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デュアル・ワールド=ファンタジア  作者: 遠野夜空
第一章 愛欲に濡れたプレリュード
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第一章 XVII 契約の儀

           第一章 XVII

            契約の儀



 15,000からスタートした残酷且つ過酷な生存競争。

 四度にも亘って篩にかけられ、他人を、或いは知人や友人を、ひいては恋人を蹴落とし殺してでも必死にしがみつき、死ぬ思いで獲得した生存権。

 それをただ享受しただけの人間が同じ場所に立っていれば、一体何を思うだろうか。

 憎悪? 嫉妬? 不満? 怒り? 敵愾心? 猜疑心? 不条理?

 いいや。確かにそれらもあるだろうが、含有率はそう高くない。

 彼らが抱くは殺意である。義憤ではない。ただ純然たる殺意。許せないのだ。断じて許してはならないのだ。その存在を拒絶せずにはいられないのだ。

 自分に向けられる煮えたぎるような殺意を、彼は肌で感じていた。

 痛覚として感じられる程の激情が自分を刺して来る。

 内からも外からも憎悪され、嫌悪され、否定される。存在自体が拒まれる。

 彼の味方は現世のどこを探してもいない。せめて彼自身が彼の味方でいられればまだ救われたかもしれないが、今の彼にそれは不可能だ。心底に根を生やした真っ黒い花が、炉から生まれた正のエネルギーを全て吸い取り、代わりに負のエネルギーを放出している。

 そして更に、神を自称する白衣の男から13人の内12人を選び、余った一人は例外なく死ぬことを告げられた。

 言われる前から察していた事実ではあったが、それが確定されると彼への負の感情は一層強まった。

 その様子から、彼自身に生きる意思がないことがまざまざと感じられて、殺意が掻き立てられる。

 誰も手を出したりしないのが不思議なくらいであるが、それは神を名乗る男に依る所が大きい。その男の神秘性、神聖さは暗黙に暴力を禁じる程のものだったからだ。


 契約の儀が行われる場所は、言ってみれば単なる丘だった。通路に隣接し、ポツンと頭蓋が一つ転がっているだけの丘。その脇には何故か晩餐会で使われるような長テーブルが置かれている。

 豪華絢爛な聖堂などをイメージしていたがしかし、実際はそれと180度逆の場所。

 されど人工の神はそこを約束の舞台と称する。


 契約の儀は、此処に開式した———


 これまでは現実と遜色のない、いや現実をも凌駕する程の現実感を擁していた電脳世界。

 だが、最後の舞台はさながら御伽噺のようだった。フィクションの中に入り込んだかのような幻想感。五感を刺激する臨場感がそれを補完することで、まるで異世界にやって来たかの如き心地になる。

 しかし生への執着が、彼らを現実へと引き戻した。

 最後の一人にまで残れば、これまでの全てが水泡に帰すばかりか、字義通り全てが終わる。

 贖罪だの償いだのはどうでも良い。彼らはひたすらに生き残ることを願い、祈った。生存権を獲得すべくしゃにむに戦い続けた。

 罪の意識に押し潰された人間、廃人と化した人間、狂人に堕ちた人間、泣き喚く人間、命乞いをする人間、断末魔を上げる人間、死に行く人間……そんな姿を横目に、垂らされた12本の糸、その内どれかを掴むべく走り続けた。

 戦場を駆け抜け、戦場から敗走し、生存本能に突き動かされた彼らは、言葉通りの死ぬ思いをして、此処まで生き残った。

 そんな彼らが報われたいと願うのは至極正当なことだ。最後の最後に、敵でもなければ他人でもなく、知人でも友人でも親友でも恋人でも愛人でも想い人でもない、そもそも人ですらない、出来レースという悍ましいシステムに殺されるのだけは嫌だと思うのは、至極当たり前なことだ。


