第257話 先生みたいな
<では始めようか。……50%、解放。グルッ、グルアッ、グルアルアアアアアアア!>
両肩と両腰から凶悪な触手が現れ、"凶爪"って能力で禍々しい触手に変わりながら強烈な咆哮で足が震える。
やっぱ怖ぇな……。
骸は俺達の為に戦闘訓練をしてくれるんだから、殺される心配なんて全然無い。
……だけどまたあの時みたいに、頭では解ってるけど本能が死ぬから全力で逃げろって叫ぶ。
これでまだ半分なんだろ? んじゃ、本気になったらどれだけの恐怖を感じる事になるんだ俺は?
ダージュとは違う恐怖。
ダージュはまだ復活してまだ日が浅いから骸よりも恐怖を感じはしなかったけど、それでも充分ダージュだって逃げたいって気になる程の恐怖だった。
親父さんはよくこんな状態の骸と渡り合えたな! マジでどうなってんだあの人!
<安心してかかってくるが良い>
でもさ、カズがアルガドゥクスとして復活したらそれ以上の恐怖だって事も知ってるから逃げたく無い。
だけどその前に俺は確かめたい事がある。
「骸、お前の全力を少しだけ見せてもらえないか?」
俺は骸の全力を見てみたかった。
正直怖いさ、ガチで逃げてえくらい怖いさ。でもダージュを通して昔の骸を見たことあるから、きっと昔以上に強くなってる気がしたからなんだ。
<……良いだろう。だが私が全力を出せるのはほんの数秒だけだ>
「理由は?」
<私が全力を出せば、自動的にこの辺一帯に"氷河期"を解放する事になる。それはお前が思ってる以上の力だ>
そう聞いて思わず生唾を飲み込み。どうしようかなって思っていると骸は。
<なあに、お前達に被害が出ないようにしてやるさ。さぁ、よく見ておくが良い>
と言って、全力を解放し始めた。
<ハアァルルルルルッ……>
……そして俺達は数秒間とは思えないような長い時間を感じる体験をする事になる。
初めは周囲一帯の温度が一気に下がり、地面や草木、空気が凍り付いていく。
<ルルルッ、グルアルアアアアアアアッ!!>
さっきとは違う強烈な咆哮。
そして、全身から魔力が溢れ出ると何もかもが白い氷の世界へと変わり、骸の全身からも凶悪な鎌状の爪が生えたりして、より禍々しい姿に変貌する。
激ヤバ過ぎるぜ骸……。
<ハアァァルルッ……、これが私の全力だ憲明>
ジメジメして暑かった湿原が、綺麗なんだけど恐怖を感じる氷の世界になった景色に圧巻し、骸から漂ってくる重圧で押し潰されそうだった。
<ではこれで良いかな?>
力を抑えたからからか、目の前の景色が砕け散るようにして消えると元の湿原に戻る。
その砕け散る様を見て、俺は恐怖を忘れて綺麗だなって思えた。
<満足してくれたか?>
「……ありがとう骸。俺さ、ずっとカズの背中を追っていたけどさ、全然追い付けねえからずっと焦っていたってのもあるんだけど。……まずはカズよりお前に追い付けるようにしないと意味ねえって思えた」
<ふふっ、私ですらあの方とまともに御相手出来る程では無いのだがな>
「だからだよ骸。こう言ったらお前に失礼なのは解ってる。だけど言わせてくれ。アイツを止める為にお前の背中を追い、お前と戦うことになっても俺がお前に勝てたその時は改めてアイツの背中を追う事にする。だから、お前を利用させてもらう!」
<ふははっ、ではその時は死ぬ気で挑みに来い。私はお前を応援しているよ>
「あぁもぅ……、はぁ……」
<どうした?>
「いや、なんでもない!」
骸の優しい微笑みや言葉に俺はまた泣きそうになった。
骸ぉ……、お前やっぱ、俺にとっても兄貴みてえな存在なんだよなぁ……チクショウ……。
美羽が言ってたように、俺は骸と色々な事があったよ。
一緒に笑い、一緒に泣き、一緒に悩み、一緒に悔しがり、一緒に怒って、一緒に遊んで、たくさんの時間を一緒にいた。
落ち込むことがあれば俺の側に来て、励ましてくれているのか優しくしてくれたりさ。
それに俺達をもっと強くしようとわざわざ戦闘訓練の相手までしてくれるんだ。
俺、お前のこと好きだな……、兄貴としてさ……。
<さぁ、そろそろ訓練を始めるとしようか?>
「……胸ぇ借りるぜ骸!」
<来い>
正面から走った俺は"炎剣・レーヴァテイン"を何時でも抜刀出来る構えをしながら走り出す。
