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デュアル・ワールド=ファンタジア  作者: 遠野夜空
第1alt.章 厭世に塗れたプレリュード
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第1alt.章 β 交易都市トリシュテット

            第1alt.章  β

          交易都市トリシュテット



 かつて世界には極めて排他的且つ選民的な人種による隔たり(枠組み)しか存在しなかった。

 即ち国家体系がなかった。故に国境と呼べるものもなく、境界は極めて曖昧かつ漠然としており、その周辺では常に争いが絶えなかった。

 太古より続く人種間の戦争の歴史、それに終止符を打ったのはどういう因果か、人種カースト最底辺に位置し、誰も歯牙に留めたことのなかった劣等種、人間種であった。

 しかし人間種が科学という概念を打ち立てた時点では、誰も彼らを脅威として認識しておらず、科学を児戯程度としか捉えていなかったであろう。

 世界が人間種を脅威として認識したのは、彼らの神が死んだ、その事実を知った瞬間である。

 その事実は瞬く間に世界へと広がり、世界に激震を走らせた。

 人間種という世界の敵が出現したことにより、皮肉的にも世界秩序の礎が築かれて行った。

 人間種と亜人種に二元化された人類間の対立は、遂に世界大戦を引き起こすに至った。

 三度に亘る大戦の果て、殺戮の応酬と犠牲の量産の末に、亜人種は勝利をもぎ取り、人間種を地上から追放した。


 ——かくして世界は転換期を通過し、我々亜人種もとい地上人類は、憎悪という螺旋の檻から解き放たれた。

   けれども物語は終わらない。世界大戦終結は一つの区切りに過ぎない。世界は尚も前進を続けている。

   けれど、いやだからこそどんな物語にも必ず終わりはある。それは世界も例外ではない。

   だからきっと万人にとってのハッピーエンドは不可能だろう。

   対して個人の物語ならばハッピーエンドは体現可能だ。世界に平和が訪れた今こそ、個々人が生き方を問い直し、生活の質を定義し直すべきであろう。生きがい、生活の質こそ、現代の至上命題である。


 ——大戦期に植えられた世界秩序の種は芽吹き、すくすくと成長を続けている。しかし生憎、この新芽に魔法はかけられない。成長促進も成長加速も意味を成さない。だがしかしこれで良い、いやこれが良いのだろう。

   急いては事を仕損ずる、急がば回れ、ローマは1日にしてならずとも言うが、何より魔法が施された花よりも、自然が育んだ花の方が格段に美しい。


 ——大戦期に降り注いだ血の雨は、世界秩序という種にとって恵みの雨であった。

   誤解を恐れず言うが、世界大戦は人類にとって必要な通過点だったと、私は考える。これを経て我々は人間種という害悪を追放するに至ったからだ。

   とどのつまり、世界大戦は人類という大樹の剪定の儀であったのだ。


 ——転換期は既に通過したとレベエマンは述べたが、彼の考えと私のそれにはどうにも齟齬があるらしい。

   人間種打倒という共通目的を失った現代こそ、停滞と怠惰が最も危惧される時代である。

   転換期はまだ終わってなどいない。隣人愛? 生きがい? そんなものは二の次だ。いつまで終わったことについて悠長に語っている。お前達は物書きか何かなのか? 夢想なら他所でやれ。

   人間の脅威などとうに過ぎ去った。我々が今議論すべきは国際情勢である。ただでさえ帝国と自由国の後ろを歩いているというのに、これ以上の遅れは許されん。

   世界秩序などという曖昧な表現はよせ。戦火を交える戦争など二世紀も昔に終わったのだ! 戦争に取って代わる存在、それが外交だ!



