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翌日、サクラは久しぶりに外出用のドレスに着替え、髪をまとめた。

アイリが準備してくれたドレスは、この国の民族衣装の特徴をふんだんに取り入れてあるものだと言う。

首と肩を多分に晒し、袖は肘までが細く、その先は大きく広がり爪まで覆う。胸元から足先まで落ちるなめらかな生地は、この国の数少ない産業が生み出す逸品で、独特の流線型を描く。腰を締めることのない独自のゆったりとした着こなしは、この国のおおらかさを現しているようだ。

全体に薄黄色で、一見とても単調なドレスだったが、襟元、袖先と裾には、青や金糸で細かい刺繍が丹精に施されていた。

「やはり、少し痩せられましたね」

鏡の中のサクラに、ホタルが話しかけた。

しかしながら、それは痛々しいというよりは、艶やかさこそを際立たせているようで、同性のホタルですら安易に触れるのをためらう。一度は高く結い上げかけた髪を、解いて低くまとめ直したのは、あからさまなうなじのなまめかしさが戸惑わせたからだ。

「ホタル?」

ホタルの視線に気がついたように、サクラの手が浮き立つ鎖骨に触れる。

その些細な仕種さえが、ホタルには落ち着かないさざ波をもたらした。

「何か、羽織るものをお借りして来ましょうか」

隠したいと願うのは、ホタルの方こそだったが意向を問う。サクラが素直に頷いた。

「アイリ様にお願いしてきます」

ホタルは、夏の陽射しを知らない、眩しいほど白い肌から目を逸らして、部屋を出た。


アイリの部屋を訪ねると、彼女もまたサクラと同じような衣装を身につけていた。このドレスを着て育った筈の彼女に、もちろんそれはとても似合っており、晒した肌は、少しもホタルを動揺させなかった。

ホタル自身が求めたという本心を隠しながら、欲しいものを口にすれば「そこが特色なのに、隠してしまうの?」尋ねながらも、同系色の紗を貸してくれる。

礼を述べ、早々に退出しようとすると、「あ、ホタル」と呼び止められた。

何かと足を止めて振り返れば、アイリは近くにいた侍女の一人に何やら命じている。ホタルの脇を通り抜けて部屋を出て行く侍女を見送り、再び、アイリに目を向けると、彼女はもう一人の侍女から一着のドレスを受け取ったところだった。

「それはカイ様に持って行っていただきましょ」

アイリは片手にドレスを持ち、もう片方の指でホタルが手にする薄布を指した。

そして、にっこりと微笑むと「で、貴方はこれに着替えて」

今度は、ドレスをホタルに差し出す。

「は?」

その手にあるのも、また、アイリやサクラが身に付けたものと同じようなドレスだった。

言われた意味が分からず、首を傾げて問う。

「せっかくの外出なんだもの。そんなお仕着せの地味な服はやめて、これを着ましょ」

アイリが目配せすると、侍女が二人、ホタルに近づいてきた。

「いえ!そんな、恐れ多い。私はお供ですから」

ホタルとて普通の年頃の娘だから、きれいなドレスには興味がある。

だが、身分も重々弁えている。

主達と同じような姿で出掛けるなど、そんな身の程知らずなことできる訳がない。

「えー、見たいの!サクラ様にご用意したのは黄色だったでしょ?これ、ピンク。並べて着せたいの」

よくわからない欲求を突きつけられて、ホタルは引きつる。

道理も何もないただの願望を、どうやってお断りすべきか思案していると、背後の扉が開き「アイリ、俺を呼び付けると、また、タキに叱られるぞ」

カイの声。

呼びつけた?

