第21話 ベヘモス
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「んじゃ、これにて特殊ワームの討伐終りょ ーー」
「ねぇ……、なんで君がいるの?」
カズが討伐終了を宣言しようとした時、どこからともなく聞き覚えの無い少女の声が聞こえた。
「……誰だテメェ」
カズすらその気配を気づかなかった少女は、廃工場跡地の上空を浮遊していた。
「アッハハ! まさか本当だったんだ!」
黒に近い青紫色の長い髪に黄色い瞳。
黒い軍帽と軍服に、軍服の上からコートを羽織る15歳前後って感じに見える小柄な少女で、身長はセッチと同じ位。
「初めまして、そしてお久しぶりに御座います。ボクは"ベヘモス"」
ベヘモス? ベヘモスって確か。聖書にも出てくる、陸の王として神が創り上げた怪物だったよな?
ベヒモス、ベヒーモス、ベヘモットって呼び名があって、海の王・リヴァイアサンと対を成すとされる伝説の存在。
でも、目の前にいるのはまだ15歳位の少女にしか見えねえぞ? こんな子が?
でもカズはベヘモスと名乗る少女が只者では無いことに気づいたみたいで、冷酷な顔へとまた変わる。それは敵として見ている目だ。
「あはは、素敵な笑顔ですね」
カズを前にして何がおかしいんだよコイツ。
ベヘモスはカズの顔を見て笑顔になるけど、正直寒気がする。
「褒めても何も出ねえぞ?」
「そんなもの、ボクは求めておりません。ただボクが……、いえボク達が求めるとすればそれはただひとつなのですが、今は多くを語る訳にもいきません。ですがぁ、一つ質問をしても?」
ベヘモスは笑顔を崩さないまま質問した。
「あ?」
「何故そこに君がいるんだい? いつから目を覚ましていた? まったく、君は昔から無口で何を考えてるか分からなかっ ーー」
ベヘモスがやれやれといった顔でそう話してると、喋っている途中に骸がベヘモスに突然飛びかかり、ベヘモスはどこから出したのか自身よりも巨大な青紫色をした凶悪な大斧で、骸の牙や爪を塞ぐ。
「うわぁ……、いきなりご挨拶じゃないか。ボク、何か君を怒らせる様な事を言ったかい?」
困った様な顔でベヘモスが言うと。
〈グルルアルッ!〉
骸は何か言いたげな顔で怒っていた。
「あっ、あはは、君に勝てるとは思っていないんだけどな」
苦笑いしながらベヘモスは骸の攻撃をそのまま耐え続けるその光景に、俺はベヘモスが人間じゃないんだとようやく気がついた。
骸は防御されたままではどうにもならないと考えたのか、後ろへジャンプし、再び周囲一帯に氷の世界を作り出す。
でもベヘモスは凍らなかった。
「やめようよ、ボクはただ、話をしに来ただけなんだからさ。別に君の邪魔をしに来た訳じゃないんだぜ?」
また困った様な表情の笑顔でベヘモスは骸にそう伝えると。
「ほう? 骸が作った"アイス・エイジ"の効果を全く寄せ付けないか。いいぜ? 話ってなんだ?」
カズは興味が湧いたのか、ベヘモスの話を聞く事にした。
「これはこれは、感謝痛み入ります」
ベヘモスは大袈裟に手を広げ、その手を胸に当てて頭を下げる。
「仰々しい態度はよせよ。お前、そんなタイプには見えねえぞ?」
その言葉が当たったのか、ベヘモスの明るそうな顔が一変、違う顔へと変わる。
その目はあらゆる物を憎んでる様な目つきでゾッとする。
「では単刀直入に申します。もう時期、ボク以外にお姉さま方が目を覚まします。そして生き残ったゾディアックももう時期目を覚まします。我々が眠りながらずっとずっとず……っと、待ち望んでいたお方が、お目覚めになられているのだから!」
ベヘモスは余程嬉しいのか、顔を紅葉させて喜んでいる表情になる。
「まさか……あ……あり得ない! そんなこと!」
柳さんの顔が青ざめ、ベヘモスに対しそんな事あり得ないと叫んだ。
「ふん、あり得ない? そんなこと、誰が決めた?」
柳さんの言葉に、ベヘモスは不愉快な物を見ていると言いたげな目で睨んだ。
「うっ……!」
「人間風情の物差しであのお方の何が分かる?」
「よおぅお嬢ちゃん、さっきからあの方あの方って、一体誰の事言ってんだ?」
するとベヘモスの目つきが悪くなる。口を開いたのは御子神のおっさんだった。
や、やめろよおっさん! 刺激すんなよ!
