第110話 目覚め
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ここで再び時間を戻す。
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「第二ラウンド? 上等だよ。テメェもあのジュニスってクソヤローみてえにしてやるよ!」
マーセルの第二ラウンド発言を聴き、俺の怒りは更に上がる中。赤黒い玉を取り込んだマーセルから禍々しい魔力が溢れ出し、人間の姿から徐々に"鬼"みたいな姿へと変貌し始める。
頭に三本の長い角が生え、額には第3の目。
美羽の技によって出来た傷は再生し、体全体に不可思議な模様が浮かび上がると、背中から一本の腕が生えた。
「人間を辞めたのだな、マーセル」
ミラさんはマーセルが人間を辞めた事を知り。最早戦う意志が失せ始めていた。
「こんな事もあろうかと。私は以前、オーガの里を潰して彼らの死体を使い。"鬼の宝玉"を造ったのですよ」
そしてマーセルは自分がどれどけ強くなったのかを確認しているのか、右手を開いたり閉じたりを繰り返し。おもむろに右手を俺に向けた。
「"オーガ・フレイム"」
それは鬼気迫る形相の、鬼の顔をした炎。
「俺に炎は通用しねえよ! "炎狼斬"!」
俺はフレイム・バードを上段から振り。炎狼斬を放ってマーセルの"オーガ・フレイム"を粉砕しようとした。
でも、俺の炎よりもマーセルの炎の方が強く、"炎狼斬"を粉砕されると"オーガ・フレイム"が直撃した。
「ぐああああああああああああ!!」
「憲明!」
そこで一樹が、燃える俺を助ける為に水魔法で炎を消しに動いてくれた。
「うん、そんなに力を込めなくてもなかなかの力だ。それじゃ本気を出したらどうなるのかな?」
マーセルはニヤリと微笑み、次に左手の剣を使って美羽を狙う。
「だから私の敵じゃ無いって言ったよね?」
美羽は"未来視"を発動したままなのか、マーセルの剣をことごとくかわす。
でも、マーセルの剣の速度が速くなっていくにつれ美羽は徐々に追い詰められ、動揺した顔になると、マーセルの攻撃を双剣で受け止めきれず、大きく吹き飛ばされた。
吹き飛ばされた美羽は空中でなんとか体制を立て直し、片膝を付けて着地するけど。右手で自分の目を押さえながら何かに驚いているのか動けないでいた。
「(え? ……なんで?)」
「ふふふっ。なんで? って顔をしているね」
その理由をマーセルは知っているみたいだ。
「視えない……。なんで突然、未来が視えなくなったの?!」
未来が視えなくなった?
どう言う事なのか、"未来視"で未来が見えなくなっていて。その為、美羽はマーセルの攻撃をかわしきれなくなって、双剣で受け止めきれず大きく吹き飛ばされる事になったらしい。
「やはりそうか。君はなんらかのスキルによって私の攻撃をかわしていた。だがそのスキルを使えなくなった為に、私の攻撃を避け切れなくなっていたんだね」
「(何もされていないのに私のスキルが使えなくなった? ……なんで?)」
訳が解らないとばかりに美羽は動揺し、混乱し始めた。
「どうやら君はスキルに頼り過ぎなようだ。隙だらけだよ」
マーセルはそう言うと5本の剣を美羽目掛け、また攻撃し始めようとした。
「死になよ、このブス」
そして、マーセルのその発言はとある男に対して最悪な発言も同じで。その為、この後 起こる最悪の事態へと繋がった。
マーセルは突然何かに気づくと急に美羽への攻撃をやめ、後ろへ大きく飛び退くと周りを警戒し始めた。
「(なんだ? 一瞬、何か得体の知れない気配を感じたが)」
でもその時は、その気配はマーセル以外、誰も気づいていなかった。
その気配が決して起こしたらいけない、ある意味で神も同然の存在の気配だと言う事を、この後、俺達は知ることになる。
「(気の……せい? 警戒のしす)ギッ?!)」
突然マーセルの両足があらぬ方向へと捻じ曲がり、前に倒れそうになったところで右手と背中の手でなんとか体勢を守ろうとする。
「なんだ?!」
その場にいる、全員が目を疑った。
空間全体が歪み、その歪みによってマーセルの両足が捻じ曲がっている。
でも美羽や俺達にはなんら影響が何一つ無い。けど、いつの間にか美羽の周りには真っ赤な彼岸花が大量に咲き乱れていた。
「彼岸花?」
どうして美羽の周りに大量の彼岸花が? 黒い彼岸花が咲いたら逃げろってカズが言ってたけど。あの彼岸花はカズが咲かせたのか?
