第266話 過去の因縁
どうしたら良い?!
ダージュとイリスの2人係りでも足止め出来ないパンドラ相手に、俺の力が通用するのかって考えるけど、その力が徐々に弱くなってもいる。
どうする?! 早くしないと母さんが死んじまう!
「これはどういう訳なのか、説明してもらえるんだろうな? パンドラ」
「っ?! ゼスト……兄さん……」
クソッ! ここにきて今度はよりにもよってゼストかよ!
「いやこれは兄さん、だって、早々に憲明を排除した方が良いって話に」
「だからと言って何故予定している日が近付いていると言うのに行動に出た?」
「だって、兄さん!」
「黙れ。確かにそれは話し合いで決めたがそれは何も今日じゃなくても良かったのではないか?」
「あっ、うっ……」
あのパンドラがゼストの睨みひとつで……。
すると、母さんの体が光りに包まれるとゼストの名前を叫んだ。
「ゼストーー!!」
「母さん?!」
「……まさか、……ウリエル?」
何しようとしてんだよ?! なんで逃げてくれねえんだよ!
そう思うのってさ、やっぱ一緒なのかもな。
母さんは俺を逃がそうとして、今度は俺が母さんを逃がそうとしてる。
「この子だけは命に代えてでも守る!」
命?! まさか……死ぬつもりなのかよ?!
母さんは左手で槍をまだ持ち、その切っ先をゴジュラスに向けてなにかしようとしていた。
「……なるほど、その技は天界でも禁忌とされた技か。だがその前に私の話を聞いてはくれないか?」
「黙れ! この子に明日が来るならば! 私は母としてこの子に明日を見せてあげたい! その為ならばこの命尽きようともせめてそこのゴジュラスだけでも道連れにする覚悟は出来てる!」
「……ウリエル」
「やめろよ母さん! やめてくれよ!」
そう言い続けてるのに母さんの光る体がどんどん強くなるばかり。
どうしたら止まってくれるんだって考えていると。
「ウリエル、今回はこの辺で引き上げるからどうかその力を使わないでおくれ」
「うるさい!」
「ウリエル……、お前がしようとしているのは命を代償にした技だ。それを、お前は我が子の前で見せると言うのか? それは流石に憲明が可哀想だとは思わないか? ん?」
「ゼス……ト……」
「お願いだウリエル。どうかその力を使わないでくれ。私とお前の仲じゃな ーー」
「それ以上何も言わないで!」
「……すまない」
「どうして……、どうして謝るのよ……」
だけどゼストは何も答えず、ただゆっくりと母さんの元へと歩みを進めると、母さんから溢れ出る光が弱まって消える。
俺達は近付いてくるゼストを止める気になれなかった。
だって、ゼストが物悲しそうな目で母さんを見つめているから。
なんで、そんな目を母さんに……。
「近寄らないで!」
「大丈夫。私は危害を加えるつもりなんて無い。ただ君の右手を治したいんだ」
「何も……しないで!」
だけどその言葉はただ虚しいだけで終わった。
ゼストは母さんの千切れた右手を拾っていて、それを繋げようと治癒魔法を使い始めていた。
「なんで……、助けてくれるのよ……、どうして……」
「……」
「なんでよ?!」
「これではっきり解った事があるからね」
何が、解ったんだ?
