第一章 XIII 誰そ彼の記憶(2)
第一章 XIII
誰そ彼の記憶(2)
——ガヤガヤと喧騒満ちる食堂に荘厳な鐘の音が鳴り響く。いつもならそれに「「いただきます!!」」と待ち切れないと言わんばかりの合唱が続くのだが、
「「ぃ、ただきます——」」
今日は少し様子が違った。パンやトースト、ハムチーズやスクランブルエッグ、ベーコンエッグやオムレツ、サラダやパスタ、スープやソーセージ、ハンバーグやスイーツなど、いつも豪華な食事が並んでいる食卓には、チーズトーストだけが置かれていた。
「何か今日のご飯……こう、」
優聡は皿に置かれた2枚の薄切りトーストをがっくりした様子で見下ろしながら、「何て言うんだろ……」と言葉を選んでいる。
まぁその様子、この食事を見れば、何を言いたいのかは明白だ。というか俺も正直思ってる。食べれるだけありがたいんだが、昨日までの朝食と比べればどうしても……
「質素、或いは素朴、だよな——」
俺達の総意をオブラートに包みながら代弁したのは、厨二病レイトカマーの敬仁である。
敬仁の言葉を聞いた全員がそれに深く賛同する。
地味、とはあんまり言いたくない以上、それが一番丸い言い方な気がしたからだ。
「運搬中の事故が原因だそうよ」
皆んなが思っているであろう、「何で今日の食事はこんなにも……」という疑問に答えたのは俺の正面に座る朔夜だ。
「それ本当なのかな〜? 今までそんなこと一度もなかったよー?」
朔夜の言に対し明朗快活な声音で、椿が疑問を唱えた。
ご尤もだ。今までこんなことは一度としてなかった。
学校の外で事故が起きたのか、それとも中で起きたのか、そもそもどういう事故なのか、先生が詳細を教えてくれることはなかった。
だからその疑問の答えは——
「ごめんなさい。何かが起きた、或いは起きているということくらいしか、あたしにも分からないわ」
「そっか……」
必然的にこうなる。あまりにも漠然とした、答えと呼べるかも怪しい回答だが、それ以上のことは何も分からないのだから仕方がない。異常事態なのか、それとも本当にただの事故なのか、それすら俺達には判別できないんだから。
とかく語ってみると、皆んな一応は納得を示し、トーストを齧り始めた。
俺も取り敢えず一枚は食べようと思い、トーストを手に取る。
その動作の最中にチラリと前を見やると、朔夜が微笑みかけて来た。
「ありがと」
「ッ———! ぅ、うん……」
和やかで綺麗な微笑を向けられ、カァァと自分の顔が赤くなるのが分かる。
火照った顔を隠すように、トーストを少しだけ齧った。
「今日の一時間目って何だっけ?」
「数学だな。いい加減覚えろよ?」
和眞は後半部分をフル無視し、前半に対してだけ「ほ〜ん」と返した。次いでに「自分から訊いておいて……」と向けられた敬仁のジト目も軽やかにスルー。
「ぁ……! 今日の数学って確か……」
「積分のテストじゃなかった——?」と恐る恐る問う椿に、朔夜はこくりと頷いた。
うぅ、と机に項垂れたミディアムヘアの少女は俺の隣に座る男子の顔を見上げた。
「余裕そうな顔して……。優聡は大丈夫なの——?」
しかしそれもまたスルー。
いいや。それはスルーというよりエスケープ。優聡は何も聞こえないフリをして現実逃避をしていた。フリフリエスケープというわけだ。……と声にするのはやめておこう。白けて気まずい思いをするのが目に見えている。
……ん? いや、違うぞ? この目……良く言えば夢と希望の詰まった眼差し、悪く言えば卑しさと厚かましさを内包した双眸、有り体に言えば幼さと食欲がひしひしと伝わって来る視線。
狙っている。欲している。俺のトーストを凝視している。
