第149話 灰色の記憶
憲明達が夜城邸に戻ろうとしている頃。
ーー 東京 ーー
とある廃工場に守行達の姿があった。
「どうだ? 稲垣は確認出来たか?」
すると音も無く、スッと刹那隠密部隊の1人が現れ、まだ確認出来ないと伝える。
「(情報は間違いだったのか?)」
そう思っていると、別の部隊から数台の車が入ってきたと無線が入る。
それを受け、守行達は気配を殺して物陰に隠れた。
その場に刹那はいない。
刹那は守行達とは別行動を取り。1人、そこから3キロ離れたビルの屋上にいた。
彼女は普通に戦闘センスが良いが、彼女が夜城組の暗部を任されている理由はただ戦闘センスが良いだけじゃ無い。
彼女は他の誰よりも暗殺に長けているからだ。
"暗器"
その能力があるからこそ、あらゆる武器を隠し持つ事が出来る。暗殺者としてこの上無い能力と言えるだろう。
だが誰もが持つことが出来る訳じゃない。
"暗器"は希少な能力であり、どれだけ頑張っても手に入るような力ではない。
その為、刹那は優れた暗殺者でもある。
故に、裏社会に生きる者なら誰もが刹那を恐れている。
刹那に狙われたら終わりだと。
その刹那は"バレット M82"と言うスナイパーライフルを手にしている。
そのスナイパーライフルは、和也愛用の"ブローニング M2A1 重機関銃"で仕様される弾丸すら使うことが出来る優秀な狙撃銃。
その狙撃銃で狙うは稲垣陸将ただ1人。
彼女にとって3キロの距離等関係無い。それだけの距離でも寸分の狂いも無く撃ち抜くことが出来るのは、七海の存在あってのもの。
七海と言う人格は運動音痴だが、その頭の回転はとても速く、刹那の人格よりも知能指数が高い。
"思考加速" "演算処理能力拡張"
それが、七海が持つスキル。
つまり、刹那は馬鹿だが七海は天才、とも言える。
そんな七海がサポートし、刹那が狙撃すれば百発百中。
逃れることなどできない。
『刹那。目標を視認出来たか?』
「……はい」
無線から守行の質問が入る。
その目には、はっきりと目標である稲垣陸将の姿を捕らえていた。
「……いつでも」
『……曼蛇を確認出来次第、お前の判断で……。撃て」
緊張が走る。
遂に姿を見せた稲垣陸将は情報通り、別の裏組織と合流すると取引を始める。
その周りには元特殊作戦群の黄龍隊と思われる者達が、稲垣陸将の護衛として数人いる。
稲垣陸将と裏組織のリーダーと思われる人物と何かやり取りをしていると、そこへ曼蛇が封印されている木箱が運ばれ、稲垣陸将は部下にアタッシュケースを持ってこさせる。
間違い無く、曼蛇が封印されている木箱だ。
刹那が遠くから見ても解る程の、禍々しい魔力が溢れ出ている。
背筋に汗が滲み出る。
「(アレを、他の誰かに渡すわけにはいかない。アレはあの人意外が持ったら厄災しか呼ばない)」
自然と指に力が入る。
スコープ越しの先には稲垣陸将。
その稲垣陸将と、裏組織のリーダーとの話が終わったのか遂にその時が訪れる。
稲垣陸将がアタッシュケースと曼蛇の入った木箱と交換したその瞬間。
刹那は全神経を使って稲垣陸将の頭に向け、1発の弾丸を解き放った。
弾丸は超高速で飛んで行く。
最早、誰にもその弾丸を止める事は出来ない。
筈だった……。
弾丸は禍々しい、大きな斧によって一刀両断されて防がれた。
「やはり来ましたか……、B」
そこにいたのはベヘモス。
ベヘモスは悲しげな顔を刹那に向け、ただ無言のまま宙に浮いている。
刹那はきっと邪魔をしに来るならベヘモスだろうと思っていたのだろう。しかし、刹那は悔しそうな表情を浮かべ、ベヘモスを睨んだ。
「どうしてですか。アナタはあの人の事が好きなんじゃないんですか?」