「なあ、教えてくれよお嬢ちゃん、そんなにそのあの方ってのは凄いのか? ん?」
「や、やめるんだ御子神班長!」
流石に危険を察知した柳さんが止めようとする。
「あぁん? だってそうだろう? そのお方がいったいぜんたい何者だって言うんだ? んん?」
「貴様ぁ……」
ベヘモスは顔を俯かせ、体を小刻みに震わせ始めていた。
「なんだよ? 怒ったのか? 話をしに来たんだろ? だったら教えてくれよお嬢ちゃん」
「お嬢じょうちゃんお嬢ちゃんとボクを呼ぶなあ! ボクの名はベヘモスだと言っただろう! 貴様の様な下等生物にあの方がどれだけ凄いか理解することも出来ないくせに何が教えてくれだこのクソッタレの人間風情が!!」
うおっ?!
突然ベヘモスが怒ったかと思うと、早口でその言葉をまくしたてる。
そしてベヘモスの周りの空気が揺らぎ、周囲一帯に物凄い重圧が肩にのしかかる。
なんだこれ?! ヤバイってもんじゃねーぞ?!
その重圧で、何人もの組員や自衛隊、刑事さん達が意識を無くし、気絶していく。
体が重くて動かねー……、ヤベェ……気持ち悪い……。
俺達は感じたことの無い感覚で戸惑いながらも、必死に意識を持っていかれないようにした。
「ボクはかつて神に創り出された存在だった! そんな神は何の為にボクを創ったかわかるか?! 何で貴様等人間の為にレヴィ姉様と殺し合って勝った方が人間の食糧にされなきゃならない?! おかしいだろう!! でもあの方がそんなボク等を救ってくれた! そしてあの方は神に捨てられた者達を集めて兄妹を作って下くださりボクには姉と呼べる存在が出来た! そんなあの方にボクらは仕えることが出来て幸福を感じる! あの方はとても優しい方……。なのに!! あのクソッタレの神があの方を怒らせた! あの方の大切なものを奪った! あの方がいったい何をしたと言うんだ! ただあの方は幸せを願っただけだと言うのに! 何故その幸せを壊す! 挙句貴様等人間もあの方を裏切った! あぁ殺したい殺したい殺したい殺したい殺したい殺したい、今すぐお前らを殺してやりたい!!」
唐突にその怒りを爆発させたベヘモスはその感情を制御出来ない程まで叫んだ。
クソッタレ……、おっさんのせいだからな……。
「まあその辺にしておけよ。話をしに来ただけなんだろ? だったらそう怒るなよ」
カズは冷静だった。いや、冷静過ぎる。でもよく周りを見てみるとカズだけでなく、先生やセッチも冷静な表情をして黙っている。
これが強者の余裕って奴なのか?!
「俺もその気持ちは分かる。確かに人間は愚かな生き物だと俺も思う。だから、なっ? 怒らずに冷静になって話をしようじゃないか」
カズは冷静になってベヘモスの怒りをなんとか沈めようと思い。自分もベヘモスと一緒な気持ちだと伝えた。
「た……確かにそうですね、これは大変申し訳ありませんでした」
ベヘモスは納得したのかカズに対し、深々と頭を下げて謝罪して、重圧を和らげた。
その顔は本当に申し訳なさそうな表情をし、目はどこか怯えてる様にも見える。
とりあえずグッジョブ!
「本当に申し訳ありません。お詫びと言ってはなんですが、どうかこれを受け取って頂けませんでしょうか?」
ベヘモスはカズの前まで近づくと跪き、懐から何かを取り出すと、両手を添えて差し出す。
それは赤く光る液体が入った小瓶だった。
「これは?」
「ふふ、それを飲めば、アナタは今よりももっと、強くなれる秘薬に御座います」
「毒、ではなさそうだ……」
「どうかボクを信じて頂けませんか?」
どこか悲しそうな上目遣いで見つめ、カズは断るに断れない雰囲気になっちまうと覚悟を決め、瓶の蓋を開けて一気にそれを飲み干した。
「如何ですか?」
「いや、なんと…… ーー」
不意に、カズの様子がおかしくなった。
「??」
カズは何が何だか分からず混乱している。
もしかして毒だったのか?!