まぁ、朝はあんまり食欲ないし、トーストよりクロワッサン派だし、あげても良いだろう。
「たんとお上がり」
「ぃやっったーー! ありがとな、花梨!」
「ほぉっほぉっほぉ。気にするでない」
「なんだその気色悪い笑い方」
相も変わらずド辛辣な敬仁のツッコミをちょっと冷たい早朝のそよ風だと思って受け流していると、正面でも似たやり取りが行われているのが目に入った。
尤も、その雰囲気は俺達のそれとは比較にならないくらい和やか且つ微笑ましい。それは、蕾の綻びを報せる暖かな春の風を思わせるくらいだった。
俺は彼女のそういう優しさに魅かれたのだ。
機嫌が良い時は申し訳なく思うくらい優しくて、不機嫌な時はちょっとだけ優しいって感じで落差こそあるが、その領域は全て正の範囲だ。
決して負に傾くことはない。分け隔てなくとはいかないし、いつ如何なる時も優しいのか? と問われれば答えるのは難しいし、自分より赤の他人を優先するなんて理想的なことはきっとできないけど、それでも彼女のそういう人らしい優しさが、俺は好きだ。
その人らしさが尚更眩しく思えた。
誰にでも優しい、いつだって優しい、自己犠牲を是とする、みたいな完成形的な優しさは、きっと優しさとは呼べない。正義とでも呼ぶべきだろう。
自己犠牲を是とする正義の味方は、人というより人を助ける機械だ。
救済を掲げる機械を、果たして個体として好きになれるだろうか。人として認知できるのだろうか。気付けば実体を持つ偶像として認識してしまうんじゃなかろうか。
だから正義だの救済だのを謳う機械より、有機的な優しさに溢れる彼女が、俺は大好きだ。
ただ、「なら容姿では判断してないんだな?」と問われれば、正直否定はできない。
告白しよう。
容姿でも判断した。もし仮に、彼女の容姿がこうも綺麗でなければ、きっと「優しいんだな」止まりだっただろう。
人が恋愛感情を抱く条件からルックスを省くことは残酷だが不可能だ。人類がシンメトリーやらを好む限り、この軛から逃れることはできない。
けどそれでも、これが自分の想いを正当化する為の口実だとは分かっているけど、その容姿含めて魅かれたのだ。
内面に魅かれただのとお為ごかしの綺麗事を吐くのは、相手への侮辱にもなり得るんじゃないだろうか。
内面に魅かれたとはつまり、外見は審査対象に入っていないということだ。
それならはっきり言って、その人じゃなくても良いことになるだろう。内面だけで判断するなら、似通った人間は他にも沢山いるからだ。
だから多分、彼女の優しさにも魅かれた、が正確だろう。他の誰でもないたった一人の女の子として、俺は彼女のことが好きなんだ。つまり、外見も内面も好きだ。全てが好きだ。
なんて考えていると、無意識のうちに彼女を凝視してしまっていたらしい。
朔夜は横目で何度か俺を見た後、少しだけ頬を赤く染めていた。
「は、恥ずかしいから、あんまり見ないで……」
「ぁ! ご、ごめん——……」
俺が顔を背けると、今度はむぅ、と不機嫌になった。
「顔はこっち向けててよ……」
うぅん、注文がちょっと難しい。確率ほど難しくはないけど、ユークリッドの互除法くらいは難しい。
てか確率問題ってマジでムズ過ぎない? 条件付き確率とか未だによく理解できてないし、割るか割らないかとか、どういう時コンビネーション使うかとか、解法よく分かんないからいっつもフィーリングで解いてるんだけど。
なんて胸中で照れ隠しを吐き散らかしながら、「ぅ、うん……」と顔を正面に向けた。
どうやらそれで機嫌を直してくれたらしく、寧ろ上機嫌になったようだ。
朔夜が上機嫌な時は分かりやすい。テーブルの下で俺の足をつま先でこつんこつんと優しく突っついて来るのだ。
