第111話 八岐大蛇
八岐大蛇が周りを見渡すと、その目はバルメイア軍で止まり。本能なのか、それとも恐怖からなのか。現れた八岐大蛇に睨まれたバルメイア軍は持っていた武器をその場に投げ捨てると全力で逃げ始めた。
でもそれを許す筈がねえ。
まるで逃げる獲物に対し、逃げれるものなら逃げてみろって言ってる様な目でバルメイア軍を睨み。瞳孔が爬虫類独特の細い目に変わると、大地を割って強烈な火柱が立ち、バルメイア軍は一瞬でチリも残さず消滅しちまった。
笑ってんのか? カズ?
そう思えるように、八岐大蛇はそれを見て微笑んでいるのか、口角が若干上に上がっている様に見える。
バルメイア軍がいた場所は炎の熱で溶岩と化し。あらゆる命をその業火で焼き払う、地獄へ誘う灼熱の入り口みたいだ。
「カズ……」
八岐大蛇は俺の声を聴き、こっちに視線を向けると低い唸り声を上げた。
その目は怒りに染まっている。でも、その奥には深い哀しみも感じられる。すると今度はゼオルクの街に頭を向けた。
街には多くの人達がいる。
その気になれば一撃で街諸共焦土に変える事なんて簡単な事だろうけど、街を攻撃する事なくただジッと見つめた後。天地を揺るがす程の大咆哮を天に向かって吠え、雨は益々酷くなり、強烈な雷が大地に叩きつける。
その大地に酷い雨と雷が降る中、真っ赤な彼岸花が一斉に咲くと、あっという間に大地を埋め尽くす。
「素晴らしい……。これがあの悪名高き化け物、八岐大蛇……。ふ、ふふふ、ふはははははははは!! その力を私のものにしてみせる!」
マーセルは八岐大蛇を前にして恐怖するどころか嬉しそうに笑い。捻れた両足を元に戻すと立ち上がった。
「邪魔になるからこっちに来てろ」
親父さんにそう言われたから俺達はその場から離れようとしたけど、まだ美羽だけはその場から離れようとはしなかった。美羽がいる場所は八岐大蛇の足元近くで、動き出せばかなり危険な場所だ。
「美羽。そいつの邪魔になるからこっちに来てろ」
「でもおじさん……、この八岐大蛇はカズなんだよね?」
「……そうだ、その通りだ。後で話してやるからこっちに来い」
「……うん」
それで美羽がようやく離れ始めると、それを待っていたかの様に八岐大蛇がついに動き出した。
「その力、どれ程のものなのか見せてもらおうか!」
化け物と言うより怪物になったマーセルは空高くジャンプし、5本の剣で八岐大蛇の頭を斬りに掛かる。
だけどその剣は擦り傷一つ付けることが出来ず、甲高い音を立てながら弾かれた。
「流石に鱗が硬いね! でもこれはどうだい?! "オーガ・フレイム"!」
鬼の顔をした炎が一つの頭に直撃するけど、そんなもんが通用する筈がねえ。
八岐大蛇はうっとうしそうな目でマーセルを睨んで、8つの頭の目が一斉に不気味に光ると、マーセルは強烈な爆炎で次々と攻撃され始めた。
「クッ?! アッ!」
マーセルを爆炎で吹き飛ばすと、大地を大きく揺らしながら地響きをたて、ついにその場から動き出す。
初めに動いたのは右前足。右前足が彼岸花と一緒に大地を大きく踏み砕くと、彼岸花が一斉に燃え始める。その勢いはめちゃくちゃ早く、一瞬にして俺達は炎に囲まれて逃げる事が出来なくなった。
……そう思ったんだけど。
「炎の花弁が俺達を守ってる?」
燃え盛る彼岸花の花弁が、俺達一人一人の周りを囲む様にして、守ってくれている。
「どうやらまだ、理性が残ってるみてえだな」
親父さんの言葉に俺達は直ぐに反応した。
「親父さん……、カズに殺されるってどう言う事なんすか? 美羽が言ってた通り、アレはカズなんすか?」
