第131話 新たな命
急いで戻るとそこに、カズ達が静かにソファに座って待っていた。
「卵は?」
「まだだ。今、ゴジュラスが側で見てくれている」
マークのおっさんには悪いけど、この時の俺はようやく卵を産むことにワクワクしていた。
でもそんな状態でよく葬儀に出てたな……、キツかっただろうな……。
やっぱ、アリスも想うところがあったのかな……。
アリスが卵を産もうとしてる場所は、カズの部屋の中でもっとも湿地地帯に近づけた環境の一角。
そこに前から巣を作っていて、いつでも卵が産める環境を整えていた。
「憲明お兄ちゃん」
「ん?」
気がつくと、いつの間にかルカちゃんが俺の側に立っていて、俺を見上げていた。
「骸の気配が全然しないの。お兄ちゃん達に聞いても知らないって言うし、憲明お兄ちゃんならなにか知ってる?」
ま、まさか俺をお兄ちゃんって呼んでくれるなんてって嬉しさと驚きがあったけど、骸のことは俺も知らない。
その事を伝えると、ルカちゃんはまた残念そうな顔で暗くなった。
「だ、大丈夫だってルカちゃん。骸のことだからそのうち帰ってくるって」
「うん……。でも……、一緒にお姉ちゃんを見送ってあげたかった……」
そう言って泣きそうになったから俺は焦りながらどうしたら元気を取り戻せるか考えた。
美羽達も一緒に慰めようと来てくれるけど、全然ダメだ。カズはどこか上の空って感じだし。どうしたら良いんだって悩んでいると。俺はふと、妙案が浮かんだ。
「ルカちゃん、そんなに泣いてたらニアちゃんとかがこまっちまうぞ?」
「!」
優しくそう言うと、ルカちゃんは泣くのをどうにか我慢しようとするけど、まだ涙が流れる。
「ルカちゃんも聞いてるだろ? 今、アリスが卵を産もうとしてる。もしかしたらさ、その卵ってお姉ちゃんの生まれ変わりかもしんねえだろ?」
俺はルカちゃんと目線を合わせる為に、その場にしゃがんで話した。
「もしかしたら違うかもしんねえ。だけど、いつかどこかでまた生まれ変わったニアちゃんと、出逢えるかもしれねえだろ? 絶対に泣くなって俺は言わねえよ? 悲しい時は泣いても良い。だけどさ、骸は別に死んだ訳じゃねえだろ? きっと大切な用事があって出掛けてるんだ。だから戻ってきたら一緒に行けば良いじゃん? その涙は違う。その涙は骸がいなくて寂しいからだろ? だからそんな風に泣いてたらよ、ニアちゃんが心配して寝るに寝れなくなっちまう。そんなの嫌だろ?」
「嫌!」
「だろ? んじゃ今は泣いてないでさ、新しい命が宿っている卵が無事でありますようにって、一緒に願おうぜ」
「うん!」
うん、俺としては上出来だった筈だ。
すると、そんな様子をカズが見ていて、俺と目が合うと軽く微笑んだ。
どうだ? 俺なりに頑張ったんだけどよ。
「(すまん、助かった)」
俺達は目と目でそんなやり取りをした。
ガキの頃からの付き合いだし、そのくらいはなんとなく出来た。
まっ、相変わらず何を考えてるのかさっぱり解らねえけどよ。
それから暫く経った頃。
俺はソファに座ってカズが持ってる古生物図鑑や、異世界で確認されているモンスターの図鑑を手にとって読み、クロ達はルカちゃんと遊んでいた。
その側に、ルカちゃんの世話係の人がニッコニコな顔で見守っている。
その人の名前は"田所銀"って人で、見た目はかなりガタイがいいし、いつもサングラスを掛けてて怖いけど、めちゃくちゃ優しくて面倒見がいい人なんだ。
「違いますお嬢、右、右にいます」
「ん~?」
「そうそう! そっちにクロがいますよ」
ちなみにどんな遊びをしてるのかって言うと、ルカちゃんはまだあんまり目が見えていないってこともあってか、目隠しをしながら鬼ごっこをして遊んでいる。
銀さんも昔から知ってるけど、サングラスを外したところを一度も見たことねえんだよなぁ。
……サングラスの下ってどんな目をしてんだろ?
カズは少し落ち着いたのか、一樹とヤッさんと3人で話をしている。
な~んか悪巧みの相談を受けてる気がするなぁ。
カズは「いやそうじゃねえ、食わすならこれだ」とか、「違う違う、だったら違う訓練の仕方がある」とか言ってアドバイスをだしてる。
ダークスとトッカーの進化や成長の話しか。
美羽と沙耶、桜ちゃんと志穂さんも4人揃って今度どこに行こうかって話し合いをしていた。
その数分後、アリスに動きがあった。
「そろそろみたいだな」
ようやくか!
きっと卵から産まれてくるハイブリッド恐竜はカズにとって、最強最悪の部隊になるんだろうな。
そう思うと、俺はそんな恐竜が欲しくて欲しくてたまらなくなっていた。
チャンスがあれば1匹、俺に譲って欲しい。
だけどそれをカズが許してくれるとは、到底思えねえってのもある。こんなことならバイクじゃなくハイブリッド恐竜をくれって言えばよかったと後悔したさ。
なんで俺、バイクって言っちまったんだろ……。すっかりハイブリッド恐竜のこと忘れてた……。
更にそれから暫くした後、ゴジュラスがカズのところに来ると、アリスが4つの卵を産んだことを報告した。
俺達はカズについていってどんな卵なのか見に行くと、そこにあったのは緑色っぽい卵で、形もあまり良いとは言えねえのがあった。
「……スラッグか」
スラッグ? ってなんですの?
そこでカズ先生の説明が始まった。
1つはまだ良いとして、その内の3つはスラッグ卵ってやつらしい。
スラッグ卵ってのはおもに爬虫類が産む卵に見られ、それが何かと言うと他の卵と比べて小さく、色も悪く、その殆どが無精卵だとされるらしい。
だけど、無精卵でも中には赤ちゃんが産まれてくるケースが時折あり、全部が全部とは言い切れないんだとか。
カズはその3つの卵からもしかしたら産まれて来るかも知れないと言って。そのままアリスに暖めさせる事を選んだ。
そして、4つの内のひとつがどうやら確実に有精卵であり、そこまで見た目も悪くなく、健康そうな卵ってこともあって、カズは俺達に「黙ってろよ?」って言うとそのひとつだけでも無事に生まれて来るように、密かに力を使った。
その事を知っているのはその場にいた俺達だけであり、他に知る奴は誰もいない。
「生きろ、ちゃんと元気に産まれてこい。せめてお前だけでも無事に産まれてくれ。産まれてお前の親であるゴジュラスとアリスにその顔をみせてやってくれ。頼む……」
卵を抱きかかえ、悲しげな顔でカズはほんの少しづつ力を使う。
きっとニアちゃんや悠の事を重ねちまったんだな……。
俺達は何も言えなかった。
俺達だってカズの気持ちが痛い程分かる。分かるからこそ、それを思うと胸が張り裂けそうになって、助けるためならなんでもしてやりたいって思う。
そう思うから俺達も卵に向かって生きて産まれてこいって応援をした。
これじゃ言うに言えねえ……。
もしここでハイブリッド恐竜を俺に譲ってくれって言えば、絶対にブチギレられるのが目に見える……。
でも……、諦められねぇんだよなぁ……。
カズを納得させるのはかなり難しい……。
難易度で表すなら、それこそSSランクってくらい難しい筈だ。
だけど俺はどうしても諦められなかった。




