第209話 バチカン会議
「皆様は何故、兄が世界の敵になったのか、その理由をきちんと御存知でしょうか?」
同時刻
ーー バチカン ーー
「兄にはかつて、心から愛した花嫁がおりました。……しかし、その花嫁となる方は結婚式当日に殺されたのです」
「それが神……ゼウスなのですね?」
教皇アンネハイムのその質問に、エルピスは暗い顔をしながら頷いた。
「その通りです」
憲明達が和也に集められて話を聞いている時間。丁度バチカンではエルピスによって各国首脳陣が集められていた。
「本来、神々はこちらに存在する者達ではなく、元々は別次元からの来訪者だったのです。ですが彼らは自分達が存在する世界を滅ぼしてしまい、行き場を失ったところへこちらの世界へと流れ着いたのです。そんな神々に最初に手を差し伸べたのが兄でした……」
「そのような話は初耳です!」
エルピスの話を聞いていたロシアの大統領、"アルダミル・パーチャー"はまさかそんな過去があるとは知らなかった為に声を荒げてしまう。
「率直に申し上げますと、そんな兄に対して神ゼウスは牙を剥きました」
「それではまるで神が侵略行為をしたようではないですか!」
「はい、その通りです。ゼウスは水面下でこちらの世界を乗っ取りに動いていた事に気づくことが出来ず。そして結婚式当日には兄の花嫁、"冥精王"である"フィスメラ"様を失いました」
その言葉に誰もが言葉を失った。
それは無理もない、信じていた神自身が裏切っていたとエルピスが言ってるも同然なのだから。
「……そんな馬鹿な、冥精王と言えば全ての妖精族を束ねていた神ではないですか! それに妖精族は永年、竜族と争っている種族。それなのにどうして竜の神と妖精の神が婚姻しようとしていたのですか?!」
そう疑問を口にするのはイギリス大統領、"モアス・シュリア"だ。
「確かに妖精族と竜族が争っているのは有名な話です。しかし、そうでもなかった時代があったのです。兄とフィスメラ様は幼少の頃から仲が良く、お互いの国へよく遊びに出掛けておりました。ですが再びお互い敵どうしになってしまったのは」
「戦争が引き金となった、ですね?」
「……はい」
教皇アンネハイムだけは知っている。
過去になにがあったのかその事実を全て。
故に、戦争が切っ掛けですねと聞いて悲しくなっていた。
彼としては冥竜王とは戦争したくない、戦いたくない。憲明同様に仲良く手を取り合い、共にどうすれば世界が今よりもっとどう良くなるかを考えて行動したいと願っている。
しかしそれは叶わぬ夢。
本来であればこの世界は人間や神々のものではなく、冥竜王や冥精王が支配する世界。
そして異世界は冥王と冥獣王が支配する世界であり、そんな四大冥王達は国交を結んだ事であらゆる国が存在していた。
今現在、人間が支配している世界には冥竜王が支配する国が存在していたことは勿論、その国にはあらゆる種族が集まり仲良く暮らし。冥精王が支配する国には妖精と、異世界から来た人間が仲良く暮らしていた。
だがそんなあるべき姿の世界バランスを壊したのが誰であろう、自分達が信じていた神。
ゼウス。
それを決して凶星十三星座が許しはしなかった。
「今でも耳にこびりついています……。殺せ、殺せ、全てを滅ぼせ。我らが主の大敵に裁きの鉄槌を。我らが主の悲しみを思い知れ。我らが主の怒りをその身に刻め……。その怒りに呼応し、結ばれる筈だった種族達もまた彼らに続き、生き残りを見つければ全滅させるまで何処までも追い続けました。その異常なまでの怒りと執念に他種族は怯え、彼らに生き残りを差し出して命乞いをする者達もいましたが、匿っていた者すら許すことはしませんでした」
「無慈悲とはこの事ですな……」
「えぇ、アンネハイムの言う通りです。ですが当初、兄達は神々に戦争を仕掛けませんでした。それはきっと和解することが出来ると信じていたからです」
「しかし、それがどうして戦争になったのです? 冥竜王はそれでも神々とは争わなかったのに、何があったのですか?」
アンネハイムはあえてエルピスにそう聞いた。
理由は真実を知らない他の首脳陣に知ってもらう為に。
「生き残った民を守るため。そして兄は真実を知ってしまったからです」
故にエルピスは話す。冥竜王は自分の為ではなく、生き残った民や部下達の為に立ち上がったと。そして更に、冥竜王は最初、妻となる筈だったフィスメラがどうして神に殺されてしまったのか。
その真実を後になって知ることとなり、神々は冥竜王の逆鱗に触れた。
