第172話 巨獣と猫
<初めて見る顔じゃのぅ、どれ、ちとこっちへ来るがよい>
動く影だけでそれがかなりの巨体だってのがなんとなく分かる。
そして、俺はそう言われて近づこうとした瞬間にカズに止められた。
「馬鹿が、お前の頭はニワトリ並みなのか? どうしてコイツがここにいるのかもう忘れちまったのか?」
「うっ……」
そうだった……。
<ホッホッホッホッホッ! その通りじゃ。ワシがここにおると言うことは、そう言う事じゃぞ?>
そう言って、声の主がこっちに首を伸ばして姿を表した。
やっぱデカい……。
バーサーク・センチビートなんかより、よっぽどデカいぞ。
そいつの頭はどっちかって言うとワニで、動物のキリンとウマ、そしてバジャダサウルスって草食恐竜を合体させた様な姿をしている。
ウマみたいな立派で長いたてがみが生えているから目が隠れて見えない。長い毛は背中や尻尾の先まで生えている。だけどそんな毛を掻き分け、さっき言ったバジャダサウルスって恐竜みたいなトゲが、後頭部から生えていた。
トゲは真っ赤な色をしていて、ウシの角みたいに内側へ曲がっている。そのトゲは徐々に大きくなって、背中から生えてるトゲが大きく、腰から尻尾の先に行くにつれて小さくなっている。
上から見たら、きっと凶悪な牙に見えるんだろうな。
それにそいつはどっちかって言うと、翁って感じの雰囲気が漂っていた。
前足と後ろ足はキリンみたいに長く、鋭利な赤い爪。毛は白色。体は灰色で、蜂の巣状の黒い大きな模様があるモンスター。
「お前が暗がりから顔を出すなんて珍しいな。いつもは暗い場所で寝てるのによ」
<ホッホッホッ、ここに閉じ込められている以上、新顔を見るのが楽しみになっての>
「紹介しよう。コイツは古竜だ。しかもドラゴンの中でも最後の1体になる"マルドアニクス"って種族だ」
最後の1体……。
「ちなみにコイツら2体は特別固体って奴らで、名前を付けられたモンスターでもある」
「ネームド?」
「ネームドってのは、特別固体って意味で名前がある固体のことだ。まず、マルドアニクスの名前は"フューラー"。コイツは数多くのモンスター達を引き連れ、その巨体で街を蹂躙し、多くの命を虐殺した凶悪モンスターだ」
<ホッホッホッ、懐かしいのぅ。いったいどれだけの街を破壊したか、全然覚えてはおらぬが>
「村12、中規模の町が3、ゼオルクくらいの街を1。それがお前によって破壊され、蹂躙された数だ」
ま、マジで言ってんのか? だったらAランクどころかSランク。もしかしたらSSランクはあるんじゃねえのかよ?!
「んで次はケット・シー。コイツの名前は"月光"。月が出てる夜、コイツは殺しって快楽を求め、数百人殺しまくった殺人鬼だからその名がついた」
今度は殺人鬼?!
「けっ、それの何が悪いって言うんだよ? 別に今でも後悔なんざこれっぽっちもしてねえからな!」
さっき反省してるって言ってたのはどこへやら……。
「第一! 人間が俺達の住み処まで破壊したのが原因なんじゃねえか! アンタだって昔来たことあんだろ! ……昔の、あの森によぅ……。……知ってるだろ? アンタ……、よく来てたんだからよぉ……」
そっかぁ……。コイツ、自分達の住み処を俺達人間に破壊されたから、怒って人を殺しまくったんだな……。それがいつしか快楽になって……、殺人鬼って呼ばれるようになっちまったのか……。
怒った後の悲しいそうな顔を見て、俺はコイツだけが悪くないんじゃねえのかって思えた。
「お前の気持ちは俺だって分かるけどな」
「ふんっ……」
そこで、ミルクが前に出ると月光にある提案を口にし始めた。
「私の下に付く気はありますか? 月光」
「……は?」
それは……、どういう意味だ? まさか……、部下にするって言うのか?
「貴方の返答次第で、私からにぃにに頼んで出してあげますよ?」
「へ……? 俺が……、アンタの下に?」
「はいそうです。嫌ならずっとここに居て貰います」
「ね、願ってもねえ話だぜ! 頼む! アンタの舎弟でも何でも良い! こっから出れるなら!」
「裏切りは即、死で償って貰います。本当に良いんですね?」
すると月光は両膝をついて跪いた。
「不肖、この月光。ここにアナタ様へ永遠の忠誠を捧げます」
「結構です。にぃに、宜しいでしょうか?」
マジかよミルク……、なんでまたこんな危ない奴を出すんだよ……。
「……まぁ、お前がそうしたいなら良いが、その前に月光。コイツの部下になるってことは俺の部下になるってことでもあるんだ。それを忘れるなよ?」
「ケケッ、まさかアンタの部下になるなんてな……。だが悪くねえ……、アンタ程の実力者の部下になれるなんざ光栄だぜ、ケケッ。でも良いのかい? 俺はさっきアンタが言ったように、殺人鬼なんだぜ?」
「それは俺達兄妹だって一緒だ」
するとカズとミルク、イリスの3人が月光を威圧するためなのか、暴力的なまでの魔力を放った。
「なっ、あっ……」
月光はその魔力だけで言葉を失うと、全身を震わせて歯をガチガチと鳴らし始めた。
「これで分かっただろ? 俺達も普通じゃねえんだよ月光。だから下手に裏切るんじゃねえぞ? 誓うならミルクの頼みを聞いてやる」
「は……、はい……、誓います……」
その後、月光はカズの手で鎖を外して貰ったことで、久しぶりの自由を手に入れた。
でも自由になったのは良いけど、今度はそれよりもっと怖い、別の意味での鎖に繋がれちまったんだけどな……。
<そうか、行ってしまうのか月光>
「すまねぇ旦那。先に外へ出ることになった」
<ホッホッホッホッホッ、なあに、気にするでない。じゃが、お前さんとの会話は楽しかったぞ?>
「俺もだ」
テイムじゃなく、部下としてミルクの下に付く事になった月光は、改めて跪くと御礼の言葉を口にして頭を下げた。
「後でお前に新しい服と武器を用意してやるから待ってろ」
「はっ、ありがたき幸せ。不肖この月光、誠心誠意貴方様方の為に尽くさせて頂やす」
月光がニヤッとした笑みをしながらそう言った時、俺はどこか月光がカズに似てる気がした。
ミルクもそう思ったからきっと、月光を部下にしたのかも知れない。
「ねえカズ。よかったらこのフューラー、私に譲って貰えないかしら?」
そこで今度はまさかのミラさんがカズにそう聞いた。
「分かってて言ってんのか? コイツは竜種、しかも古竜だぞ? そこら辺のモンスターとは訳が違う。あえて伏せてたがコイツはSSランクのモンスターだ」
やっぱりSSランクかよ。
「構わないわ。なんなら、直接力で捩じ伏せてからテイムするわ」
<ホッホッホッホッホッ、このワシを捩じ伏せるじゃと? 面白い事を言うお嬢さんじゃのぅ>
フューラーの目がその時、赤く光った。
明らかに出来るもんならやってみろって雰囲気だ。
「……まっ、ミラママとフューラーがそれで良いって言うなら後で俺が場所を作ってやる。お互いそれで良いな?」
「良いわ」
<結構>
お互いやる気まんまんかよ!
その後、俺達は戻る事にしたけど。結局、サーちゃんと志穂ちゃんはなにもテイムすることは無かった。




