第109話 不審
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真っ赤に燃える彼岸花が咲き乱れる大地を、それは強靭な四肢で踏み砕く。
それが動き出すと、踏み砕かれた衝撃と強風によって、燃える彼岸花の花弁が空高く舞い上がる。
彼岸花の花は散っても散っても何度も咲き。花は咲くたびに炎で燃え盛り。空と大地は炎で赤く染まる。
同時に今だ酷い雨が降り頻り、強烈な雷が大地に落ちる。
そんな中、稲垣陸将から全自衛隊員に通信連絡が入った。
『こちら稲垣、全自衛隊員に告ぐ。アレには決して手を出さないように、下手に手を出せば"永久地獄"に送られる事になるかも知れない。君達はアレが我々の手でどうにかなる様な存在じゃないのは解っている筈だ。アレの目的はただ一つ。化け物になったマーセルをその手で殺すことだ。だから我々はただ黙って見てるだけで良い。……以上だ』
そう言って稲垣陸将は側に置いてある通信機のスイッチを切った。
その稲垣陸将は特地第一駐屯基地にいるのでも、仮の司令室として建てたテントにいるのでも無い。
彼はただ1人、城壁の上に立って戦場を眺めていた。
すると。
「見事な光景だな……」
そんな稲垣陸将にとある男が声をかけた。
歳は30代前半か後半辺りの男で、黒く長い髪をセミスパイラルにし。その上から鍔がとても広い黒のハット帽を被る。
整った顔立ちに口元と顎には整えられた髭がある、ワイルド風な男だ。
「やぁ、何でここに来たんだい? ゼスト」
男の名はゼスト。
凶星十三星座こと、ゾディアックのNo.Iであり、冥竜王・アルガドゥクスの実の弟。
そんな男が唐突に稲垣陸将の元に現れた。
「愚問だな。これはお前の計画か?」
計画。それはいったいどんな計画なのかは解らない。しかし、ゼストと稲垣陸将が顔見知りだと言うことははっきりと分かる。
「いぃや……、計画に含まれてもいなければ、この事態は俺も想定していなかった事態だよ」
「……そうか。お前ではないのであれば、これは"邪竜教"が絡んでいるのやも知れんな。そうか、お前じゃなかったのか……。私はてっきりお前の計画だと思って見に来たんだが」
ゼストは不敵な笑みで目の前の光景を稲垣陸将と肩を並べて眺め始める。
「バルメイアはどうなった?」
「……既に消し飛ばした後だ」
稲垣陸将がバルメイアの事を聞くと、ゼストは消したと伝え、口に葉巻を運ぶと指先に火を出して着けた。
「ずいぶんと仕事が早いね。ところで、一本貰っても?」
「タバコはやめたんじゃなかったのか?」
「……たまには吸いたくなるもんだよ」
「……そうだな」
葉巻を受け取った稲垣陸将は、葉巻を口に咥えるとゼストに火をつけて貰い、吸い始める。
「では、私は行くとしよう」
「なんだ、来たばかりなのにもう行くの? 君達にとってあの存在はとても大切なんだろ?」
ゼストが稲垣陸将に背を向けて歩み出そうとすると、ゼストにもう行くのかと聞いた。
「確かに大切な存在だ。だがな、まだ時期が早過ぎる。こちらの準備がまだ整っていない」
ゼストはそれだけ言うと再び歩み出す。
だが七歩歩いた所でゼストは歩みを止めた。
「そうだ稲垣、我々はこれから"竜国"に入る。なにかあれば、彼女達に」
「ん? 了解」
そう告げるとゼストは音も無く黒い霧に包まれると姿が消えた。
「さ〜てと。そこにいるんでしょ?」
その場には稲垣陸将以外 誰もいない。だが稲垣陸将がそう声をかけるとどこからとも無く1人の少女が姿を現した。
「あ? 呼んだか〜?」
現れたのは不敵な笑みを浮かべるボーイッシュな少女。その声はルシファー達の前に現れた女性と同じ声だ。
髪は非常に鮮やかな青色で、髪は外ハネショートウルフ。口の隅からは一本の牙が見えるV系パンクファッションの美少女。しかし、その少女にはある特徴があった。
それは"尾"だ。
髪と同じく非常に鮮やかな青色に、黒の縦模様が入った非常に長く美しい尾が少女にはあった。
「なにか用事かよ? ガッキー」
少女はゼストと同じ様に稲垣陸将の横に並び。目の前の光景に目を輝かせながら眺めた。