 ——そしてまず最初に報われたのは、菫のように鮮やかな紫髪の容姿端麗な少女だった。

 そんな彼女を選んだのは、泣き黒子を持つ端正な顔つきの色男だ。

 タキシードを身に纏ったその男の風貌は、とても《天使》のそれとは思えなかった。だがしかし、紳士的であることは間違いない。同時に、好色家であることも疑いようがない。


「麗しき戦乙女よ。どうか貴女と命を共にする資格を、私に与えてはくれないだろうか」


 左膝を立て、右膝を地に付けた色男は少女に向けて手を差し出した。

 うげぇ……と《天使》の内一人である少年が舌を出し、内一人の男は書き書き……とメモを取り、更に内一人の幼女はそれに目を輝かせ、その他の者は慣れたものだと一蹴する中、少女は差し出された手に、その華奢な手を乗せた。


「喜んで」


 契約は此処に交わされた。これより彼女の運命は彼と共にあり、彼の運命もまた彼女と共にある。つまり、彼女と彼は利害や協力、異性を超え真正の比翼となる。

 古き神に依る従来の契約でなく、人の手で創りし神による新たな契約。これこそが新約だ。


 手が触れ合った直後、2人の仮初の体は眩い光子と化し、天へと昇って行った。


 今この瞬間、2人の間に《パス》が接続されたことで、残るは《チャンネル》の植付のみ。

 それが完了した後、彼女は《天使》に代わり擬似魔法を扱う正真正銘の《使徒》となる。


 次に《使徒》たる器として選ばれたのは、葵よりも年下と思しき少年だった。

 そしてその少年を選んだのは、少年と同じくらいの背丈の幼女である。


「決めた! やっぱりあんたにする!」

「ぇ——……ぼ、僕?」


 左右に立つ男子を見比べた後、オドオドした様子で自分を指差す。


「あんた以外に誰がいるって言うのよ! あんたよあんた! 理由は一番初心(うぶ)そうだから! 分かった!?」


 語気強めで高圧的な口調と態度にビクン! と肩を揺らし、少年はこ、こくり……と頷いた。


「ぅ、うん……。ぁ、ありがどう……」

「あたしがあんたを立派なナイトにしてあげるって言ってんの! だからまずはあの、あれよ! トーレイ? じゃなくて、礼儀作法というか、誓いの言葉というか、とにかくさっきのルシファーみたいに騎士っぽいことしてレディーであるあたしをその……いいからやるの!」


