第146話 ソラの1日
憲明達が謎の変態と出会ったその日。
ゼオルクの街ではソラが1匹だけで散歩をしていた。
ーー ゼオルクの街 ーー
「あっ! ソラだ!」
「おうソラ! 今日はひとりで散歩か?」
「ソラちゃ〜ん!」
道行く人々はソラを見ると笑顔で声を掛けてくれる。
〈クウ〉
声を掛けてくれる度にソラは手を挙げて挨拶を返す。
"デーモンズ・ベアー"
それがソラの種族名。
成長すれば体長4メートルにも5メートルにも大きくなり。4本の腕はまさに凶器とも言える力を秘めている。
目は6つ。成長すれば頭から背中に鉤爪の様なトゲが生えてくる。
その見た目から悪魔の様である為に、"デーモンズ・ベアー"と言う種族名が付けられた。
しかし、その見た目と種族名とは裏腹に。その肉から骨に至るまで全てが超高級。
毛は柔らかいが皮は分厚い為、その毛皮を職人が丹念に手作業をする事によって、より、フワフワでとても柔らかくなり。貴族達の間でその毛皮を持っている者はかなりの富豪とされる。
その肉はとても美味しく。捨てる場所が一切無い。ひと口でも食べればもう虜になってしまう。
骨は頑丈である為、武具や防具の材料として重宝されている。
もう全てにおいて捨てる箇所が無いのだ。
デーモンズ・ベアーに出会った者は、莫大な富を得るか、得られ無いかのどちらかとなる。
そんな種族であるソラは現在、憲明のパートナーであり。あの八岐大蛇による祝福を与えられ、"進化"のスキルを手に入れている。
「んん? ソラ? なんだよオメェ、今日は珍しく1人なのかぁ?」
〈クウ〉
ソラが歩いていると、そこにマークがニコニコと微笑みながらやって来た。
「どうだ調子は? 進化の兆しか何かあったか?」
〈クゥ……〉
「おん? ねえってか? まぁ気長に待つんだな。お前さんならきっと、立派な姿になれるだろうさ。なんせ銃火器を自由に扱える様になっちまったんだからな! ガッハハハハハハハ! んじゃな! 俺様はこれから客を迎えに行かなきゃならねえからよ!」
〈クウ!〉
互い手を挙げ、ソラとマークは直ぐに別れた。
そんなソラは何か面白い事はないかと彷徨う。
貰った銃火器は毎日磨いている為、今のソラは何もする事が無い。
アクアと銀月は大水槽で何時も一緒に遊び。それをステラが近くで見守っている。
ゴジュラスは更なる進化の為、現在勉強の真っ最中であり。そこにダークスも早く進化する為に一緒にいる。
アリス達は憲明達と一緒に出掛けて居ない。
ピノはジークと共に現在、部屋のジャングルの中で遊んでいる。
トッカーはクロとカノンに付き添ってもらい、地下訓練場でバトルをしている真っ最中。
ソラも進化スキルを手に入れたのだから、早く進化する為に努力するべきかと思われる。でもソラにはソラの考えがある。
ソラは誰の力も借りず。主人である憲明の力になる為に、自分はどう進化したら良いのか考えていた。
そんなソラは、とあるスキルを獲得していた。
"アイテム空間収納"
それは和也が持っている (偽造かも知れないが) スキルと同じだ。
先日のゴジュラス戦で、ソラがどこからとも無くミニガン等を出していたのはその能力によるもの。
しかし、それだけでは心もとないと言える。
ゴジュラスやヒスイの様に皮膚が分厚く、硬い相手には有効的とは言えない。倒すのであればミサイル等の兵器が必要になる。
だがそんな金が無い。
いっそ、この身を売って大金を作ろうかと考えたりもした。でもそんな事をしたら憲明には勿論、周りの人達に怒られるのは必然だと考えてやめる。
部屋には骸とベヘモスの2人がいない。いれば力になってくれるのだがとも考えた。
「あれ? ソラ? ここで何してるんですか?」
するとそこに、嗅ぎなれた馴れた匂いがする人物がソラを見つけ、近づいて来る。
その人物は女性。女性からは何時もいい匂いが漂い、その匂いがソラは大好きだ。
何時も優しく。皆んなのお姉さんの様な存在の人物。
ソラはその女性に憧れを抱いてもいた。
強くて美しく。何時もは主人の側にいるが、任務が入ると出掛けていなくなってしまう。
それだけ信頼されているからこそ、自由に行動する事を許されている。
ソラも自由かも知れないが、それは夜城邸の中かゼオルクの街の中だけだ。
「1人で散歩ですか? とてもいい事だと思います。皆んなはお部屋ですか?」
〈クウ〉
とても優しげに話すその人物はソラの目の前に来るとしゃがみ。ソラと出来るだけ目線の高さを合わせようとしてくれる。
美しく長い銀髪はいつもサラサラ。とても綺麗で可愛い顔。凛とした美しい声。何もかもが綺麗過ぎて逆に怖いが、思わず甘えてしまいそうになる。
「んふふ、そうですか」
〈クウ?〉
「えぇ、今から帰ります。私の用事は取り敢えず終わらせて来ましたので。後の事はあの人達の好きにしてもらいます」
〈クウ?〉
「んっふふふ。それは秘密です。女性には、秘密が沢山あるんですよ? それじゃ、私は先に戻ります。ソラもあまり遅くならない様に、早く帰って来るんですよ?」
〈クウ!〉
女性は立ち上がり。人気の無い路地裏へ入って行くと、その姿を消してしまう。
それは何時もの事であり。ソラは何も気にすること無く、散歩を続ける。
……が。
その時、ソラはある事を思い出して足を止める。