恐る恐る振り返ると、侍女に伴われたカイが呆れた表情で立っている。

ホタルは、アイリが先ほど侍女にカイを呼びに行かせたのだと知ってぎょっとした。

このアイリを中心とした暢気な館にいると忘れがちだが、カイは帝国キリングシークの皇子ではなかったか。

その方を呼び付けるとは。

しかも、この後、彼女は「これをサクラ様に届けて下さいますか?」

用まで言いつけた。

「これ?」

ホタルは冷や汗をかきつつ、慌てて一礼し、手元の薄布を広げて見せた。

下げた頭を戻しつつカイを見れば、じっと布地を眺めている。

独特の彩りを放つ瞳は常に静かで、ホタルなどにはその真意の片鱗を伺い知ることことすらできない。

だから、カイが何を考えているかなど、到底分かる筈もない。

遠耳のホタルを一切不問にしてサクラに戻した訳も。

サクラを妻としない訳も。

サクラを一時として手放さない訳も。

ホタルには分からない。ホタルが分かるのはせいぜいがサクラのことだけ。

「アルクリシュのドレスは、サクラ様には大胆過ぎるそうです…まあ、それをどうなさるかは、カイ様のご判断にお任せします」

アイリが言う。

ホタルは、背の高い主人の顔を見上げた。

「…で、お前はアイリの遊びに付き合わされるのか、大変だな」

呟きつつ、用事を受け入れたらしいカイが、薄布を手にした。

本当なら、ドレスに着替えることなどお断りして、サクラの元に戻るべきだとホタルは思っていた。

だが、深々とカイに礼をして、それを託した。

向こう側が透けて見えるほど薄い紗。

これで、あのサクラを覆い隠すことができるのだろうか。

軍神に焦がれて、艶やかさを身に纏ったホタルの大事な幼馴染を。

「申し訳ございません。お願い申し上げます」

ホタルは知らない。この軍神の心内など。

だが、この軍神は知るべきだ。

貴方への想いに戸惑い、迷い、拒否し…そして、受け入れた方の変化を。

ずっと、一緒に歩んできたのに。身分の違いこそあれ、少女から娘への変化は、二人に平等に訪れていたのに、今、あそこにいるサクラは、ホタルを置いて先に行ってしまった。

それを貴方は、知るべきだ。

貴方がサクラ様を変えたのだから。

貴方のために、サクラ様は変わったのだから。

あのサクラ様を、貴方は思い知るべきだ。



露な首筋と肩。

それを自らの指で辿り、眉を寄せる。

こんなに白かっただろうか。

こんなに細かっただろうか。

サクラは鏡の前から離れた。

考えてみれば、体を壊してから、食事も摂れず、ほとんど外に出ていなかったのだ。

だから、細いことも、肌が白いのも当たり前。

何もおかしなことではない。

おかしくはないのに、それはサクラをいたたまれなくさせた。

晒したくない。

何かで覆い隠したい。

誰の目にも触れないうちに。

だが、ノックの後、部屋に入ってきたのはカイだった。一番…見て欲しくない人だ。

カイは何も言わなかった。

ただ、金と黒がサクラを見つめる。

サクラは、その視線から逃げる場もなく、身じろぎすることさえ躊躇われて立ち尽くすしかない。

カイは視線を外すことなく、容易く触れることができるまでに近づき、だが、やはり何も言わずに、ただ見下ろしてきた。

耐え切れずにサクラは俯いた。

怖かった。

何故、こんなに怖いのだろう。

いつもと何も変わらないように見える静かな瞳に、どうして、身が震えるほど。

せめて、いつものように髪が解いてあれば良かったのに。

まとめた髪は、サクラの何一つを隠してはくれないから。

肌も、表情も、余すところなく、カイへと晒してしまう。

「ホタルは、アイリに遊ばれている」

ようやくカイが言葉をかけた。

それにほっとしたのもつかの間。不意にカイの手が動き、再び体が強張った。

カイは手にしていた薄い紗を、サクラの頭へふわりと乗せた。そして、首と肩を覆い隠すように薄布を巻いてくれる。

「サクラ」

頭から被せたのはカイなのに、今度はサクラから紗を落とし、顔を現した。

顔を上げて、カイを見ることができたのは一瞬だけだ。すぐに、瞳の彩りに負けて俯いてしまう。

「無理はするな」

カイの指先が何かに迷うように紗の流線を辿った。そして、その手が背中に回ると、サクラは軽く押されるようにして、扉へと導かれた。

サクラは俯いたまま、カイに従う。何も言えなかった。

発すれば声は、きっと震えている。



準備された馬車へと近づくと、既に全員が揃っていた。

その中に、サクラと同じような衣装を身に着けたホタルを見つけて、強張っていた顔がようやく綻ぶ。

「ホタル、かわいい!」

ホタルは「…恐れ入ります」ちょっと不機嫌に答えた。

それが照れを大いに含んでいることは、その場にいる者には安易に知れる。

サクラは笑みを広げながら、自分とは違って隠していない首元に抱きついた。

その姿を見て、「ほら、サクラ様とご一緒だと可愛さ倍増でしょ?」と、アイリはご満悦だ。

「お二人とも小さくて可愛らしいから、ずっとお揃いを着せてみたかったの」

確かに、サクラとホタルは、同じような背丈をしている。

並んでいると、顔つきや体つきはもちろん違うが、双子の姉妹にも見えた。

「アイリの我侭につき合わせてすまないね」

タキの苦笑い交じりの言葉に、ホタルはため息をつきたいのをこらえて礼を言った。

カイを呼び付けて、用事を言い付ける方に、敵う訳がない。

「さ、行きましょ」

アイリの号令で、皆が馬車へと乗り込む。

「シキ、頼みましたよ」

タキの言葉。

ため息と共にシキはぼやいた。

「本当に、私一人がお供なんですね」

「ぞろぞろ、連れていくなんて嫌だもの」アイリがあっさりと答える。

「それに、いいじゃない。両手に花で」続けられた言葉に、シキは肩をすくめて見せた。

「花を眺めて愛でる趣味はないですよ。しかも人様の花では…」

サクラはなんだか申し訳なくなり、「シキ様」と声をかける。

すると、すぐさまシキから言葉が返ってきた。

「ああ、奥方様、嫌な訳ではありませんよ。ただ重責に、恐縮しているだけです」

「少し仕事を片付けたら後を追うつもりだ」タキの言葉に、シキは頷いた。

「ぜひ、そうしてくれ。本気で荷が重いから」

そう言ってカイに礼をする。他の者も、馬車から礼をする。

シキは御者台に乗ると、ゆっくりと馬を動かした。

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― 新着の感想 ―
[一言] お2人とも初々しいのだ·····と納得してみる·····( ;´・_・`)ぅ・・ぅん
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