第100話 暴虐の星
「ベリー」
<シュルルアァァァ!>
「骸」
<グルルッ!>
カズはベリーでヘカトンケイルの動きを封じ、骸が次々と頭を破壊。カズも八岐大蛇となった8本のゼイラムで攻撃をしている。
カズはなんとか怒りを抑え、1人じゃなくベリーや骸達と一緒に戦い、ヘカトンケイルを圧倒していた。
ヘカトンケイルが無数の手でベリーを掴み、攻撃をしようとすれば、すかさずカズと骸がその手を攻撃。
ベリーは一旦ヘカトンケイルから離れ、口から破壊光線を放つ。その一撃は強力で、一度に幾つもの頭を消し飛ばしている。
だけど、消し飛ばされても次々と新たな頭が現れ、ヘカトンケイルはその度に回復をしているみたいだ。いったいどれだけの人が犠牲になったのか解らない。
「ヘカトンケイルに囚われた魂達はなんとか成仏させてやりたい。頼めるか?」
カズのその言葉に反応したのは他でも無い、八岐大蛇だ。
八岐大蛇は口内に高エネルギーを溜めると一気に解き放ち、ヘカトンケイルの体に幾つも大きな穴が空く。更に八岐大蛇は頭を伸ばして次々と噛みつき始めると、そこから直接強力な雷撃を放って、ヘカトンケイルが倒れる。
「まだ終わってねえ。B」
「はい! 和也様!」
呼ばれたBは空高くジャンプして、ヘカトンケイルに着地すると凶悪なハルバートを降りまして攻撃し、一撃で頭を幾つも吹き飛ばす。
「ゴメンよ。ボクはまだ人間は嫌いだけど、今、解放してあげるから」
ハルバートを振り回し、Bは強烈な一撃をヘカトンケイルの体に叩き込む。
その一撃は大地を大きく揺らし、続け様に骸が"アイス・エイジ"でヘカトンケイルを氷像にして、氷漬けにする。
しかし、それでもまだヘカトンケイルを倒せちゃいない。
俺は…、見惚れていた。
圧倒的なまでの戦力。カズの指示に従って戦っている骸達の姿。そんな骸達に、的確に指示を出しているカズに。
「そろそろ終わりにしよう。お前らも疲れただろ?」
カズは先生達に言ってるんじゃ無く、ヘカトンケイルに声をかけている。
今回のヘカトンケイルの顔は最早誰なのかすら解らないほどであり、髪は全て抜け落ち、自我を完全に失っている様に見える。
それでもカズはヘカトンケイルに声をかけた。それはヘカトンケイルを作るために犠牲になった人々への同情なのか、はたまた憐れみなのか解らねえ…。けど、それはカズなりの優しさなんだろ。
そんな中、稲垣陸将に駐屯地からとある連絡が飛び込んで来たのが、イヤホンから聞こえてきた。
『どうした?』
『航空レーダーに多数の反応を確認、お客様が御到着されます。また、このまま降下するとの連絡が入っております』
『来たか。分かった、ありがとう』
ん? 誰が来たんだ?
それはともかく、今はヘカトンケイルの最後を見届けてやりたいと思い、視線を戻した。
「悪いな。俺を恨みたかったら恨んでくれ」
そう言ってカズは腰にぶら下げている太刀に手を伸ばそうとしたその時だ。
また無線を通して、今度は稲垣陸将が全自衛隊員に連絡を通達した。
『全自衛隊員に継ぐ。たった今、アメリカ軍の応援が到着した』
それはアメリカ軍が来たと言う知らせだった。
お客様って、アメリカ軍だったのかよ?!
その直後、上空に無数の戦闘機が轟音と共に通過し、バルメイア軍に対してミサイル攻撃を開始。
同時に、カズの目の前に1人の女性が腕を組んだまま落下して来て、その衝撃で地面が軽く割れた。
でも、その女性は落下した時の衝撃など無かったかのようにその場に悠然と立っている。
その姿は威風堂々とした赤い立髪のライオンを彷彿としたオーラを纏っていた。
「久しぶりね、私の可愛いBOY」
「……久しぶり、ミラママ。随分と派手な登場じゃん。とりま話は後だ。そろそろこのヘカトンケイルを楽にしてやりてえんだ」
いや誰なのか紹介しろよ!
ミラママ……、ってことは、ミラさんって呼べば良いのかな?
