第204話 哀愁
どうしようもない怒りと悲しみで、俺はどうしたら良いのか訳が分からなくなっていた。
美羽や他の連中はまだ気絶したまま。
動けるのは俺1人。
目の前には圧倒的な絶望。
「おい頼むから死ぬなよイリス!! なあ!!」
<その出血量とイリスの体力を考えるに後5分かな? まあ良いじゃん。お陰で生きられるんだし、他の皆も死なないんだからさ>
「なにが良いんだよ!! ふざけんなよテメー!!」
<ははっ、怒ったところで僕は君の望みは聞かないよ?>
クソッ! クソッ! クッソッ!
傷を治したくても俺にそんな魔法が使えないのが悔ししいし、頭の中がパニクっててどうしたら良いのか思い付かない。
もう、イリスと話せななくなるって絶望感で一杯で涙が止まらない。
「チクショウ……、なんでだよぉ! なんでこんなことになるんだよチクショゥ……」
「の……りあ……き……」
「イリス!!」
「……ゴメ……ン……、オレ…………」
最後……、ニッコリと微笑みながら……、消えそうな声で「好きだよ」って言って俺の顔を触っていた手が落ちた…………。
「イリ……」
無だ……。
なんにも考えられない……。
イリスが死んだなんて考えられないから、頭の中が真っ白になった……。
……でも。
「カズ……、なにしてんだよカズ……、いい加減もう1人のカズを抑えて目を覚ませよカズ!!」
もう、それしかすがることしか出来ない。
早く目を覚ましてもう1人のカズを抑え込んでもらって、イリスを助けてほしくて俺は叫んだ。
<無駄だよ。もう1人の僕は今、僕が抑え込んでいルッ?!>
突然カズの動きが止まると、今度は悶え苦しみながら暴れ始めた。
<なんで?! なんでだよ?! 出て……来るなよ!>
「カズ!!」
<うるっ……さい! 黙れよ憲明君!>
「カズ……、助けてくれカズ……、イリスが……、イリスが!!」
<分かって……るっ! 待っ……てろ!>
カズ! 頼むカズ! そいつに負けないで戻って来てくれ!
<ガア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ァ゛ァ゛ァ゛ァ゛ァ゛!! 黙れよ僕!! まだ僕の時間だ!! ウッ、ウグッ?! ……黙る……のは、テメェだよ俺がああぁぁぁ!! なに俺の家族なのに傷つけやがったボケカスがあぁぁ!!>
来た!
「カズ!」
<待ってろ! ……クソッ! おい憲明! レーヴァテインで俺を刺せ!>
な、なに言い出すんだよ?!
<ほらあ! さっさとしろやボケ! 躊躇わずにおもいっきり刺せ!>
「ク、クソッタレ!」
戸惑いながらも俺はレーヴァテインを鞘から抜き、カズの胸をおもいっきり貫いた。
<ガア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ァ゛ァ゛ァ゛ァ゛ァ゛!!>
貫いた胸から禍々しいオーラと一緒に、大量の血が噴き出す。
普通なら死ぬ。でも俺はカズを信じた。
<クソッ! クソッ! なんでだよ僕?! 僕にも自由にさせてよお!! ……させる訳、ねえだろダボが!! テメェはずっと寝てろやああぁぁぁ!! …………>
すると、今まで暴れていたカズの動きが止まった。
……どっちだ?!
