第127話 眠らない街、不夜城<御堂side>
22:00
ーー 新宿 歌舞伎町 ーー
俺はある情報を手にし。数人の舎弟達と一緒に眠らない街、歌舞伎町に来ることになった。
勿論そこには若もいらっしゃる。
その若が先頭に立ち、俺達はとあるクラブに入った。
「あっ、お、お疲れ様です!」
クラブのボーイが俺達を見た途端、慌てて頭を下げて挨拶をする。
だが俺達はそのボーイに目もくれず、奥へと向かった。
そこには、ここへ来ることになった目的の奴がいるからだ。
なかなか繁盛してるな。
中には多くの客達が楽しげに酒を飲み。そこについているホステスは皆若く、20代が占めている。
「皆んな若いな」
「もしかしたら中には未成年がいるかも知れやせんね」
若も若いと思ったらしい。
まあ若も未成年で、本来なら絶対に入っちゃいけねえんだが、事情が違う。
するとホステスの1人が若の近くまで来ると、その存在に気がついて頭を下げた。
「久しぶり、連中は奥?」
「はいそうです。現在VIPルームにいらしてまして、店長が呼ばれて今そちらにいます」
「分かった。ところで前に来た時より随分と女が若いけど、未成年とかいねえよな?」
「はいそれは大丈夫です、新しく入った子達 全員の身分証をコピーしてあります」
「なら良いんだけど」
どうやら杞憂だったみてえだな。
ホステスから話を聞いた若は店の奥へと進んで行き、VIPルームと表示されたガラスの扉を開けて中へと入った。
そこにはいかにもガラの悪い連中が酒を飲み、数人の女達が嫌そうな顔をどうにか隠しながら座っていた。
その中の1人が俺達に気付くと。
「あん? おいおい、ここはガキが来る様なとこじゃねえぞ?」
「帰ってママのオッパイでも吸ってろよ」
若を見た男達はそう言って笑いやがった……。
「おん? よく見たらかなりの上玉じゃねえか? 目はちいっとばかしキツいけど。よお、嬢ちゃんこっち来て酒ついでくれや」
若の顔を知らねえ糞共が……。この場で殺してやろうか?
若を女性と勘違いされて俺が殺気立つと、若は左手でハンドサインをして俺を止めた。
そこで若が侮辱したことを言いやがった男の前まで進むと。
「へへへっ、なんだよ、後ろにいるヤロー共は俺達が怖くて動けねえってか? ギャハハハハハハ!」
馬鹿が……。
「いやそうじゃない。アイツらは俺が怖いのさ」
「あぁん? 俺ぇ?」
若のおっしゃる通り、俺達は若が怖かった。
若は凶悪な握力を持つ左手で男の顔を鷲掴みし、男は叫ぶ間も無く意識を失う。
「て、テメー!」
「女かと思ったら男かよ!」
「……あ゛?」
若の睨みで男達は本能的に手を出したらマズイ相手だと悟ったんだろ。恐怖で体が震え始め、動けなくなりやがった。
「御堂」
「へい、後でコイツら全員、始末しておきやす」
先ほど若がしたハンドサインは、「後で殺れ」って意味だ。だから俺達は若を侮辱したコイツらを、後で拉致って始末することにした。
そんで若と俺の会話を聴いた男達は青ざめ、その場から逃げようと思ってんだろうが体が動かないでいる。
それは、動いたら殺されると解っているからだ。
そしてそれが出来る人間が誰なのか気づくと男達はしまったって顔になりやがった。
「ま、まさか、こ、このガキが、夜城和也」
大量の汗を流し。男の1人が震えて歯を鳴らしながらそう言った瞬間、既に男の意識は無くなっていた。
「馬鹿が、今更気づいたって遅えんだよ」
独特のしかめっ面に、とても冷たい目で睨みながら男の首を右手で握り潰したからだ。
「(な、なんでこんなヤバい奴がここに来んだよ?!)」
既にその場にいる男達は誰1人として生きて帰れない事を悟っただろ。
「さて、あのボケカスはこの奥か」
