第168話 来る日の為に出来ることを
19:30
「とりあえず集まったな?」
岩美と澤崎以外、全員が大水槽前ホールに集まると、流石に圧巻って感じがした。
「今日、その場にいた奴らは何があったのか知ってると思うが、改めて話をさせてもらう」
そしてカズは何があったのかを話し始めた。
「半年後の春。稲垣さんは全世界に対して宣戦布告するって言ってきた」
「全世界に? んじゃ凶星十三星座も動くのか?」
そう聞くと、カズはそれを否定した。
「奴らが動くのはまだ先だ」
「でも稲垣さんは連中と繋がってんだろ?」
「準備が不十分過ぎるので、動くに動けないんですよ」
そこでミルクが俺達の会話に割って入った。
「彼らが動くのは夏ごろになります」
「それ、お前が言っていい情報なのかよ? 俺達に情報を渡してるのと一緒だぜ?」
「なんの問題もありません。彼らと私達の計画は、誰にも邪魔できないように致しますので」
解ってて言ってんのか? それは、お前自身がカズを殺すって言ってるも同然なんだぞ?
「イリスは」
「悪いな。俺もその計画に一枚噛んでる」
平然と、真っ直ぐな目で俺を見ながらそう言ったから俺は辛くなった。
なんで……、こんなことになっちまうんだ……。
イリスの冷たい目が俺の心臓を、心を締め付ける。
敵同士になんてなりたくなかった。こんなに辛くなるなら、そんな感情になりたくもなかった。
「でもお前らはそうなったら別の道を見つけてそれを選択するんだろ? それにベヘモスから聞いたぜ? 例え復活しても、俺は仲良くしたいって。そう言ってたんじゃねえのかよ?」
イリスがそう言った時、俺はそうだったって思い出して目を向けると、イリスが顔を僅かに赤くして顔を背けた。
ありがとうイリス!
そうだ、そうだよ! 俺はBの話を聞いてカズみたいだと思ったから仲良く出来るんじゃねえかって思ったんだ! なのにどうしてそれを忘れてたんだ俺! しかもその冥竜がカズだったんだ! だったら復活してもどうにか今のカズのままでいてくれれば可能性は低くない!
「お前ら、マジでいつの間に仲良くなってんだよ」
カズに言われて思わずビクッとしたけど、その目はどこか嬉しそうにも見えた。
「……ミルク、イリス」
「「はい」」
でもそんな顔から一変して、真剣な顔でカズが2人を呼ぶと、2人はカズの前で片ヒザを着けて跪いた。
「お前ら2人に仕事を与える」
「「はい」」
イリス達になんの仕事をさせるんだ?。
「ミルク、まずお前は佐渡と、これから合流する岩美と澤崎を見てやれ」
「はい」
「イリス、お前は憲明と美羽を頼む」
「はい」
……どういうことだ?
「ゴジュラス」
<ここに>
「お前はトッカーとダークス以外のクロ達全員を頼むぞ?」
<仰せのままに>
何が始まるって言うんだ?
……もしかして、俺達を殺すってことか? だとしたら今のカズは冥竜のカズなのか?!
「ミラママ」
「なにかしら?」
「ミラママは自分の部隊と、ミコさん達刑事の中から使えそうな連中を集めて面倒を見てやってくれ」
「……了解したわ」
え? 違うのか?
「朱莉さん、そこにいんだろ?」
すると、柱の影から先生が辛そうな顔をしながらスッと出てきた。
「なに泣きそうな面してんだよ。とにかく朱莉さんは刹那とサーちゃんと志穂を頼むぞ? 七海は別にいいからその3人を見てくれ、いいな?」
「……えぇ」
「柳さん」
「ここにいますよ」
「アンタは防衛省に連絡して特殊作戦軍の連中をかき集めてこっちに寄越すよう伝えてくれ」
「手配しときましょう」
「マーク、バニラ」
「ここにいるぜ!」
「我輩もここに!」
「2人してそこにいる3チームを今以上に強化しろ」
「「心得た!」」
カズは冥竜のカズじゃなく、何時ものカズとして皆に指示を出していたことに俺は驚いた。
「犬神と御堂に伝えろ。かき集められるだけの兵隊を集めろってな。あと親父を叩き起こしてここに呼べ、今すぐにだ」
「しょ、承知いたしました」
カズの指示を受けた組員の人は、急いでその場から離れていった。
「いいかお前ら。稲垣さんが動くのは来年の春。それまでに指示した奴ら全員を今以上に鍛え上げろ。死なねえ程度ならどんな事をしても構わねえ。分かったか?」
ひ、久しぶりに氷の微笑みを見たな……。
相変わらずどギツイ……。
「ヤッさん、一樹、トッカー、ダークス。お前らは俺が直接面倒見てやる。覚悟しておけよ?」
ひ~~!! マジかよ~! めちゃくちゃかわいそうなんだけど?!