「……その通りだ。"地獄龍・八岐大蛇"。地獄の権化であり、地獄の正体こそあの八岐大蛇。そして奴こそが地獄の王、"閻魔大王"の真の正体。前にお前らは聞いた事がある筈だ。和也が八岐大蛇の封印を一度解き、再び封印した事があると。そして八岐大蛇の皮を使い、和也は曼蛇を作り、ゼイラム等にその皮を使用した。その時点でアイツは八岐大蛇とのパイプが出来ちまった……。魂の一部だけを解放する分にはまだ良いさ、そこまで被害は少ないからな。だがこうして奴は目覚めた。その理由ってのがさっき言ったパイプだ。八岐大蛇は和也を使い、己が再びその封印から目覚めるための出口を繋げていた。そして……奴が復活する為に和也を核にしちまったのさ。だから八岐大蛇は和也であり、和也は八岐大蛇でもある訳だ。だが今はまだ不完全体の状態だからまだマシな方だ。奴が完全体にでもなれば、それこそ誰にも止められない、動く天災だからな」
確かに、見渡す限り周囲の大地は燃える彼岸花で埋め尽くされ、その花が空高く舞い上がる光景はある意味 地獄の様でしか無い。
そんな中、マーセルは八岐大蛇に追い詰められていた。
すると一つの頭が口を開けるとそこに炎を集めて圧縮。そこへ雷が幾つも直撃すると炎と雷が混ざり合い、更にその周りに風が集まり始めた。
「まさか……」
俺には何を放とうとしているのか見覚えがあった。
「"豪雷爆炎龍"だ」
それはカズのオリジナル技。
圧縮した炎に雷を纏わせ、更にそこへ風を混ぜる事でそれは龍の形となる。
"豪雷爆炎龍"が直撃すればあらゆるものを破壊して吹き飛ばす強力な必殺技とも言えるオリジナル魔法。
俺はその技を、どうにかして自分のものにしたいと思っているんだけど、未だに出来ない合成魔法。
でも八岐大蛇が放とうとしている"豪雷爆炎龍"は、俺達の知るものとは桁が違う。
「ヤバイなあれ……。俺達が知ってる"豪雷爆炎龍"とはレベルが違い過ぎる……」
八岐大蛇が放とうとしている"豪雷爆炎龍"は黒い色に変わり始めていた。
そして、圧縮された高エネルギーに充分な力が集まった時。黒い"豪雷爆炎龍"は解き放たれた。
「オッ! "オーガ・フレイム"!!」
今さらそんなもん無駄だ……。
マーセルは全力の"オーガ・フレイム"を放つけど。その"オーガ・フレイム"は八岐大蛇が放った黒い"豪雷爆炎龍"を相殺どころか、足止めすら出来ない。
「うぎゃぁぁぁああああああ!!」
マーセルの"オーガ・フレイム"を逆に粉砕し、黒い"豪雷爆炎龍"の顎がマーセルを捕まえると、周辺を破壊しながら暴れ回る。次にマーセルを咥えたまま空高く登って行くと、とある山へ向かって黒い"豪雷爆炎龍"が突き進もうとしていた。
「そっちはダメだカズ!!」
俺はその時、黒い"豪雷爆炎龍"が向かおうとしている所がどこなのかに気づくと思わず叫んだ。
「そっちはニアちゃん達が眠る墓がある山だ!!」
俺の声に八岐大蛇が目を大きくして反応すると、黒い"豪雷爆炎龍"は方向を変え、八岐大蛇自身の目の前まで戻って来ると大爆発した。
その威力は半径100メートル近くのものを簡単に吹き飛ばすから、砂利とかが雨みたいに降ってくる。
「アイツ、手加減したな?」
「あれで手加減してんすか?」
「考えてもみろ。これだけの巨体と力を持っているにしては、あれだけで済むと思うか? まだ不完全体とは言え、恐らく1000メートルは超えてる。お前らは和也の"豪雷爆炎龍"の威力を知ってるんだろ? だったら解る筈だ」
確かに親父さんの言う通りだ……。これだけデケェなら、俺達にしたら軽くキャンプしてるようなもんだ……。
「……本気だったら俺達は立っていないっすね」
「立ってない。その表現は間違っちゃいねえ。そうだな……、吹っ飛んで立っていないって言うより、消し炭になってるって言い換えた方が良いかもな」
黒い"豪雷爆炎龍"によって起きた爆発と、俺達が立ってる場所との距離はだいたい300メートル。
もし本気だったらって想像すると、俺はゾッとした。
「ましてやゼオルクすら消されていたかもな。正直言って、八岐大蛇の本気は核爆発に匹敵する威力を持っているとされている」
…………はい?