「当初、私達はフィスメラ様が神の怒りに触れてその場で殺されてしまったと聞かされていました。しかしそれは嘘であり、真実はもっと醜かったのです」
「それは?」
「……神ゼウスは、兄からフィスメラ様を奪おうとして手を出し、それに抵抗した事で殺されたのです」
その真実は各国首脳陣にとって愕然とする内容だった。
「フィスメラ様は美の女神であるヴィーナスよりも美しく、ありとあらゆる種族から愛されていました。そのフィスメラ様がもっとも仲が良かったのが兄であり、兄を愛してくれていました。お互い仲が本当に良く、誰もその隙に入れる余地など無い程。それに嫉妬したのがゼウスでした」
ゼウスはもっとも美しいフィスメラを手に入れたかった。手に入れて自慢したかった。
しかしそのフィスメラの心は既に冥竜王に向けられ、お互い愛し合っている。
それをゼウスは許せず、どんな手を使ってでもフィスメラを手に入れたかったとエルピスは続ける。
その真実を教えてくれたのがとある天使。
それを知った冥竜王は深い哀しみに落ち。凶星十三星座達や生き残った民達は激昂する事となり、最強最悪の軍隊が誕生してしまった。
その真実を教えてくれた天使の名は……。
"アズラエル"
彼女は冥竜王を殺せとゼウスの命を受けた。
その命をまっとうする為に、冥竜王を殺す為に動いたが勝つことが出来ず、何の抵抗すら出来ずにただ殺されるのを待つ身となってしまっていた。
そんな彼女には兄がいた。
彼女は兄と共に行動し、神の為に動いていた。
だがそんな兄を、神は彼女の目の前で殺した。
それは彼女が冥竜王の前で倒れ、ただ殺されるのを待っていた時であり。そこへ兄が助けに入った瞬間、後ろから兄もろとも冥竜王を殺す為に神が斬ったからだ。
彼女は絶望した。
冥竜王にとってそれはたいしたダメージとは成らず、ただ兄を失っただけ……。
目の前で兄が神の手によって斬り殺され、冥竜王には何一つダメージが無い状態で立っている。
それに恐怖を感じた神は逃げた。
そこで彼女は叫んだ。自分達は何のために存在しているのかと、助けてくれないのかと。その叫びに神は、冥竜王を殺す為だけの道具でしかないと吐き捨てた。
その言葉に彼女が絶望しない訳が無い。
故に彼女は、「神を殺してくれるならこの命を貴方に捧げる!」と冥竜王に頼んだのだが、冥竜王は彼女の前で涙を流していた……。
彼女は聞いた、どうして泣いているのかと。
冥竜王は答えた、誰とも争いたくないのにどうして神は自分を狙うのかと。
そこで彼女は冥竜王に神がどうして必要以上に命を狙ってくるのか、その全てを話した事で神の所業が明らかとなる。
それ故に起こしてはならない終焉の竜が目覚め、絶望が始まる。
そう言った過去を全て話終えたエルピスは涙を流し、兄を止める為に力を貸して欲しいと改めて伝えた。
「それはいくらなんでも濃くな話かと……。国のトップとしてではなく1人の人間として、私でもそのような事をされれば冥竜王と同じ道を辿ると思います」
アメリカ大統領、ジョン・セルビンは冥竜王の辛い過去を知り、彼と戦える自信を失ったと皆に伝えて顔を俯かせる。
「現在、我が国にはかつての冥竜王の亡骸が眠っております。私は……、私は冥竜王が可哀想でなりません。どうして神はその様な所業をしたのか考えたくもない。もし、我が国があの方に攻撃されるのであれば、全面降伏を私は望みます」
「なにを馬鹿な事を?!」
「正気か?!」
「エルピス様を裏切ると言うか?!」
ジョンは周りの首相から罵声を浴びるが、それでも真実を知った彼にはもう、冥竜王と戦う意志が消えかけていた。
「……無理にとは言いません。ですがジョン。出来ればこのまま兄の亡骸を隠し続けて下さい。でなければ終焉が訪れます」
「ッ……」
そう言われるとどうすれば一番良いのか解らなくなる。
国民の命。
彼は自分さえ助かれば良いとは思っていない。国民一人一人の命を考え、戦争となればどうなるかを想像して降伏した方がいいのではと考えたのだ。
「(勝てる訳が無い……)」
だがそれを周りの国々が許す筈がなかった。
しかし世界最強の軍隊を持つ国と言えど、終焉をもたらす神と戦争をすればどうなるか容易に想像することが出来てしまう。
相手は神すら敵わなかった最強最悪の神。
終焉をもたらす絶対の存在。
存在するだけで全てを終わらせる事が出来る頂点に座する竜。
そんな相手と戦争したくないと思うのが普通だろう。
「終焉が目覚めれば、我々は敗北します」




