第148話 変態×ヒーロー
12:50
ーー ゼオルク郊外 ーー
「ははははははは! なかなかやるではないか!」
紙袋を被った筋肉モリモリゴリマッチョでブーメランパンツだけを履いた変態のパンチを、カズはゼイラム1本だけで軽く塞ぐ。
でもその顔は明らかにゴミを見る目だ。
「私の攻撃をたったヒモ1つで塞ぐとは! なかなかどうして血湧き肉躍るではないか!」
カズは更に嫌な顔になると、2本目のゼイラムで攻撃を開始した。
「ははははははは! いいぞ! もっとだ! もっと私を熱くさせてくれ!」
「うっせえよ変態ヤローが」
この日、カズが装備して身につけているのはゼイラムだけ。それだけで十分だって言える。
それなのに……、カズの周辺に、真っ赤な彼岸花が咲き始めた。
「ちょっとまてお前?!」
慌ててそこからルカちゃんを連れて逃げようとしたけど、何時の間にか俺達の周りに燃える彼岸花の花弁が舞っていた。
「お前!! おいカズ!! 八岐大蛇になるつもりじゃねえよな?!!」
「うるせぇ、お前は黙ってそこにいろ」
俺は覚えてる。
カズが完全にブチギレて、その周りに真っ赤な彼岸花が咲き誇ると。俺達の周りに燃える彼岸花の花弁が舞って守ってくれていた事を。
そんな俺の呼びかけは変態マッチョの耳にも入っていた。
「カズ? 八岐大蛇? はははっ、そうか。貴様。あの"黒竜"の呼び名を騙っている偽物だな?」
いや違う! そうじゃない!
「あの黒竜がどんな者か私は知らぬが。奴の話しは飽きる程に聴いている」
聴いているならカズの周りに咲く彼岸花が何か気づいても良いと思うんだけど?!
「夜城 和也。二つ名は黒竜。そしてつい先日、奴には新たな二つ名を与えると通達された。それが何なのかお前は知っているか?」
「あ? んなもんとっくに知ってるに決まってんだろうが。新たな二つ名は。"悪竜"。八岐大蛇をその身に宿す為、ギルドだけでなく各国の代表と話し合った結果、その名を新たに与えられた」
「ほう? そこまで知っているか」
本人なんだから知ってるに決まってるだろ!
でも、俺達は新しい二つ名を聞いて驚いた。
「まっ、カズにはピッタリの二つ名だな……」
でも悪竜ねぇ……、はぁ……。
もう呆れて笑うしかねえよ。
「はははははは! 実に面白い! それでも尚、奴の名を騙るか! ははははははははは! ……身の程を弁えよ!」
アンタがな?
突然 怒り出すと。変態は走ってカズに攻撃を仕掛けた。
「くらうが良い! "アックスボンバー"!」
普通にプロレス技じゃねえか。アホか……。
「むうん!」
筋肉ゴリゴリで太い腕によるラリアット。
けどそれをまともに受ければ強烈な一撃で吹き飛ばされていたと思う。
相手があのカズじゃ無ければな。
「"紅蓮華"」
「む?!」
向かってくる変態を、彼岸花の花弁が覆う。
「……死ねや変態クソヤロゥ」
途端に花弁一つ一つが爆発。
攻撃をやめてガードに徹しても、その一つ一つの威力が高すぎるからダメージは免れない。
「ぬおおおおおおおおおおおおおおおおお!!」
爆発が止まない……。燃える彼岸花は次々と咲いては散り、変態の周りを舞うと爆発を繰り返す。
するとカズは軽く走るとジャンプして一回転、からの強烈な蹴りを変態の首筋に蹴り込む。
「ぬはっ?!」
それで終わらないのがカズだ。
「"百鬼夜行"」
動く度に幾十もの残像を作り出すと、強烈な蹴りでまた頭に蹴り込む。
蹴り込むと、その残像も攻撃を加える。
その攻撃速度は目で追っても追い付けない速さだ。
しかもその技は変態の周りを何度も何度も周りながら強烈な蹴りを放ち、その度に残像も蹴りを入れていく。
その攻撃は正に百鬼夜行。
もう……、その動きでどれがカズで、どれが残像なのか解らねえ。
ありとあらゆる蹴り技のオンパレードに、一撃一撃が強烈で、更に残像による攻撃。
まさに鬼の所業。と言うよりも、阿修羅だ。
その"百鬼夜行"がどれだけ続くんだろって考えていると、今まで蹴っている回数をヤッさんは数えていた。
「今ので20、21、22、23、いやいや……、どれだけ続けるんだよ……」
動きがほとんど見えていないのに、よく解るなって感心しちまう。
それにしても、カズの"百鬼夜行"は、美羽の"飛竜脚よりもエグい……。
けどそれになんとかガードして耐えている変態も凄いと思う。うん、純粋に。
「ぬっ……ぬうぅぅぅ……」
カズの攻撃は残像の攻撃を合わせてちょうど百で終わった。
「ぬはああああ、なかなか効いたぞ……」
それでも変態は倒れないけど、だいぶキツそうだ。
「ちっ、しぶてえな。もういいからとっととくたばれ変態クソゴミ ( 自主規制中 自主規制中 ) が」
「グハッ!!」
どうやら効果はてきめんの様だ。
だが倒れない。変態は両足をガクガクと震えさせているけど、片膝を立ててなんとか持ちこたえている。
けれどいつ倒れてもおかしくねえ状態だ。
「い、今のは効いた……。だ、だが! 正義がこの程度で悪に屈する訳にはいかんのだ!!」
変態は雄叫びを上げ、気力を振り絞って立ち上がるけど両足の震えは止まらず、どうにか手で抑えて立っているだけで精一杯。
それにしてもこの変態のほうが逆に悪な気がする……。
「こ、これが最後だ! この技で全てに決着をつける!」
最後と言っても、ほとんど手も足も出ていないのが現状なんすけどね?