顔には出さねえけど、その説明に俺は正直驚いていた。
そんな話をしてると、爆心地の中心でマーセルがよろめきながらなんとか立とうとしている。
まだ生きてんのかよ。
全身は焼け爛れ。左肘から繋がっていた5本の鎖と剣は肩から吹き飛ばされて無くなっていた。
「「目には目を」。「歯に歯を」。「罪には罰を」……。それが和也のやり方だ。……アイツが和也の心を追い込むだけ追い込んだのは見事だよ。だがよぉ、触れちゃあなんねえ逆鱗に触れた事で八岐大蛇を目覚めさせた。いくら人間を辞めたとしても、んなもんたかが知れてんだ。マーセル自身が勝てる相手だと思ったのがそもそもの間違いだ」
親父さんは怒りの篭った目でそう話すと。
「殺す前に質問をしても良いか?」
八岐大蛇にそう質問をすると、地響きを立てながら少し下がり始めた。
まだカズの理性があるからか。
それを見て親父さんは「すまんな」と言って、マーセルの元まで歩き始める。
俺はどんな質問をするのか気になってその後を追うと、美羽達も来る。
マーセルまでの距離はそれなりにある。その間、親父さんは一言も喋らない。
今、何を思い、何を考えているのか気になっていたけど、一言も声をかける事が出来ない。
だってよ、親父さんの広い背中を見てたら、いったいどれだけ哀しんでいるんだろうって思っちまったからよ……。でも……、俺の親父が生きていたらこの人みたいな背中を見れたのかもな……。
「おいマーセル……、質問だ」
「ウッ……グッ……、なんで……す?」
マーセルは痛みに耐えながらも、必死な形相で親父さんを睨んで返事を返した。
すると、そこでマーセルは急に立ち上がったかと思うと、右手で親父さんを殴ろうとした。
「ガッ?!」
でもそれを親父さんが許さない。
逆に、冷静にマーセルの頭を右手で鷲掴みにしすると顔面を地面に叩きつけ、そのまま抑え込んだ。
「馬鹿が。俺が好きな事をさせるわけがねえだろ。……なぁマーセル。テメェ……、和也の情報を誰から買った?」
「…………」
買った? 誰からカズの情報を?
親父さんの質問はシンプルだから、俺達でも直ぐに理解する事が出来た。
マーセルは誰かからカズの情報を買って入手した。考えてみれば、マーセルはカズと八岐大蛇が繋がっている事を知ってる風な口ぶりもしていた。
「聞こえなかったのか? んん? 俺は誰から情報を買ったのかって聞いてるんだよ」
「ぎあっ!」
親父さんはマーセルの頭を握り潰しそうなくらい力を込めて、頭を持ち上げる。
カズもそうだけど、親父さんの握力も化け物じみてるなぁ……。
親父さんのその顔は、正に怒り狂った悪鬼羅刹みたいな形相で睨んでいて、俺達は恐怖でその場から逃げ出したくなる程の迫力がある。
何にもしてなくても、俺なら土下座してひたすらあやまっちまうな……。
「テメェ……、倅に喧嘩を売っただけで無く、俺達 夜城組を敵に回し。日本にまで弓を引いたんだぞ? 何も言わずともテメェはここでもう終わりなんだよ、終わり。解るか? 理解できるか? このボケカスがぁ」
強烈なドスもきかしながらの睨みに、マーセルは必死な顔で親父さんの手を離そうと掴んだり殴ったりするけど、そんなもん親父さんに通用しない。
親父さんは更に力を少しずつ込めてるのか、マーセルは徐々に白眼を向き始め、大量の鼻血を流しながら狂った様に叫び続け。終いにはその叫びで喉が裂けたのか吐血出し始めた。
「それにテメェ、オーガの里を襲ったって? そりゃテメェあれか? "鬼族の里"の事を言ってんのか? ん? どおりで最近、向こうから連絡が来ねえわけだ。テメェ……、よくも殺ってくれたなぁおい……。テメェが襲った"鬼族の里"はなぁ……、俺が兄弟の盃を交わした里であり俺達 夜城組の家族も同然の奴らなんだよこのクソボケが!!」
「ガアァッ!!」
そう怒鳴ると再びマーセルの顔面を地面に叩き付ける。
「お゛いマーセルテメェゴルァ……。"阿鼻叫喚地獄"って呼ばれる"永久地獄"で永遠に苦しみ続けろカスが。…………死ね」
すると俺達の後ろから槍みたいな尻尾が伸びてきて、マーセルの腹を突き刺さした。
「悪かったな。後はお前の好きな様にしてくれて構わねえぜ?」
その尻尾は八岐大蛇の8本ある尾が、いつの間にか1本の尻尾になっていて、もうその長さだけで1000メートルはある長さに変わっていた。
よく見れば瞼の上にはまつ毛の様な棘が1本生えている。そして頭の後ろから背中に向かって棘みたいな背ビレも出てきていた。
その姿を見て俺達が驚きの余り声が出ないでいると。
「この程度で驚くのはまだ早えぞ憲明。八岐大蛇がこの程度のデカさで済むと思っていたのなら、その認識を改めておけ。八岐大蛇は山を八つ跨る程の巨体とされている。つまり、コイツが完全体になりゃ今以上の巨体になるって事だ。コイツが一度暴れれば、今見ている光景以上の光景を作り出す。それこそ正に地獄と言っても過言じゃねえような光景をな。八岐大蛇ってのはな。"死と再生"を司る神でもあるんだ。地獄の様な世界を作り、ありとあらゆる生命を奪う。だがその後には再び新たな命が誕生する。自然で例えるならコイツは生きた火山なんだよ」
親父さんがそう説明してくれながら、マーセルがどんどん空高く持ち上げられて行き、真ん中の頭に睨まれているとどんどんその体が捩れ始める。
「オッ……アッ……アアアァァァァァァ…………?!」
肉と骨は聞くに耐えない音を立てながら、全身がどんどん捩れていく。
マーセルは声にならない声を上げ、最終的に吹き出る血と共に赤黒い球状になり、宙に浮いたまま静止する。
それでもまだ、あのマーセルはまだ生きてるだろうな。
するとそこで俺達の真後ろに、幾つもの魔法陣が浮かび上がるとそこから俺達のパートナーであるモンスターが数体召喚された。
「なんでクロ達がここに?」
呼び出されたのは俺のクロとソラ。美羽のアクア。沙耶のピノ。一樹のダークス。ヤッさんのトッカー。そしてカズのゴジュラス。計7体。
「……成る程。命を無駄にしないようにする為か。喜べお前ら、お前達のパートナーは八岐大蛇からの祝福を与えられるぞ」
なっ?!