俺は赤い彼岸花を見て、カズが言っていた黒い彼岸花を思い出したけど、それとは何か違う。
俺達は逃げれば良いのかどうなのか判断しずらく、迷っているとミラさんがマーセルに対して少し強い口調で声をかけた。
「貴様は怒らせてはいけない者を怒らせた。しかもそれはこの世で最も恐ろしい存在の一体をだ。……その怒りを、私はあえて止める事はしない。地獄で永遠に苦しめ馬鹿者」
とても冷たい目で言い放ち。ミラさんは1人、静かにその場から離れようと後ろを振り向いた。
その方向には今まで号泣していたカズが顔を俯かせ、静かに立ち上がっていた。その周囲の空間も何故か歪んでいる。
ミラさんはそんなカズの元まで行くと、戸惑う事なく抱きしめた。
「……アナタは私の子供じゃない。それでも私はアナタを本当の子供の様に愛している。だから必ず……、戻ってきなさい」
その顔は最早、慈愛に満ちた母親みたいな顔をしている。
「戻ってくるならアナタの好きなようになさい……」
そしてミラさんは1人、カズから離れるとその場を後にして後ろへ離れていく。
「終わったら丁重に埋葬してやろう。……今回は俺が責任持って許す。アイツに……、マーセルに地獄を見せてやれ和也」
親父さんはまだ泣いている先生の肩を掴み、なんとかその場から立ち上がらせるとミラさんの後を追う様にしてその場から離れて行く。
「行くぞお前ら。和也に殺される前にここから離れるぞ」
親父さんが組員の人達にそう声をかけると、全員、これから何が起こるのか瞬時に悟ったのか、顔が急に青ざめると急いでその場にいる自衛隊や冒険者達に撤退する様に声をかけ回る。
なんだ? 何が始まるんだ?
俺はいったいこれから何が始まるのか理解出来ないでいるとそこへ、犬神さんが慌てて走り寄り、急いでこの場から離れるぞと声をかけてきた。
「何が始まるんすか? カズは?」
「いいから今すぐここから遠くへ逃げろ!」
そうは言われても、美羽がまだ立ち上がれないでいる。
「グズグズしてる暇は無い!」
その瞬間、身の毛もよだつ不気味な声がその場を一瞬で支配し、誰もがその場から動けなくなった。
「……手遅れだ」
死を悟ったのか、犬神さんは青白い顔をしながら動揺し、薄笑いを浮かべる。
その不気味な声はカズから発せられている。そのカズを中心に、周囲一帯の地面が消滅し始めると、空間の歪みがより強くなる。
そして"闇の衣"なのかなんなのか知らねえけど、カズは黒い霧に包まれていき。
それが顔を覗かせるとカズはそれに飲み込まれた。
「完全に……目を覚ました……」
俺達の目の前に想像を絶する巨体がゆっくりとその場に現れた。
黒い霧は徐々に赤黒い怪物へと形成し、マムシの様な頭の大きさだけで約80メートル。首の長さは約400メートル。胴体で約100メートル。尾の長さは約600メートルもあるんじゃねえかってくらい、馬鹿デカイ存在になる。
ざっとその全長は1000メートルを悠に超え。強靭な四肢を持ち。八つの頭と八つの長い尾を持っている。
その体がめちゃくちゃ熱いからなのか、雨が触れれば瞬時に蒸発して、その熱で周囲の歪みが益々酷くなる。
俺達はこの時、初めてその姿を見て恐怖でまったく動くことが出来なくなっていた……。
数多く存在する"最強種"の中でも、その強さは他とは比べることすら間違ってるぐれえの、比較にならない程の力を有する為に、"伝説種"として封印されている化け物中の化け物。
三大魔獣が一角。
"地獄龍・八岐大蛇"が完全顕現した瞬間だった……。