そう言われると悲しそうな表情が一層、濃くなる。
「アナタ方はまたそうやってあの人を悲しませたいんですか!」
「……また?」
それが何を意味しているのか直ぐに気づくことが出来なかったが。ベヘモスはその言葉がどうして刹那から出たのかに気づくと、徐々に目を開いて驚きへと変わっていく。
「まさか……、まさか君は……」
「アナタに教える必要は無いですよ!」
刹那は"バレット M2"の銃口をベヘモスに向けると射つ。
「まっ ーー!」
「アナタ方こそ裏切り者だ! あの人がどんな想いでいるか知っててそれを利用したんだ!」
刹那は涙を流し、次々と弾丸を装填してはベヘモスを射つ。
その速さは普通の人間であれば不可能な速さだ。
ベヘモスは刹那の攻撃を斧で防いだり避けたりするだけで、一向に反撃に出ない。
「あの人は平和を望んでいた! その全てをぶち壊したのは他の誰でもないあの馬鹿達のせいだ! そのせいであの人は怒りに任せて全てを破壊する道を選んだ! 私はそれでもよかった! いずれあの人が平和な世界で生きてくれるならそれで! そして今! あの人はようやく平和に暮らせそうなのにそれをアナタ方はぶち壊そうとしている! それだけは絶対に……許さない!」
刹那は泣きながら怒鳴り、"バレット M2"から日本刀に変えて攻撃。しかし、ベヘモスの斧とぶつかると粉々になって破壊されるが、そんなことお構いなしに次々と武器を変えては攻める。
それでもベヘモスから反撃する素振りが全く無い。
刹那はワイヤー等を駆使して宙を舞ったり、ビルの側面を走ってベヘモスに攻撃し続ける。
「アナタ方が何をしようとしているのか私には全部解ってる! 復活させる為ならあの人を傷つけようとしている! そうでしょ?! そんなこと! 絶対にさせない!」
「まっ ーー!」
再び待ってくれと言いたくても、刹那の猛攻で何も言わせてもらえない。
しかし、刹那は誰かの生まれ変わりであるとほのめかす言葉を口にした事で、ベヘモスは動揺している。
同時にとある答えも口にしていた。
それは……、和也が"冥竜王・アルガドゥクス"であると言っているのも同然の言葉をだ。
「私達がどんな想いであの人と戦い! あの人を封印しなきゃならなかったか! その苦しみがアナタ方に解りますか?!」
あらゆる武器でベヘモスを攻め。体術に切り替えた刹那はベヘモスの首に両足で締め上げるとそのままビルに叩き付ける。
「アナタがあの人と再会できたあの日、何を渡したか知ってますっ。アレはあの人の血。記憶を呼び覚ます為、アナタは血を飲ませた。お陰で、あの人は時折 昔のあの人が顔を覗かせる様になった。それを、今のあの人は覚えていない! 今のあの人をアナタ方は殺そうとしている! そうでしょ?!」
「ぐっ……あっ……」
足の絞め技が完璧にキマっている。
振りほどこうと思えば振りほどけるものの、ベヘモスは刹那を傷つけるのが恐いからなのか抵抗しない。
刹那は足をほどくと再び"バレット M2"を出し、周りには小型の爆弾をばら蒔いた。
「今の私にアナタを殺せるだけの力は正直ありません。でも、それはアナタにも言えますよね? それでもこの爆弾はきっとアナタを殺せないにしても、ダメージを与えられる。だってこの爆弾は、あの人が教えてくれたとっておきの爆弾ですから」
銃口をベヘモスの腹に突き付け。左手には"ベレッタ"を持ってその銃口を1つの爆弾に向ける。
刹那の顔は怒りと悔しさで彩られ、ベヘモスは泣いていた。
「そうか……、君はもしかしてナタリー」
「その名を口にするな! 私は私だ! 2つの魂を宿している私はもうアナタ方の知ってる私じゃない!」
