第203話 目覚める狂気
しばらくの間、学園都市に顔を出していない俺達は久し振りに行く事になって、行っていない間何をしていたのかを話したりした。
ここに来る前の学校も居心地よかったけど、こっちはこっちで居心地が良いな。
俺はそう思えた。
「おい憲明、ボーッとしてねえで手伝え」
「あっ悪い!」
カズに軽く怒られると周りの連中にクスクス笑われる。
だけど俺は楽しいから苦笑いして、「また怒られちった」、なんて言って周りを楽しくさせようとしていた。
そんな、いつもと変わらないある日のことだった。
俺達がグラウンドで他の連中の戦闘訓練を見ていると、それは突然やって来たんだ。
12月2日
「ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ァ゛ァ゛ァ゛ァ゛ァ゛!!」
「カズ?!」
「く! 来るな!!」
心配で駆け寄ろうとした俺に、カズは物凄い形相で止める。
その目は、竜になった時と同じ目をしていた。
「クソッ! 出て……来るなああぁあア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ァ゛ァ゛ァ゛!!」
「これ、ヤバくねえか?!」
そう言って一樹が怯えながらその場から皆を退避させようした。
「全員逃げろーー!!」
<ガア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ァ゛ァ゛ァ゛ァ゛ァ゛!!>
でももう遅かった。
"異界"
禍々しいオーラを放ちながら、カズは"異界"を展開。
その場にいた俺達全員が一瞬で飲み込まれることになった……。
「…………うっ」
"異界"に飲み込まれた時に気を喪っていたのか、目を開けると見覚えのある大きな岩の上で倒れていて、周りを見ると逃げられた奴が誰1人いない事が解った。
ヤバい事になっちまった!!
冷や汗が止まらない。
それどころか、身体中の震えが止まらない。
早すぎる……っ!!
皆既日食、もしくはブラックホールみたいな巨大な物の前に、アイツは静かに翼を広げて浮いていた。
「カ ーー」
「喋るな」
カズって呼ぼうとしたら、イリスが慌てて俺の口を塞ぐ。
そのイリスも、冷や汗を流しながら怯えた顔をしていた。
「おはよう御座います、兄様」
<ハアァァァァ……、イリス?>
声を聞いた瞬間、俺はどう表現したら良いのか解らない恐怖と絶望感が込み上げた。
「はっ、イリスに御座います」
<ふぅ……、久し振りに外に出れたと思ったら、まさか"異界"を展開するなんて。……まったく意地悪な僕だね>
僕? 今、僕って言ったか? ってことはやっぱりコイツは……。
<久し振りだね、憲明君>
ニッコリと笑って俺を呼ぶけど恐怖が引かない。
それに呼ばれた瞬間、俺は物凄い吐き気が襲ってきた。
<あぁゴメンゴメン。僕が出てきたから重圧に耐えられないんだね。これでも抑えてるほうなんだけど、本当にゴメンね>
だったら早く抑えてくれよ!
<でもゴメン、久し振りに出てこれたし、これまでより長くいられそうだから暫く耐えててくれると嬉しいな>
こっ……ちは! 嬉しく! ねえよ!!
「兄様、今日はどうして外に……」
<うん、楽しそうだったから僕も混ざりたくてさ。だってほら、いつも僕は僕に抑え付けられていたし>
ふざけんな! テメェが出てきたらヤバいって事を知ってるから抑えられてたんだろうが!
<ミルクは……、いないんだね>
「はい……」
いつものカズと違うから違和感は勿論、その顔を見てるだけで気持ちが悪くなっていた。
いつものカズは口が悪いけど、どこか安心感と優しさを感じられる。
だけどこのカズはその真逆だ。
優しそうな顔をしてるのに、不安と恐怖を感じる。
コイツはダメだ。コイツだけは絶対に復活しちゃならねえ!!