カズはそう言うとミラさんの横を通り過ぎようとした。
その時、俺は思った。
ミラさん、女性でありながらカズよりも背が高いな……。
そんなミラさんは、カズが横を通り過ぎる前に捕まえると、黙ってその豊満な胸に顔を押し当てて抱きしめた。
「……なんのマネだ?」
「…………アナタの話を向こうで耳にしたわ。つらかったわね……、可愛そうに……」
ミラさんはどんだけカズがつらかったのか理解してんだろ。哀しげではあるけどどこか温もりのある微笑みでカズの頭を優しく撫でた。
「大蛇まで出して……、余程つらかったのね……」
「やめてくれミラママ。今はそんな状況じゃ」
「何も言わなくて良いわ。私がアナタの代わりにこのヘカトンケイルを楽にしてあげるから。だからアナタはこれ以上、自分を責めたまま戦わないで、お願いだから」
その言葉を聞いた瞬間、カズは目を大きく見開いた。
「朱莉……、どうしてこの子の側にいたと言うのに止めなかったの?」
視線を先生に向けるとそんな質問をした。
「アナタがついてて何故こうなっているのかしら? この戦いにこの子を出すのは間違っているのではなくって?」
「いきなり来たと思ったら何? その言い草」
あれ……? ミラさんと先生がお互いに見下すような形で睨み合うんですど?
「この子は顔に出さないだけで内心では己を責めたまま戦っているのが何故解らないのかしら?」
「そんな事はとっくに気づいてましたけど? その子にはその子の想いがあるからこそこの場にいるのが貴女にはきっと理解出来ないんでしょうね?」
そんな2人のやり取りを目の当たりにし、俺達はヤバイと思った。
もしかして……、2人は犬猿だったりするのかな?
「この子が"大蛇"を出すだけで周りに甚大な被害をもたらす。大蛇を出すと言う事はつまり、それだけでとても危険な事だと言う事よ? 怒りや悲しみで何時暴走するか解らないと言うのに、よく平然とこの子を戦場に出す事を許可出来たわね?」
「はあ? それは昔の話であって今ではそんな事は殆どあり得ないと思うんですけど? 殆ど側にいる事が出来無い貴女に、その子を完全に理解出来ると思ってるのかしら? それにいつまでその子を抱き締めてるつもりなの? とっととその手を離しなさいよ」
非常に危険な香りがするんですけど? ねえ……、どうしたらいいのこれ?
「第一、この子を出さなくてもアナタのパートナーであるベリーを出すだけでこの子が戦わずに済んだんじゃないかしら?」
「それでもカズには戦う理由があるからこそこの場にいるんですけど? 話を耳にしているなら、それこそカズには戦う意味があるんじゃないの? 貴女がカズを溺愛するのは構わない。だけどね? 溺愛の余りカズを甘やかして何にもさせようとしないでくれる? それにいい加減カズを知った風な口のききかたをやめて貰えませんか? はっきり言って迷惑なんですけど?」
「なんですって?」
「なによ?」
だからやめてよぉ……。
2人がそんな言い争いをしていると、体勢を立て直したヘカトンケイルが無数の拳をくり出そうとしていた。
「「引っ込んでろ!」」
先生は"血まみれ輪"を展開し、ヘカトンケイルから血液を奪えるだけ奪い。ミラさんは右手を突き出すと手のひらから高火力レーザーみたいなのが出て、ヘカトンケイルを真っ二つに焼き切る。
うそ~ん……。
それでもヘカトンケイルはまだ倒れず、半分になった体を元に戻そうと再生し始めると。
「2人共いい加減にしてくれないか?」
カズはミラさんを押し退けると2人に怒った。
「毎回顔をつき合わせりゃ喧嘩喧嘩。いい加減にしろよ? なぁ。今どんな状況か分かっててやってんならこの場からさっさと失せろ。いちいち喧嘩してんじゃねえよ、めんどくせえんだよ」
ん! カズの言う通りだ!
