第244話 儀式
カズが唐突に"引力"を使うからパンドラの手から八岐大蛇の心臓が引き寄せられてカズの手に渡る。
「"引力"?!」
「あぁ、よかったよお前がこの力に気づいていなくて」
「そんな力、過去に見たことがありませんからね……!」
「そりゃそうさ、この力は生まれ変わってから"創造"の力で手に入れた能力だからな」
「ぐうっ……!」
カズが悪い笑みを見せるから、パンドラが余計悔しがる顔を浮かべて睨む。
それにしても八岐大蛇の心臓をよく持てるって思える。
「お兄様、その心臓を八岐大蛇に返すつもりですか? お兄様方は八岐大蛇を止めるために来たのですよね? でしたらその八岐大蛇の性格を治す為にも私達が持っていた方が宜しいのではないですか?」
だから……、それが気に入らねえって言ってんだろ。
そう思って俺はパンドラに向かってまた文句を言おうとしたら、体の力が抜けて前のめりに倒れそうになったところでイリスが助けてくれた。
「無理すんな」
「……悪い」
「おいダージュ、憲明の手を取ったんだからテメェも助けようとしろよ」
<あ、あぁ……>
とは言ってもやっぱりカズとの約束を守りたいからか、凶星十三星座を抜けたそうには見えない。
そりゃそうさ、ダージュは優しいから裏切りたくねえんだからよ。
「ダージュ、無理……しなくても、良いんだぜ?」
<……>
「だって、カズとの約束……、……守りたいもんな」
<……あぁ>
「だから……さ、今回はこれで、向こうに戻れよ……」
<……シリウス>
「違うぜ? ……今の俺は、シリウスじゃ、ねえよ。うっ、あぁ……いってえぇぇ……」
それにしても全身が痛かった。
もう、カズにボッコボコにされて以来なんじゃね? って位、身体中が痛い。
「おい誰か回復魔法使える奴はいねえか?!」
「大丈夫だって、イリス」
「馬鹿! まともに立てねえくせして強がるな!」
「あの! 私回復魔法を覚えたてだけど使えます!」
「頼む!」
後方で俺達のサポートをしてくれようとしていた岩美がそう言って走って来てくれて、俺の体を回復魔法で治癒し始めてくれる。
「いててっ」
「あんまり無茶しないで下さい先輩」
「……悪い」
ダージュは何を考えてるのか知らねえけど、ジッと回復魔法を受けている俺を見ていた。
その頃、パンドラはカズから八岐大蛇の心臓を改めて奪うために戦闘を再開。
ゴジュラスとタカさんは互角にやり合っているし、骸も親父さんと未だに激しい戦闘を繰り広げていて、辺り一面が氷ついているから寒い。
沙耶は……、結局美羽に負けちまったし。
まさか"鵺"で沙耶を倒すなんてな。
「はっ、どうしたパンドラ! 俺を殺すつもりでいるんじゃなかったのか?! それなのになんだその動きは!」
「くっうぅ!」
「よっぽどテメーの思い通りにならねえからイラついてるのか?! あぁん?! "アクティベイタム"に侵された空間を触れなきゃ別に大した脅威じゃねえんだぞパンドラ!」
カズが何をしてるのか解らねえけど、攻撃してくるパンドラが全然カズを捉えられないまま翻弄され始めている。
カズの動きは"異界"で見た時と似ていて、そこにいる筈なのに次の瞬間には別の場所にいる。
まるで瞬間移動をしてるのかっておもっちまうけどそうじゃねえのは確かだ。
ましてや動きが速いとかって事でも無い。
「カズ! 準備出来たよ!」
「……よし、だったらお前の覚悟を見せろ美羽!」
「うん!」
いつの間にか人の姿に戻った美羽がカズに合図をすると、カズは美羽に八岐大蛇の心臓を一瞬で手渡してパンドラを押さえ込む為に邪魔をしにまた動く。
「良いね?」
<……好きにしろ>
「それじゃ、頂きます」
そう言って美羽は八岐大蛇の心臓を食い始めた。
「な、何してんだあの馬鹿?!」
当然その光景を目にした皆は唖然とした。
勿論、ゴジュラスや骸、それにパンドラですら目を大きく開きながら。
だけど美羽が何をしようとしてるのか理解したパンドラは焦った顔を見せるけど。
「アイツの邪魔はさせねえぞパンドラ~……」
「お、お兄様!」
当然カズがパンドラの前に立ちはだかる。
立場が逆転したな。
「お兄様ああ!」
「考えてみりゃどうってことはねえや」
一瞬だった。
ー "百鬼夜行" ー
残像を実体化させてからの連続攻撃を可能とした"百鬼夜行"。
ー "瞬炎" ー
しかもお得意の"瞬炎"で連続爆破攻撃をしながらだ。
だから一瞬でパンドラは仰向けで宙に舞うと、カズは更にパンドラを追い込む為に超高速の強烈な蹴り技を再び次々と叩き込んでいく。
美羽の蹴り技よりキレがあるし、見てて綺麗だなって思えるような一連の流れ。
「あっ、がっ……」
