第198話 イリスの優しさ
「起きろ」
「ん? ん~……」
なんだと思って目を向けると、そこにイリスが俺の顔を覗いていた。
「どうしたんだよ?」
「兄様達がもう動いた」
「今、何時?」
「5時」
5:10
早すぎるだろぉ……。
眠い目を擦りながら俺はあくびをして起きると、まだ隣にヤッさんが寝ている。
……幸せそうな顔で寝てんなぁ。
「ん~……とりあえず今起きるよ」
「さっさと準備しろよな」
……アイツ、もう準備終わってんのか?
まだ眠い……、だけど俺はイリスを待たせるのも申し訳なかったから起きて、顔を洗ったり着替えたりして出発することにした。
5:50
元城壁と思う壁の上に立つと、地平線の向こうから朝日が登り始めていた。
「まだ暗いけど向こうはちょっとずつ明るくなって来てるな」
「……なぁ憲明」
「ん?」
「お前、結局どうするんだ?」
「……なにが?」
イリスが何を言おうとしてるのか、サッパリ解らねえ。けどその顔は暗く、悲しげな目をしていた。
「……最近、兄様の自我が弱ってきてる」
「あぁ、……聞いた」
「正直に言うけどよ。……俺もお前らの事は気に入ってんだ」
……イリス。
「だからさ……、兄様が完全に復活したらよぉ。お前らもこっち側に来いよ。そうすりゃお前らと戦う事も無くなるだろうし、お前らだって兄様と戦う事も無くなるんだぜ? なんだったら俺から兄様に言ってお前らの家族や友達皆さ、殺さないように頼むことだって出来るんだしよ!」
イリスお前……。
「なんで泣きそうな顔すんだよ」
「な?! 泣いてねえし!」
「……お前の気持ち、スッゲー嬉しい」
「んじゃ!」
……俺としては嬉しかった。
まさかイリスがそんなことを言ってくれるなんて思ってもいなかったからさ。
だけど俺はイリスの気持ちは嬉しいんだけど、それに応える事が出来なかった。
「嬉しいよ、マジで嬉しい。だけど俺はお前の気持ちに応えられない」
「な……、なんでだよ?!」
「俺はカズを守りたいから」
「な……はぁ?!」
なに訳の解らねえこと言ってんだ? って顔をされたけど、俺にとってはその言葉に意味があるんだ。
「俺だってカズやお前と争いたくなんかねえよ」
「だったら!」
だけど俺は首を振って、その理由を話した。
「カズはカズだ。冥竜王でもカズだ。俺はそんなアイツが好きなんだよ。だからそんなアイツが世界を滅ぼそうとする事は絶対にさせたくねえんだ」
「……」
「お前はカズに、何の罪もない命を奪って欲しいって思ってるのか?」
「それは……」
イリスは肩を震わせて、苦しそうな顔をしながら俯いた。
「なあイリス、イリスはカズが好きか?」
「そんなの、好きに決まってるじゃねぇか……」
「んじゃ死ねって言われたらお前、死ねるのか?」
「……兄様がそれを望んでいるなら」
「違うだろ? お前、アイツの家族じゃねえか。んじゃお前はミルクとか、アイツが飼育してる爬虫類とかそう言った家族をお前、殺せるのか?」
「それは!」
「出来ねえだろ?」
「うっ、……ぐっ」
何も反論する事が出来ないからか、イリスは悔しそうな目で俺を睨んだ。
「正直に言うとさ。カズが冥竜王として復活する前に封印しちまったほうが良いんじゃねえかって話が持ち上がってたらしいぞ」
「兄様を、だと?」
「でも封印されてねえ。なんでか解るか?」
「俺が知る訳ねえだろッ」
「親父さんが動いてくれたからだよ」
「親父が?」
俺は親父さんに呼び出されて、そこでカズを封印したほうがいいんじゃないかって連合会議があったって聞かされた。
連合会議に参加したのは向こうの世界だと日本とアメリカは勿論、中国、ロシア、フランス、ドイツ、カナダ、イギリスと言った国々の他にバチカン。
こっちの異世界からだとテオの国、リリアの国、他にも数ヵ国の代表が集まって会議をしたらしい。
何時何処でそんな事があったのか、全然知らねえけど。