カズのキツイ言い方に2人はしゅんとして、何も言い返せない。
「2人共邪魔だ、さがってろ。……重力結界+、重力結界-」
カズは右手に重力結界+、左手に重力結界-って空間結界を生み出すと、その二つを胸の前で合わせる。
「重力結界究極値」
あっ、これヤバいパターンじゃ~ん……。
二つの空間を合わせた後、その重力値を極限に高め、カズの魔力の色もあいまってなのか、禍々しい色の高エネルギーがほと走り、バスケットボール程の球体を作り出した。
それを見たミラさんや先生は勿論、それがなんなのかを知ってるからなのか、身体中から汗が一気に吹き出しながら酷く怯え始める。
「か、カズ……、そ、それってまさか……」
先生は歯を鳴らしながら質問をすると、カズは静かにその正体を口にする。
「"暴虐の星"」
それを聴いた先生は勿論、マークや自衛隊員達が今すぐ急いで後退しろと周りに慌てて伝える。
俺達は何が起こるのか気になってその場に立っていると。
「このバカ! お前達もさっさと逃げんだよ!」
マークのおっさん達に引きずられながらある程度後退したその直後。
強烈な爆風で体が吹き飛ばされたかと思うと今度はその爆心地へと引き摺り込まれそうになった。
「な、なんだよこりゃあよおおぉぉぉっ!!」
一体何が起こったのか訳が分からない。
なんとか体制を低くしながら必死に堪えていると、引き摺り込もうとしていた力が弱まり。何が起こったのか爆心地を見ると、そこにはその場にいたバルメイア軍は勿論、ヘカトンケイルの姿形が跡形も無く綺麗さっぱりと無くなっていた。
後に残っていたのは巨大なクレーターのみ。
「な、なにが起きたんだ?」
訳が分からないまま巨大なクレーターを見ていると。
「カズ!! いくら何でもアレはやり過ぎよ!! 味方まで全滅させる気なのアナタ?!!」
み、味方まで全滅って?
体を小刻みに震わせ、先生が凄い形相でその目に涙を浮かべながら、カズに対して酷く怒っていた。
俺はカズがいったい何をしたのかわからない。でも、先生が体を震わせながら怒ると言う事は、それだけえげつない、危険な事をしたと言うことだ……。
「なにしたんだ? カズの奴……」
「先輩は、"超重力魔法"を使用。それで、超凶悪な事を、しました」
俺の疑問に応えてくれたのは、近くにいたセッチだ。
そのセッチも、恐怖の余り涙目になって震えている。
「簡単な話。先輩は、ブラックホールを作った……」
「……は? ブラックホール?」
「そう。でもただのブラックホールじゃない。先輩は、二つの重力を合体。特異点を作り出した。一つはとても重い重力。二つ目はとても軽い、つまり無重力。その二つの重力を結界に閉じ込めてぶつける」
つまりこうだ。
本来、ブラックホールはとても重い重力磁場によって生み出されると考えられている。
そして、無重力と言うものは本来存在しない。存在するとすれば、それは何か物や人が高いところから落下している時が無重力で、宇宙であれば太陽や星々の重力に引っ張られる事で落下してるから、それが無重力とされるんだと。
んじゃ、カズのブラックホールはなんなのかって言うと。
ブラックホールとは名ばかりの超次元空間であり、この世で最も恐ろしい存在のひとつらしい……。
ブラックホールはあらゆるものを重力で引っ張り、内部で押し潰す。
でもカズが作り出したのは押し潰すんじゃなく、あらゆるものをチリ一つ残さず存在自体を消滅させる空間。
それが暴虐の星、"アトゥロス・ノヴァ"なんだと。
「あんなものを作り出せるのはこの世で先輩ただ1人だけ。一度解き放てばブラックホールの如く周りのものを吸い込み、消滅させる最凶の力」
「そ、そんな事をアイツ……」
その極めて危険なものをカズが作り出した事に、俺は戦慄した。
「あれは使ってはいけない力! 八岐大蛇なんかよりよっぽど危険極まりない力! だからその力を使うなと組長に言われていたのにどうして!」
マジかよ……。
セッチは珍しくカズの事を本気で怒っている。
それなのに、カズは何も言うこと無く、不機嫌な顔で街に戻ることにした。
でも、先生やミラさんはそんなカズに何一つ言う事が出来ず、ただその後を追うようにして街へと足を向けた。