俺達は急いでいたからクロやソラ達を連れて来る事を忘れていて、パートナーであるモンスター達はずっとカズの部屋で待機する事になっていた。
そのパートナー達をこの場に召喚したのは他の誰でも無い、八岐大蛇だった。
無事に召還出来たのを確認したのか、八岐大蛇の真ん中の頭が大口を開けると、球状と化したマーセルを一咬みで噛み砕いた。
「ギィヤァアァアアアアアアアアアアア……!!」
同時にマーセルの断末魔が周りに大きく響き、噛み砕かれたマーセルはチリとなって消滅。
その直後。召還された俺達のパートナー達が急に光り輝いたけど、それはすぐに消えた。
「これでお前達のパートナーは八岐大蛇の力で、新たなスキルを与えられた。そのスキル……、叶う事なら大事にしてやってくれ」
親父さんは悲しそうな顔でそう言うけど、そこにはどこか嬉しそうにも見える。
「美羽の"鑑定"スキルで後で確認しておくと良い」
「……はい」
俺が返事をすると、親父さんは2度、軽く頷いた。
マーセルが死んだ事で、これでようやくまた平穏な日々が来ると思ったけど。マーセルが死んだからと言って、まだ戦争が終わったわけじゃない。
それはバルメイア国の事だ。でもこの時、そのバルメイア国が既に滅んでいる事を、まだ親父さんは勿論、俺達は知らなかった。
「さて、今の問題はバルメイアなんかよりも八岐大蛇だ。話しの続きはこれが終わった後にいくらでも話してやるが、これだけは話しておいてやる。八岐大蛇は"地獄"と呼ばれている化物。その"地獄"の他に、"天獄"、"羅獄"と呼ばれる化物が存在する。その3体が"三大魔獣"って言われている正真正銘の化け物だ。その中でも"地獄"と呼ばれる八岐大蛇は別格中の別格。もし、八岐大蛇が本格的に覚醒をし始めたら迷う事なく逃げろ。良いな?」
そう説明され、俺達は頷いた。
「和也、まだお前の意識があるならなんとかして八岐大蛇を抑え込められねえか?」
親父さんの問いかけにカズが反応しているかは解らねえけど、ここはカズを信じて待とうとしていた。
……でも、俺は八岐大蛇が俺達のパートナーに祝福としてスキルを与えたくれた後、急に動きを止めたのが気になる。
それが不気味だった。
すると親父さんは顔面蒼白に変わって、慌て始めちまった。
「マズイ……、言ってる側から第八の頭が消えている!」
見ると、確かに頭が7つしかない。
もう1つの頭はどおしたんだろうと気になっていると、その第八の頭が再び現れ始めた。
現れた場所は八岐大蛇の首の下。
まるで肉を横に引き裂いた様に裂け始め、大量の血が流れ出たかと思うと凶悪な牙が次々と生え出てくる。その傷は不気味で大きな口になり、内部から灼熱の炎が溢れ出す。
前足はより筋肉質で大きな足になっていき。胴体はズングリとしていけど、見るからに筋肉質な体型へと変わる。後ろ足は前足とは違ってそこまで大きくはなっていないけど、こっちはワニみたいな足から竜の様な足に変わっている。
「チッ! 幾らなんでも早すぎる! 八岐大蛇が第二形態になりやがった!」
 