「俺はもう1人の俺に力を制御させられちまってる。でもなパンドラ、残念なことにお前は俺に勝てねえんだよ」
ごめん、その顔だけはやめて下さい。
そう言いたくなるようなカズの氷の微笑みは前より寒気を感じる。
その間になんとか心臓を食べ終え、嗚咽しそうなのを我慢して美羽は八岐大蛇と目を合わせた。
「……じゃ、始めようか」
<クカカ、お前は面白い女だ。……気に入った、気に入ったぞ女!>
力を振り絞って八岐大蛇がその巨体を起こし、美羽を見て笑う。
<本体が気に入ったのも納得だ! 女! 名を我に教えよ!>
「美羽、夜明美羽」
<夜明美羽! 良い名だ! では次は我の番だ!>
そう言ってなんだか美羽を気に入ったらしいけど、次の瞬間にはその美羽を食った。
「美羽?!!」
「安心しろ」
「か、カズ?!」
「これはアイツら2人による儀式。その儀式を俺は誰にも邪魔させねぇ」
ー "重力支配" ー
「うっ!」
<ガアッ!>
<くっうぅ……>
カズの"重力支配"でパンドラ、骸、ゴジュラスが一気に動けなくされる。
初めから使っとけば良いじゃねえか……。
でもそんな中、ゴジュラスも"重力支配"の能力を持っているからか、少しずつだけど中和されてる感じがする。
「おとなしくしてろゴジュラス。お前ならなんで俺が今まで使わなかったか分かるだろ」
<は、い……>
なんでだ?
<しかし、よろ……しいのですか? それを使えば、どう、なる……のか知っておられる……筈>
「しかたねえだろ? 美羽と八岐大蛇の儀式を邪魔させたくねえからよ」
<……これで、逆に彼らを……喜ばすだけ、ですのに……>
そこで中和が完了したゴジュラスが動き出した。
<私は主様に手を出す事は決して致しません。ですが。申し訳ありません>
「お前のそういうとこ、俺は好きだぜ?」
<……ははは>
動き出したゴジュラスが何をしようとしてるのか見ていると。
<さぁ、続きをしようじゃないか>
「ほ~う」
ゴジュラスの目的はタカさん。
唯一ゴジュラスとまともに渡り合えるタカさんを好敵手と認め、この場で決着を付けたかったんだろ。
「ど~しやす若~?」
「残念だがゴジュラス、お前の気持ちは分からなくもないが時間だ」
そして八岐大蛇の体が一気に真っ白く変わると、まるで卵が割れたように中から美羽が飛び出してきた。
「お待たせ」
「はっ、別にまっちゃいねえよ」
笑みを浮かべてゆっくりと降りてくる美羽にカズも笑みを浮かべ、手を差し伸べる。
そんなカズが差し伸べた手を取り、美羽が降りるとなにが起きたのか俺達は理解した。
美羽の後ろから八岐大蛇の姿が見える。
おいまさかアイツ……、融合したのか?!
「さぁ、そろそろお引き取り願おうかな」
「そうだな。そろそろお引き取り願おう」
ヤバい! これはヤバすぎるだろ!
力を制御させられてるとは言え、カズは神を喰い殺した最強の竜王の生まれ変わり。
その最強の竜王から分身として生まれた最強の魔獣と融合した美羽。
そんな2人から異常な殺気と重圧を感じた俺は恐怖の余り笑いそうになった。
<パンドラ!>
「わかってるわバラン……。アズラエルを回収して、……撤退しましょう」
<……どうやらお預けのようだな。次に会えるのを楽しみにしている>
「そ~りゃこっちのセリフだ~」
2人の睨みであの凶星十三星座達が怯え、ゲートを開くと去っていく。
「……お兄様」
「なんだ?」
「……私はゼスト兄様と違います」
「……知ってるよ」
「早く……、早く昔のお兄様に戻って……」
一瞬涙が見えたけど、パンドラはそれだけ言っていなくなった。
俺はダージュを通して過去のパンドラがどんな奴なのか知ってる。
本当はパンドラだっていい奴なんだ。
それは凶星十三星座全員がそうだ。
そんないい奴らが真実を知って絶望し、人生を歪められた。
凶星十三星座の連中は元は被害者だったんだ。でも、世界を憎んだ事で加害者になっちまった。
恐怖で世界は変わらない。変えちゃ駄目なんだ。
「さてと。んで? お前はどうするんだ?」
<……私は>
「……取りあえず引き上げる。おい憲明、ダージュを家に連れてこい。話はそれからでも良いだろ」
「わ、分かった!」
「エルピス、悪かったな来てもらって」
「いえ構いません」
「お前も後で家に来い。礼はさせて貰う」
「御気遣い感謝致します。しかし、その前にこの場をなんとか致しませんとなりませんので、お兄様方は先にお戻り下さい。後の事は我々が引き継がせていただきますので」
「助かる」
エルピスさんの好意で俺達は先に戻り。
取りあえず後片付けしてくれているエルピスさんを俺達は待つことにした。
あれ? でもパンドラの"アクティベイタム"はどうすんの?