「2つ……?」
刹那が何を言っているか、その時は解らないベヘモスだったが。その言葉が何を意味しているのか理解するのと同時に、刹那はベヘモスの腹を撃ち、小型爆弾を撃つとその場から逃げた。
爆発の威力は強烈だ、たった1つの爆弾でビルを簡単に破壊するだけの威力を持っている。そんな爆弾を大量にばら蒔いた事でその全てが爆発し、そのビルにいた多くの人々を巻き込む大爆発が次々と起こる。
その爆発音は守行と稲垣陸将がいる廃工場にまで届き。2人は真正面から向き合っていた。
「派手だね。誰と戦っているか知らないけど、人の命をなんだと思ってるのやら」
「テメェが言えた義理じゃねえだろ稲垣。刹那にしてみりゃ他人様の命はどうでも良いって事ぐらい知ってんだろ。アイツは昔から俺達家族や守りたいと想った連中の命しか守らねえ」
「そうだったね。特にあの子は和也の事しか考えていなかった。よくそんな子が暗部を任されるだけになったもんだよ、本当に」
すると稲垣陸将は手に持っていた銃を守行に向けるが、守行は微動だにしない。それは彼に銃等関係無いからだ。
「俺にそんな物が通用すると?」
「まあ通用しないだろうね。だから……」
次に向けられたのは曼蛇が入った木箱。
稲垣陸将は守行にではなく、曼蛇が封印されている木箱を銃で破壊しようとしている。
ここで下手に封印を解けば、そこに眠る八岐大蛇の魂の一部が解放され、甚大な被害が出る恐れがある。
それだけはなんとしてでも阻止しなければならない。
「このまま見逃してくれないかな? じゃなきゃ、今ここで曼蛇の封印を解く事にするけど」
「テッメェ……」
「悔しいかい? 悔しいよね? はははっ、お前の悔しがる顔が見れて俺は嬉しいよ。……俺はずっとお前のその顔を見たかった」
微笑んでいた表情から一変し、急に見下した目で守行を睨み始めた。
「お前は昔から人の欲しいものは何でも手に入れてきた。金、権力、愛……。どうしてお前ばかりなんだ? 理不尽だと思わないか?」
「何が言いてえんだ……」
「別に? ただの嫉妬だよ。でも今はそんなこと関係無い話だ。とにかく俺はお前の悔しがる顔が見たかったんだよ。俺はこれからこの曼蛇を使って、世界に対して真実を告げる」
「真実だと?」
世界に対して真実を告げると言われ、守行はどんな手を使い、どんな真実を告げるのか考えた。
「人工的に、門を造るのさ」
「テメッ……、そんなこと出来ると思ってんのか!」
出来る筈がない。
門がどの様にして創られ。どの様にして存在しているのかまだ解っていない。
それを人工的に造ることなど到底出来る訳が無いのだ。
かつて数多の門が存在していたが、その多くは現在機能していない。
中には勝手に閉じた物もある。
「世界は知るべきだ! そして! この世界を彼らに返す!」
「テメェはその為に黄龍隊を仲間に引き入れたのか!」
「その通りだ。彼らもまた、この世界を返そうと思って行動している。それにこの世界はいずれ終わりを迎える。それは愚かな人間の手によって、世界の終焉はどんどん加速している。お前もそれは知ってるじゃないか。だからこそ各国は向こうの世界に移り住む計画をたてていたんじゃないか」
「その為に凶星十三星座と手を組みやがったのか!」
「そうさ。それの何が悪い? 俺には俺の果たさなければならない使命があるんだよ守行」
「テメェ……」
人の手による終焉。
それは度重なる破壊によるもの。
それを稲垣陸将と黄龍隊は黙って見ていることが出来ずにいた。
それが例え、間違った道だったとしても……。
しかし、彼等には他にもしなければならない理由が存在していた。