「どうしたんだよカズ?! おいテメェ! カズに何しやがった?!」
すると突然カズは、今度は頭を抱えて更に様子がおかしくなり、動かなくなった。
動きが止まったのを見て俺はベヘモスに駆け寄り、胸ぐらを掴んだ。
「別に? ボクは今よりも強くなれる秘薬をお詫びとして渡したまでだよ」
「テメェ……!」
俺は怒った。相手が誰であろうと関係無い!
目を見開き、歯を剥き出しにした顔でベヘモスをそのまま睨みつけると。
「いいからこの手を離してくれないか? じゃないと……、切り落とすよ?」
再びの重圧。そして、その目に宿る殺意を感じて手を離し、俺は動けなくなった。
「まったく、これだから下等生物は。でも、今は誰も殺さないでおくよ。だってボクは、ただ話をしに来ただけなんだからさ。約束はきちんと守らないとね?」
俺を見下すかの様な顔でベヘモスが肩に手を乗せる。
その瞬間、俺は悟った。ベヘモスに触れられたその時、ベヘモスから感じたおぞましい程の殺意と憎しみ。そして恐怖。
ベヘモスはその時、別に殺気を放ってはいない、ただ重圧を与えてる。
それだけで簡単に人を気絶させられる程えげつない。
もし、ベヘモスが本気で殺気を放ったらどうなるのか。
俺は本能的にそれを悟った。
……怖い。
純粋にこのベヘモスが怖かった。
「んじゃ、ボクはボクの用事を済ませないと」
肩から手を離されても動けない。
ベヘモスは静かにカズの反応を窺っている。そのカズを見る目だけは他とは違い、どこか憂うれいを帯びた目で見つめる。
どうしてそんな目をする?
俺だけでなく、皆も不思議に思えただろ。
それに何故、カズにだけ敬語を使う?
カズは意識が戻ったのか、ゆっくりと顔をベヘモスに向けると、その顔は悲しそうな顔をしていた。
「なんとなくだが、少し、分かった気がする……。それに力が溢れてくる、ありがとう」
「そんな! もったいな ーー」
「やめてくれ」
ベヘモスはまた畏まって頭を下げようとしたところをカズは優しい口調で止める。
「いったいどうなってんだ? なんでカズにだけあそこまで態度を変える?」
おっさんはついに、皆が同じように思っていた事を口にした。
「そんなの、決まってるじゃないか」
ベヘモスは笑みを見せながらそう言うと、その理由がなんなのかを口にする。
「強者だからさ」
「強者、だからだと?」
「そうさ! 正にその通り! ボクはね、強者にしか興味が無いんだぁ。それもまだまだ強くなれる強者にしかね」
嬉しそうに語るベヘモスの顔は異常な笑みを浮かべていた。
「今ボクがお渡ししたのは特別な秘薬。特別なのだから特別な者しか飲む事を許されない。下手に飲めば死ぬ程の激薬になるからね」
その言葉に全員は青ざめ、カズを見る。
でも、カズは平気そうな顔をしていた。
「あっはは、そこまで心配することは無いよ。それに言ったじゃないか、信じて欲しいってさ」
確かにベヘモスは言っていた、信じて欲しいと。
「そうだ、お名前をお聞かせ願えませんか?」
「……和也、夜城和也」
「和也……、その名、しかと覚えておきます」
するとベヘモスはフワリと宙に浮き、徐々にその高度が上がる。
「またいずれお会い致しましょう、それでは。あはははは、あっはははははは!」
ベヘモスは和也に挨拶すると、そのまま去って行った。
憲明達の前に唐突に現れた1人の少女、その名はベヘモス。
彼女が現れたことによって、憲明達の物語が遂に動き出す。
それは幸か、それとも不幸を呼ぶのでしょうか……。
さて、本日もここまで読んでくださり誠にありがとう御座います。
僕のモチベーションをアゲアゲにするためにも、いいね、☆☆☆☆☆、感想、ブックマークのほう、宜しくお願い申し上げます!!