<……クソッ! おとなしくしてたと思ったらいきなり出てきやがって!!>
「カズ!」
<悪い憲明!>
「そんなことより早くイリスを頼む!!」
イリスを抱き抱えて俺はカズにお願いした。
カズなら"創造"か"変換"の力で、なんとか助けてくれる筈だと思ったから。
「助けられるか?!」
<……クソッ、……無理だ>
「なっ?! 無理?! なんで?! お前なら助けられるだろ?! だってお前……、魂を呼び戻すことができるじゃねえか! それにイリスの体ならほら! お前なら治せるだろ?!」
でもカズは黙ったまま首を横にふった……。
「チクショウ!! なんでだよ!! なんでイリスが死ななきゃならねえんだよ?!! おかしいだろ?!!」
<……悪いが俺にはどうすることも出来ねえ状態だ>
「だからなんでだよ?! "創造"か"変換"の力を使えばどうにか助けること出来る筈だろ?!」
それでもカズは首を横に振りながら<出来なくなってる>って言った。
それで俺は泣いた……。イリスを抱いて泣いた。
俺が死ねばこんなことにならないで済んだのに。イリスと付き合うことになったせいで、俺はイリスを死なせちまった。守る筈が逆に守られた。
そんな想いが込み上がってきて、俺は叫ぶようにして泣くことしか出来ない。
物凄くつらかった……。
「ノリ……ちゃん……?」
「み、美羽ぅ……」
「うっ……、ここは?」
美羽が起きると、他の連中も起き始めた。
目の前に竜になったカズを見て全員が驚きと恐怖に染まった顔で固まるけど、カズは何があったのか全部話した。
「嘘……でしょ?」
「イリスが死んだ?! 冗談やめろよカズ!!」
「そうだよ! 全然笑えないよ!」
美羽、一樹、ヤッさんはカズを責めた。
責めてもそりゃカズのせいかもしんねえけど、今のカズのせいじゃない。
事実を受けられない奴らは怒ったり、泣いたりしてくれる。
でも俺はそれより、どうにかしてイリスを生き返らせたい気持ちと、つらい現実を受け入れられないって気持ちでごちゃごちゃしていた。
このまま死なせたくない。
喪うくらいなら、俺が死ねばよかったのに。
俺はもう、それだけしか考えられなくなってて。気づいたらカズの胸に刺さってるレーヴァテインを握って引き抜いた。
<グッ……!>
あぁ……、さすがのカズでもいてぇんだな。
カズの反応を見てそう思った時、握ったレーヴァテインが綺麗な光と一緒に燃える。
なんだ……? ……はっ?!
その瞬間、脳に直接エルピスの声が響いた。
『彼女に剣を刺すのです』
エルピス?!
『お兄様がどうして彼女を救えないのか、それは私が後程お話しします。さあ、早く』
……信じるぜ?! エルピス!!
「イリス! 今俺がお前を生き返らせるからな!」
「ノリちゃん?!」
<憲明?!>
エルピスの言葉を信じて、俺は横たわるイリスの胸にレーヴァテインを突き刺した。
「生きろ! 俺と一緒に生きてもっといろんなのを見よう! 俺はお前がいないと嫌なんだあぁぁぁ!!」
するとレーヴァテインが光輝き、金色に近い燃える羽が俺達2人を包み込んだ。
<これは……。そうかエルピスか!>
レーヴァテインを引き抜くと、イリスの傷がどんどん塞がって傷が再生していく。
頼む、息を吹き替えしてくれ!
『もう安心ですよ。彼女はもう大丈夫です』
ありがとうエルピス……、本当にありがとう!
『後程理由を説明しに行きます』
分かった。
イリスの顔を触れると少しづつ温もりが戻ってきて、顔色が良くなってくる。
脈を調べるとちゃんと脈打ってるから、心臓が動き出した事が分かって俺は安心する事が出来た。
<憲明>
「ん?」
<悪い……、俺がもう少し抑えられていれば……>
「……お前のせいじゃねえよ。お前の自我が弱ってきていることは前から知ってたんだ。だから何時こうなるなんて予想出来るかよ」
そうだ、カズのせいなんかじゃねえ。カズが何時こうなるのかを知ってて俺達はずっと一緒にいたんだ。
「イリス……」
<息を吹き替えしたなら安心だろ……。それよりも……>
そう……、それよりだ。
イリスはまだ気を喪ってるから寝かせたままにして。竜の姿を知らない連中に説明する必要があった。
クラスの連中はカズを見て、酷く怯えた顔で震えている。それを、美羽達が「大丈夫だから!」って言って、なんとか落ち着かせようとしてくれるけど無理だ。
<……俺の口から正直に説明する必要があるな>
「でもよ、それ言ったらなおさら ーー」
<憲明……、ありがとな。でも言わなきゃ伝わらねえこともあるだろ>
それはそうかもしんねえけど……。
<悪い。実を言うと>
カズは話した、自分が何者なのか。
伝えた瞬間、全員の顔が青ざめて、中には悲鳴を上げて泣き出す女子もいる。
だけどカズは落ち着いて、丁寧に事情を話した。
カズなら記憶を改竄しようと思えば出来るけど、そんなことをしないで誠心誠意謝罪をして、どうにか理解してもらう為に。
「なんで黙ってたの?!」
「そうだよ! 酷いよ!」
<本当にゴメン……>
「私達を殺すつもりだったんじゃないの?!」
<いや、それは ーー>
「世界の敵のくせに!」
<グッ……>
そ、そこまで言うかよ……。
世界の敵って言われるのはさすがにキツい。
だって別にカズは世界の敵になろうと思って生まれ変わった訳じゃねえんだから……。
その後、人の姿に戻ったカズは"異界"を閉じて、俺達と一緒に出たけど……。その顔はめちゃくちゃ暗く、悲しい目をしていた……。