その横にクロ。カノンとソラは離れた場所から援護。ノワールは姿を消して奇襲攻撃しようと動いていた。
<ふむ、ノワールはきちんと気配を消せているな。だが近づけなければ意味が無い>
<ギュエッ?!>
骸の周囲が凍り付いている。
骸のバトルフィールド、"氷河期"じゃないにしてもノワールの足元が氷でくっついて動けなくなり、そこを凶悪で禍々しい触手が目の前まで迫ると止まる。
<ノワール、私が今攻撃をしていればお前は負け、死んでいるだろう>
確かに。
<お前はもっと遠距離攻撃を覚えなさい>
<ギエェェ>
<お前はあの方から"砂粒操作"を授かったのだろう? であれば、どんな環境だろうと砂を自在に操れるように努力することだ>
<ワフッ!>
<お前は鎖だけを操るんじゃない。私の右目を潰した時のようにより爪を研ぎ澄まし、私がお前に与えた力を効率良く操れるようになれ。それにお前は炎を操れるのならそれをもっと活用しなさい>
<ワ、ワフゥ……>
骸がなんか先生みたいにノワールやクロの行動を指摘して教える。
それを見て、本当に俺達の事を考えてくれてるんだなって伝わってくる。
<憲明、お前の炎はただ攻撃するだけが取り柄じゃ無い筈だ。その炎で味方の強化等、様々な事が出来るんじゃないのか? 出来ないのであれば出来るようにお前はまず攻撃よりも味方のサポートに徹しなさい。攻撃だけしか取り柄が無いのか?>
うっぐっ、ごもっともなご意見で……。
確かに俺は毎回馬鹿の一つ覚えみたいに攻撃を仕掛けていた。だけど骸はそれだけじゃなく味方の事も考えろと言ってくれる事に嬉しさもあった。
そこでカノンの光魔法攻撃が骸に着弾。
だけど骸にダメージが無く、平然とした顔で今度はカノンに指摘し始める。
<お前は強敵に対して攻撃するのか? 攻撃をして気を引き寄せようとするならそれはよし、しかし、お前はサポートで援護や支援を重点的に今は意識しなさい。こう言う時こそ動けなくなったノワールを植物を操り、助けに入る事が正解だと思わないか? 自分でよりどうすれば、どう味方の援護や支援をしたら良いのかを考えろ。解らないと言うならいくらでも聞いてやる>
先生かな?!
<ソラ、お前がサポートに回るのであればカノンに攻撃させるより、お前が攻撃をして気を引き寄せるようにしろ。お前はなんの為に銃を扱う技術を学び、そのように進化したんだ? こう言う時こそ援護射撃するなりしてサポートに入らないでどうする。お前の銃は飾りじゃないだろ? それに銃だけがお前の武器じゃないだろ、お前のその爪で相手を攻撃し、時には盾役として味方を守れ。お前は体が大きいし力もあるのだから自信を持って活用しなさい>
<ガウ!>
ここ最近ソラがなんだか大人になった気がするけど、まだまだ中身は子供だからそこまで考えが回らないんだろ。
でも骸がそう教えてくれることでソラももっと強くなれる筈だから頑張ってくれ!
<はぁ……、まずお前達はお前達の役割をもっと理解する事が課題だな>
まぁ確かにそうかも。
カズに戦闘時の役割分担を教えてもらったと言っても、クロ達の場合の事はまだまだ教えてもらってない。
良い機会だからここでみっちり教えてほしいな。
<憲明、時間があればまた見てやるからその時は私を呼ぶと良い>
「いいのか?」
<戦闘訓練を見てやると言い出したのは私だ。だから責任をもって教えるとしよう。前にのように適当にあしらうことはしないから安心しろ>
あっ、やっぱりコイツ今まで俺達の戦闘訓練を見てきたと言っても適当だったんだな?
<これを持っていけ>
「ん? こ、これはまさか?!」
骸になにやら白いフワフワの毛玉を渡されて見た瞬間、俺は驚きと興奮でそれをみれて嬉しくなった。
<通信用モンスター、人はそやつを"ケサランパサラン"と呼ぶ>
お~! まさかここであの妖怪なんだか妖精なんだかよく解ってない未確認生物のケサランパサランを手にするなんて!
<そやつには私のケサランパサランと連絡が出来るようにしてある。だからそやつに言えば私に繋がる>
「ありがとう!」
<では今回はこの辺で失礼するとしよう>
そう言って骸はまるで霧みたいにその姿を消していなくなった。




