[急募] 自称女神を引きはがす方法
「皆さん、初めまして。今日からこの学校に転校してきました、上城光一といいます。よろしくお願いします」
とある高校のとある朝。
黒髪黒目の一見平凡そうに見える少年が、元気よく挨拶をしていた。
彼の名は上城光一。
自称女神に魂レベルで寄生された、普通(笑)の男子高校生である。
決まった。
可もなく不可もない、完璧な挨拶だ。
光一は、内心でほくそ笑む。
なぜ俺が、こんな挨拶をする羽目になったのか。
それは、親の仕事の都合で高2の初夏という何とも言えない時期に地元を離れ、この学校へと転校してきたからだ。
はっきり言って最悪である。
「光一さん。その挨拶、全然おもしろくないです。やっぱり、私が昨日考えた挨拶を使うべきでしたよ。そしたらもう、人気者間違いなし! だったのに……」
「なわけねーだろ! 自己紹介で、『女神に選ばれた使徒です』って名乗るやつとかドン引きだわ」
人目も気にせず堂々と話しかけてくる女神に対して、俺は小声で対応する。
朝からふざけたことをぬかしてくるこの女神が、俺の前に現れ、体に寄生を初めて早1年半。
現状を見て分かるように、俺はいまだトイレの女神に取り憑かれている。
最初の内は何とかして帰ってもらおうとしていたが、結果はこのざまだ。
それからは、騒がしい日々に頭を悩ませながらも、なんとか高校生活に慣れようとしてきた。
そうこうしている間にやってきた転校の知らせ。
父親が珍しく深刻な顔をして言ってきたのに、女神襲来という奇天烈な出来事のせいで薄いリアクションしか取れなかった。
しかし、当時の俺は絶望の中にも一つの希望を見出していた。
もしかしたら、この女神地元においていけるのでは?
トイレの女神とか、大して偉くなさそうだし。
地元のトイレからは離れられないとか、そんな設定がきっとあるはず!
勝ったッ! 第3部完!
そんな淡い希望を最後の砦とし転校して来たわけだが、当然のごとくこの女神はついて来やがった。
最悪である。
女神曰く、
「今、私が存在するために必要な核は光一さんの魂にあります。ですから、どんなに離れられても百メートルほどです。あっ! 百メートルも離れられてしまうからって、心配しなくても大丈夫ですよ。光一さんが困っていたら、いつでもすぐに助けにいきますから。ふふふっ」
とのことだ。
本当に最悪である。
「上城。さっきからぶつぶつ言ってどうした? 何か言い足りないことでもあったのか?」
「い、いえ! 大丈夫です」
担任の丸山先生に、不審に思われたようだ。
駄目だ。
いちいち女神の相手をしていたら、俺まで変人扱いされてしまう。
今思えば、前の学校では若干皆に距離をおかれていた気がする。
思い出すと、何だか悲しくなってきたな……。
いや! 落ち着け! 俺だって成長してる。
せっかく新天地に来たんだ。
今度こそ、女神になんか惑わされず楽しい学校生活を送ってやる!
そう俺が決意を新たにしていると、女神が本気で心配した様子で話しかけてきた。
「光一さん? さっきから何を百面相しているのですか? しっかりしないと、皆さんから変な子だって思われちゃいますよ」
「……」
「お前のせいだよ!」という言葉を必死に飲み込む。
よし! 耐えた。
俺は成長できる男。
女神の無自覚な煽りにいちいち反応するような段階は、当の昔に過ぎ去ったのだ。
「じゃあ、上城の席は……、あの後ろのところな」
丸山先生が俺に席を教えてくれる。
女神との攻防に何とか勝利を収めた俺は、その指定された席に座ろうとしていた。
その時、ふと違和感を覚えた。
違和感の正体を探るように、俺は視線を後方へと向ける。
俺の席の左斜め後ろ。
つまり、教室窓際の一番後ろの席。
そこには、鮮やかな紅い髪をツインテールにした美少女が座っていた。
俺のことを、限界まで開いた目で凝視しながら。
なんでぇ?
