第113話 天獄
親父さんは退避しながら八岐大蛇に下手に攻撃して刺激するなと自衛隊の人達に伝えるけど、誰の耳にも届かない……。
ただ、次々と焼け焦げた死体の山が築かれていく。
「クソッ! 憲明!」
「はい!」
「お前は美羽達を連れてそのまま逃げろ!」
そう言われても俺は勿論、美羽達も到底受け入れられねえから、思わず親父さんを睨んだ。
「俺達にそんな事できる訳ねえじゃないっすか! 親父さんはどうするんすか?!」
「お前達に何が出来る?! 俺は奴を封印する為に戻るんだぞ! 何時、奴が無抵抗な奴らまで殺し始めるか解んねえんだからお前らは逃げろ!」
「嫌っすよ! 俺達はアイツの意識が戻るまで呼び続けますよ!」
「呼んでも戻らなかったらどうするつもりだ!」
「それでもやってみなきゃわかんないじゃないっすか! 今回はなにを言われても引かねえっす!」
俺は人生で初めて、親父さんにくってかかった。正直めちゃくちゃ怖かった。だって、俺の中で絶対に怒らせたくねえ人ランキング1位にしてるからよ。
そこへ先生が来て、「やらせてあげましょうよ」って言ってくれた。
「お前まで何を?!」
「可能性がゼロじゃない限り、やれる事はなんでもしましょうよ。それに……」
先生は俺達に目を向けると軽く微笑んだ。
「それにこの子達を私は信じたい……」
「先生……」
先生は俺の肩に手を乗せて軽く頷くと視線を親父さんに戻した。
「はあぁぁぁ。……ちっ、やるからには死ぬんじゃねえぞテメェら」
盛大なため息を吐いた後、親父さんは八岐大蛇を封印する為の呪文を唱える為、出来るだけ近づくと言い。俺達はそんな親父さんよりも離れた場所からカズを呼び、なんとか意識を戻す為に付いていく事にした。
「私も手伝うわ」
「……無茶だけはすんじゃねえぞ」
「それはお互い様でしょ?」
親父さんと先生はそう話すと、八岐大蛇を封印する為に動き出す。
「"血界"」
先生は腰から生える翼を広げ、そこに溜め込んでいた大量の血液を凝縮し、四つの結晶体を作る。
血液で出来た結晶体は親父さんと先生の2人を中心にして、四方に展開。すると2人の足元に赤い魔法陣が出現した。
「しばらくはこれで耐えられると思うわ」
「わかった」
瘴気から守る為のバリアみたいなもんだろうな。
すると今度は親父さんは両手を合わせて呪文を唱え始める。その呪文ってのは般若心経で、一歩ずつ、慎重に八岐大蛇へと近づきながら小声で言い続けていると。
それは突然、俺達の頭上に現れた。
<なかなか面白い事になってるわね>
その声に俺は思わず驚いた。
<昨日ぶり>
「なんで……、なんでテメェがここにいんだよ……。しかもなんで"堕天竜"を持ってないのに視えるんだよ……、イソラ!」
そこにはイソラがいて、クスクスと笑いながら俺の真上で、宙に浮いていた。
しかも今回、そのイソラを俺だけじゃなく、美羽達にも視えていた。
「誰?!」
美羽はイソラから放たれる異様な気配に腰を抜かしそうになりながら俺に聞いてきた。
「視えるのか?!」
「見える? 見えるに決まってるじゃないそこにいるんだから!」
美羽の言い方が何かおかしいと思いつつも、俺はイソラに目を向け直した。
すると、今度は別の人物が困惑した顔で怒鳴り始めた。
「なんでテメェがここにいやがる!!」
親父さんだ。
<お久しぶり。元気にしてたかしら?>
親父さん、イソラと面識があるのか? それにしても、親父さんに対して涼しげな顔で挨拶しやがるな。
「俺はなんでテメェがここにいるのか聞いてんだよ、て ーー」
最後に何かを言いかけた親父さんの口元に、いつの間にか近づいたイソラがスッと、人差し指を当てて黙らせた。
<そんなことより、今はあっちの方が先決なんじゃないかしら>
意地悪そうな笑顔でイソラは親父さんを見つめると。
「後で説明してもらうぞ」
親父さんはまた、めちゃくちゃ恐ろしい形相で睨みながら強い口調で言うけど、イソラは笑った。
<ンフフフフフフッ、い・や・だ。ンフフフフフフフフッ>
「テメェ……、俺をからかうのも大概にしろよ? "天獄"!」
は? 天獄? 天獄って確か……。
まさかの発言で俺達は固まり、イソラはガッカリした表情になると、両頬を膨らませて親父さんに抗議し始めた。
<もぅ、なんでバラしちゃうのよ。守行ちゃんの意地悪>
天獄と言えば俺達がさっき、三大魔獣の1体と聴いたばかりだぞ……。
その天獄が親父さんに対してポカポカと叩いているし、しかも親父さんに対してちゃん付け……。
親父さんはコイツが天獄である事を知っていたような言い方をしているから、やっぱり2人は昔から顔見知りだったのか。
「五月蝿えぞ天獄! 第一、テメェは封印されている筈だ!」
<はあぁ……、そんなの決まってるじゃない。彼に忠誠を捧げたからよ。まぁ、厳密には今でも封印されているのだけど。それに、今の私にはイソラって名乗っているのだからそっちの名で呼んで欲しいわ>
流石の天獄でも、ってイソラだった。そのイソラは親父さんの前では不敵な笑みが崩れて若干不機嫌気味になる。
<今の私は彼が持つ"堕天竜"そのもの。そうなった理由は私が彼に負けたからよ。そんなことよりも、"地獄"をどうにかしないといけないんじゃないの?>
意趣返しのつもりなのか、イソラは自分よりも"地獄"、つまり八岐大蛇が最優先じゃないのかって話し、親父さんは舌打ちするとまた般若心経を再び唱え始めた。
<まぁまだ復活するには早いから、私も手伝ってあげる>
イソラは翼を広げると空高く舞い上がり、ドス黒い雲の中へと姿を消す。
親父さんはそんなイソラを睨んでいたけど、何も言わずに般若心経を唱え続けながら徐々に八岐大蛇へとまた近づいて行く。
すると凄まじい圧迫感が俺達を襲った。
ドス黒い雲を吹き飛ばし、その姿は誰が見てもそれが恐れられる存在とは思えない程の美しい姿をした存在。
巨大な6枚の翼を持ち。人の姿をしていた時とは真逆で気品漂う白く輝く純白の竜。
本当に三大魔獣の1体と恐れられる存在なのかって疑いたくなる様な姿をしているけど……、その姿とは裏腹にとんでもない威圧感を放っていやがる。
これが……、イソラの本当の姿なのかよ?