自然とそう思えた。
<まぁ丁度よかったかな。……ねえイリス。……どうして僕を裏切ったの?>
「そ、それは……」
<僕はねイリス。大切な人はこの手で守りたいし、側にいて欲しいんだ。それは憲明君達も一緒だよ。なのに、どうして僕を皆して煙たがるの? ……それは許せないよね?>
瞬間、カズはイリスの目の前で鋭い牙を見せながら微笑んでいた。
速いとかそんな次元のレベルじゃない。
カズはさっきまで皆既日食みたいな巨大な物の前にいたけど、今はイリスの目の前にいる。
これをどう言い表せば良いのか俺には解らない。
<ねえイリス。どうして僕を裏切ったの? イリスは僕が進化させて妹になったんだよね? 家族になったんだよね? なのに、その家族をイリスは裏切るの?>
そう聞かれるイリスは、歯をガチガチ鳴らしながら怯えることしか出来ないでいた。
下手に俺が手を出せば、今のカズに1秒もかからないで殺される。それだけは本能的に理解することが出来た。
もし、イリスが1人でどうにか逃げようとするならなんとか逃げれるかも知れない。だけどそうするとこの場にいる全員で足止めしなきゃならねえだろうと俺は考えた。
俺が今まで出会ったどんな奴よりも、今のカズにだけは絶対に勝てない。
何をしようと、全て無意味に終わるって。
<どうしよ? 憲明君を殺せば戻って来てくれるのかな?>
俺を……殺せばイリスは……。
「……て下さい」
<ん? 小さいから聞こえなかったよ?>
「やめて下さい……」
<……へぇ>
イリスの答えに、カズは目を細めて微笑んだ。
「俺は、自由になって良いんだと兄様に言っていただけました。だから俺は……、憲明の、側に……」
<でもそれはもう1人の僕だよね? 僕自信、それを許した覚えは無いんだけど?>
家族を守りたいって言う奴のセリフかよ!
俺はだんだんと怒りが込み上がってきていた。
それに言ってることが矛盾している。
本当に家族を守りたいって言う奴のセリフじゃねえって思えた。
<裏切り者がどうなるか知ってるよね?>
「兄様、俺は……」
<これは見せしめだよイリス。だって、そうすればイリスが戻ってきてくれるでしょ?>
「い、いやだ……」
<ねえ憲明君。ゴメン、ここで死んでよ>
瞬間、目の前が大量の血で視界を覆った。
クソッタレ!!
<……なんで邪魔するの?>
「?!!」
俺は生きていた……、その代わりに。
「死な……せ……たくな……いから……」
「イリス?!」
俺の代わりにイリスが庇ってくれて、口と腹から大量の血を流しながら倒れる。
俺は倒れるイリスを抱き抱えるけど、一気に顔色が悪くなって、触っただけでも分かるくらい冷たくなっていく。
「イリス!!」
<……自分から死を選ぶなんて、何時からそんに馬鹿になっちゃったんだイリス?>
「は……ははっ……、だって……、好きな奴……を守……らな……いと……」
「バカヤロー!! だからってなんで俺を庇ったりしたんだよ!! だったら俺の代わりに生きろよ!!」
「はは……はっ……」
「おいイリス!!」
どうしたら良い?!! ど、どうしたらイリスを助けられる?!!
「ゴ……メン、憲明……」
「ダメだ……、ダメだイリス!!」
イリスの顔からどんどん生気が喪われていく。
それでもイリスは必死に何かを伝えようと、俺の顔に冷たい手を当てるけど言葉が出ないでいた。
「おいカズ!! 俺を殺したいなら殺して良いからイリスを助けてやってくれよ!!」
<なんで?>
瞬間俺はようやく理解した。
コイツは冷酷非道で無慈悲。それが例え家族でも、平気で殺せる奴なんだって。
<裏切り者には死を。それが僕のやりかたなんだから口出ししないで欲しいな>
「でも俺を殺してイリスを戻したかったんだろ?!! だったら!!」
<自分から飛び込んで来たのにどうして? それで君はイリスの代わりに生きられるのに>
「お前の妹だろ?!!」
<所詮血の繋がりなんてそんなもんだよ。信じられるのは僕の為に存在してくれる奴だけさ>
「クソッタレがーー!!」
 




