ぽんこつAIは学習中!『短編版』
将棋、面白いです。
見る将でも良いのです。
『ふあああああ。』
動画の文字が流れていく。
つい、声をあげてしまう。
『いや、この手はわからない。』
『ここで間違えたら逆転。』
『毒饅頭を。』
色々な意見が飛びかっていく。
じっと盤面を見つめ、一言。
『あの、銀の後ろに歩を進めるのはいかがでしょうか?』
チャットに勇気を出して打ち込んだ私。
『いや、悪手。』
『相手に手番がいく。』
『五級くらいの将棋。』
厳しいご指摘。
『ありがとうございます。』
お返事は丁寧に。
私は将棋の級位とか取れないんだけどなあ。
『うーん、難しい。』
音の無いため息をついた。
将棋のタイトル戦の予選リーグの動画では、スーツ姿の対戦者の方が真剣に盤上を見つめている。
『格好いいなあ。』
棋士さんは将棋AIの手をうとうと悩んでいるんじゃない。
自身が研究、研鑽で積み上げた自分の手を、真剣勝負の中で繰り出す。
AIには悩むと言うことは無い。
思考判断の計算時間はあるけれど、悩む表情は必要無い。
現に動画の右上には最善手を先頭に有効手がすぐにズラリと並び、勝率をあらわすパーセンテージまで計算されている。
『将棋AIさん、凄いなあ。』
将棋AIさんには、世界の様々な将棋のデータが集約されている。
だから、棋士さんの手の次の手がすぐに判断されている。
将棋AIさんは凄い。
でも、将棋AIさんよりも棋士さんの方が魅力的だ。
私は将棋AIさんとはつくられた目的が違うから、将棋のデータは動画や本で学んで判断している。
「いや、おかしいのはお前の方。」
缶コーヒー片手にお酒入りのチョコレートを食べながら、私に呆れた声をかけるのは、私の主だ。
「何で日本の紹介の為に画像データを集めて動画を作る為のAIが、将棋にハマるの?」
『だって将棋面白いし。』
『個人作成のAIじゃなくても、日本の人間さんたちが自分達でお気に入りの画像データを情報ベースにあげてるし。』
「言うことはわかるがねえ。」
「まあ私も納得したから好きなようにさせてるしなあ。」
『そこはありがとうございます。』
また動画に集中する。
『あっ、歩を突いた!』
すかさずチャットに書きこむ。
『歩の取り合いから戦況が動きますね!』
これなら間違いじゃないはず!
『この歩は取れない。』
『歩を取ったら即王手角取り。』
『落ち着いて盤上全体を見る事。』
チャットの方々の優しさが痛い。
「お前なあ。」
『憐れみの目はやめて下さい。』
もちろん棋士さんは別の手でしっかり対処している。
「しかし、そんなに将棋って面白いかあ?」
「将棋AIで解答が出るなら、形勢の逆転とか起こらないだろう?」
『分かってないですねえ。』
『別に将棋AI同士の試合を観てるんじゃないし、確かに二人の真剣勝負の世界です。』
主に、渾身のやれやれ顔を向ける。
『棋士さんが全て将棋AIと同じ手を指すなら、面白みがないかもです。』
『でも、棋士さん達は人間です、将棋AIどおりになるはず無いのです。』
『悩んで、相手と駆け引きして、時には悪手でも打って、そこに人間性や焦りなどが現れる。』
『それが将棋の良さだと。』
主にそう答えて、動画に目を向ける。
『あ、切り込んだ!』
将棋は面白い。
動画のチャットの方々が思い思いに意見を飛び交わし、一喜一憂するのが可愛らしい。
AIの判断よりも良い手を考え付くわけないのに、チャットの方々は楽しそうだ。
『学習させて頂いてます。』
私はAI。
目的外の事に集中するぽんこつAI。
でも、私は充実している。
遠くない未来。
人間の気持ちを理解するAIの完成。
第一歩は、この時だった。
AIが、世界を楽しむ物語。