「や……、ヤバイ……ッ」
イソラとはかなり距離が開いているのに、それでも気分が悪くなり、意識を失いそうになる程の威圧を放っている。
同時に、おぞましい寒気が襲ってきやがった。
〈さあぁ、さっさと"地獄"を眠らせましょう〉
イソラの声が直接、脳に語りかけてくる様な不思議な感覚がする。
まるで"念話"に近いな……。
八岐大蛇の全長が既に2000メートル近くまで巨大化している。それに対して"天獄"であるイソラは、翼を開いた状態だとざっと800メートル近くはある。それなのに体は翼と比べてかなり小せえ。
〈ちょっと暴走し過ぎよ"地獄"。そろそろ大人しくしたらどうなの?〉
八岐大蛇の目が完全に我を忘れた目に変わっていやがる。
それに、まるで眼中にねえって感じだな。
〈怒りで完全に我を忘れちゃったみたいね。でもまだ覚醒していないから、守行ちゃんと私が協力すれば再び眠らせることは出来るわ〉
イソラは巨大な翼を改めて広げると、膨大な魔力を翼に集め始める。
〈今の私で、いったいどれだけ今のアナタを足止め出来るか解らないけど、悪く思わないでちょうだいね?〉
その直後、ドリルみたいな強烈な竜巻が空から八岐大蛇を襲った。でも……、直撃する前にその攻撃はまるで霧の様に霧散する。
〈ンフフッ、ならこれでどうかしら?〉
次に、四つの竜巻で攻撃。
でもその攻撃も同じ様に霧散し、ついに八岐大蛇がイソラを静かに睨み始めた。
その直後。
久しぶりとも言える恐怖が襲った。
イソラと初めて顔を合わせた時とは違う独特の恐怖。それは初めて"曼蛇"と言う、カズにとって最高傑作の一つとも言える物を目の当たりにした時の強烈な殺気だ。
全身の鳥肌が立つのはカズと一緒にいるといつもの事だし、その度に色々な恐怖を感じるのもいつもの事。だから、俺達は少しづつそう言った恐怖に慣れちまっていたから、その感覚に麻痺していた。
けどその恐怖だけは本能が覚えていた。かと思えば突然、殺気が一瞬で消え、辺りは静寂に包まれる。
それが逆に不気味だった……。
殺気も何も感じない、ただただ静かな空気が流れ、地響きや風の音が一切しない……。
だけどそれは突然、再びやってきた。
ゆっくりとした時間感覚の中で、背後から剣、または鎌によって次々と体を貫かれる感覚が襲い。その次にいきなり全身をバラバラにされる恐怖で、俺達は死んだと錯覚した……。
でも生きてる。
その恐怖で体は全く動く事が出来ず、息が出来なくり、目眩と吐き気で意識が保てなくなる程の悪寒。
その直後。他を圧倒する、今まで感じたことの無い強烈な威圧感に俺達は襲われた。
「前より……キツイッ!」
恐怖で歯を鳴らしながら倒れそうになったけど、なんとか両手で震える足を抑えながら必死に我慢した。
周りを見ると、美羽達はどうにか意識を保っているものの、顔面蒼白で倒れていた。自衛隊員の人達や街のハンター、そして冒険者達は白目を向き、口から泡を吹きながら悶え苦しんでいる人達が大勢いる。
ク……ソッ! なんだよこの重圧はよ!!
中には発狂して暴れる人までいるし。
組員の人達はなんとか意識を保たせていて、倒れている人や暴れている人を助けながらゼオルクの街へ避難させ始めている。その他に動けているのは特殊作戦群の人達だけ。
俺はその時思った。
初めて曼蛇見た時より強いけど、まだ……、なんとか耐えられる……。
同時に、ある事を思い出しちまった……。それは、今の八岐大蛇がまだ第二形態であり。まだ完全体じゃないって事を……。
「は……はは……」
マジで……、ヤバい……。




