第123話 静かなる闇達
「それは事実か?」
「えぇ、間違いありません」
「それなら早々に準備しなくてはいけませんわね」
憲明達が夜城邸にいる頃。光が入らない様にカーテンで窓を閉めた暗い空間の中、フードを被った3人の男女が何かを話し合っていた。
「しかし、下手に動けば彼らに感づかれますよ?」
「だがそんな悠長に待つ事は出来ん」
「その通りですわ」
何をそんなに急いでいるのか、1人はどこか慌てているのが口調で解る。
「既に奴らは動き出しているではないか」
「まったくですわ」
「だからこそ、ここは慎重に動くべきでは?」
もう1人は急ぎ過ぎているのを理解しているからか、もう1人に対してもう少し慎重になって欲しいようだ。
「我々の願いを叶えてもらう為には彼の方の御力が必要なのだぞ?」
「おっしゃる通りですわ」
「まだ我々が彼らに見つかるわけにはいきません。だからこそ、今はこうして裏で動くしか無いんですよ? 彼らの力を知らない筈がないでしょ?」
そう言われ、他の2人は唸るようにして黙ってしまう。
「何の為に私が危険だと知りながらその様な命令に従い、動いたと思ってるんですか?」
そんな中、話をしてるその空間にもう1人の人物が気配を殺し、物音を立てず静かに近づいている事に誰も気がつかないでいた。
「だからこそ我々は慎重に動くべきなのです」
「へ〜、つってももう手遅れだけどな?」
「「?!」」
暗闇の中、妖しく目を光らせた少女が話を遮り、その場にいた3人を驚かせた。
「誰だ?!」
「クククッ、誰だだって?」
その少女は、稲垣陸将と話をしていた少女だ。
「人に名前を聞く前に、まずはテメェの名前を言うのがスジってもんじゃねえのか? あ?」
「誰だか知らんがこの場を見られたからには死んでもらう!」
「……やってみろよ」
少女が静かに挑発した時、1人は気づいた。
「(まさか彼女は?!) いけません! 彼女に手を出しては!」
だが時既に遅し。
少女に向かってもう1人の男が剣を突き刺そうと走り出し出してしまった。だが少女はその長い尾を使い、簡単に男を弾き飛ばすと壁を破壊して男は大木に衝突。
「なんだよなんだよ、トロ過ぎてアクビが出そうじゃねえか」
「まさか、貴女が動くとは思いもしませんでした……」
「はんっ、頼まれちまったからな」
すると少女は目にもとまらぬ速さで動き、フードを被った女の顔面を鷲掴みにした。
「あっ! ああぁっ!」
「クククッ、このまま握り潰してやんよ」
「まてっ!」
しかし、少女はなんの躊躇いも無く、まるでリンゴを握り潰す様に女の頭を片手で粉砕。
「悪い、今なんか言ったか?」
頭を粉砕した事で辺り一面に血飛沫が飛び散り、少女はその返り血を浴びながら薄笑いを男に向けた。
「俺はなぁ、これでも怒ってんだぜ? なんで怒ってるか知ってるか? ん? テメェらは兄様の大事な大事なもんを、奪いやがったからだよ」
その瞬間、薄笑いから一変して怒気を含んだ顔となり、異様な威圧感と殺気で空間を支配した。
「そうしたのは何処のどいつだ? テメェか? あ? そうだろ? そうだよな? さっきの話を考えたらテメェだよな? 間違いねえよなあ?」
その時。少女の尾で吹き飛ばされた男が戻ってくると、少女にしがみ付いた。
「逃げろ! 逃げて同志達に知らせるんだ!」
「……あ? 離せよバカが」
「早くしろ!」
男は躊躇いながらもその言葉に応え、逃げることを選ぶ事にした。
「それで良い……、それで……」
「バカがよぉ、俺から逃げられると思ってんのか? あ? 俺の種族名には"モニター"ってのが含まれてる。それが何を意味しているか知ってるか? "監視"だよバカが」
それでも男はその場から逃げた。
建物から出ると目の前には光が差し込まない程に鬱蒼とした広大な森が広がっている。その森に入って男は必死に走った。
「だからトレぇんだよ」
「なっ?!」
しかし、その先には先程の少女が既に待ち構えていた。
左手には男を逃す為、犠牲となった男の頭だけを持って。
「うっ……あっ……」
「クククッ、ホントにバカな連中だ。バカ過ぎて思わず頭を引きちぎっちまったじゃねえか。……覚悟は良いな?」
薄笑いから見下した顔へ変わり、男は死を悟ったが。
「けどまぁ安心しろ。今は別に殺したりはしねえよ。俺の頼みを聞いてくれるならな?」
「た、頼み?」
「そう、頼みだ」
少女は嘲笑いながら静かに男に近づいて行き。
