第119話 忍び寄る影<守行side>
時を少し遡り
ーー 国防省 ーー
国防省のとある一室に、桜の父であり官房長長官でもある真と、俺は2人で話すことになった。
「今回の件、本当に申し訳ない守行」
「お前が謝る必要なんざねえよ」
その一室には俺と真の2人だけだ。
「だがよぉ、倅の責任は俺の責任なんだ。俺が倅に、責任持つから好きな様に暴れて構わねえって言ったんだ。だから倅がとやかく言われる筋合いはねえと俺は思うだがな?」
「本当に申し訳ない。この事を知っている官僚達にしてみれば、脅威以外の何ものでもないんだ。君だって八岐大蛇がどんな存在かよく知ってる筈だろ?」
「知ってるさ。アレがアルガドゥクスの分身だって事ぐらいな」
「そう。そして八岐大蛇が目覚めた今、凶星十三星座ことゾディアックが動き出している。先日、バルメイアが消滅した話は伝わっていると思うけど……」
「聞いている。バルメイアを消滅させたのは凶星十三星座なんだろ?」
「その事に関して、今から話す事は極秘事項になるから他言無用でお願いしたい。バルメイアが消滅する前。稲垣からそこは危険だから今すぐ戻って来いとバルメイアにいた自衛隊の工作員全員に通達があった。工作員達は直ぐ民間人の格好に着替え、門番にバレる事無く王都から脱出。その後直ぐ、1人の少女がバルメイアに向かって歩いて来たそうだ。特徴として長い銀髪に、犬の様な垂れた耳。長く美しい銀色の尾を持つ獣人族と思われる大変美しい少女だったらしい」
「お前が何を言いたいか察しがつく。バルメイアは人間至上主義だから、獣人族が下手に歩いていようものなら直ぐに捕らえられ、奴隷とされるからな」
「その通り。だから工作員達はその少女に対してその事を告げ、今すぐ引き返した方が良いと声を掛けた」
「ところがその少女は無視してバルメイアへ向かったと?」
「いや、ところがそうじゃ無いんだ。……その少女は無視したんじゃ無く、僅かに微笑むと逆に、「もっと早く、巻き込まる前に遠くへ逃げたほうが身のためですよ」と言ったらしい」
…………。
「成る程。だからその少女が消滅させた張本人だと言うことか」
「それもそうだが、その前に何か気づかないか?」
「……何をだ?」
「工作員達はその時、民間人の格好をしていたんだ。なのに何故、少女は彼らに巻き込まれる前にもっと遠くへ逃げろと言う事が出来た?」
まさかバレていた? いや、そもそも工作員達は門番にもバレずに出てくることが出来たんだ。それならどうして……。
俺はゆっくりと真へ視線を合わせると。
「どうして少女はそんな事が言えた? バルメイアを消滅したいのであれば、誰一人として逃す筈が無いと思わないか?」
「……変だ」
「そうだろ?」
「確かに……、まるで工作員達の事を、最初から知っていた様な言い方だ。それに工作員達の事を初めから見逃すような……」
「そうなんだよ……」
「ん? いやちょっと待てよ? おい……、まさか……」
俺はその時、とある事を思い出すと気づき。驚きと困惑が入り交じった。
「浩和はなんて言ったって? 工作員達に、そこは危険だから今すぐ戻れって? 王都を出る時、門番にバレる事無く脱出したんだよな? ならその門番が気づく事が出来なかったのに、どうしてその少女は民間人じゃなく、それが工作員達だと何故 解った? 門番が気づかなかったのに、なんかおかしくないか?」
俺が何を言いたいのか気がついたのか、真はゆっくりと頷き、俺は続きを口にした。
「あの日、"黄龍隊"がゲートを通ったと報告を聞いている。黄龍隊は元特殊作戦群で編成された自衛隊最強の切り札だ」
「うん、勿論 知っている。呼んだのが稲垣だと言うこともね」
「だが俺は黄龍隊を見た覚えが無いぞ? 来ていたなら連中は何をしていた? ん? それに黄龍隊がどんな連中かお前も知らない筈ねえだろ? ……正直な話し、奴らの思想は危険だ。だから俺は黄龍隊をさっさと解体しちまえって前に言ったんだ」
そう、黄龍隊ってのはとある危険な思想を持っていやがる。
だが、まだなんの確証も持ち合わせちゃいねえ。
「もし俺の倅と動いていたら、バルメイア軍を簡単に殲滅できただろうな……。倅の能力をほとんど使わせる事なくな」
「彼らの戦闘能力はそんなに高いのかい?」
「一人一人がBからAランク相当の実力者で構成されている」
その情報に、真は言葉を失った。
「特殊作戦群の連中は全員、ギルドカードを所持している。勿論、元特殊作戦群の黄龍隊もだ。と言っても、能力を使わせりゃ倅1人でバルメイア軍を殲滅する事なんざ簡単だ。末恐ろしい奴だよまったく」
「和也君はいったいどれだけの実力を隠しているんだ?」
「……アイツの能力を知ってるよな? 今は偽造したギルドカードを持たせちゃいるが、……これが正真正銘、倅のギルドカードだ」
俺は懐から和也のギルドカードを出し、真に渡して見せた。
「こ、こ、……これはなんの冗談だ?」