つい先程の女性は1人の時もあるが、もう1人の女性と行動していることが多い。
その女性は口がとても悪く。一人称は俺と呼ぶ女性。
だがその女性もソラ達にはとても優しく。どちらかと言うとやんちゃなお姉ちゃん的な人物。
2人共種族は違うが、いつも仲良く行動する事が多い。
そのもう1人の女性の姿が珍しく無かった事に、ソラは不思議に感じた。
〈クウ……〉
最近その姿を見ていないから心配してしまうが。相手が相手なだけに心配するだけヤボだなとも思った。
しかし、その人物がいたらいたで進化について聴きたい事があったのだが、いないのであれば仕方ないとも諦める。
〈クウゥ…〉
ソラはどうしようと悩みながら歩み出す。
そもそも悩むくらいならゴジュラスに聞いた方が手っ取り早いと思うが、何か違うと思ってソラは聞かない。
暫く歩いていると、鼻腔をくすぐる良い匂いが漂って来た。
それに誘われ、ソラはその匂いがする方へフラフラと歩いて行くと。
「あいよらっしゃい! 今の焼きたてだよ! どうだい?!」
威勢よく店の主人が売っているのは。
"和牛串焼き"
するとソラは盛大に腹の音を鳴らし。行き交う人々の視線が釘付けとなった。
「おうソラじゃねえか! なんだオメー?! 腹減ってんのかい?! んじゃサービスだコノヤロー! お前なら許してやるよソラ! ほれ! 何本欲しい?! 10本か?! 20本か?!」
店の主人に威勢よく尋ねられたソラは指を咥えながら頭の中で考え。4本ある手で欲しい数を教えた。
「あん?! 15本?!」
ソラはコクリと頷いた。
「えぇい! んな事 言わねえで20本持ってけ!」
汗を掻きながらとても良い笑顔でくれる。
その優しさに感動し。店の横に樽があったからその上に座り。ソラは頂いた焼きたての和牛串焼きを頬張る。
「どうだソラ?! 美味えか?!」
〈クウ!〉
「はーはっはっ! まだまだあるから足りなきゃもっとくれてやらあ! っしゃ! あいよ! 5本お待ちい!」
ソラが美味しそうに食べるものだからか、道行く人々は「こっちに1本くれ!」や「こっちは10本だ!」といった嬉しい声が飛び交う。
「あいよ! ソラあ! オメーさんのお陰だぜ! こいつぁ礼だ! 持って来な!」
店の主人は大量の汗を掻きながら、それはもう満面の笑みでソラにお金を渡す。
〈クウ?!〉
しかし、ソラは何もしていない。したとしたら美味しい和牛串焼きを頬張った事ぐらいなもんだ。
だからそのお金を受け取る訳にはいかないと返そうとする。
「いんやそれはオメーのだ! 一度出したもんを突き返す様なヤボは無しにしようぜ!」
そう言われ、手の中にあるお金を見つめた後。ソラは大きく頷くと素直に受け取る事にした。
「オメーのおかげで今! 店は繁盛してっからな! 礼を言うのはこっちの方だ! ありがとよソラ! また来いよな?! 後で憲明にも礼を言っておくからよ!」
〈クウ!〉
ソラは知らず知らず、時折こうして色々な店で貢献している。
ソラはとにかく美味しそうな顔で食べる。
ソラのそんな美味しそうに食べている顔はとても幸せそうであり。そんな顔を見ていると、道行く人々は同じ物を食べたくなって仕方が無くなってしまい、足を止めて買い求め始める。
故に、ソラは招き猫ならぬ「招き熊」として様々なお店で感謝されている。
ソラはゴジュラスとはまた違った意味で人気者であり。誰からも愛されている。
腹を満たしたソラは店の主人に別れを告げ、散歩を再開する。
「あっ! ソラだ!」
「おや、今日も散歩かい?」
「ようソラ」
「ソラ! この間はありがとね! また今度ウチに寄ってっておくれ!」
〈クウ! クウ!〉
ソラはこの街の人々が大好きだ。皆んな親切で優しいこの街の人々が。
そして、この街に住むモンスターも大好きだ。
この街に住むモンスターは全てテイムされているモンスターであり、いつも気さくに挨拶をしてくれる。
中には意地悪なモンスターもいるが。なんだかんだで優しいからソラはそんなモンスターも含めて皆んな大好きだ。
だからこの街に住む皆んなを守りたいとも思える。
憲明のパートナーとしてもっと頼られる存在になりつつ、この街に何かあったら守れるモンスターになりたいと。
気がつけば。ソラは街の片隅に、新たに造られたとある場所へ辿り着いていた。
そこは大きな池で、水深はそれなりにある。
ソラが池の中を覗き込むと、池の中から大きなモンスターがゆっくりと顔を出した。
美羽のパートナーモンスター、"バウ"だ。
〈クウ!〉
ソラが片手を上に挙げて挨拶すると、バウは軽く鳴いて挨拶を返してくれる。
意外な事にこの2匹。大の仲良しなのだ。
バウが頭を近づけると、ソラはその頭に乗り背中へと登って行く。
〈クオォォォン?〉
〈クウ〉
ソラは空を見上げて再び悩み始める。
どうすれば皆んなの力になれるのか。どうすれば主人である憲明の役に立てられるか。
もっと力が欲しい。
大好きな人達を1人で (1匹で) 守れる程の力が欲しい。
ではどうしたら良いのか。
やはりここはゴジュラスに頼み、どうすれば強くなれるか聞いた方が良いだろうかと悩んだ。
〈クゥ……〉
だがこの時のソラはまだ知らない。
この2日後。
ソラが進化する事を。