「……なるほど、バランの話を聞いてから私はずっと考えていたんだよ。憲明がどんな存在なのかね」
「!!」
「ウリエル……、何も答えなくて良い。ただ単にこれは私個人の推測でしか無いのだからね」
「……」
「でもいつか話さないといけないね」
「その事は死んでも話さない!」
「……ふふっ、君は昔と変わらないな。さっ、右手も繋がった事だし、早くここを離れた方が良いだろう。パンドラ、ゴジュラス、引き上げるぞ?」
<……承知した>
「でも兄さん!」
「パンドラ……、これでも怒っているんだよ私は」
静かだけど、気が遠くなるような強烈な殺気。
それは俺達にじゃなくパンドラに向けられていた。
「あっ、ああっ……」
震えていやがる……、あのパンドラがゼストの殺気を当てられて怯えている……。
ダージュ、イリス、そんな2人を簡単に倒したパンドラが、この世の終わりって感じの顔をして怯えている。
いったいどれだけ強いのか知りたい。だけど、それを知ったらきっと、ショックがデカ過ぎて立ち直れねえくらい落ち込むかも知れない。
そう思うと"鑑定"でゼストのステータスを見る気になれなかった。
「すまなかった憲明。確かにお前は私に、いや、我々にとって脅威となる存在だ。だから早めにその芽を刈り取ろうと決めたのだが、それは何も今日を予定していなかった。だから今回の件に関しては本当に申し訳なかった」
なんで……、なんでそうやって簡単に頭を下げられるんだよ?!
ゼストが俺に対して深々と頭を下げるから、どうしてなんだって逆に怖くなってゾッとした。
相手は凶星十三星座最強のNo.Ⅰなんだ。
素直にその謝罪を受け取れる筈がねえよ。だっていずれは俺を殺しに来るって事だろ?
「これはせめてもの詫びとして、どうか受け取っては貰えないか?」
ポケットから取り出した物を、俺は思わず受け取ってからそれが何なのか見てみると。
「それはとある竜の目。兄者に頼んでお前の武器と合わせるもよし、その力を取り出して己の力にするもよし。邪竜"ファフニール"。それがその目の持ち主の名だ」
拳大程の丸くて黒い宝玉かと思ったらまさかの竜の目。
しかも、"ファフニール"って確か宝を守るドラゴンじゃなかったかって考えた。
それになんだか……、その目が微かに動いてる様な……。
「好きに使ってもらってかまわん」
「なんで……」
「私は先程詫びだと伝えた筈だ。今回は勝手な事をさせてしまい、本当に申し訳無い。さぁ、帰るぞお前達」
それだけ言うとゼストが霧状の闇になって消えようとしたから、俺は思わず呼び止めた。
「ん? どうした?」
「……親父さんとカズには会っていかないのか?」
「そうだな……、私としても行きたいのは山々なのだが、やはり互いの立場を考えるとどうしても……な……」
「んなもん関係ねえだろ。……アンタや骸は他の凶星十三星座とは違う……。だからさ……、何時でも来て良いって言われてるんだから別に良いんじゃねえか?」
「……ふふっ」
「な、なんだよ!」
「いやすまない。……そうだな、では御二人に伝えて欲しい。予定決行前日に顔を出しますので、宜しければまた御一緒にコーヒーが飲みたいと」
「……わかった」
「ではまた会おう。そうだ……、その時はお前とウリエルの2人も同席してくれると嬉しく思う」
「え? なんで」
だけどゼストはそれだけ言ってもう消えていた。
そんなゼストを追いかけるようにしてパンドラとゴジュラスもいなくなる。
……不思議だった。俺はなんであの時呼び止めたんだろうって。
ゼストの優しさが垣間見えたからか? 母さんの千切れた右手を治してくれたからか?
敵だって分かってるのにどうして、なんでなんだろうって。だからと言って俺の頭で考えても仕方ないだけなんだけど……、どうしてかゼストを敵だって認識したくない自分もいる。
「あっ……」
「母さん!」
<カロッ?!>
力を使った反動なのか、母さんが意識を失って倒れた。
「ダージュ!」
<分かってる。イリスは私が抱えていくから早くここを去ろう>
「頼む!」
イリスはダージュに任せ、俺は母さんを背負って夜城邸に行くことにした。
なあ親父さん、……母さんがウリエルの生まれ変わりだった事を知ってたのか?
きっと知ってたに違いない、知っててずっと黙ってたんだあの人は。
でもどうしてそれを隠してたのか解らなかった。