気恥ずかしさを誤魔化すように、俺も自分のカップを爪先でコツコツ突っついた。
「何か空気甘臭くね?」
トーストをもぐもぐごっくんし終わった優聡が、誰に言うでもなくぽつりと呟いた。
思わず、指を止める。
「甘臭い? そんな言葉あったっけか? お前の十八番(造語)か?」
よく分からない所を気にする辺り、流石は敬仁である。
「甘ったるいの方が近いか? 糖度高い? それとも胸焼けしそうとか? 湿度高いか? ジメジメする? 梅雨みたい? 汗ばむ季節? 六月病?」
凄まじい勢いで話題が逸れて行くのに、敬仁は「また始まったよ優聡節……」と頭を抱えた。
この光景に日常感を抱きながらも、やはりどこかに違和感を覚える。含有率で言えば10%にも満たないのだが、前者は親水性が高く、後者は疎水性が高い。
だからだろう。その得体の知れない違和感ばかりが心に沈殿して行く———
§
———葵。きっと生きて、幸せになってね———
脳裏に浮かぶは、とある少女の紡いだ願い。けど、それが一体誰の言葉なのか、それが誰に向けられた言葉なのか、それがどういう意味なのか、どうしても思い出せない。
———生きろ。殺せ。掴め。奪え。拓け。焚べろ。その手を血肉で朱に染め、屍の丘を作れ。その足で肉塊を踏み、丘の頂に登れ———
脳裏に刻印されるは、とある男の課した使命。その男が一体何を言いたかったのか、具体的に何を使命として課したのか、何一つ思い出せない。
ベクトルの全く異なるそれらに共通しているのは、心に強く刻まれているということ。どれだけ記憶が風化しようと、思い出が色褪せようと、きっと忘れる日は永劫訪れないだろう。
思案というより感傷に近いものに耽っていると、ふと隣から紙片が差し出された。
チラッと先生の方を確認し、それを受け取る。
折られた紙片を開くと『どうかしたの?』とだけ綺麗な字で書かれていた。
『いや、何でもない 心配してくれてありがとう』と書き、機を見計らって隣にスライドさせる。
本当に原始的なやり方だが、だからこその裏道だ。
俺達が先生と呼ぶその人(?)は超高度な人工機能の搭載された、言わばヒューマノイドだ。
外見は勿論、仕草や表情、口調や声質など、言われなければ気付かないというか言われても信じられないレベルの精巧さを誇る現代科学の象徴。
そんな彼女が教壇に立つ以上、チャットでの会話は実質不可能である。おまけに彼女は授業中にチャットしていた生徒へのペナルティとしてやり取りを晒すという、中々にエグいユーモアまで備えている。
いや、内容によっては朗読する辺り、ユーモアというより趣向なのかもしれない。
兎にも角にも、前時代的というか古典的な媒体たる紙を用いることで、授業中にも先生にバレずにやり取りが可能なのである。
因みに、この方法は優聡に教えていない。
優聡に教えれば、教室の対角線からおーい♪ と手を振ってからの大きく振りかぶって全力ピッチ! されるのが目に見えているからだ。
そして一回目で運良くバレなかったから調子に乗って段々と大胆になって行くのである。楽しくなって大したことない内容のをふざけて送り始めた頃にバレる、というのが決まったオチであろう。
なんて考えながら、机に上体を投げ出し一番前の席で堂々と寝る優聡の方を見ていると、また手元に紙がスッと差し出された。
なになに〜? と紙片を開いてみる。
『辛いこととか悲しいこととか、悩んでることがあったら、誰よりも先にあたしを頼ってね? 約束よ? まず一番にあたしを頼って? 誰を差し置いてでもあたしに相談して? 絶対に何とかしてみせるから。だからお願い。あたしにだけは隠し事しないで』