「チッ……」


 壁新聞上で展開される議論や主張を見て、ふざけやがって、と言わんばかりに小さく舌打ちする。

 夕暮れが近いってのもあり無駄に往来の多い大通りに、オレはいた。


 地上から人間種が追放され、そして新たな人種《隷人種》が生まれてから約2世紀。

 世界大戦終結から200年近く経つってのに、連中は尚も人間種について熱く語り、冷たく非難する。

 人間種は根絶されたわけじゃない。地上から追放されただけだ。だから今も人間種の脅威を主張する奴は一定層いるし、戦争の凄惨さや武勇を語る奴もいる。

 だが、人間種は2世紀も昔に敗けた過去の存在だ、そんなカビの生えた敗残人種なんて放っておけ、というのが多数派の意見、つまりは世論だ。

 人種間の寿命の差が、その温度差の正体なんだろう。


 クソみてえな話だ。人間種の血が混じった者は否応なく、有無を言わせず《隷人種》の身となる。

 娼婦の子だろうと強姦で生まれた子だろうと関係ない。血が混じっていること自体が問題なんだ。絶対隷従の烙印を押され、人権を剥奪される。

 例えば——


「あっ……! すみま……ってなんだ隷人種かよ。退けよ汚らしい。邪魔だ」


 こんなだ。これがオレ達《隷人種》の扱いだ。これがオレ達《隷人種》の現実だ。

 オレは一見するとエルフだが、耳が尖ってはいても長くねえ。その時点でハーフエルフであることが確定する。

 烙印は前髪だの服だので隠せるが、外見は隠せねえ。ついでに言えば、片耳が欠けてる傷ものだ。

 偉大なるクソ主様が言うには、去勢の証なんだとか。つまりオレは、女の機能が欠落した正真正銘の不良品ってわけだ。

 本ッ当に、掃き溜めみたいな世界だ。《隷人種》の人権が認められていないのは、なにもこの連邦だけの話じゃない。

 人権無き奴隷の身分、それが《隷人種》の国際的立ち位置。だからどこに逃げたって変わらない。それこそ天空にでも行かねえ限り。

 ぶつかって来た獣人に深く深く深く深く頭を下げた後、踵を返す。


「つっても、連中も籠ん中の鳥みてえなもんか……。命綱亜人に握られてんだからな。飼われてんのは変わらねえな」


 人間種もとい隷人種への迫害は今も続いている。

 連邦議会が強姦や乱暴、暴力を禁止するのも治安維持の為。

 親衛軍も公衆の面前で堂々とやってでもない限り止めねえ。

 人権がねえんだ。倫理観の外にいる。家畜が殺されたり傷付けられたりして裁かれんのは、倫理観云々の話じゃなく他人の所有物だからだ。

 奴隷も変わらねえ。むしろ扱いは家畜より酷い。

 存在が否定され、感情も否定される。笑うことも泣くことも許されねえ。人権がないから、人類じゃないから。

 隷人種という新たな括り。既存の言葉じゃ人の形をしている物を形容できなかったから、そんな造語を作った。


 こんな世界滅んじまえば良い。何度そう思ったか。

 けどオレには、それを実行するだけの原動力がない。何もかもが欠落して強奪されて、全てがどうでも良くなった。

 掃除をして、道楽で痛め付けられ、それが終わったら食材を買いに行き、飯を作り、夜はあの野郎の部屋に行く。

 それを毎日繰り返す。

 人生ってのは謳歌するものでも彩るものでもない。消費するもんだ。


「にしても、なんか今日物騒じゃないか?」


 そんな声が耳に留まり、足を止める。

 確かに、言われてみればそうだ。


 この街は自由国と王国との三国国境?とやらに当たるらしい。だから交易都市としてわりかし栄えてる。

 だがその分、治安が悪い。密入国者や闇商人、奴隷商人や賊が多くいる。

 多少の事件やトラブルは日常茶飯事だが、この治安維持部隊と国境部隊の数と空気……少し事情が違うらしい。


 治安維持部隊とは親衛軍を構成する軍隊の一つだ。名の通り連邦の治安を維持する為の軍隊。

 そして国境部隊ってのは国境軍のことだ。字面通り国境を守護する番人の集まりみてえなもんだが、金を積めば極悪人だろうと聖人だろうと隷人種だろうと関係なく見逃す。

 治安維持部隊も、罪人を取り締まったり混乱や事件を鎮静するのが仕事だが、連中のお仕事は事件やトラブルの解決じゃなく鎮静だ。消極しか知らねえ。

 そんな烏合の衆共が、今日はどうも殺気立っている。

 通りを往来する連中も最初は、仕事熱心なことだ、なんて感心してたが今じゃ訝しげに軍人共を見ている。


 オレもそれを見ていると、「退け奴隷。邪魔なんだよ」と言われ押し除けられる。

 転かした挙句、追撃に蹴り入れて来やがった。


 服に付いた土を払いながら立ち上がると、ザワッ! と通りの喧騒が2つに割れた。

 連中が道を開けたその様は、モーセの海割りとやらを思わせた。


「戦略軍が、なんで此処に——」

「国際情勢が不安定なのって、やっぱり本当なのかしら……」

「な、そこまで深刻化してるなんて聞いてないぞ」

「新聞でも散々言ってただろ? 水面下でバチバチにやり合ってるって」

「また殺し合うのか……」

「パパ!! 騎士だよ!! カァックィ〜!!」

「シッ! 良い子だから静かにしなさい!」


 場違いなガキの声もちらほら聞こえるが、大体は不安の声だ。

 動揺の波が広がっていくのが分かる。

 交易都市っつってもこんな辺境に戦略軍が来るのは珍しい。てかあり得ない。それこそ連中が危惧するように、戦争が始まりでもしねえ限り。


「密入国者か?」

「それなら国境部隊で事足りるわよ。戦略軍が来る理由にはならないわ」

「じゃ、やっぱり戦争か? まさかもう既に始まってるなんてことは……」

「滅多なこと言うんじゃねえよ。戦争は終わったんだ。あんなのはもう繰り返されねえし、繰り返されちゃいけねんだ」

「ならこの状況をどう説明するのよ」

「知らねえよ。自分で考えるか訊けよ」


 戦略軍を構成すんのは第二級聖遺物を有する騎士共だ。そんな連中がンな辺境に、それも国境付近に来るなんて、物々しい以外の何だってんだ。連中が騒ぐのも無理はねえ。

 遠目から見れば、これは凱旋さながらだろう。

 だが連中の眼に宿ってんのは憧憬だの尊敬だのじゃなく畏怖と不安だ。

 騎士連中も、随分とやつれてんな。焦燥感に駆られるその表情が、尋常ではないことを物語っている。


「……ま、関係ねえか」


 下らねえ、と顔を背け買い出しを再開せんと路地裏につま先を向けた。


 ……こういうどさくさに紛れて雄共は路地裏で性欲を発散する。

 だからこういう時、近道はマジの悪路に変わる。

 汚物と汚臭、悲鳴と哄笑が入り混じり、ボロ雑巾と化した廃人の転がる路地裏。んなとこ通るくらいなら、死んだ方が幾分マシだ。

 面倒臭えが、普通に向かうか——


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