27
初めてカイの腕の中で目覚めた時、感じたのは違和感だった。
知らない部屋と知らないベッド。そして、知らない温もり。
その後、数えきれないほどの朝が繰り返されて、その目覚めは既に慣れ親しんだものになっていたのだけれど。
今朝は、それともまた違う親密さを感じながら、沈み込んでいた意識が浮上する。
「起きたか?」
夕べ何度も耳元で囁いた甘さをそのまま含んだ声が、まるで自分の声のように近くに聞こえる。
体が重い。もう少し、動きたくない。
気分は悪い訳ではないけれど、だけど、頭に深い霧がかかっていて。
「そろそろ…限界なんだが」
声が言う意味が、分からない。
「な…に?」
今日、初めて出した声は少し枯れていた。
「サクラ」
こめかみに触れたのは唇。
肩を辿るのは指先。
昨夜、教え込まれたそれを、サクラの肌は素直なわななきで受け入れる。
「…ん…」
悪戯に触れてくるカイに、サクラはようよう重たいまぶたを上げた。
眩しい光に邪魔されて、何も見えない。再び、まぶたを閉じ、光に慣れてから、ゆっくりと開いた。
目の前に、カイがいた。
覗き込むように見つめられて。
肩が竦んだのは…瞳が昨夜と一緒だったからだ。
金と黒。彩りの鮮やかさが、今も熱い。
「サクラ」
朝になっているはずなのに。
夜を纏ったまま、カイが名前を呼んだ。
求められるまま唇を合わせる。舌先に促されて、そっと開ければ、すぐに入り込まれる。
際限なく深まるそれは、朝の挨拶としては、度が過ぎている。
「…っカイ様…」
偶然触れてしまったカイに、欲望の証を見つける。
シーツの下で、何も身につけていない体に手の平が這い始め、ようやくサクラはカイの意図に気づいた。
「また、戻るのか?」
体を離そうともがくサクラを、カイは簡単に押さえ込む。
「夕べはちゃんと「様」なしで呼べていたのにな」
カイの言葉がくぐもって耳に届いたのは、彼の唇が既にサクラの肌を辿りはじめたからだ。
「…っや…離して…」
こんな明るい中でなんて絶対に無理。夕べだって、恥ずかしいことばかりだった。
だけど、暗さに勇気づけられて、必死に受け入れたのだから。
なんとか逃げようと身体を捩ると、カイは案外あっさり離してくれる。
だが、全身から、まだ荒々しい気配がにじみ出ている。
サクラはリネンを抱きしめて、ベッドの端まで後ずさった。
サクラがシーツを独り占めしてしまったせいで、カイの体が晒される。求めるものが明らかなそれ。
もう、なにもかもが恥ずかしく、サクラはシーツに顔を埋めた。
「…サクラ」
ベッドが揺れる。カイが近づいてくる。
「もう朝なのに」
訴える。小さな笑い声。
「そうだな」
足元の布地が取り除かれる。
足先に柔らかな感触が押し当てられて、恐る恐る覗き見れば。
かしづき口づけるカイがいる。
「カイ様!」
驚いて足を引こうとすれば、足首が捕われる。
「…っ誰か来たら」
カイは足の甲から捕らえた足首、そしてすねから膝へとゆっくり口づけ、「今日はここには誰も来ない」ようやく答えた。
「なぜ?」
知られたくない体の疼きを隠すように、すぐ問い返す。
カイは、またサクラに唇を触れた。膝からその先へと近づいていく。
サクラは、シーツに顔を埋め、体を震わす。
「俺がそう命じたからだろうな」
命じた?
誰に、どうやって?
問いを口にはできない。
変わりに、耳を塞ぎたいような掠れた吐息が零れた。
「サクラ」
腿の柔らかな肌に、カイの髪が触れる。
「まだ、足りない」
カイが軽くシーツを引っ張った。
「お前が…欲しくて」
白い生地が落ちて、サクラの色付いた肌がカイへと晒される。
「これでは…俺は休めない」
目の前に、言葉のとおり、まだ飢えの収まらない瞳を持った男がいる。
怖かった筈の瞳。
だが、今は違う意味の慄きだけがサクラを走る。
「…サクラ…」
愛しているとの囁きに、サクラは無駄な抵抗をやめてカイへと身を預けた。
現れた肌に唇を寄せながら、カイは呟く。
「お前には与えられるばかりだ」
カイは不思議なことを言う。
与えるのは、カイの方だろう。
優しさも、気遣いも。ドレスも宝石も。
常に、カイの方こそが与えてきたではないか。
サクラは何も持っていない。
カイに与えられるものなど、この身と心ぐらいだ。
「ドレスも宝石も…地位も権力もいらないならば、俺はお前に何をしてやれる?」
そんなことを問われるとは思いもしなかった。
サクラは何もいらないと答えかけて。
「カイ」
欲しいものがあった。
カイにしか与えられないもの。サクラが欲しくてたまらないもの。
「貴方が好きです」
たくましい体を抱きしめ、かつて一度と声にしなかった気持を形にする。
サクラの指先が、カイの筋肉に走る緊張を感じ取る。
「だから…」
愛して欲しい。
ただの鞘ではないと。
サクラが欲しいのだと。
そして、側に置いて。
そうしたら。
逃げない。
立ち向かうから。
貴方への想いと、貴方からの想い。それが私の剣と盾になる。
「煽るなと俺は言わなかったか?」
カイが、サクラをベッドに押し付ける。
「…そんなものなら…いくらでも与えよう」
サクラは微笑んだ。
手を伸ばす。抱きしめる。求めるだけ、与えるから。
求めるだけ、与えて欲しい。
それだけで良いのです。