カーテンで仕切られているからなのか、目的の奴がまだ俺達の存在に気づいていない。
若がカーテンを開けて奥を見ると、そこには情報通りの奴が楽しげに酒を飲んでいやがった。
そして若はそいつがいる席の前まで進み話しかけた。
「よう、随分と久しぶりじゃねえか"平木"〜」
「こ、これはこれは! 随分とお久しぶりですね〜!」
男の名前は"平木 正孝"。
歳は50代半ばの坊主頭に、ちょび髭を生やす痩せた男。
その平木の周りには、見るからに同業と分かる様な風態の男達が何人も座っている。その席だけじゃなく、他の席にも同じ様な男達が座っている。
そいつらが若の顔を見た瞬間、敵意剥き出しの顔で睨むが、平木はヘラヘラとした態度を取っていた。
だが当然、若は悠然とした態度でそんな平木を睨んでいる。
「テメェ、いつ出所したんだ?」
「へへ、つい先日出てきまして」
「へ〜、ならなんで出所したって報告をしねえんだ?」
「え? おかしいですね〜、僕はちゃんと報告をした筈なんですけどね〜」
この平木、つい先日まで刑務所の中にいてシャバに出てきたばかりってのもあったんだろうが、その報告をまったくしてこなかった。
平木は夜城組傘下の"平木組"の組長であり、構成員人数は214人と、俺達夜城組に比べたら断然少ない。
だが平木組の構成員は武闘派としてはそれなりに知られている。
「組長であるテメェがとっ捕まって情けねえと思わねえのか?」
若の言葉にテメェらの組長であり、親父を目の前で馬鹿にされたもんだから、その場から立ち上がると若に対して全員が睨みつけてきやがった。
これが一般人だったら泣いて許しを請うても、リンチされていただろうな。
まぁ、それでも若はそいつらにとって親組織の息子さんであり、自分達はその傘下にいる組織なのだから睨む事自体、決して許されねえんだけどがよ。
「おい、誰にメンチ切ってんだゴルァ。あ゛? テメェら全員ここで殺処分してやろうか? あ゛?」
ははははは! さすがです!
若の凄みはその場にいる誰よりも恐ろしく、全員が一瞬にして恐怖に飲まれちまいやがった。
「まぁまぁ、落ち着きましょうよ。ね? ほら立ってないで座れってお前ら。まあちゃんと報告していなかった僕が悪いんですから、ここは許してやって頂けませんか?」
平木は変わらずヘラヘラとした態度をとり、部下を座らせると今度は自分の部下を許してくれと若に頼んだ。
だが、それよりも若や俺達は許せない事があった。
「取り敢えず女全員、こっから出て行け」
若がそう伝えると、そこにいた女達が慌てて席から立ち、VIPルームから出て行く。
「なあ平木、テメェなんで捕まったか解ってんだよな?」
「そ、それは勿論、はい」
そう切り出された平木は僅かに冷や汗が滲み出ている。
「テメェ、それでもまだやってんだってな?」
「そんな、そんな訳ないじゃ無いですか〜。ちゃんとやめましたよ〜」
平木は違法薬物の所持と使用で捕まっていた。
若は勿論、夜城組は薬物の売買や使用を一切許さない為、この平木が嘘をついている事は勿論気づいていた。
「俺に嘘はついじねえぞ? テメェやってるよな? しかもまだ売ってんな?」
「いや、だからやってませんって、本当ですって〜」
コノヤロゥ……、若を前にしてまだやってねえって言い張るつもりか?
するとそこで若は一旦 話を変えようとテーブルの上を見ると、そこにはいくつもの高い酒が置いてあるじゃねえか。
「それにしても景気が良いんだな? "ドンペリ・プラチナ"やら"ロイヤルハウスホールド"なんて頼むんだからよ?」
「いやいや、これはここのオーナーから出所祝いにと貰いまして」
こいつ、知ってて言ってるのか?
