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日々は、毎日同じことが続いているようで、少しずついろいろなことが変わったり、何かが起こったりしている。

それを楽しめたらいい、と思う。

オードルにいた頃だって、辛いことはあったけど、でも楽しいことだって、たくさんあった。

だから、ここでも、そうなれたらいいと思った。


この屋敷に、自らの意思とは関係なく、連れてこられたサクラは、受け身でいることしかできなかった。

与えられた部屋で、限られた人とだけ接する。

囚われの身であることに甘んじて、自ら動かないなら、そうすることしかできなかった。

でも、ここにいる、と自ら選択したことで、サクラは少し吹っ切れたような気がしていた。

自分自身で、選んだんだから、もう少し頑張ってみない?

そんな感じ。

手始めに、少しずつ、部屋の外に出るようにしてみた。

一人では、迷子になりそうだったらから、マアサと一緒だ。

そうしたら、あっという間に屋敷は、顔見知りだらけになった。

ここの使用人は、古くから第二皇子に仕えている者ばかりで、皆・・・どれほどサクラという存在の意味を知っているかは知らないが・・・突如、主の妻として現れたサクラに、好意的に接してくれる。

カイの側近の一人、タキ・スタートンは、文人で主にカイの皇子としての職務を補佐している。文人とは思えないがっしりとした体に、金髪碧眼の美男子だけど、すごい愛妻家なのだとか。

もう一人の側近シキ・スタートンは、タキの双子の弟。見た目はそっくりだけど、こちらは武人で、独身。宮中では、誰がシキの妻の座を射止めるか、熾烈な争いが繰り広げられているとか・・・納得。

執事のロウは、一番の古株。孫ほど歳の離れたサクラにも一糸乱れぬ礼儀を尽くしてくれて、いつもサクラは恐縮しながら感心している。

料理長のレンは、マアサの旦那様。いつも、おいしい料理を作ってくれる。彼の作る焼き菓子は最高だ。

侍女で一番若いのは、カノン。若いといっても、子どもが二人いる。きれいで少し怖そうだが、話してみたら、実はとても優しい人だった。

いろいろな人と触れ合うことは、もちろん痛みを伴うこともあるけど、やっぱり楽しい。

ここでも、ちゃんと楽しいことはある。

ただ、この屋敷の主が、このサクラを、どう思っているのかは分からない。

かの人は、何も言わないから。

サクラが人と関わっていくことを、この屋敷内にサクラの存在が拡がっていくことを、どう感じているのか。

もしかしたら、関心がない、というのが一番正解かもしれないが、少なくとも、よくは思っていないだろう。

彼にとって、サクラは、剣の鞘だから。

本当はおとなしく、そこにあるだけの存在を求めているのかもしれない。

でも、それは無理だった。

サクラは、意思も感情もある人間だから。

そして、少なくとも、マアサはサクラの変化をとても喜んでくれているようだった。



公務から戻ったカイに、奥方は庭にいると教えたのは、執事だった。

カイが行くとも言わないうちに、同行していたタキが、「では、ご挨拶に」などと言いながら、さっさと先に歩き出す。

カイは、執事にマントを渡し、身につけた正装を寛がせながら、庭に向かった。


サクラは庭を、のんびりと歩いている。何か目的がある訳ではなさそうだ。

サクラが気がつくには遠い場所で、タキが足を止めていたので、カイも同じように止まる。そして、タキが見ている先・・・サクラを見た。

サクラは、少し後ろを歩くカノンと、時折、何か話していた。話すたびに、後ろを振り返り、笑ったり、困ったような表情をしたり。

遠目にも、様々な表情が見て取れた。

「普通の娘さんですね」

呟いたのはタキ。

カイは応えず、サクラを眺めていた。

こんな風に、あの娘を眺めるのは初めてだ。

夕暮れの日差しが、サクラの髪を照らしている。茶色の長い髪。光を受けて、艶めく樹木を思い出させる優しい色だ。

ここ連れてきた時に、偶然手に触れたそれが、あまりに柔らかく心地好かったので。

結うことを止めた。

今も、髪は解かれ、冷たい風に揺られている。時折、強い風が吹くと、それは乱れて。

傍らにいたカノンが、手を差し延べて、髪をまとめる。

カノンに向けられるのは、また、笑顔。


マアサが言うには、娘は、最近になって、変わってきたという。

閉じこもっていた部屋を出て、使用人とも関わりを持つようになった。一時は喉を通らなかった食事も、きちんと取るようになったし、よく話し、笑うのだそうだ。

もっとも、それらはカイにとっては、大した関心事ではない。

あの娘は、ここに、カイの側に存在することこそが、唯一だった。

だから、「そろそろよろしいのではありませんか」と続いた言葉の意味は、一瞬分からなかった。気づいて、適当に頷いた。

マアサは、サクラの世話を一手に引き受けている。

カイがサクラを抱いていないこと・・・実の妻としていないことは、わかって当然なのだろう。それを、娘が状況に慣れるまで、カイが時期を待っていると、聡く優しい侍女が考えたのも分かる。

正妃として迎えた以上、それは必然としてあり、いずれは跡継ぎも求められるだろう。

しかしながら、カイにとっては、サクラは剣が選んだ鞘でしかなかった。

いずれは、と思ったことはあるし、もし、サクラの方で、少しでもそれを望む素振りがあれば、そんな行動の一つも起こしたかもしれない。

だが、サクラはカイの予想以上に、己の状況を弁えていた。

皇子の正妃としての権勢を誇示するでもなく、妻という立場を利用してカイに何かを求めるでもない。カイがそうであれば良いと思ったとおり、ただ、そこにいる。

「今だから申し上げますが」

タキがぼそりと呟いた。

「オードル家の次女殿といえば、ひどい噂も聞いてましたので、正直、正妃としてお迎えするのに迷いもあったのです」

手順も、何もかもすっ飛ばしてさらってきたサクラを、改めて正妃として迎えるために、タキにはかなり骨を折らせた。カイは視線で続きを促した。

「ですが、奥方様は、この状況をよく理解されて、しかも最善を尽くそうとしていらっしゃる」

サクラに視線を戻せば、ちょうどカイに気がついたカノンに促され、こちらに顔を向けたところだった。

「確かに、特に秀でたところのある方ではございませんが・・・妃殿下は・・・」

タキは言葉を探しているようだ。

「そう、とても、魅力的だと思います」

カイは応えなかった。

未だ、カイにとってサクラは、鞘の娘でしかない。

だが。

カノンに導かれて、カイの方へと歩いてきたサクラが、膝を折って、頭を下げる。

「お帰りなさいませ」

出迎えの言葉は、柔らかく心地好い。差し延べた手に、躊躇いながらも載せられる手は、暖かい。

娘の存在は、カイを不快にすることは、何一つとしてなかった。

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[一言] 健気過ぎる(இωஇ`。)
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