「な〜に、簡単な頼みだ」
恐怖で動けない男はその場で立ち尽くし。少女はそんな男の真横まで来ると、右手を男の右肩に置いて話を続けた。
「お前らのリーダー達が何処にいるか喋れば良いだけの話だ。どうだ? 簡単だろ?」
肩を震わせ、男は喋って良いものか悩むのだが。
「悩む必要は何処にもねえだろ? 話さなきゃ今すぐ俺はお前を殺す。話すなら別に今は殺さずにおいてやるだけの話さ」
どっちにしろ殺される。
しかし、今この場を乗り切る事が出来れば、どこか安全な場所に逃げ延びる事が出来るかも知れない。
そう考えた男は後者を選び、少女に自分達のリーダー達が何処にいるのか、知ってる限りの情報を話した。
「ありがとよ、んじゃ行っていいぜ?」
「ほ、本当にいいんですね?」
「俺は約束を守る質だ。だからさっさと行けよ。俺の気が変わる前にな」
そう言われ、男は一目散にその場から走って逃げた。
「さて、んじゃ次はそっちに行くとしますかね」
少女は鼻歌を歌い、ゆっくりとした足取りで次の目的地へと向かう事にし。スッと霧の様に姿を消すのだった。
ーーーーーー
その頃、別の場所ではゼストが生き残っている凶星十三星座達を招集し、話し合いが行われていた。
そこには勿論、ベヘモスの姿もある。
「"邪竜教"のお陰で計画に支障が出る恐れがある。だが、今はその"邪竜教"に対して彼女が動いてくれている様だ」
「ちっ、約束の日まであと僅かだって言うのに、余計な事をしやがって」
ゼストの話を聞き、ダークスターは"邪竜教"に対して怒りを露わにした態度になる。
「奴らもまた兄者の復活を望んではいるものの、そのやり方にはいささか関心出来ない部分があるのは事実だ。本来であるならば、約束の日に八岐大蛇を復活させた後、その力で兄者を完全復活させる計画ではあったのだがな」
「だがゼスト、我が君の生まれ変わりである彼の方は、前世の記憶が戻りつつあるのだろう? だからこそ度々、我らに支持を出せている。で、あるならば、今回の件に関してはそこまで重大では無いのでは無いか?」
そう話すのは黒いフードを頭から被り、素顔を見せない男だ。
「"ヴィシャス"の言いたい事はよく分かる。しかしだ、"邪竜教"は兄者の逆鱗に触れてしまったのだぞ? お前は兄者を完全復活する為であるならば、兄者の逆鱗に触れても良いと言うのか? だとするならそれはこの私も許す事が出来んぞ?」
「そ、それは……」
ゼストの説明にフードを被った男、"ヴィシャス"はそれがどれだけ恐ろしい事なのかを悟り、何も言えなくなった。
「我々はそうならない為、密かに動いているのではないか。本来なら八岐大蛇が封印されている場所へ私が行き。その封印を解いた後に兄者の元へと行き、完全復活させる計画だった。その為の生贄もこちらで用意する段取りだった。だがその前に八岐大蛇は目覚め、再び眠りについた。……こうなっては計画そのものを見直す必要がある」
「……確かにゼストの言う通りだ。その為に彼の方はバルメイアを滅ぼせと我々に命じ、その魂を彼の方の為に全て回収した。……ではどうする? 約束の日に、あえて彼の方の前で我々の誰かが暴れ、再び八岐大蛇を目覚めさせるか?」
そう提案を出したのはルシファーだ。
彼女は両手を組んだ状態で椅子に腰掛けた状態で話し合いに参加している。
「それも一つの手だ。他に案がある者はいないか?」
するとそこで、緑色のタコの様な姿をした者が手を挙げた。
「では"ダゴン"、お前の案を聞かせてくれ」
"ダゴン"。
身長は180センチあるか無いかで、緑色の体に黒い不可思議な模様がある。
その目は赤く、凶悪な目をいくつも持つ。
鋭い牙が生える口の周りには、細長い触手が何本もあり。頭の周りにもいくつもの太いタコ足の様な触手が蠢く。
長く凶悪な爪を持つ手と、コウモリの様な翼を持ち。何本もの触手を絡めた足で立つ。
不気味と言うより、どこか気持ちが悪い存在だ。
<ハアァァァ……、我ナラバ、彼ノ方ヲ復活サセル為ニ。タダ暴レルノデハ無ク、ヨリ、新鮮ナ魂ヲ献上スル為ニ、殺戮ヲスル方ガ良イト、考エル>
「成る程。確かにただ暴れるのでは無く、新鮮な魂を兄者に捧げる為に多くの命を刈り取るのも手だ。他に考えがある者は言ってくれ」
すると、奥で白い手が上がるのをゼストは気づいた。
「珍しいいな、お前が手を挙げるなんて」
それを聞いて他のメンバー達がそちらに目を向けると。
「き、来ていたのか? "バラン"!」
