔の母さんを知ってるのは、ダージュと母さんが殺り合ったあの戦争の時だけだ。他に母さんが出てくる事は無かった。
なんだ? いったい母さんは何を死ぬまで黙ってるって言ったんだ?
ダージュは知ってるのか?
「ダージュ」
「どうした」
「母さん……、昔のウリエルはどんな天使だったか知ってるか?」
「……数える程度しか会ったことが無いからなんとも言えんな」
つまりそれは、知ってる、って事だよな?
「なぁ、話してくれないか? 昔のウリエルとゼストの関係を……」
「……悪いが話せないな」
「なんで……、なんで皆して隠そうとするんだよ……」
「……」
それでもダージュが黙っていると、目を覚ましたイリスがやって来た。
「憲明!」
「イリス、大丈夫か?」
「ゴメン! 本当にゴメン! 守るって約束したのにパンドラに負けて! それにお母さんまで!」
「大丈夫、大丈夫だから落ち着いてくれ」
「お母さんは?! お母さんは無事なのか?!」
「生きてるから大丈夫だって」
「よかった……、本当によかったよぉ……」
母さんが無事だと知って、イリスが俺に抱き付きながら大泣きする。
俺としてはイリスが少しでもパンドラを抑えていてくれていたから、まだ、これだけで済んだと思える。
「イリス?」
「スゥー、スゥー」
おいおい、起きてきたと思ったら寝ちまったよ。
ほんと、俺には勿体ないくらい良い奴だよお前は。
「寝たのか?」
「あぁ、母さんが無事だと知って安心したんだろ」
「そうだろうな」
「……これからお前はどうするんだ?」
「……軽くだが、この世界を見て回った」
「それで?」
「どこもかしこも争いが絶えない世界だと思ったよ。貧困、権力、領土、どれもくだらないと思った。だが、中にはそれでも前を向いて必死に生きる者達もいたのは事実だ。何故希望を持って生きる事が出来る? こんなくだらない世界の中で、どうして必死になれる?」
「そうだなぁ……、難しい質問だなぁ。……俺が言えるとしたらそれが人間であり、生きる為にはそうでもしなきゃやってられねえから、……なのかな」
でも俺は知ってる。
ダージュもそういった世界を生き抜き、アルガドゥクスを支えるために戦った。
きっとそんな世界をずっと見てきたから何もかもが嫌になったのかも知れない。それは他の凶星十三星座達にも言える事なんじゃねえかって、俺は思うけど……、それを言ったらきっと怒るかもと思ってそれには触れなかった。
「でもなんでそう思ったのに俺の味方になってくれるんだ?」
「……世界を見てくだらないとは思った。だが、貧困で自分達が苦しいと言うのに、旅をしている私に手を差し伸べてくれる者達がいた。私はそれに疑問を感じた……。何故だ? 私は別に困っていない、なのに何故食べ物を分けてくれる? 寝床を用意してくれる? 中には悪い事を企む者もいたさ、それでも全部が全部じゃなかった……。人間に優しくされたのは何時ぶりだ? 私に何故優しくしてくれる? 私は人間を滅ぼすつもりでいたんだぞ? あの方が認めた人間以外全てをだ……。そう思いながら私はとある国に入ると、小さい子供が笑顔を向けてくれた……。私はそこで暫くそこにとどまる事にし、周りを観察する事にした。その子供は毎日遊びに来た。適当にあしらってるが毎日だ。そんなある日、よくない輩が私に因縁をつけに来たんだがその子供は私を庇うために傷付いてしまった。私は怒り、その者達を叩きのめしたさ。するとどうだ? その子供は私に対し、怪我は無いか? 大丈夫だったか? と聞くから、私はこの程度たいした事ではないと言うと、満面の笑顔でよかったと言うじゃないか。それからもその子供が顔を出しに来ると、一緒に釣りや遊びなどを誘いに来るから、何故か私はその誘いを受けて釣り等をしてその子供と遊んだ。その時私は思ってしまった。あぁ、まだこの世界は捨てたもんじゃないんだなと。そこでお前の味方になろうと決心した。ははっ、すまないな長い話を聞かせてしまい」
「いや、そんな事無いよ」
ダージュが経験した出来事は本当の自分を見つめ治す良い体験だったんじゃないかって思う。
きっとその子供は本気でダージュと仲良くなりたかったんだろ。
それにダージュが怒ったのはその子を守りたかったからなんだと思う。
「いい出会いがあったんだな」
「良い出会いか。……そうだな、あれは良い出会いだったんだろうな」
そんな話をして、俺は眠ってるイリスを抱き抱えながらダージュとコーヒーを飲んだ。
相変わらずアイツが煎れてくれたコーヒーは飲みやすくて旨いな……。
「憲明さん、宜しいですか?」
「はい?」
呼ばれてそっちに顔を向けると、そこに毛布を持ったロゼリアがいた。
「どうしたんだよ?」
「こちらの毛布を用意致しましたので、宜しければイリスさんに」
「……うん、ありがとな」
「いえ……。宜しければダージュも御使いになられますか?」
「いや、私は大丈夫だ。……ん? 今なんと言った?」
でも既にロゼリアはいない。
ダージュはロゼリアは何処に行ったのか周りを見るけど本当にいない。
「きっと母さんの所に行ったのかもな」
「そうか。まぁそれは良いが、まさかお前があのウリエルの子だとはな」
「なんだよ急に」
「いや? だがお前はなんて面白い人生を歩んでるんだかな」
「うっせえよ、俺だってまだ信じられねえよ」
「はははっ」