な、なるほど……と頷き横を見やると、朔夜は恥ずかしげにふいっと顔を背けた。
何というか、語気が強いと言えばニュアンスが違う気もするが、かなりもといちょっとだけ圧を感じさせるメッセージの割には、随分と可愛らしい反応をする。
まぁ、直接声にするのは難しいけど、文ならちゃんと気持ちを伝えられる、というのは誰しも共感できる話じゃなかろうか。
かく言う俺もそうだ。相手に直接伝えようと思っても、いざ面と向かってみると、恥ずかしさが勝ってしまうのはよく分かる。
呂律が上手く回らなくて、相手に面白くないとか悪く思われるのが嫌で、相手に好かれたくて、けどそれ以上に嫌われるのが怖くて、だから声じゃなく文にして送るのだ。
……しかし、これには致命的な欠点があるのもまた事実である。
その欠点こそ、恋愛感情のない、ひいては興味のない異性からよく分からんメッセージが送られて来ても、相手からしてみれば単なる迷惑でしかないという点である。
言ってみれば、興味のない相手からのメッセージに面白いもクソもない。どれだけ内容が面白くても、それがコミュ力にカウントされることはない。何故って、そもそも審査対象じゃないからだ。
本人は「今日もよく話したなぁ」とか「早く返信来ないかなぁ」とか思ったりしてても、相手には「面倒くさ……」とか「うわぁ……」とか思われている、というのは思春期三大あるあるの内一つである。
そしてこの現象は、愛のヒートショックと呼ばれるもので、思春期の男女間でまま見られる痛ましい現象の内一つなのだ。
更に言えば、そういう奴に限ってポエム歌ってたり、あまつさえ相手にそれを送っていたりするのだ。思春期男子のポエムほど気色の悪いものはない。
ただまぁ、そういう失敗、黒歴史を経たからこそ、好きな人が自分に対して気持ちを言葉にしてくれた時は、堪らなく嬉しい。
それが口頭か文頭かは問題じゃなく、好きな人が自分に対して気持ちを言葉にしてくれた。その事実が、堪らなく嬉しい。
それが朔夜からのものであれば殊更だ。今まで外見とか小さな理由で異性を好きになって来た俺が、初めて内面にも強く魅かれた相手だから。勝手に熱くなって勝手に冷めて来た俺が、初めて熱を失うどころか強まり続けている相手だから。
ただ、一緒にいたいと願った相手だから、本当に……。
耳を仄かに赤らめたその姿にはいつも顔を紅潮させられる。だからいつも誤魔化すように心中で繰り言を吐く。
けどそれだと相手にはまるで伝わらないから、俺もちゃんと言葉にしよう。
『約束する 誰よりもサクヤを優先する いつもありがとう 本当にありがとう』
と書き、渡そうとしたが、やっぱり引っ込めた。
二文目を『誰よりも先にサクヤに相談する』と修正し、改めて朔夜に渡す。
朔夜は賢くて、何よりも優しいから、きっと汲んでくれる。だから書き直した理由はシンプルに、狡いと感じたから。
誰よりも優先する、とはつまり相手への告白だ。それをこんな形で済ませてしまうのは、きっと違う。そういうことは、ちゃんと相手と向き合って伝えるべきだ。
たとえそうしなくても気持ちが十分に伝わるのだとしても、楽な道を選んだという事実は自分の中に何かしらの形で残りそうだから。楽な方を選択したという事実が相手を傷付けるかもしれないから。何より、この子にだけは真摯であり続けようと誓ったから。
思えば、この子に一度振られたのも丁度一年前のこの時期だった。
はっきりと振られるのが怖くて、曖昧な表現しかしないで、歯切れも悪くて、結局は相手への気持ちよりも保身を優先してたのが見透かされたんだろう。
『……告白する時に顔も見てくれない相手が、あたしのどこを見て好きになってくれたの。