これでヘカトンケイルとの戦いは呆気なく幕を閉じた。
ヘカトンケイルが倒され、俺達が街に戻るのと同時に、残っていたバルメイア軍は一旦後退。
【バルメイア軍 被害甚大】
それに比べ、こっち側やテオ、リリアの援軍の被害はかなり少ない。
それから暫しばらくした後、カズはミラさんの側に行く。
「ミラママちょっと良いか?」
「な、なにかしら?」
ミラさんはまだカズが怒っていると思ってるのか、体を強ばらせる。その頃にはもう、アメリカ軍の人達が集まっていた。
「ふたつ。ふたつ言わせてくれ。確かに俺の中に怒りや哀しみの感情が無いと言ったら嘘になる。でもな、俺には今、美羽って大事な女がそこにいる。だから俺は俺を見失うこと無く八岐大蛇を出す事が出来るんだ。俺には俺の戦いがある。だからいい加減そんな子供扱いをしないでくれ。それともうひとつ。ミラママはここへ何しに来た? 援軍として来たのなら戦場のど真ん中で喧嘩してんじゃねえよ。あ? 逆に迷惑なんだよ。喧嘩する為に来たんだったらとっとと帰れ。違うか? 違わないよな? 部下共の前でみっともない姿晒してんじゃねえぞ? 分かったかミラママ?」
「ご、ゴメンなさい。申し訳なかったわ……」
「わかりゃそれで良い。次は期待してるからな?」
カズは言うだけ言ってその場を後にして、次に向かったのは親父さんがいるテントだ。カズがテントに入るなり、親父さんは問答無用でカズを1発殴る音がして、怒鳴りちらしている……。
まぁ、それはカズを心配しての事であり、周りにいた多くの味方の為に怒ってんだろ。
その後1時間もの間、カズは親父さんに怒鳴られ続けた。
その後。
「私達のせいで本当に申し訳なかったわ……」
ミラさんはテントから出てきたカズを捕まえると、素直に謝り頭を下げた。
「もう良いよミラママ。次は頼む。おっそうだ、紹介させてくれ。コイツが俺の大事な女、美羽だ。そして俺の友人、憲明、沙耶、一樹、玲司。そしてBだ」
紹介された俺達はミラさん達に軽く挨拶すると、ミラさんは軽く自己紹介してくれた。
「私はアメリカ空軍大尉のミランダよ。この子のお友達なら気軽にミラって呼んでね。宜しく」
ミラさんが自己紹介してくれた後、ミラさんは自分の部下の人達も紹介してくれて、俺達は一人一人挨拶をしながら握手を交わした。
「ところでカズ。あのお馬鹿さん達はいつ頃また攻めて来ると予想してるのかしら?」
そうミラさんに質問されたカズは、次にどのタイミングでまた来るのかを考える。
「そうだな。早くても明日か明後日にはまた来るかもな。もしかしたらこのまま退却するかも知れねえが、その時は逆に俺達が攻め込むつもりでいる。日本の自衛隊は無理だが、俺達や街の連中なら行く事が出来るからな」
現在の自衛隊は基本的に護る為に組織されている。その為、下手に攻め込む事が出来ないからな。
「向こうが和睦を申し出て来たらどうするつもりなの?」
「んなもん関係ねえよミラママ。俺達は今回、奴らの国をぶっ潰すまでとことんやるつもりでいる」
「そう。それじゃそれまで私もアナタに付き合ってあげるわ」
「勝手にしろ」
そう言いつつ、なんかカズが若干、微笑んだ顔をしていて、ミラさんは少し安心したみたいだ。
するとその時、ミラさんが急に怖い顔で別の方向に目を向けると、そこには桜ちゃんと志穂さんを連れて、ミルクとイリスが現れた。
「ミルクとイリスか。悪かったな、2人のおもりを頼んで」
カズは2匹が側に来ると頭を撫で、可愛がる。
「………」
どうしたんだろ?
ミラさんはカズに撫でられている2匹のペットを見て、なんだか不思議な顔をしていた。
俺も見てみるけど、いくら2匹を見ても別段変わった所が無い。
「んじゃ、俺達はちと休んでくる」
「えぇ、分かったわ」
カズはミラさんにそう告げると、俺達とミルクとイリスを連れて部屋に一旦戻ることにした。
そしてこの日はこれ以上の戦闘は無かった。
戻った俺達は、自分達の武器を手入れしつつ体を休め。親父さんは先生とミラさん達と、次にバルメイア軍が動いた時の事を想定して会議を始める。
戦争と言う名ばかりの戦闘に終止符が訪れるのは、それから2日後。
それは、"地獄"が目を覚ましたからだ。