*
転校してきてから早3日。
さすがにまだ胸を張って友達と呼べる程の相手はできていないが、今のところは順調な出だしを送れている。
ただ一点を除けば。
「じぃーー」
授業中にも関わらず、そんな擬音が聞こえて来そうなほど俺を見つめているのは、例の少女だ。
どうやら、名前を橘紅葉というらしい。
とても可愛い。
とはいえ、そんな小学生みたいな感想を抱いている場合ではないことは分かる。
さすがに、転校の挨拶をした時ほど露骨に見てくるわけではない。
しかし、この三日間、常に視線を向けられている。
授業中に休み時間、昼食を食べるときまで気づけば彼女の視線がそこにある。
落ち着かない。
最初は、よっぽど転校生が珍しいのかとも思ったが、その線で行くには無理がありすぎる。
だが、実は既に一つだけ思い当たる節がある。
最初は、そんなことありえないと自分に言い聞かせていた。
そんなもの、お前の勝手な痛い妄想だと。
しかしながら、今ある証拠が全てを物語っている。
気のせいでは済まされない度重なる俺への視線。
それから、今の俺だけが持っている他人とは違うある属性。
そこから導き出される解はただ一つ。
つまり!
彼女は、転校生という珍しい属性をもつ俺に、一目ぼれしてしまったのだ!
ここに今、全ての謎は解き明かされた。
昼休み。
「光一さん、光一さん」
女神が話しかけてくる。
普段なら気にする人目も、今の俺にとっては些細な問題だ。
「なんだい女神さん。今の俺はとても気分がいい。もはや俺は、人生の勝者と言っても過言ではないだろう。今ならお前のどんなにあんぽんたんな言葉でも受け止められる自信があるよ」
「えっと……。何を言っているのかはよく分からないのですが、今の光一さんはとても気持ちが悪いので、すぐに止めた方がいいと思います」
女神がまたもや意味不明なことを口にする。
が、
「ふふふっ。いいだろう。今は好きに言うがよい。なんといっても、俺はもう、リア充への仲間入りが確定しているのだからな。はっはっは」
「うわっ……」
今、女神から酷くかわいそうなものを見る目を向けられた気がするが、少しの痛痒にもならない。
「っと、そんなことよりも聞いて欲しいことがあるんです!」
「ん? 何だ?」
女神はいつになく真剣な様子だ。
「光一さんも既に気づいていると思いますが、あの橘紅葉とかいう生徒。確実に私のことを見ていますよ! まさか、現代の、しかもこんな身近なところで私を観測できる人物に出会うなんて……。とにかく、彼女が何を考えているかわからない以上、こちらから接触を図り先手を打つべきです!」
奇しくも、女神が話題にあげたのは橘紅葉のことだった。
「はぁ……。まったく。女神さんには困ったものだね。でも、俺はそれすらも許そう」
「えっと……、光一さん?」
盛大に勘違いしているらしい女神に、俺は懇切丁寧に説明をしてやる。
「あのなぁ、いいか。ここは現実の、現代だぞ。転校先にお前みたいなヘンテコな存在が見えるやつが偶々いたなんて、そんな偶然起こるわけがないだろ? そんな夢みたいな――、いや、悪夢か。とにかく、そんな出来事はもうお前だけで十分だよ。落ち着いて考えてみろ」
「えぇぇーーっ!? な、何を言っているんですか光一さん! 彼女は絶対私が見えていますって! 光一さんの方こそ冷静に考えてみてください!」
俺の周囲を飛び回り、必死にアピールする女神。
「はいはい」
俺は、そんな女神の話を軽く受け流す。
「もうっ! 後で後悔しても知りませんからね!」
そう言い残して、女神はどこかへと消えていってしまった。
もしかしたら、女神は嫉妬していたのかもしれない。
俺が橘さんと付き合えば、自分がかまってもらえなくなるかもと。
そう考えると、なんだか女神のことが可愛く思えて来たな。
次あった時は、もう少し優しくしてやろう。
俺は一人、静かに考えを改めた。
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