そんな相手を好きになれるとはどうしても思えない。だからあなたとは絶対に付き合えない。ごめんなさい』
そう言い残して、彼女は背を向けた。
本当に、その通りだと思った。言い訳もできないくらいに。
自分が傷付くのが怖くて、告白する時でさえ相手より自分を優先した俺に、しかし彼女は真摯に向き合ってくれた。きっぱりと断ってくれた。相手を傷付けることだって、傷付くのと同じか、それ以上に怖いだろうに。
そんな彼女に、俺は心底から惚れたんだ。だからこそ、ここまで来れた。
自分と彼女の差に何度も泣いて、周りと自分を比べて劣等感に打ちひしがられて、自己嫌悪にも苛まれて、その度に止めたくなって、けど努力し続けた。
俺なんかに真剣に向き合ってくれた彼女から逃げたくなかったから。彼女の隣を歩ける人間になりたかったから。彼女と一緒にいたかったから。
——だから、ちゃんと告白しよう。そう決めたんだ。
§
広大な校庭の隅にある大きくて綺麗な池、そのほとりには小さな生態系が形成されている。
現代社会を統べる科学は治安維持や健康維持、教育や生活、運輸や生産、凡ゆる分野で超重要な役割を果たしている。科学が人を人たらしめる、そう言わしめる程だ。
確かに、科学なしの生活なんてとてもじゃないが考えられない。
しかし、これは生命としての本能なのか、自然への回帰を望んでいるのもまた事実だ。
見渡す限り科学の広がる世界を生きる現代人は、時に自然を渇望してしまう。
矛盾しているように見えるかもしれないが、理性と本能が相互作用することで自我は保たれている。
だからどちらの主張も本物だ。優劣なんてない。
とどのつまり、たまには自然に囲まれたいよね、というわけで校庭には緑が置かれている。まぁ、これを自然と呼ぶかは人によりけりだとは思うが。
まあ少なくとも、嫌な気持ちはしないだろう。こうして穏やかな水面に映る綺麗な月の影を見ていると、気持ちまで清らかになって来る。
そうして感慨に浸っていると、耳朶を穏やかな声音が撫でた。
「月の鏡、と言うそうよ」
「ッ……!」
ビクッ! と振り返ると、そこには少しだけ申し訳なさげに微笑む朔夜の姿があった。
「ぇ、と……?」
「月の鏡。こんな風に、池の水面に月が反射する光景のこと」
「綺麗ね」と艶やかな笑みを向けてる彼女はいつもより少しだけ大人びているように見えた。
藍玉のような空色の瞳、月光を仄かに反射する白銀の長髪、玉雪のようにきめ細かく透明な肌、雪花が積ったかのような愛らしい猫耳と尻尾、そのどれもが月華の下燦然と煌めいている。
朔夜は俺の隣に来て、透き通った池の水面に指先を触れさせた。
冷た……と笑うその嫋やかな横顔がいつもと違って見えて、鼓動がこれでもかってくらいに速くなる。
多分、清らかな月明かりに照らされた彼女が、眩いくらいに綺麗だったからだろう。
「——朔夜」
優しく、されどはっきりとした口調で、好きな人の名を呼ぶ。
「ん——?」
優しい声音で答えた朔夜は、ゆっくりと起き上がり、俺を真っ直ぐに見据える。
もう絶対に、目を逸らしたりしない。そう誓ったから、俺も朔夜の目を真っ直ぐに見返した。
朔夜は反射的に、ほんのりと赤らんだ頬を隠すように視線をずらしかけたが、それもほんの一瞬だった。
たおやかな笑みを口元に浮かべ、俺の誠意に応えてくれる。
……本当に間抜けな話だし、こんな自分にほとほと嫌気が差すんだが、告白の台詞を、というよりどう切り出すかを考えていなかった。
伝えたいことは決まっている。好きだということ。ずっと一緒にいたいということ。
けど、第一声に何を選ぶかは決まっていない。「好きだ、ずっと一緒にいたい」と伝えるのもアリなんだろうが、俺にはそんな短い言葉で告白する勇気がない。
