第211話 迷走する会議
「エルピス様。貴女は先程、"変換"と"絶"をしようして神々に勝ったと仰いましたが、冥竜王には"創造"の力もあった筈です。その力は使用しなかったのですか?」
そう疑問を口にしたのは中華人民共和国の漓舒安国家首席。
彼の中で、どうしてエルピスは"創造"の力を口にしなかったのか不思議に感じていた。
「"創造"の力は聞く限りの中で、我々が思っている以上の驚異となる力の筈です。冥竜王は何故、神々にその"創造"の力を使わなかったのですか?」
「それは使いたくても使えなかったからです」
「それはどういう意味でしょうか?」
「当時の兄にはまだ、"創造"の力を持っていなかったからです」
「持っていなかった、ですと?」
「そうです。兄が"創造"の力を手にしたのは神ゼウスを殺してからです」
「……ではまさか?!」
「はい、兄がゼウスを……、食べたからです」
「食べた」。その言葉を聞き、教皇アンネハイム意外の全員が凍りついた。
「元々"創造"の力を持っていたのはゼウスでした。しかし、兄がゼウスを食い殺し、その力を自分の物にしたのが始まりです」
神ゼウスは"創造"の力を使えたからこそ全知全能の神として崇められていたとも言える。
神ゼウスは天候や社会秩序をつかさどる存在とされ、正義を守り、義理を重んじるとされ。雷を操って戦うオリンポスの神の最高神であり、神々の中でも圧倒的な実力を持っていた。
だが蓋を開けてみればなんの事はない、そのような話とは裏腹の神ではないか。
しかしその実力だけは確かだった。
"創造"を使い、ゼウスはあらゆる物を産み出した。その代表格となるのが"リヴァイアサン"と"ベヘモス"と言えよう。
だがその力は冥竜王の前では無意味だった。
「あらゆる書物では、神々は不死だと言われていると思いますが、実際には不死ではありません。ですが兄は違います。兄こそが正真正銘の不死だからこそ、傷をつけられたとしても直ぐに回復することが出来る再生力もあります。そんな兄が"創造"を手にしたことでその力はより強大なものとなりました」
ゼウスが"創造"の力を使ったとしても、それはたかが知れていた。
"創造"の力で生命を創造することが出来るが、その為には莫大な力とそれに伴う材料等を用意する必要があった。
平たく言えば"錬金術"に近いと言える。
故にリヴァイアサンとベヘモスを生み出す時には相当な時間と力、材料が求められた。
それは他に生み出した天使達にも同じことが言えるだろう。
だがその力を手に入れた冥竜王にはそんなもの関係無かった。
冥竜王には"変換"の力がある。"変換"の力を使えば空気から"鉄"を、"鉄"を"火"に変え、その"火"で今度は"命"を作り出すことが出来た。
冥竜王には、材料等ほぼ必要としなかった。
そこへ"創造"の力を手にしたことで力が飛躍する。
"変換"の力で"鉄"を作り、"創造"の力でその"鉄"を"剣"として作り出す。"創造"によって生み出された物は、"変換"の力であらゆる形へと変える。
冥竜王にとってこの上無く、とてつもなく相性が良いスキルが揃ってしまった。
「故に兄は更なる高みへと上ることになりました。それは最早誰にも手が出せない程の強大な力を。故に頂点に君臨し、故に絶対的な支配者となってしまったのです。以前、ジョンが言っていましたね。兄に核兵器を使用すると。それだけの力を持つ兄に、果たして通用すると今でも思う方は居られますか? 使用したところで、兄の力によって即座に無効化されてしまいます。……一度ボタンを押してしまったが最後。ボタンを押した国は綺麗に消えることになるでしょうね」
脅しとも言える発言だが、エルピスの話を聞いて全首相達は震えながら青ざめて黙る事しか出来ないでいた。
「貴殿方の言う最終兵器はもう、既に最終兵器では無くなっているのです。どうかそれだけは理解して下さい」
最終兵器はもう、最終兵器では無い。
では、どう対抗したら良いんだと頭を抱えるしかない。