「一つ頼まれて欲しい事がある」
そしてその頼みとやらを稲垣陸将から聴いた少女は笑みを見せる。
稲垣陸将に頼まれた事。それは、"邪竜教"の殲滅。
この事態を引き起こしたのは恐らく"邪竜教"の仕業だと睨んだ稲垣陸将は、その殲滅を少女に頼んだ。
「へ〜? 了解した。んじゃ"邪竜教"を見つけ次第、叩き潰せば良いんだな?」
「うん、それで構わない。もしくはこちら側に引き込める事が可能であれば、引き込んでもらえるかな?」
稲垣陸将には何か考えがあるのか、仲間に出来るのであればこちら側に引き込んでくれという事も少女に頼んだ。
「クククッ、了解だガッキー。ところでガッキー……。そっちは何人集まった?」
「……今のところ31人」
「クククククッ、31人か」
「出来れば100人ぐらいは集めたいんだけど、なかなか難しくてね」
「そりゃそうさ。それでも短期間で31人集める事が出来たのはアンタがそれだけ慕われているからだ」
「それにしても、君はだいぶお兄ちゃんに似てきているね」
「そいつぁ最高の褒め言葉だぜガッキー」
そう言われ、少女は余程嬉しいのか不敵な笑みでケタケタと笑い出した。
「顔の表情。笑い方。君はほんとお兄ちゃんが大好きなんだね」
「あぁ? んなもん当たり前だろ? 俺は兄様が大好きだ。俺は兄様の様になりたい。兄様の為なら俺はなんだってしてやる。兄様が俺を求めてくれるのであれば、そん時は喜んでこの身を委ねる。俺は兄様のお陰で進化する事が出来たんだからな」
少女は凶悪な笑みを浮かべると、稲垣陸将に向ける。
しかし、その後すぐにそんな表情が悲しそうな表情へと変わった。
「でもなんで兄様は俺を見てくれない? 俺は兄様にもっと可愛がられたい……、もっと愛されたい……。なんで俺じゃなくあんな奴を可愛がるんだ? ……兄様は俺の事、好きじゃねえのか?」
そこで稲垣陸将はそんな少女へ目を向けると、優しい表情で元気づける言葉を送った。
「そんな事は無い、君は愛されているよ。だって、嫌いだったら側にいさせると思う? 好きだから側にいさせるんじゃないの? それに好きだからいろんな物を君に与えてくれるんじゃないのかい? 君のお姉さんだってそうだ。君達姉妹は愛されているよ。愛されているからこそお兄ちゃんは君達を大事にしてるんじゃないのかな?」
「ガッキィ…………」
稲垣陸将の言葉が嬉しかったからか、少女は目を若干潤ませ、稲垣陸将の目を見つめた。
「今度思いっきり甘えると良い。……忠誠心だけが全部じゃない。君のお姉さんは忠誠心の塊の様なものだけど、昔の君達2人はそうじゃ無かったんじゃ無いのかい? 最初の頃の君達2人はお兄ちゃんの手を焼かせた筈でしょ? 特にお姉さんの方はちっちゃい頃、お兄ちゃんに何時も遊んで遊んでって、側にくっついていた筈でしょ。それがいつの間にか忠誠心の塊みたいに育っちゃって。だから昔みたいにさ。たまには手を焼かせてみるのもいいんじゃないかな?」
そう言われ、少女の顔は徐々に笑顔を取り戻していき、それを見た稲垣陸将は微笑む。
「あぁ、確かにそうかもな。悪いガッキー、思わず愚痴っちまったぜ」
「ふふっ、人のことをとやかく言えた義理じゃないけど、お役に立てたのなら良かった。でも今はとんでもない強敵が1人いる。頑張れ、応援してるよ」
「あ? それってもしかしてあの人のことか? あの人の事を言ってるなら別にオレは気にしねえよ、オレはずっと側で見ていたからな。ちょっと、いや少し……。うん、まぁ、あの人だからな。俺にしてみりゃあの人も姉貴みたいな人だからよ」
少女は若干悔しそうな笑みになるが、その人物の事はまだ許せるのだろう。
「さて、俺はそろそろ行くとしますかね。また何かあればいつもの様に連絡してくれガッキー。んじゃな」
そして少女は城壁の上からジャンプして下へと降りて行った。
「ふぅ……。しかしマーセルも頑張ってはいる様だけど、そろそろ終わる頃合いかな。問題はマーセルなんかより。いつ、彼が正気に戻るかだ」
目の前では今だに化物になったマーセルが必死に抵抗をし続けているが、どれも意味が無い光景があった。




