第129話 遭遇<御子神side> 2
アリスが一度鳴くとカズに擦り寄り、もっと撫でて欲しそうに甘えやがる。
肉食恐竜のわりに、意外と可愛いじゃねえか。
よく見りゃそのアリスの腹がふっくらとしている。カズは頭や首を撫でると、その膨らんだ腹を優しく撫で、アリスは頭をカズの顔にピッタリと付けたり、擦り付けたりしてまた甘える。
犬や猫みてえだな。
その甘え方は本当に犬の様であり、猫の様にも思えて来るが、れっきとした肉食恐竜。
鋭利な歯と爪。肉を簡単に切り裂く凶悪な足の鉤爪。
仮に目の前にいる7匹のヴェロキラプトルが襲って来ようものなら、絶対逃げ切れる自信が無いと俺は考えた。
相手はただの動物なんかじゃなく、カズが可愛いがって育てている最強の生きた古代兵器。下手に敵に回せばどうなるか考えただけで背筋が寒くなるってもんだぜ。
そして俺はとある疑問を聞いた。
「なあカズ。そのアリスってラプトルの腹には卵があるんだったよな? じゃぁ……、その旦那になる奴がこの中にいるのか?」
カズは今ここにいる奴らは皆んな兄妹だと言っていた。じゃぁアリスはそんな兄妹と交尾して卵を腹に抱えているのか? ってな。
だとするなら、近親交配ってことになるからな。
だが、その答えは全く違うと言われ、卵の旦那となる恐竜は他にいると答えられた。
「父親はここにはいねえ。けど呼べば直ぐ来るぜ? 呼んで確かめてみるか?」
俺はとても嫌な予感を感じた……。
だが俺は、呼ばなくて良いと言いたかったんだが、興味が掻き立てられちまって呼べるもんなら呼んでみてくれよと言ってしまった……。
そこでカズはスマホを取り出し、どこかに電話をすると今来るとだけ言い、なんだか不適な笑みを浮かべていやがった。
「なあ、そいつらを自由にさせてるならその旦那も一緒に行動はしねえのか?」
「時折一緒にどっか行ったりはしてるけど、基本的にそいつはウチにいるか向こうの世界の街を見回りとかしてる」
「見回り? 確か、ゼオルクって呼ばれる街だったか? 街の住人は認知してるのか?」
「街の名前を誰に聞いたんだよ? 朱莉さんか? まあ良いけどよ。見回りするくらいだから勿論 認知されてる。そいつのランクは今現在、Sランク」
「Sランクだと?! ってことはつまり、"最強種"って呼ばれる連中となんら変わらねえレベルじゃねえか! ……成る程、だから街を見回りさせてんのかオメェ……、そんな奴を徘徊させてりゃ下手に手を出す馬鹿が出ねえな」
……ん? Sランクってもしかして?
Sランクと聞いた俺は、骸の存在が頭をよぎった。
だが奴はその力を普段はSランクに制御してるだけであり、その気になれば軽くSSランクの力で戦う事を知っているが、実はそれ以上の力を持っている事も知っている。
バルメイアとの戦争でその骸まで投入され、どう動いていたのかって話も少しは聞いている。だが、その圧倒的な戦闘力は凄まじいが、どこか常に手加減している様にも感じられたともな……。
そう考えつつ、俺はどうしてヴェロキラプトルが生き残っていたのか、どこにいたのかをカズは知ってる部分を全て聞かせてくれた。同時にこちらとあちらの世界との違いの説明もな。
そうしてそんな話を聞いてるうちに、俺は段々と目の前にいるアリス達に興味が湧き、もっと色々と教えてくれと頼んだ。
……夢中になっていたから時間がどれだけ経ったのか知らねえ。
突然カズは何かを感じ取ったのか、屋上へと視線を向けた。それはアリス達も一緒で、上へ顔を上げると一斉に鳴き始めた。
「なんだ?!」
「どうやら到着したみてえだ。屋上へ行こうぜ」
カズはニヤリと微笑み、再び階段を数分間登るとようやく屋上へと出る事が出来た。
しかし、そこには何もいない。
「おい、何もいねえじゃねえか」
広い屋上を何度も見回すが、やはりいない。俺はカズへ視線を向けると、そのカズは微笑んだまま空を見上げている。
「ん? 空になんかあんのかぁ…よ……。っ?!」
そこには巨大なモンスターが宙に浮き、アリス達が何度もそれに対して鳴いている。
「なんだ……コイツ……?!」
ヴェロキラプトルとはまったく違う凶悪な顔。全身には歪な形をしたトゲが生え、背中には剣みてえな背ビレがいくつもありやがる。両肩には僅かに赤く染まった、角の様な大きな結晶と、小さな結晶が幾つも周りにある。
「紹介しよう、コイツは"ティラノス・グラビティム"。名は"ゴジュラス"。あの有名な恐竜、"ティラノサウルス・レックス"が進化した俺のファミリーだ」
「てぃ、T・レックスだと?! コイツが?!」
<お初にお目にかかる。今、我が主人から御紹介賜ったゴジュラスだ。以後、お見知り置きを>
「しゃ、喋った?!」
その姿だけで無く、喋ったってこともあって俺は衝撃を受け、腰が抜けてその場に座り込んじまった。
な、なんだコイツ……、なんなんだ?! コイツが本当にあの恐竜が進化したモンスターだって言うのか?! コイツはもう恐竜やモンスターなんかじゃねえ……、一種のバケモンだ!