「ですが、今の人格である兄はそんな自分を止めてくれと私に仰いました。今の兄は二重人格となっており、普段の兄はもう争いをしたくないからこそそう言ってくださいました。ですがもう1人の人格である兄はどうでしょう? もう1人の兄は殺戮を望んでおります。その兄の力が日に日に強まっており、いつ復活してもおかしくない状態が続いております。だからこそ今の人格である兄はそんな自分を止めて貰うためにある計画を立てました。それこそが兄を止めるための最終兵器と言えるでしょう」
まさか冥竜王自身が自分を止める為、何かしらの計画を立てていたと聞いて誰もが驚きを隠せない。
ではその計画とはなんなのかと考えていると。
「冥竜王である兄が率いるチーム"夜空"です」
「チーム"夜空"?!」
「馬鹿な! いっかいの冒険者に何が出来ると仰るのですか?!」
チーム"夜空"の存在は誰もが知っている。
だが彼らは元々こちら側の人間であり、普通の人間と変わらない。
「最初はそうでした。しかし今は違います。彼らはあの兄が育てた冒険者であり、兄にとって弟子とも言えます。そんな彼らの中でも2人、私でも目を見張る実力を持っている方達がいます」
「それ誰なのですか?!」
「早瀬憲明と夜明美羽、この2名です。憲明さん自身はまだ気づいておられませんが、あの兄が認める程の実力者になりつつあります。美羽さんもそうです。彼女は兄から"絶竜王之寵愛"を引き換えに、"竜種之種"を貰い受けております。その力が開花し、実力を身に付ければあの兄と互角に渡り合える可能性を秘めております。しかしそれだけではありません。今現在、兄を中心にして数多くの実力者が集まりつつあり、兄自身がどうすれば止めることが出来るかを考えて訓練しているのです。……私は"光竜王"として、そんな彼らに協力は惜しみません。ですから、どうか貴殿方も彼らに協力してあげてほしいのです」
冥竜王みずから自分を止める為に、まさかそのような行動をしているとは知らない各国首相陣は悩んだ。
協力すればどうにか止められるのか? 協力したところで無意味に終わればどうする? ここは潔く降伏したほうがまだ良いのでは? 失敗したらどうする? 等、様々だ。
だがしかし、そこで教皇アンネハイムは立ち上がるとエルピスに宣言した。
「私アンネハイムはチーム"夜空"に対し、全力で協力することを宣言致します」
教皇アンネハイムはもとよりそのつもりだった。
アンネハイムとしては自分が先に宣言すれば、他の首相陣も協力してくれる筈だと考えていたからだ。
もし、それでも誰も協力してくれないのであれば、法王として各国に協力要請を出し。強引と言われようともあらゆる手を使って脅す腹積もりでいた。
「我が日本は勿論、協力するつもりでおります」
「……では我が国、中華人民共和国も協力致しましょう」
「我が国も協力致しますぞ!」
中国、ロシア、ヨーロッパと、各国首相陣が協力すると言って立ち上がる。
しかし、アメリカだけが立ち上がらないでいた。
「……復活した瞬間に世界は終わると言うのに、どうしてそれでも協力しなければならないのです」
「ジョン……」
「おかしいではありませんかエルピス様! それが冥竜王の策略かも知れなかったらどうするのです!」
「ですが何もせず、無抵抗のまま死を受け入れられますか? 確かに兄が復活すれば終焉が訪れます。それでも私は最後まで諦めず、兄を止めたいと望んでおります」
「相手はあの冥竜王なのですぞ?! 存在するだけで世界を滅ぼせる神なのですぞ?! 貴女様の前で発言すべきでは無いのでしょうが私は全面降伏すればまだ国民を助けられるのではないかと考えております!」
「兄がそれを受け入れるならまだジョンの気持ちは分からなくもありません。しかし、私が言うべき発言ではありませんがあの兄がそれを受け入れるとは考えにくいと思っております。……相手は我が兄、冥竜王。最強にして最凶。最悪にして災厄。残忍残虐無慈悲なる竜の王にして神なのですよ?」
「うっ……ぐ……」
アメリカ大統領、ジョン・セルビンは話を聞いただけではその恐ろしさをまだ理解出来ないでいた。
しかし、冥竜王の実の妹であるエルピスの言葉を信じられない程の馬鹿ではない。
しかし、彼としては最終兵器である核兵器がなんの意味を持たないと言われた時からずっと、悩みと言う迷路から出られないでいた。
協力したところで失敗すれば死。降伏したところで受け入れられなければ死。
最早自分一人ではその迷路から出られないでいた。