ほら~、2人と2匹があからさまに嫌そうな顔してるし!
「特にトッカー、ダークス。お前らは覚悟しておけよ? 俺が直接面倒見てやるんだ、責任持って進化させてやるよ、クククククッ」
一言言って、ヤバ過ぎる……。
トッカーとダークスは、真っ白になって硬直していた……。
すると、俺の袖を沙耶が掴むと何度も引っ張って、小声で話してきた。
「な、なんとかしてよノリちゃん」
「無理に決まってんだろ……。貞子ですら逃げるレベルだぞあれ……」
カズの氷の微笑みはそれだけ凶悪なんだ。絶対何言っても無駄だってことぐらい知ってる。
「しかし俺も丸くなっちまったもんだ。何時ぶりだ? 美羽と付き合うことになってからじゃねえか? この高揚感は」
お願いですから落ち着いてくださいって言いてえ……。
「なあ? そう思わねえか? 憲明」
こっちを見ないで頂きたい! そして聞かないでください!
もうその場はカズの独壇場。
誰も何も言えねえ空間に包まれていた。
「流石兄様、何時見ても惚れ惚れする微笑みだぜ」
あの、止めてもらえませんかイリスさん?
「にぃにの微笑み……、久しぶりに見れて嬉しく思います」
ミルクさんはドMなんですか?
そうやってカズが指揮を取った強化プログラムが始まることになった。
誰か助けてください。
10月16日
その日、イリスは気合いが入っていた。
「ね、ねぇイリス、ちょっと、ちょっとだけ休ませて……」
「なあに寝惚けたこと言ってんだよ美羽姉! 兄様が言ってたこともう忘れたのかよ?」
「そ、そうじゃないけど」
俺達全員がようやく集まったってこともあってか、俺達を指導? してくれるイリスやミルク達に気合いが入りまくっている。
俺と美羽はイリスが見てくれることになったんだけど、その日していたのは至ってシンプル。
「今日は俺に追い付くまで終わらせねえからな?」
マラソン、じゃなく"鬼ごっこ"。
しかも俺と美羽の2人がずっと鬼で、イリスが逃げ続ける。
単純だけどこれがかなりキツィ……。
「俺にちょっとでもカスればクリアなんだぜ? 簡単だろ?」
簡単に言ってるけど、そう簡単じゃねからな?
イリスの動きが速すぎて追い付けないってのもあるけど、こっちの動きをよく観察してるからなのか、全然次にどう動くのかが掴めやしなかった。
美羽は"未來視"を常時発動してるのに、まったく追い付けないでいるし。
「俺程度でこれじゃ、いつまで経っても兄様には追い付けねえぞ? それともあっちみたいにするか?」
そう言ってイリスが親指を立てて指した方に目を向けると……。
「ヌルイ……、なんだその体たらくは?」
復活した親父さんがゴハアァァって感じで、鬼どころか悪鬼羅刹みてえな物凄い形相で特殊作戦軍の人達をシバいておられる……。
もう、直視出来ねえくらいのエグさだった……。
「それともこっちか?」
次はミランダさんだけど……。
「もっとはきはきと動きなさい」
御子神のおっさんと、若い刑事の人達。それにミラさんの部下の方々がまるで奴隷のごとく働かされているじゃありませんか。
……うん、こっちも却下。
「次にこっちは?」
次は……。
<貴様らの力はその程度か>
ゴジュラスがまるでラオウみたいにクロ達をボコボコにしながら特訓していた。
しかもそこに、何故かマークのおっさんとバニラまで他の3チームと一緒にゴジュラスに挑んでるし。
どんな特訓してんだよあの人達は……。
「続いてこっちは?」
次に見たのはまさに……地獄!!
他の連中がまだ良いとすら思えるような光景がそこにはあった。
<クカカカカカカカカカカッ……>
カズが……、カズがヤッさんと一樹をボロ雑巾にしておきながらまだボロボロにしようと、笑いながら煙草を吸ってる……。
あれはもう、ヤバいを通り越してますやん……。
トッカーとダークスなんて、そんな光景にお互い抱き合いながら震えて泣いてる……。
すまん! 俺にはどうすることも出来ない! 許してくれ!
そして俺と美羽はイリスに満面の笑みを向けて。
「うん、俺、イリスの方が好き」
「私はこっちのほうが良いです」
お互い同時に言った。
「だろ? 俺のほうがいいだろ? んじゃ再開すっぞぉ」
そして俺と美羽はまた走った。
……やっべえぇぇ、どさくさに紛れて思わず言っちまった!
美羽は気づいたのか、俺をジーッと見てニヤニヤしていやがったけど……。
お願いだから黙ってて下さい……。