特に"ドンペリ・プラチナ"が気になる。
ドンペリ・プラチナは希少価値が高く、滅多に入手する事ができない最高級シャンパンだ。店によって値段は変わるが、この店で提供している価格は確か……、50万だったと思う。
そんなシャンパンが既に3本空いていた。
「なるほど? そうなのか?」
「そうだよな?」
そう聞かれたクラブの店長は、若が来るまでは震えてはいたが今はだいぶ落ち着きを取り戻し、若へ顔を向けると「出せと言われて出しました」と答えた。
店長はまだ若く、30代半ば。まぁ、相手が相手なだけにしかたねえっちゃしかたねえと思う。
「おいおい店長、話が違うんじゃねえか?」
平木は若干 睨みをきかせ、店長にそう言うが、やはりそうじゃないと答える。
「ちょっと待てよ〜おい〜、サービスで出してくれたから俺達は楽しく飲んだんじゃねえのかよお?」
「いえ、出せと言われましで出したのですが」
「お前ふざけんなよお? だったら先にそう言や飲まなくてすんだんじゃねえのかよ? どうすんだよここの支払い? 俺達に払えって言うのかよ?」
「はい」
「調子こいてんじゃねえぞおい? オーナー呼べ、オーナーを」
平木はそう言ってまだ若い店長に対して怒り始め、オーナーを出せと言い始めた。
「申し訳ありませんね〜、なんか食い違いが合った様なんで、今日のところはぁ……」
それでこの場から若と俺達を追い返したいんだろうがよ、そういう訳にもいかなねえんだよ。
そこで若は電話し始めるとニヤリと微笑み、平木が慌てる様な事を言ってやった。
「お前、ここのオーナーが誰か知ってんのかよ? あ?」
「知ってますけどなにか?」
「お前、とことん馬鹿だな? 馬鹿にも程があんじゃねえのか? テメェが知ってるオーナーが、本当にここのオーナーなのか確かめた事あんのか? この薄らハゲ」
「おい、こっちが仕立てに出てりゃさっきからなんだ? 親父の倅だからってふざけんじゃねえぞクソガキがあ」
ふんっ、ようやく本性を出しやがったな。
若は平木を怒らせ、その平木が立ち上がると周りの連中も一斉に立ち、1人の大男が若の胸ぐらを掴もうとした。
「だからテメェは馬鹿だつってんだよ薄らハゲ」
だが逆に若は胸ぐらを掴もうとして来た男の顔面を鷲掴みすると、ミシミシっと嫌な音が鳴る。
そして、若はなんの躊躇いも無く、男の頭を握り潰そうとした。
「や、やめっ……」
「おいハゲ。この店のオーナーが本当は誰なのか教えてやるよ」
平木はその言葉にハッとした。
「この店のオーナーは俺なんだよ、平木」
平木が口を開けて青ざめると、若は掴んでいた男の頭をその場で握り潰し。辺りに大量の血が飛び散った。
「こんな軽い頭してっから簡単に潰れちまうんだよ馬鹿が」
「あ……、ああっ……、ああっ……」
平木達は戦慄した顔で若を恐れた。
「ちなみにこの店の会計は済ませてあらから安心して逝け」
「そ、それはどう言う?」
「さっき俺が電話してたのは俺の部下だ。そいつらにテメェんとこの事務所にある金庫を片っ端から開けて中を調べさせた」
「はっ……、はあ……?」
状況に追いつけていない平木は口を大きく開け、頭の中で今何が起きているのか整理し始めた。
そして、若が言った金庫を調べさせた事について、ようやく理解したのか大量の汗を流すと震え出す。
「ふ、ふ、ふざけやがってこのクソガキャァ!!」
「ふざけてんのはテメェだろ? 平木。それで金庫の中から大量のコカインが入ってたって話じゃねえか、えぇ? 正確に計算されてねえが、約5000万の金も出て来た、だからその金で今日の飲み代をチャラにしてやるよ」
「ざけんじゃねえぞオイ!! この事をテメェの親父に話したら! どうなるか解っててやってんだろうなあ?!」
「あ? テメェこそなんでわざわざ俺がテメェごとき三下ヤローの為に、こんな事してるか理解出来ねえのかよ?」
