第234話 宙に浮く巨体
<……だが、こんなことで我が倒れるとでも思ったか!!>
「別に思っちゃいねえよ」
流石と言うべきか、八岐大蛇は大ダメージを受けたと言うのに平然としていた。
すると、カズは腰に装備していた"堕天竜"を鞘からゆっくりと抜いた。
「お兄様」
「離れてろ。イソラ、来い」
<んふふふふ、やるのね?>
実体から霊体になったのか、イソラが"堕天竜"に入るとゆっくりと構え直す。
「コイツが何で出来てるのか教えてやろうか?」
<……言われなくとも解る>
……たぶん、"堕天竜"の素材はカズ自身。
その理由はカズが竜になった時、特別にって爪や鱗、甲殻とかを使ってヤッさんやサーちゃんの武器や大盾を作ったのを目にしたからだ。
でも……、ヤッさん達が持ってるカズの素材で出来た物より、"堕天竜"の存在はもっと禍々しいし恐怖を感じる。
あれ? でもちょっとまてよ?
ヤッさんの大盾はかなり重くてなかなか扱えないしサーちゃんや御子神のおっさんの武器もそうだ。
なのに……、なんでカズが持ってる"堕天竜"を俺は持てたんだ?
「さて? んじゃ始めようか。親父、全員をもっと後ろに」
「……無理はするなよ?」
「わ~ってるっつぅの」
これからなにをしようとしてるのか聞かなくても分かる。
「美羽、一樹、銀月とダークスを下がらせるぞ」
「ノリちゃん?」
その時、俺が下がらせようって言葉が聞こえたカズがこっちに振り返る。
……左目が竜になっていやがる。
やっぱそうなんだな?
俺はそんなカズに軽く頷いて下がり始めると、皆も下がり始めた。
「どうしたんだよ憲明?! 美羽も黙って下がるなんてよ! カズ1人に任せるつもりかよ?!」
一樹がそんな疑問を口にするから俺の代わりに美羽が応えた。
「カズが八岐大蛇を本気で止めに動いたからだよ。あの目……、カズだって解ってる筈なのに出してるんだよ?」
その言葉は誰も何も言えずに黙ることしか出来ない。
カズの左目が竜に変わった。
もう1人のカズが俺達の前に出てくるようになってから、今のカズは竜の姿にほとんどなれなくなっているし、力にも制限されちまっている状態だ。
って事はだ……、カズはもう1人のカズとなんらかの取引をして力の解放を許したのかもしれない。
「……戻ってこなかったらぶち殺すからなカズ」
「……ふっ。さて? 友人に怒られねえようにさっさと終わらせようぜ? 分身」
<ほ~ん~た~い~!!>
カズにとって八岐大蛇との体格差なんて関係無い。
だってよ、軽く手をかざして放っただけの"轟雷爆炎龍"で簡単によろめかせるだけの威力があったんだ。だからそんなカズが本気を出せば、さすがの八岐大蛇ですらひとたまりもない。
……そうなる筈だった。
「失礼致しますお兄様」
唐突だった。
あのカズがなす統べなくいきなり俺達の頭上で宙に舞っていた。
「……ッカ」
「……カズ……?」
カズが立っていた場所に、スラッとした綺麗な女が立っている。
髪が地面につくくらい長い黒髪で、黒い軍服姿にコート。
殺気や気配、なにも感じ取れない不気味な存在が、ただ静かに立っている。
「……誰?」
美羽がそう口にした瞬間。
「パンドラ~!!」
エルピスがもの凄い形相で剣を抜いて振るう。
「ふふっ、お久しぶりですねお姉様! 私がどれだけ貴女を殺したいと思っていたかお分かりですか?!」
「パンドラ! どうして貴女がここに?!」
「知れたこと。私はこの八岐大蛇を迎えに来たんです。ねえ? そうよね皆?」
すると地面から巨大な氷が出てきたかと思うと、それを割って骸が姿を現す。空には巨大な翼を広げた黒いドラゴンがいて、右の翼にⅥのナンバー……。
確かⅥのナンバーを持ってるのは……。
その黒いドラゴンは何も言わないけど、俺の顔をずっと見ている。
だから確信した。
ダーク……スター……。
そんなダークスターがいる空から、まるで隕石のようにして今度はゴジュラスが地響きをたてながら降りてくる。
「ゴジュ……」
<すまないな憲明>
どこか悲しそうな目をしたゴジュラスは俺にそう謝ると、今度はカズに目を向けた。
<大変申し訳御座いません主……。しかし、これもまたもう1人の主の指示なものでして……>
「ちっ……、」
<余計なマネをしよって!>
八岐大蛇としては余計なお世話だっからなのか、味方として現れた凶星十三星座達を睨んだ。
……だけど。
「迎えに来たと言ってもね? 別に私達は貴方をそのままの状態で迎えに来たつもりじゃないのよ?」
<なんだと?>
「必要としていたのはコレよコレ」
パンドラと呼ばれる女の手に、いつの間にか大きな心臓を持っていた。
しかも大量の血を流しながら。
<……まさか!>
そう言って自分の胸を見る八岐大蛇は愕然とした顔になると、今まで以上に怒り狂い始めた。
<き、貴様ああ! パンドラアアア!!>
その胸には大きな穴が空いていて、血を流している。
パンドラが持っていたのは八岐大蛇の心臓。
まさか、三大魔獣最強の化物から心臓を抜き取るなんて誰も信じられねえから、何も言えずに固まった。
<許さん……。許さんぞ貴様らあああ!!>
<黙ってろ、不完全の貴様が悪いんだろ>
ダークスターの口から緑色の炎が吐き出されると、八岐大蛇の体がその緑色の炎に包まれる。
<グアアアアアアアアッ!!>
マジかよ……。あの三大魔獣の中でも最強の化物が燃えている……。
<ガアアアアアアアアッ!! 何故だ! 何故我を!!>
「ふふふっ、御免なさいね? 今の貴方は我が強すぎて制御しきれないからなの」
……は? それで八岐大蛇の心臓を抜き取ったのかよ?
それに八岐大蛇は味方じゃねえのかよ?!
「貴方が死んでもこの心臓があるかぎり復活は出来るでしょ? まぁ今の貴方の性格は変わってしまうけれど、そうなってもらわないと困ってしまうの。だ・か・ら、貴方には1度死んでもらわないといけないのよ。ごめんなさいね?」
<パンドラアアア!!>
「……たかだかお兄様の分身の分際で、うるさいのよ」
八岐大蛇はパンドラに攻撃しようとしたけど、逆に巨大すぎる体が宙に浮くと倒れるようにして落ちた。
「ふふふ、今の貴方に私に勝てるとでも思ったのかしら?」
……冗談キツいって。