カズが八岐大蛇になったのが原因で、各国のお偉いさん達は警戒を強めていた。そこに来て、カズが冥竜王の生まれ変わりだって事実を知り、その事実を黙って見過ごすわけにもいかねえもんだからその話が総理の耳に入って召集されちまったんだと。
そこにカズの妹、エルピスが現れると親父さんの味方になってくれたらしく、封印されることが無くなった。
きっと帰った後直ぐ、そっちに出向いたのかもな。
そこでエルピスはこう言ったらしい。
「最早封印するしないの問題では御座いません。兄が目覚めるのは既に誰にも止められない事実。今、下手に手を出せばその目覚めを速める切っ掛けになりかねない。ですがその兄は今、冥竜であるもう1人の御自分と戦っております。それに目覚めたとしても、私は兄ときちんと和解したいのです。このまま争いが続けばどうなります? 憎しみの連鎖が延々に続くことになりませんか? では、その連鎖をどこかできちんと断ち切らねばなりません。私は次の目覚めで兄と決着をつけなければなりません。私はこれ以上、兄を苦しめたくないのです……。兄は生まれ変わる度にその強さが増します。過去、何度も兄は生まれ変わっており、死ぬ事でまた、兄は強くなって生まれ変わってきたと直接お話を伺うことが出来ました。……今の兄は、まるで意地悪だった子供の頃みたいでして……、私はそんな兄と数日ですが過ごせて嬉しかった……。そんな兄を、もう1人の兄と和解してどうにか助けたいのです。……我が儘を言っていることは重々承知です。ですがどうか、封印するのは待って頂けませんでしょうか。お願い致します」
各国代表は悩んだものの、エルピスの言葉を信じてバチカントップの教皇が、封印する事をやめようって言ってくれたらしい。
でもそれに反対したのがアメリカと中国、ロシアとかだった。
和解出来なかったらどうするんだ? とか、世界が滅んだら誰が責任取れるんだって。
取る取らないの前に、世界が滅んだら責任なんて取れるわけねえだろって思うけどな。
だから俺達でカズを守らなきゃならねえし、そうなったらなんとか止めて和解したい。
俺達の知らない所で、エルピスや親父さん達が信じようって頑張ってくれてるのに、それを裏切って最初からそっちにつくことなんか出来ねえよ。
「親父さん、お前ら2人の事も信じてるんだぜ? だって……、2人とも親父さんにしてみりゃ家族だし、娘なんだぜ?」
「っ……」
「俺達の事を思ってくれるのは嬉しいけど、そんな人達を裏切れねえよ」
「そぅ……だな……」
「やっぱお前ってカズに似て優しいな、イリス」
「……うるせぇ」
それ以上イリスは何も言わなくなると、古城調査をする為に歩き出した。
でもホント、お前の気持ちは嬉しいよ。
「(クソッ……、兄様が完全復活すりゃ確実に死ぬんだぞ? 残り僅かな時間しか残ってねえんだぞ? 本気で止められると思ってんのか? 復活した兄様は完全な闇、"死"だ。"絶"を冠する兄様に挑むなんてそんなの……、そんなの……、自殺行為じゃねえか! 俺はお前に……っ! ……なんで分かってくれねえんだよコイツ! クソッ!)」
俺はこの時、イリスが俺に対して猛烈に怒っていた事なんて全然気がついていなかった。
6:05
「1階と地下は調べたんだったよな? んじゃ2階から調べるか?」
「あぁ……」
なんか、怒ってます?
「ん、んじゃ2階に行きますか」
「はぁ……」
そのため息はなんでしょう……。
空気が重い中、俺とイリスはノワールとララを連れて古城2階に行き。怪しい場所がないか調べる事にした。
……なんにも無い。つーか。
「はぁ……」
イリスのため息が気になって集中出来ない……。
「なぁ、さっきからそのため息なんなんだよ?」
「あ? ……気にすんな」
気になりすぎるんですがなにか?!
「もしかしてさっきの話を断ったからか?」
「あ? ……別に」
絶対それだろ!
「お前の気持ちは嬉しいしありがたいけどさ、分かってくれよ」
「だから別にって言ってんだろ」
「俺、お前と喧嘩したくねえんだけど?」
「俺は別に喧嘩してるつもりねえけど?」
瞬間、俺はイリスの態度にキレちまった。




