第216話 兄弟
ゼストの想いを知ることが出来ただけでもまぁ、収穫にはなったかなって思う。
だけど結局、稲垣さんとはそれ以上の話が無かった。
「さて、そろそろ時間だ。長居していたら今の兄者が心配してしまうだろうから、私が送っていこう」
「え? あっ、うん」
「イリス。これだけは忘れないでいて欲しいのだが、兄者は決してお前が裏切ったから、ましてや嫌いで傷付けたわけじゃんない事を解ってあげて欲しい。そうでもしなければお前は憲明の元に行けなかった筈だと思ったからこそ、そうしたのだ」
「……でも俺は憲明の味方だからな」
「ふふっ、勿論解っているさ。では行こうか」
その場に黒い霧みたいなゲートをゼストが出すと、ニコッと微笑んで先に入って行く。
続いてイリスと俺が入ろうとすると。
「次に会う時は敵同士。でも死なないでおくれよ?」
最後に稲垣さんが笑いながらそう言ってきたから俺は睨み付けながら黙ってゲートに入った。
黙れ糞ヤロゥ。今度会った時は今以上に強くなってテメェをブチのめす。
そしてゲートを潜るとそこは、まさかのカズの部屋で大水槽前ホール。
しかも全員集まっていたもんだから、突然現れたゼストを見て何事だ?! って感じでビックリしている。
そんな中1人だけ、ビックリしないでカズが静かにゼストと目を合わせていた。
「おい憲明! 誰だコイツ?!」
「今は落ち着いてくれおっさん」
御子神のおっさんを止めつつ、俺は誰なのか言おうとすると。
「お久し振りに御座います兄者。突然の来訪、どうか御許し下さい」
「……今の俺で会うのはホント、久し振りだな。何時以来になる?」
「はい。あれから約6500万年は経つかと」
その時点で誰なのかってのが全員気づいた。
目の前に立つ男が凶星十三星座の中でも最強最悪の大幹部。カズの弟でNo.1、"破竜王・ゼスト"だって事を。
「(コイツがゼストか?!)」
「(冗談キツいぞ憲明! なんでそんな奴を連れてきたんだよ!)」
「(この人がカズの……)」
……皆、どんな事を思ったのかなんとなく解る。
それにしても……、どこかのマフィアですか?
カズはソファに座り、その横に立っているゼストを見て俺はまたそう思った。
「それで? わざわざ憲明とイリスを送りに来てくれたのか?」
「はい、それと兄者の顔が見たくなりまして」
「ふっ、変わらねえな」
2人のやり取りを見てて、なんだか止まっていた時間が動き出したような、そんな気がした。
「では、兄者の顔も見れたことですし、私はこれで」
「なんだ、もう行くのか? ここはイリスの進言で不可侵条約になってる場所だし、一緒にコーヒーでもどうだ?」
「……宜しいのですか?」
「構わねえよ。親父も別に良いよな?」
カズの目の前のソファには、目を瞑った親父さんが黙って腕を組んで座ってる。
その親父さんがチラッとゼストを見ると、目が合ったゼストが一瞬、驚いた目をした。
「……まっ、良いんじゃねえか?」
「……感謝、申し上げます」
親父さんが許可を出すと、ゼストが礼儀正しく頭を下げる。
律儀だよな、ゼストって。
「ヒスイ、コイツにコーヒーを」
「畏まりました」
「んじゃ取り敢えずこっちに座れ。あっ、皆はコイツの事気にしないで他の事をするなり話し合いするなりしててくれ」
「では、お邪魔致します」
気にしないで良いって言っても気にするだろ。
カズは親父さんの横に移動すると、ゼストはカズが座っていた場所に座り、向かい合わせになる。
「よい革を使われてますね」
「だろ? こだわるならとことんこだわらねえとな」
「えぇ、同感です」
「ミルクとゴジュラスは元気にしてるか?」
「はい、つい先程顔を見てきたところです」
「そうか」
静かなやりとりだ。
カズもゼストも自然と微笑んでるし、横にいる親父さんは静かにコーヒーを啜ったりしてる。
「御待たせ致しました」
「ありがとう」
ゼストはマジで礼儀正しいな。
本当に凶星十三星座か? って疑いたくなるぜ。
しかも凶星十三星座のNo.1って思わせないような、和やかな雰囲気でカズと楽しげに話をしている。