 「は、はイ……!!」と声を裏返らせた少年は、見様見真似で幼女に向けて手を差し出した。

 だが、その様はナイトのそれとはかなりかけ離れていた。

 クラスで独りぼっちの女の子を、臆病で弱虫だけど好きな子の為には頑張る男の子がダンスに誘う、というシチュエーションを思わせた。

 どちらも素敵ではあるが、後者の場合はどちらかと言えば微笑ましい色合いの方が強い。

 結果、幼女に片足をべしっと蹴られ、強引に跪かされるのである。


「ふん! これからあんたには朝昼晩キシドーを食わせてやるんだから!」


 ナイトを語る割には肝心な騎士道が何たるかを理解できていない幼女はふん、と顔を逸らしながらも不満げにその手を取った。


 少し呆れる様子でそれを見送った仏頂面の男は、その炯眼を斜向かいに立つ少女にひた、と向ける。

 目が合うと、橙のポニーテールの少女は男勝りの笑みを返した。それを見て、男は何かを確信したらしい。


「君にしよう」

「理由は?」

「君がこの中で一番人間的な意味で強そうだからだ」

「強そう、じゃなくて強いから。ま、良いや。特別に合格にしたげる」

「感謝する」


 そう短く言った男の手に、契約書とペンが現れる。


「仔細まで確認した上でサインを」

「りょ〜かーい」


 しかし少女は受け取って直ぐに紙にサインをした。そして、機先を制するように言う。


「大丈夫。あたし、人を見る目には自信あるから」

「全く。褒め言葉として受け取っておこう」


 そのやり取りを、頭の後ろで腕を組んで見守っていた少年は、「よいしょ」と腕を解き、改めて使徒候補達を一瞥した。

 一番奥にいる俯いた少年が第二の獣であることを確認し、少し思案した後、得心行ったように頷く。


「よし。やっぱり君にしよう!」


 少年が指差したのは、気怠げに頭を掻く青年だった。


「……何で俺なんだ?」

「お前が一番性格悪そうだから!」

「ぁ? ンだとクソ餓鬼」

「うんうん! やっぱりプロレスのしがいがありそうだよ! 絶対に叩きのめす!」

「ハッ。てめえなんざ願い下げ——っ」

「うんうん。お前に拒否権ないから」


 背伸びをし、「あはは」と爽やかに笑いながらぽんぽんと粗野な青年の肩を叩く。


「なっ……てめ——!」


 その手を払い除けようとした瞬間に、その体は分解された。


 たおやかに手を振り、まるで殴り合うかの如くぶつかりながら天へと昇る光を見送った麗人は、


「そうじゃの……」


 と視線を下ろした。


「妾は……そいちにしようかの」


 独特な三人称を持つその麗人は、褐色肌の少女を指差した。


「ぇっ……?」


 まさか自分が選ばれると思っていなかったらしい少女は、驚いた様子で左右を見た。


「合うとる。お前じゃ。理由は聞いてくれるなよ? 恥ずかしいからの」

「……は、はい——!」


 自分を選んでくれた人に、失礼がないようにと思ったのだろう。トーンと声量を変えて、たじたじになりながらも返事をした。


「うむうむ。見た目に即して真っ直ぐな原石じゃ。使徒としての使命も大事じゃがの、女子ならばふぁっしょんにも気をつけにゃいかん。折角綺麗な容姿を持って生まれたのじゃ。妾が存分に磨いてやろう」


 言って、麗人は優しく少女を抱擁した。


 次なる天使は、「えっと……えっと……!」と視線を行ったり来たりさせたりさせている、茶髪の少女だった。

 まん丸とした空色の瞳にツインテール、あどけない顔つきの天使は、ふと目が合ってスッと顔ごと逸らした青年に目を付けた。

 ゲッ……と言わんばかりに一瞬顔を引き攣らせた青年は、気付かぬフリを断行する。


「ねぇ気付いてるよね!? 君絶対気付いてるよね!? それ絶対わざとだよね!?」

「——………」

「ぇ? なんで!? 死にたいの!? それとも死ぬよりアタシと一緒になる方が嫌なの!? だとしたらすぅごおくショックなんだけど!」

「——いや。だって。ねぇ……」


 彼の反応は正常だ。ふざけているようにも見えるその言動にもその実、まともな理由がある。

 彼は本能的に察したのだ。彼女と契約を結べば、あえなく死ぬことを。彼女を否定しているのではない。彼は切実に生きたいのだ。


「ぁ、アタシこれでもアイドルなんだよ!? アイドルと合法的に……四捨五入して付き合えるんだよ!? ずっと一緒にいるんだから付き合ってるのと一緒でしょ!? 小数点繰り上げで結婚してると言っても過言じゃないよ!?」


 支離滅裂ではあるが熱烈なアプローチ。

 彼女が彼を選んだ理由は単に目を逸らされたからであるが、最早その理由すら失い、今は青年を頷かせることだけに躍起になっていた。

 そういう先を見ない行動が、青年の顔を引き攣らせるのだが。


「……じゃあ、どうしたらアタシと契約してくれるの?」


 アイドルたる彼女の容姿は、人形のように整った顔立ちの《天使》達の中でも、可愛らしさとあどけなさという点では一番だった。

 そんな彼女による涙を一杯に湛えた瞳での上目遣い。


 青年の心はさざ波の如く揺らいだ。


「そんなに、アタシと契約するの嫌だ?」


 青年の心は高潮の如く揺らいだ。


「アタシなんか、失敗作……?」


 青年の心は天変地異を起こした。


「ゎ、分かった……。契約を結ぼう」


 「ゎ、分かった」の「ゎ」が聞こえた瞬間には、彼女は既に両手を上げて喜んでいた。そして青年にも喜ぶよう促す。


「ゃ、やったーー……イェーイ」

「イェーイ!! アイドルとハイタッチなんて、中々できないんだからね♪」



 ———かくして、6組目までが終了した。


 残る《天使》は6人。対する使徒候補は7人。

 比翼連理が空へと飛び立つ度に、背後からゆっくりと近付いて来る終わりの足音が、彼らの耳朶を律動的に打つ。

 そんな中、ただ一人だけが、天への昇る光を、ただ見上げていた———


 

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