<ハアァァァ……>
ゴジュラスはゆっくり息を吐きながらその場に降り立つと、アリス以外のヴェロキラプトル達がゴジュラスの周りを何度も飛び跳ねながら鳴く。
<お前達も来ていたのか? 主人の邪魔にはなってはいないだろうな?>
「クククッ、んなこたねえよ。コイツらはたまたまここまで散歩してたら俺を見つけたんだ」
<そうでしたか。だがアリス。お前はもう時期、卵を産む頃だろ? ここまで離れた場所まで来たらダメでは無いか。お腹の卵に何かあってはいけないから、なるべく近くだけを散歩してくれと言ったのに>
〈クルルル……〉
アリスはそう言って心配してくれるゴジュラスの元へ行き、カズの時と同じようにその頭をゴジュラスに擦り付けた。
<あぁ、分かっている。別に私は怒っている訳では無い、ただ心配なのだ。お前の身にもしもの事があってはいけないからな>
〈グルックックック〉
<……まったく、そう甘えられては後で怒るに怒れなくなるじゃ無いか。分かった、帰りは全員、私が安全に連れて帰るとしよう>
こんなおっかねえ顔してても、嫁さんには甘いんだな……。
お互いテレた表情をするからか、どこかういういしいってのもあった。
「どうよミコさん? 微笑ましい光景だと思わねえか? 種族を超えた愛を見てどうよ? ん?」
その瞬間、俺は無性に腹が立った。
「ちっ、正直羨ましいよコノヤローが」
そんな俺を見てカズが笑うから俺は怒った。
「テメェは俺に喧嘩売ってんのかこのクソガキがぁ……」
指の関節を鳴らし、凄みを効かせて俺が怒るとカズは謝るが、まだ笑っていやがった……。
「チクショーー! 俺だって彼女欲しいんだよコノヤロー!」
一生に一度で良いからよぉ……、モテてぇよ……。
<して、私が呼ばれた理由はなんで御座いましょう?>
スルーすんじゃねえよ……。
まぁゴジュラスにしてみれば、どうして俺が怒っているのか解らねえんだろうな……。
「すまんすまん、この人にただお前を紹介したかっただけなんだ。本当はウチに来た時にでも紹介したかったんだが、なかなかウチに来る様な機会が少なくてよ」
<左様で御座いましたか。成る程、では改めて私から御紹介させて頂く事に致しましょう>
で、でけえぇぇ……。
ゴジュラスが俺の前に立つと、そのデカ差に改めて知ることになる。
俺もそれなりに身長がある方だ。しかし、ゴジュラスの身長はざっと5メートルはあるんじゃねえかってくらいで、下から見上げなくちゃならねえ程だった。
<私の名はゴジュラス。種族名はティラノス・グラビティム。種族名は我が主人より賜りし名。改めて、どうかお見知り置きを>
「み、御子神健二だ。こちらこそど、どうぞ宜しく」
あまりの迫力に俺はビビっちまったが、そう挨拶すると、ゴジュラスは手を出して握手を求めてきたから俺も手を伸ばして握手を交わした。
<我が主人のご友人よ、もし何か困った事があればこの私を呼ぶと良い。その時はこの力をお貸しする事を約束する>
「お、おおぅ、よ、宜しくな。は、はは……」
「んじゃ、紹介も済んだ事だし、俺達は帰るとするか。ゴジュラス、アリス達を頼む」
<はっ、仰せのままに>
俺との握手を終わらせると、ゴジュラスはアリス達を集めて宙に浮き始めた。
<ではまたお会いしよう、御子神殿>
「お、おおぅ、ま、またなゴジュラス……殿?」
ゴジュラスはほのかに微笑みを見せ、アリス達を集めると宙に舞う。
まさかコイツらも空を飛べたのか?
と思ったんだが、どうやらそうじゃないらしく。ゴジュラスから赤黒い色をした電気みたいなエネルギーが放出され、そのエネルギーで宙に浮いているようだった。
そして、ゴジュラスとヴェロキラプトル達はカズ達よりも先に、夜城邸へと飛び去って行った。
「んじゃなミコさん。たまにはウチに来てコーヒーでも一緒に飲もうぜ」
「あぁ、近いうちに行くとするさ」
そう挨拶をした後、カズは軽く手を振りながら御堂達を連れて先に帰っていった。
「…………なんか、一気に疲れたな……。……帰ろ」
なんだかドッと疲れた俺は煙草に火をつけ、一服した後に降りることにした。
今日の晩飯、何にすっかなぁ……。