それに親父さんもはにかんだ笑みを浮かべてる。
そんな3人を見て、自然と親子と兄弟のように俺の目には写っていた。
自然で和やか。そんな光景を誰も何も言えなくなって、警戒を解いてそれぞれが話し合ったり、見回りや討伐クエストに出掛けていく。
俺はイリスとカウターに座り、カズ達がどんな話をしてるのか気になって静かに耳を傾けた。
「ここは良い場所ですね、兄者。このような光景を見ながらコーヒーを飲むのもまた気分が良いです」
「だろ? こだわって作ったプール兼水槽だからな」
「大変美しい、イリスがここでの衝突を回避したいと言う気持ちがよく分かります」
「お前にそう言ってもらえて嬉しいよ」
そこでカズは懐からタバコを出して吸い始め、甘い香りが周りに広がっていくと、ゼストは葉巻を出して吸い始めた。
「スー……、ハァ……。そう言えばパンドラも元気か?」
「えぇ、パンドラが早く兄者に御会いしたいと言っておりました」
「ククッ、そうか。……今みたいな再会なら嬉しいんだがな」
「まったくです。ですが我ら凶星十三星座一同としては、出来るだけ早く兄者を迎えられたらと思っております」
「そうか。でも悪いな、俺としては復活を望んじゃいねえんだ。このまま平和に、出来ることなら寿命をまっとうするその時まで、俺は生きたいと願っている」
「兄者……。……兄者の御気持ちは理解できます。ですが申し訳ありません。我らは兄者のその願いを叶えられそうにありません」
「……だよな」
カズの命令が絶対だって言うのに、なんで言うことが聞けねえんだ? おかしくねえか?
「兄者の命令は絶対です。ですがお忘れですか? 貴方は何があろうとこの命令を実行せよと仰りました」
「……そうだな、確かに俺は言ったな」
「……面白いものです環境と言うものは。それに私自信思うところがあるのです。こう言った美しい物だけが全てではなく、世の中には汚いものが御座います。それら全てを粛清する事は出来ません。それにこの世界は人間達自らの手により、もう時期崩壊が始まろうとしております」
ちょっと待て、……崩壊? どう言うことだ?
「……そうだな、確かにその通りだよ。度重なる環境破壊、同種族による戦争、食糧危機、あらゆる理由でこの世界が死のうとしている、それは許されないことだ」
「それにこの世界を兄者は取り戻したいと願っていたではありませんか。ましてや竜国の民は故郷に帰りたいと願っております」
「……まだ、あの時の生き残りが?」
「はい、我らの他に生き証人が3人おります」
どれだけ長生きなんだよ……。
「兄者、支配が全てだとは私は申しません。ですが民の願い、この世界の命、何より貴方の願いをどうか今一度考えて頂けませんか?」
「だが俺が復活すれば」
「間違い無くこの世界に終焉が訪れますね」
だったら一緒じゃねえか!
「兄者の手で一度世界を破壊し、そして再生させる。そうする事で世界のバランスを修復し、今より素晴らしい状態に戻せるのです。それは兄者だからこそ出来る事であり、我々では出来ません」
「分かっちゃいるんだけどな……」
「我々のする事は間違ってるでしょう、ですがこれら全ては王を冠し、神である兄者の役目の筈です。我ら兄妹はそんな兄者を支える為に存在し、調和を担う。ましてや兄者、兄者は ーー」
「その辺にしておけゼスト」
そこで今まで黙っていた親父さんがゼストの話を遮った。
「今日ここに来たのはそんな話をする為じゃねえんだろ? お前は憲明とイリスを送り届けに来てくれて、コイツの顔も見に来た。そこでコイツがコーヒーでもどうだって事で今飲んでるんだ。だったらそれだけで良いじゃねえか。ここでの争いを禁止にしたのなら、ここにいる以上はそんな話はやめて仲良くコーヒーを飲めば良いんじゃねえのか?」
「……確かにその通りです、申し訳ありませんでした。兄者の顔を見て、話をしてつい熱くなってしまっておりました。どうか御許し下さい」
そう言ってゼストは親父さんとカズに頭を下げて謝罪した。