「おい、は? いや、そんな……、ちょっ、ちょっ、ちょっと待ってくれよ〜、え〜?」
ようやく察することが出来た平木は、しどろもどろになりながら今度は急に大人しくなりやがった。
「別に俺達は好きで売り捌いてる訳じゃねえんだよ〜。俺んとこの組は本家であるそっちと違って上納金の為に仕方なくやってんだよ〜。だから分かってくれないかな〜?」
「あ? んなもん俺の知ったこっちゃねえんだよ」
すると平木は慌ててテーブルの上に乗り、グラスなどお構い無しに蹴り飛ばしながら走ると若の所でテーブルから降り、勢いよく土下座すると顔を真っ赤にさせ、唾を飛ばしながら頼み込んできた。
「お願いします〜! 俺達みたいな小さい組はそうでもしないと飯を食う事が出来ないんですよ〜! だからどうか! どうか御願い致します〜!」
「ころころと感情が変わる奴だなテメェは。飯を食っていけねえ割にはそれなりの金を隠し持っていたじゃねえか、えぇ? それにウチの傘下になった時に聞いたはずだぞ? ウチは、絶対に薬物には手を出さねえってよ? だから手を出したらどうなるか、聞いてるよな?」
そこで平木は若の足を掴み、何度も硬いフロアに額を打ちつけながら懇願するが、若は来た時よりも凶悪な睨みでそんな平木をただ黙って見ておられる。
俺達はなれてるとは言え、流石に若の睨みに恐怖を感じる。
「お願いします! お願いします! お願いします! お願いしまッ……ウッ…ウウうぅぅぅ……、ウワアぁぁぁぁ!」
次第に平木は泣き始め、まだそれでも懇願する事をやめようとはしない。
「どうか! どうッ! ゲホッゲホッ! どうかああ!」
「どんだけ頼まれてももう決定事項なんだよ平木。テメェはここで終わりだ」
「そんなぁ! 死にたく無い! もう一度! もう一度だけチャンスを下さい!」
だが無情にも、若が懐から自慢の銃を取り出すと平木に銃口を向ける。
それを見ていた平木の部下達は事態の深刻さにやっと気づき。自分の親である平木を許してほしいと全員が土下座し始めた。
その時、乾いた音が一度鳴り響いた。
若は平木を殺す前に、平木の部下の頭を撃ち抜いて射殺したからだ。
「平木、テメェは最後だ。その目でテメェの手下共が死ぬのを見て待ってろ」
「やめてくれえー!!」
だが若はやめない。若がもう一度銃を撃つと、俺達も銃を取り出して平木の部下達を皆殺しにし、辺りは血の海と化した。
「これでテメェ1人だ。なぁ、今どんな気持ちだ? 最後に生かされる気持ちはどんな気分か教えてくれ」
「し、死に晒せドゲッ?!」
空になった薬莢が煙を上げ、音を立てて落ちる。
「誰がド外道だボケカスが」
平木は眉間に風穴を開けられ、仰向けになって倒れることになった。
「しかし若、本当にここで殺っちまても良かったんですかい?」
「安心しろ、この店は今月で一旦閉める予定だったんだ。それに再来月にはもっと広い場所に移転して営業するつもりだったんだしよ。んで、"清掃係"に電話してここを取り敢えず綺麗にしてくれって、手配しておいてくれ御堂」
「分かりやした」
俺はスマホを取り出し、"清掃係"と呼ばれる掃除屋に依頼の電話をした。
「店長、ここを掃除し終わるまで誰も入れるな。いいな?」
「は、はい!」
「若、30分程で来るそうです」
「そうか。なら店長、今日は店を閉める事にしよう。こっちの勝手で閉めるんだ、お客様方にはそれなりのサービスとして支払いは半額にしてお帰り頂いてくれ」
「はい、承知致しましたオーナー」
「若、お着替えを。返り血を浴びた状態で外に出るとマズイです」
俺は着替えを渡し、若が手早く着替えを終えると何事も無かった様にVIPルームから出て、そのまま外へと出た。
だが外に出た瞬間、タイミング悪くとある人物と若の目が合った。
「ん〜? カズ? オメェ何してんだ?」
「あっ……」
なんでよりによってコイツが店の前歩いてんだ……。
 




