第215話 来る破壊の王
「アンタ、自分で何言ってんのか解ってんのかよ?」
「理解してるとも」
「んじゃテメェの部下にもその時が来たら死ねって言うのかよ?!」
「それは違うよ憲明君。その時が来たらと言っても僕達はね、寿命をまっとうしたらって意味さ。そして部下達全員、その事を了承してるからこそここにいる」
だとしても苦しむ事は同じだろ!
「魂を捧げれば、その後どうなるのかってのも知ってて ーー」
「勿論知ってるとも」
「……馬鹿なんじゃねえのか?」
このおっさんに何言ってももうダメだ……。頭がイカれていやがる!
「でも彼は約束してくれた、彼の力の一部として魂を捧げるけど、平和になれば魂を解放して新たな命として転生してくれるってね」
「それがもし嘘だったらどうするんだよ?」
駄目だ、スゲームカつく。
「嘘? 彼は嘘をつかないさ、それは君も知ってることだろ? 和也が嘘を言ったことがあるかい?」
……ある。
でもそれは良い意味での嘘だ。
それって言うのが"アラフェル=メレフ"の"ベリー"を守ろうとした時さ。その時俺は、カズがベリーを守るためにわざと嘘ついた事を覚えていた。
「どうだい? ないだろ?」
……はっ、こりゃもう1人のカズに騙されてんな。
カズが嘘を言った事なんてほぼゼロさ。言ったとしてもそれは俺達の為に言った事なんだ。でもこのおっさん、そのカズが二重人格って事は知っていても、もう1人のカズが本当はどんな奴なのかよく知らねえんだな。
そう思うとなんだか哀れに思えたけど、俺はそれでもやっぱり許せないって気持ちが強かったから黙っていた。
「和也は約束をやぶらないからこそ、僕達はそれを信じて契約をした。だからこそ、例え苦しい想いをしたとしても、僕達は和也を信じてその時を待つことに決めた」
「ものは言いようじゃねえかガッキー。だとしても俺はもう兄様を信じられねえけどな」
「あれ程慕っていたと言うのに、どうしてそう変わってしまっのか理解出来ないね」
「ふんっ」
まっ、もう1人のカズにあんな事されたらそうなるよな。
すると突然、異様な気配を感じた俺は稲垣さんの部下達の方へ目を向けた。
……なんだ? この気配……、カズに近いけどカズじゃねぇ……。
「ふっ、誰かと思えばまさかここにイリスがいるとはな」
「ちっ、嫌なのが来やがった」
男? 誰だ?
男の声がしたのはやっぱり稲垣さんの部下達がいる方向。
イリスはその声が誰なのか知ってるのか、明らかに嫌そうな、会いたくなさそうな顔をしている。
すると徐々に部下の人達が道を作っていくと、そこから1人の男が静かに歩いてきていた。
つば広の黒い帽子を被り、全身真っ黒なコートを着たダンディーな髭面の男。
誰だコイツ……。
「おや? イリスの他にもいたのか」
「どうしたんだい? 君は竜国で待機してる筈じゃないのかい?」
「なに、様子を見に来ただけさ。そしたらイリスがいるじゃないか。どうしたイリス? やはりこちら側に戻る気にでもなったのか?」
「は? 誰が戻るかよ」
「はははははっ、そう嫌そうな顔をしないでおくれイリス」
若干だけど、イリスから緊張してる雰囲気も感じる。
俺はこの男が誰なのかわかんねえけど、イリスが緊張するって事はかなりの実力者なんだろうと考えた。
「ふむ、お前が憲明か。初めまして、私は"ゼスト"と言う」
ゼスト?! コイツが?!
瞬間、一気に血の気が引いた。
ゼストって言えばカズの弟じゃねえか! そりゃイリスが緊張する筈だぜ!
名前を聞いてからだけど、ゼストから漂う異様な気配に俺は納得した。
相手はカズの弟で、厄介な奴だって聞いていたから。
「テメェがゼストか。カズから話しは聞いてるぜ?」
「兄者から? ……そうか。兄者は元気にしているだろうか?」
なんだコイツ? なんでそんな顔で聞いてくるんだ?
……優しかった。カズの事を聞いてきた時、本当に優しそうな表情で聞いてくるもんだから、俺は思わずゼストって本当は良い奴なんじゃねえのか? って感じた。
「元気に、してる」
「そうか、いやすまない、ミルクとゴジュラスが此方に来てからと言うもの、兄者が元気にしてるのか解らず不安でね。教えてくれてありがとう憲明」
「あっ、いや、別に」
なんでそんな優しい微笑みが出来るんだ? 復活したらもう1人のカズが支配するんだろ? それにアイツの性格知ってんのかよ?