「ぬおおおおおおお!! くらえい!!」
変態の右拳に魔力が集まる。
その見た目とは裏腹の魔力量に、俺達は思わず気圧されるけど、相手はあのカズだ。
だから、俺は何してもカズを倒すことは出来ないと思って、ニヤついた。
「必殺!! "ジャスティスナックル"!!」
いやいやいや、それはただ魔力を乗せたパンチだろうがい。
「これで吹き飛べい!! 女装した悪漢よ!!」
「余程死にたいらしいな、この変態クソゴミが……」
カズは左手に力を込めると不気味な音を鳴らした。
すると爬虫類、もしくはドラゴンみたいな黒い腕に変化させ。変態の拳にその拳をぶつけることで、変態の右手は嫌な音を立てながら骨が砕かれた。
「ぬあああああああああ?!!」
流石の変態でもそれに敵わず。遂に両ヒザを地面に付けると項垂れた。
「このクソボケ ( 自主規制中 自主規制中 自主規制中 ) が。もしウチのルカが怪我でもしたらどう詫びぃ入れるつもりだったんだ? あ゛?」
「う、ウチのルカ?」
ルカちゃんの名前が出たことで、変態はようやく俺達の話しに耳を傾ける気になった。
俺はルカちゃんがカズの義理の妹で、泣いていたのは遊んでいて転んだから怪我をしたって説明すると。その説明を聞いた変態は慌てふためき。その場で土下座して、申し訳なかったと謝罪の言葉を口にした。
「本当に申し訳無い! 私はてっきり君達がその子を何処かへ連れて行こうとしている悪漢だと勘違いをしてしまっていたようだ! 謝って済まされないのは重々承知している! しかも君がまさか本当にあの"悪竜"だったなんて!」
「いやいや、誤解が解けて何よりだよ。俺達もちゃんと説明していれば、こんなややこしい事にはならなかったんだ。だからお互い様って事にしようぜ? な?」
そう言って俺は変態を許し。カズには水に流そうと話すと、カズは舌打ちしてまだご機嫌斜めなご様子……。
「お兄ちゃん、許してあげよ? ね? だってこの人は私が虐められてると思って、助けようとしてくれたんでしょ?」
ルカちゅわ~ん!
ルカちゃんにそう言われると、流石に許さないとまずいって思ったのか、カズは嫌そうな顔をしながらもここはお互い様ってことで和解する事になった。
うんうん、妹の頼みはちゃんと聞いてあげないとね、お兄ちゃん。
でも誤解したからとは言っても、変態の右手をどうしたものか考えた結果。カズは美羽のパートナーであるステラのスキルでこの変態の右手を治そうと言ってきた。
「取り敢えずウチに来い。その手をなんとか治してやる」
「いや、それには及ばぬ。私はゼオルクの街へ行く予定もあるので、そこでゆっくりと治す」
ゼオルクに来ると聞いて、俺達はこの変態が無事に入れるか不安になった……。
何故なら! 変態はブーメランパンツしか履いておらず! 頭は紙袋しか被っていないからだ!
下手をしたらそのまんま自衛隊か街の警備隊。もしくは夜城組の組員の人か見回りしているゴジュラスに捕まりかねない!
「ぬ? どうした?」
どうしたもこうしたもねえよ……。そんな格好で街中を歩かれるだけで大迷惑だぜまったく……。
よくそんな変態を家に来いと言えるなって、俺はカズに言いたかった。
「何も言うな……、言わなくても分かってる……」
「そ、そうか……」
俺が何を言いたいか、分かってくれてたか……。
でも責任はある。
先に手を出してきたのは変態だけど、怪我をさせたのはカズだ。本当ならその治療費とか出さなくても良いのかも知れねえけど、そのままにしておけないのがカズの優しさでもあるんだよな。
「んじゃ。改めて名乗るが、俺の名前は夜城 和也。正真正銘の黒竜だ。んで、つい最近になって新たに付けられた二つ名の悪竜だよ」
「私は"バニラ"。"バニラ・オマス・キンムギ"だ。気軽にバニラと読んでくれ」
名前と見た目が違いすぎて色々とツッコミたい!
「ふんっ、別にもう良いさ。取り敢えず治療するから来い」
「……感謝する」
変態改めバニラは。カズの気持ちに深々と頭を下げて感謝の気持ちを伝えてきた。
不安でしかない……。非常に不安しか出てこねえ!
けど取り敢えず。カズはバニラを2本のゼイラムで巻き付け、そのままニュクスに股がるとゼオルクの街に戻ることにした。
「実に興味深い。君達が乗っているこの鉄の馬はいったい?」
ゼイラムで宙を舞うバニラが、カズの超大型バイクを鉄の馬と呼んで興味津々なご様子でカズに聞く。
その時。俺達三人は嫌な予感がした。
「この鉄の馬は何処で手に入るのだ?」
「あ? 俺達の世界でなら手に入るぜ?」
「ほほう?」
余計なこと言いやがった……。
「成る程……。それは良いことを聞いた」
嫌な予感しかしない。
変態と大型バイクなんて、見たくもないぞ俺……。
そう思いながら、この変態正義野郎をどこかに置き去りにしたい気分になった。
そしてバニラは知らない。
その後ろから、太古の殺戮兵器であるラプトルのアリス達が、ヨダレを垂らして見つめていたことを……。