<来てたらいけないのか?>
ルシファーは"バラン"に睨まれると動揺し、たじろいだ。
バランは白い霧でその体を覆い隠してはいるが、余りにも巨大であるが故にその存在感は大きい。
だがゼストを除いたルシファー達は、その存在に全く気付く事が出来ないでいた。
「ふん、来てたなら来ているでなんで早く言わねえんだ? まるで俺様達から隠れてるみてえじゃねえか」
ダークスターはバランが気に入らないのか、悪態をつく。
<成る程、私の気配を感じなかったか。つまりお前達はまだそれだけ力を取り戻せていないと言う事でもある訳だな?>
「なんだと?」
バランの言葉に腹を立てたダークスターは、ズカズカとバランの前まで行くと間近で睨みつけ始めた。
<どうした? 事実を言われて腹を立てたか?>
「テメェ……」
「よせダークス。バランもその辺にしてやってくれ。確かにお前の言う通りなのだから何も言えん」
「だがよゼスト!」
「ダークス。事実なのだからそれを真摯に受け止めないでどうする? 我々は彼よりも遅く復活し、それだけ力が戻っていないのだ。つまりバランは私を含め、我々 全員を試したに過ぎない。この場にバランがいた事を誰か気づいていか? 気づいていなかった筈だ。バランはそんな我らでは兄者を完全復活させる事など難しいと言いたいのだろう。そうだな? バラン」
<今のお前達に彼の方が御復活されたさい、必ず奴らが動く。彼の方は御復活された後、完全覚醒する為に暫くの間 眠りにつく事だろう。では、それを誰が彼の方を守れる?>
「バランの言っていることは正しい。兄者が起きているのであれば、いくらでも対処する事が出来る。しかし眠られた後、奴らが直ぐにでも攻めてくるのであれば今の我々では太刀打ち出来ず、兄者を再び封印されてしまう恐れがある。……その為にも、我々全員も力を早く取り戻す必要がある」
ほとんどの凶星十三星座が全盛期の力を取り戻せていない。故に、本当なら取り戻すにはまだまだ時間が必要だ。
「その為に"羅極"の封印を解くべきなのではないか?」
ルシファーは今の自分達が足手まといになる事を恐れ、三大魔獣の一角である"羅極"を復活させようと提案を出した。
「俺は"羅極"を復活させるのは反対だ」
"羅極"の復活を反対するのはヴィシャスだ。
「我々が力を取り戻していないのもあるが、奴は相手が誰であれ、見境なく攻撃してくるぞ。今のままで"羅極"に対処出来るのはそうはいない筈だ」
三大魔獣の一角である"羅極"は極めて攻撃的な性格なのだろう、ヴィシャスの話に他のナンバーズ達は頭を抱えてしまう。
しかし、ダークスターはそうではなく。そんな"羅極"をしつけなかったとして今は亡き同胞に対して怒りを露にした。
「"羅極"を担当していたのは確か"アズラエル"だったよな? あのバカ、生まれ変わっているならまたアイツに担当させちまえよ」
「そう言うなダークス、彼女はまだ前世の記憶を取り戻していないのだぞ」
「甘過ぎるぞゼスト、そんなもんさっさと記憶を取り戻させりゃいいだろ」
「そうは言っても彼女の記憶を取り戻す為の武器、"サマエル"は封印され、その所在地をまだ把握していない。彼女に関しては焦る必要は無いだろ」
ダークスターはアズラエルが生まれ変わっているのに、前世の記憶を早く取り戻させろと言うが、ゼストは今は必要無いと言って嗜める。
だが、その事に対してある男が言うまでの話だ。
<ゼスト、それに関してだが。アズラエルの記憶は半分取り戻している可能性がある>
「……なんだと?」
バランだ。
ゼストはバランのその発言を聞き、片眉を上げるとバランへと視線を向き直した。
<根拠は無い。しかし、彼女は私がバランであると気付いたのか、最近どこかよそよそしい態度をする事がある>
「興味深い話だ。何が原因で取り戻すきっかけになったのか知りたいな」
<それは解らぬ。先も言ったように確証が無いのは事実。あくまでもこれは私の感でしかないのだがな>
「いや、お前の感はいつも当たるから私は信じよう。ではそうとなれば、先に彼女の記憶をなるべく早く取り戻させようじゃないか。誰か"サマエル"が今 何処にあるか調べてくれないか?」
<ひとつ、心当たりがある>
「ほう? 知っているのかバラン?」
<勿論、知っている>
そうして凶星十三星座達は、アズラエルの記憶を先に取り戻すべく、彼女の武器である"サマエル"を取り戻す為に動き出した。