しかもゼストにしてみりゃ俺は敵の筈だ。だけどもしかしたら、ゼストにとって俺はとるに足らない相手だと思われていたのかも知れない。
そう思うと悔しかった。
相手は"破壊"を冠する破壊の王。
俺を殺そうと思えば簡単に殺せる相手だからな。
「なぁ、質問して良いか?」
「質問の内容によるな」
「なんでそんな優しい顔でカズを心配出来るんだ?」
「ふむ、面白い質問だ。では逆に問おう。お前は家族が戻ってくることが嬉しくないのか? 先に答えるが、私は嬉しい。嬉しいからこそ、お前が言うように私の顔が優しく見えるのだろうな」
「勿論俺だって嬉しいさ。んじゃイリスはどうなんだよ?」
「私としてもイリスは妹だ、故に同じ答えになる」
「その妹をもう1人のカズは一度殺していてもか?」
「そうだな……、実を言うとそれに関しては間違った認識になってしまうな。だがそれこそが兄者の狙い通りになったと言える」
狙い通りだと?
「あえて言えば、兄者は理由無しに家族を殺すことは決してしない」
「理由無しにだと? イリスは俺を殺そうとしたのを庇って、カズはそのイリスを裏切り者って言って助けようとしなかったんだぞ?」
落ち着け俺、下手に興奮して言ったら殺されるかもしんねえぞ俺。
緊張しつつも、下手に声を荒げたらゼストに殺されるかも知れないって思ったから、どうにか落ち着こうとした。
「ふむ、それは違うな。兄者はきっと、エルピスなら助けてくれるだろうとふんで助けなかったのだろう」
「んだよそれ、もしそれで助からなかったらどうしようとしてたんだよ?!」
ヤベッ! 思わず声を荒げちまった!
「それなら後程、兄者が助けていただろう」
あれ? 怒ら……ない?
「まだ解らないか? それが兄者なりの優しさである事が」
カズなりの優しさ?
なに意味わかんねえこと言ってんだコイツ! それのどこに優しさがあるって言うんだよ?!
「解らないなら教えよう。憲明、イリスは好きか?」
「好きさ、大好きだよ。さっき稲垣さんにも同じ事を言ったよ。だから俺はイリスを平気で傷付けたのが許せねえんだよ」
「そうか。では一度だけお前に礼を言おう。イリスを好きになってくれてありがとう、心から感謝する」
な、なんだよいきなり?!
「お互いが好きになった事で、イリスは兄者の呪縛から解放された。呪縛から解放された事で、イリスはこれから真っ当な道を歩む事が出来る。これまでイリスが多くの命を奪ってきた罪を拭う事は出来ないかも知れない。しかし、お前と出逢えたことでその罪がいつの日か拭えるかも知れない。そう思うと私は嬉しいのだ。そして何より、これから始まる血塗られた道から解放されたも同然。イリスには幸せになって欲しいのだ。だからこそ兄者はあえてイリスを助けなかった。お前が助けたことで、イリスとの絆は深まった筈。そうではないか?」
……そんな、あのもう1人のカズがイリスの幸せの為に……、わざとそうしたって言うのかよ?
そんなの……、信じれる訳ねえだろバカヤロゥ……。
「イリス。これからは憲明と共に歩み、幸せになれ。それが我らの望みであり願い。いずれ目覚める終焉の日が来ようとも、憲明と共に生きよ。例え我らと戦うことになろうとも、例え殺し合いになろうとも、その時はどうか生き延びてほしい」
コイツ……、本気でイリスの事を想ってくれてるのか?
「道は違えど我らは兄妹。全てが終わった後、皆で集まって食事をしよう。そして和解しよう。どんな事があろうとも、我らは家族なのだから」
嘘偽りなんかじゃなく、本気でイリスの事を想ってくれてるからこそ、そこまで言ってくれてるってのが解る。
……クソッ、そんな顔見たら戦うってなっても戦いづれえじゃねえか……。
それだけゼストの顔が優しかった。
それを知って、イリスが泣きそうなのをなんとかこらえていたけど。俺としては今は泣いても良いんじゃねかって思えた。
だって優しい顔って言っても、まるで子供を見るような、本当に妹を想ってるような顔で微笑んでいたんだ。
俺はそんなイリスの肩を抱くことしか出来ないでいたけど……。