自分の気持ちを全て伝えたいから、可能な限り言葉を募りたい。
だから——
「——朔夜。
君の自分を大切にして相手も大切にできるところが好きだ。
人に優しくして欲しいから人に優しくする、そんな君が好きだ。
特定の人に優しくするのが好きで、他人に優しくする時はとにかく理屈を探す君が大好きだ。
真っ直ぐなのにちょっと捻くれてる、そんな君が堪らなく好きだ。
照れ屋で寂しがり屋で、可愛くてちょっと幼くて、強いのに意外と脆くて、努力家で負けず嫌いな君が、狂おしいほどに愛しい。
こんな使い古された軽くて安っぽい台詞あんまり言いたくはないけど、もうこれしか言いようがないくらい好きだ。
君の全部が大好きだ——」
「——具体的には、どのくらい?」
「世界を敵に回せるくらい好きだ」
「——ずっと一緒にいてくれる?」
「あぁ。だから付き合いたいんだ」
「——浮気したりしない?」
「あぁ。死んでもするもんか」
「——あたし、きっと本当に重いよ? 他の子と話しただけで怒るし、他の子を見ただけでも嫉妬するし、構ってくれないとすぐ拗ねちゃうし、ずっと一緒にいたいって思っちゃうから凄く面倒臭いと思うよ……?
それでも、嫌いになったりしない……? ずっと、好きでいてくれる……?」
「あぁ。大丈夫だ。多分俺の方がずっと独占欲強いし、女々しいから。君に愛想尽かされないよう努力し続けるさ」
「——絶対、幸せにしてくれる?」
「あぁ。誓う。何を差し置いてでも、君を幸せにする」
いつもなら絶対に言えないキザな台詞だが、この幻想的な空間がそれを可能にした。
きっと後から布団の中で悶え苦しむことになるだろうが、その役割は未来の俺に任せよう。
朔夜はステップを踏むような軽やかな足取りで、くるりと回った。
「ん〜、どうしよっかなーー」
両手を自分の腰の後ろに回し、弾んだ声音で揶揄うように微笑む。
「ごめんなさい。って言ったらどうする——?」
「今すぐ入水自殺する」
胸がドクンと鳴り、走馬灯を見かけたのは内緒だ。
「けど、去年はしなかったよ?」
「聞こえがかなりマゾのそれに近いが、もっと君のことが好きになったからだ」
「てことは、今回も振れば、もっとあたしのこと好きになってくれるの?」
「付き合ってからも好きになり続ける。それにその、俺はあの時に本当の意味で君を好きになったんだ。心の底からずっと一緒にいたいと願うようになったんだ。
だから、勝手ではあるけどあの時とは事情が違う。君に振られて、生きてく自信が今の俺には全くない」
「オーケーしなきゃ死ぬぞーって脅してるの?」
「違う……けど、そんな血迷った手段を強行しちまいそうなくらい、君が好きだ」
「じゃあ、もう一回大好きって言って——?」
「君のいない世界じゃ生きていけないくらい、君が大好きだ」
「ごめんなさい——」
「ぇ—————————」
「嘘。あたしも大好きっ」
涙を一杯に湛えたその大きな瞳から、月露を思わせる大粒の涙が、朔夜の頬に零れた。
大好きな人が、俺の告白でこんなにも喜んでくれる。愛しい人が、俺を大好きだと言ってくれる。
その事実が俺の心を例えようがないくらいに満たしてくれる。心が温もりで一杯になる。
——なのにどうしてか、脳裏を「何か」が過ぎる。幸せと涙を一杯に湛えたその笑顔に、儚さと涙を湛えた微笑みが重なる。
赤く腫れた目尻や真っ赤に染まった頬についた涙を拭かんとハンカチを取り出すと、朔夜が勢いよく胸に飛び込んで来た。
「花梨——————!!」
「朔夜———っ」
だがそれを支え切れず、俺達は背後の池に落ちた。
そして俺の意識は、そこで途切れた———




