第137話 炎と結晶3<ヒスイside>
ソラの銃撃を身体中に浴びていた時、私は脳裏に主人様と姉の顔が過った。
こんな……、こんな無様なところを姉は勿論、あの方に御見せして良いわけが無い!
家族が見ている前で無様な姿を見せられない。ましてや私は姉の代役ではあるが任された大役だ。
それでも、動けなくなる程の弾幕で全身が痛い。
それを、私自身がとても許す事が出来ないでいた。
ではどうすればこの弾幕から抜け出す事が出来るのか?
私は考えた。「全身が痛い」、それでも考える。「苦しい」、それでも考えなくてはならない。
そこでふと、私の目に兄上が写ると、答えが遂に出た。
〈グルァッ! グラゥルルルグルルアア!!〉
答えを見つけた私は体の底から力が漲り、咆哮を上げた。
するとソラは私を撃つのをやめ、その場にいる者全ての視線が私に注がれた。
「なんだ?! (尋常じゃない咆哮だぞ?!)」
<いったいどうしたのだヒスイ?!>
私の咆哮を聞いて御二人は戸惑い。その私は全身から血が噴き出してとても苦しかった。
「いったいヒスイはどうしたんだよゴジュラス?!」
<解らぬ。しかし……、これはもしや?!>
観客席からも私を心配する声が聞こえ、姉さんや仲間達が心配した目を向けておられている。
「カズ! ヒスイどうしたの?! ねえ?!」
そう心配なさらないで下さい美羽様。私は大丈夫に御座います。
「俺は何もしてねえんだぞ……」
あぁ、主人様がこんな私の為に御心配をしてくださっている……。ですが大丈夫に御座います。
私は何も、重い病気でも傷を負った訳でもないのです。
私はただ……。
〈グルァッ! ルルッ! ワ……タ……グルッ! チ……グア! ラッ! グルァルルラ! グルァッ! グルァッ! グルアッルアッラアアアアアアアア!!〉
苦しさの余り、思わず悲鳴混じりの咆哮をしてしまいましたが、そこまで気にする必要は御座いません。
ただ私の体が、"リザードマン"や"ドラゴニュート"と呼ばれる種族の様に、変化しただけに御座います。
<ワタシニイィィィィ……。ワタシ……二……。……私に力をおおぉぉぉぉぉ!!>
凄まじい魔力の奔流が私の体の内側から溢れ出し、抑えきれずに周りに広がってしまいました。
「カズ?! まさかこれって?!」
「あぁ、その通りだ。でも何故だ? …………ちっ、結局は俺か」
「え?」
私は最早ただのモンスターでは無く、"亜人"と呼ばれる様な姿へと変わる事が出来たのです。
そう、それは"進化"。
私は"進化"する事で出来たのです。
<待たせてしまい申し訳ありませんでした。さぁ、続きといきましょう>
私の体は上半身がほぼ人間ですが、そのほとんどが先程話しましたように、リザードマンやドラゴニュートと呼ばれる種族と遜色無い姿へと、"進化"が完了したのです。
そんな私の姿を見て、老若問わず多くの女性の方々から黄色いお声を頂戴し、満足に御座います。
「キャー! カッコいい!」「こっち向いてーー!」
「ヒスイが美男子に進化したー!」
<ふふっ、どうしました? 来ないならこちらから行きますよ?>
そう御伝えしたあと、私はソラへ飛び掛かりました。
〈クウ!〉
ソラは4丁の拳銃を投げ捨て、どこからともなく"M134"、通称ミニガンと呼ばれるアメリカ製のガトリングガンを出し、私にその高威力の弾丸の雨を打ち出すのでした。
<なかなか面白くて良いですね。しかし、いくら連射速度と威力が上がったと言っても、それが私に当たらなければ意味はありませんよ?>
私は素早く動きながら、ソラが撃つミニガンを軽々と避け。ソラの目の前まで迫ると凶悪な爪を振り下ろそうと腕を上げました。
<さあ、終わりです!>
振り上げた手を振り下ろそうとすると、ソラはミニガンで私の爪をガードをしようとしました。
しかし、異変がそこで発生したのです。
<ガッ?! アッ?! アアあぁぁぁ!>
私は膝から崩れる様にしてその場に倒れ、息苦しさの余り悶えました。
い、息が出来ない! それに、身体中の力が抜けていく!
<ガアァッ……、ガッ、アアッ……>
「ヒスイ!」
それを見ておられた主人様が急いで駆けつけ、私に肩を貸して下さると憲明様に顔を向けました。
「悪いな憲明。どうやらヒスイはここまでみてえだ。恐らく急に進化したからそれに体が追いついてねえんだろ」
「……分かった」
だ、大丈夫で御座います……主人……様……。
そう思っても、私の体が一切動こうとしません……。
ただ苦しく、惨め過ぎる失態に、私は私を許せないとすら思いました。
「本当にスマン。クロ、ソラ、カノンも、本当に申し訳ない」
「良いから良いから、早くヒスイを休ませてやってくれカズ」
「……あぁ」
本当に……、本当に申し訳御座いません。主人様が見ておられる前でこんな失態をするなんて……。
それに兄さんも、本当に申し訳ありません……。
ようやく進化出来たと言うのに、こんな情けない結果になりとても辛い気持ちでいっぱいでした……。
それなのに、憲明様は私を本当に心配して下さってるのが解るので、感謝してもしきれません。
<ヒスイに代わり、私からも謝罪を>
申し訳ありません兄さん……。
「良いってゴジュラス、頭を上げてくれ」
憲明様が本当に優しい方ですので、兄さんも私と同じように感じられたのか、微笑んでおられました。
「仕切り直そうぜゴジュラス」
<あぁ……、そうするとしよう>
憲明様はフレイムバードを鞘に収め、珍しく抜刀の構えをとりますと、そこへパートナーであるクロ達は何時でも指示を聞ける様にとその側に集まり。兄さんと静かな睨み合いが再び始まるのでした。
静かな睨み合いと申しましても、憲明様と兄さんのお顔はどこか微笑んでいる様にも見えます。
そんなお2人の邪魔をしないように、それを見ている方々はその時が来るのを固唾を飲んで見守りました。
そこで、私が主人様に運ばれていると、冷たい何かがポツリと落ちたのです。
それは雨。
その雨はやがて強さを増しながら降り始め、観客の皆様はずぶ濡れになりながらも席を立たず。雨に濡れるよりも勝負の行方の方が気になる御様子で見守り続けるのでした。
進化する事が出来たのは嬉しい。しかし、……それにまだ体が追い付いていないことが残念でなりませんね……。
「ヒスイ、後はゴジュラスに任せて、お前は体調を整えておけ」
<はい……。申し訳ありません、主人様……>
「その呼び方やめろむず痒い」
<はは……。では、和也様と>
「ほぼ一緒だろうが」
しかし、私は嬉しくもありました。
この方をちゃんとお名前で呼べるのですから……。
この命尽きるその時まで、私はあなた様のパートナーではなく、従者として御側に居させて下さい。