「冗談? お前はそれが偽物だと言いてえのか? 冗談で済まされねえから俺はウルガに頼んで偽造したギルドカードを作らせ、和也に持たせてるんだぞ?」
そこに表示されている事を目にした真は両手で頭を抱え、唸る様にして項垂れた後、少し顔を上げると次の質問を聞いてきた。
「この事を知っているのは?」
「実はそこにも問題があるから倅の話をしたんだ。この事は俺とお前、そしてゼオルク支部ギルドマスター・ウルガ、ギルド本部総帥・テリア、犬神、そして朱莉と浩和だ」
「ちょ……っとまて、稲垣も知っているのか?」
「あぁ知ってる。だから問題なんだ」
「……なんて事だ」
「お前が極秘にしたい話ってのは、その浩和の事なんだろ?」
そう言うと、真は真剣な眼差しで「そうだ」と答えた。
「工作員として潜っていた自衛隊の話からすると、稲垣が裏で何かを企んでいる可能性が浮上してきたからね」
「んで? しかもその浩和は凶星十三星座と繋がっている可能性が極めて高いとお前らは思っている訳だ」
「そう、だからこそ工作員達がどんな格好をしていたのかその少女に情報を与えてる事が出来たんじゃないかと疑っている」
思っているのと疑っているとでじゃ意味が違う。
俺は、そう思いたいだけなんじゃと思い、あえて「思っている訳だ」と言った。
だが真は「疑っている」と口にした。
それで浩和が裏切っていると確信し。大きな溜息を吐くと今度は逆に俺が頭を抱え、目の前に用意されていたコーヒーに手を伸ばした。
「あの馬鹿、いったい何を考えているんだ」
「それは解らない。ただもうひとつ疑問があるんだ」
「なんだ?」
「凶星十三星座に、先程 話した少女の特徴が一致するナンバーズに、心当たりは?」
そう聞かれ、該当する者がいないか考えたが。
「言われてみればいないな……」
「確かかい?」
「あぁ、間違い無い。お前らだって凶星十三星座の情報はある筈なんだから、調べたら解るんじゃないのか? それに何故、お前らはその少女がナンバーズなんじゃないかと思ったんだ?」
「そこなんだよ。調べても出てこないからこそ、そここそが謎であり、稲垣が裏切っていると我々が確信したんだ」
「ん?」
「その少女は工作員達の前で、飴玉サイズの小さな炎を出した。するとその炎はどんどん大きくなるに連れて飴玉サイズの大きさに凝縮。赤い色をした炎は凝縮される度に白くなっていき、とんでもない熱量を発し始めたそうだ。そこでようやく工作員達はそれがとても危険であると解ると、その場から急いで逃げた。……そして、逃げている途中で複数の工作員達はその後の事を見ていたそうだが……。その炎の球体はゆっくりと空へと上がり、バルメイア首都の中心辺り上空へと消えて行ったらしい。それから数分後……、突然、まるで太陽がいきなり落ちて来たんじゃないかってくらいの眩しい光が現れるとそれがゆっくりと降り始め、バルメイアはなんの抵抗も出来ないまま、その光によって燃やし尽くされたそうだ。バルメイア国が消滅したと言っても、それは首都だ。だがその首都がいったいどれだけの大きさがあり、どれだけの人口か君は知ってるか?」
「首都の大きさは約1820平方キロメートル。人口はおよそ800万人だと聞いている。国の広さはざっとその4倍」
「……ざっと東京都に近い数字の面積を、その少女は一撃で消滅させた。それだけの人数諸共にだ。……なあ守行、教えてくれ……、凶星十三星座と言うのはそんな事を簡単に出来る様な連中なのか?」
「知りたいのか?」
「あぁ、知りたい」
真は凶星十三星座にどんなメンバーが居るのかしか知らない。
だが俺は違う。凶星十三星座と呼ばれる連中がいったいどれだけ強いのかを把握している。
「んじゃ教えてやる。連中にしてみればそんな事、簡単にやってのけるような化け物連中だ」
その言葉に真は心の底から恐怖したって顔を見せた。
「魔王、魔神、邪神。凶星十三星座ってのはそう言った連中の集まりだ。そしてそんな連中の頂点であり、主人として君臨している者こそが……、冥竜王・アルガドゥクス」
「そんなに……、なにか対抗手段は無いのか?」
「はっきり言って無い。あるとすりゃ倅だけだ。倅の力がありゃ対抗出来るが、その力である能力をお前らは使用禁止にしちまった」
「ならば使用許可を」
「無理だな。アイツは俺以上に頑固だって事ぐらい、お前も知ってるだろ? アイツは意地でも使わねえぞ?」
そこでドアを三回ノックする音が響いた。
「はい。どうぞ?」
真が入室を許可すると、1人の男が慌てた様子で入室した。
「失礼します! 長官!」
「ん?」
男は真に何かを耳打ちすると、真は青ざめた顔になる。
「なんだ? どうしたんだ?」
「……たった今、悪い知らせが入った」
額に汗を滲ませ、重苦しそうな雰囲気の顔で真は俺に伝えた。
「稲垣達が乗った車が何者かに襲われた……」
「……なに?」
「しかも、曼蛇を強奪されたらしい……」
その瞬間、俺はやられたと心の中で叫び。厳しい顔を真に向けた……。




