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8話 王国を統べる者

「ここがエクバルト王国のお城の中……」


 アレックスや使用人の方々に連れられ、私は王城の中を歩いていた。


 魔術大国であるレリス帝国と、剣と竜の国であるエクバルト王国。


 土地や文化が違うからなのか、帝国の宮廷とも全く建物の造りが違う。


 それに帝国は魔術的な意味合いの紋章や刻印が多かったけれど、王国はその成り立ちや王家の紋章について剣が重視されているためか、剣や騎士の意匠が建物の各所に施されていた。


「帝国の宮廷と比べてどうだ? 聖女様のお眼鏡に適うと嬉しいが」


「アレックス、茶化さないの。……でも、とっても素敵なお城だと思うわ。アレックスはここで育ったんだね」


「ああ、王族だから生まれも育ちもこの城だ。……だからこそ、正直に言えば帝国へ留学が決まった時は少し緊張したよ」


 帝国への留学。


 それについてはさっき、テオからアレックスの父である王様から勧められたものと聞いた。


 アレックスの魔導好きを承知で帝国魔導学園を留学先に選んだのだろうから、王様はかなり息子思いのお父さんに感じられる。


 そんな王様にこれから会うんだなと考えた時……ふと足がピタッと止まった。


「んっ? ティアラ、どうかしたのか?」


 アレックスがくるりとこちらに振り向く。


 彼の格好は船から降りる前に着替えているので、王子様らしい黒を基調とした締まった服装だ。


 皺一つなく、よく鍛えられた体格にもしっかりと合っており、アレックス自身が整った顔立ちなだけあって留学帰りながら王子様として格好よく仕上がっている。


 ……一方の私、今更ながら旅装というか、私服だった。


 もし私が社交場に慣れた貴族令嬢辺りだったら船から降りる辺りで「持ってきていたドレスに着替えて……」など考えたかもしれない。


 しかし元々田舎娘の私にそんな頭はなかったし、そもそも聖女としての衣服なども自由になった勢いで宮廷に置いてきてしまった。


 手持ちの衣服は他に、トランクの中に入っている数少ない私服のみだ。


 つまり……私が何を気にしているかと言うと。


「アレックス。私……これから王様に会うのにこんな格好でいいのかな?」


「……? いいだろう? だってティアラは今、変装中なんだから」


「へ、変装中」


 思わず聞き返すと、アレックスはこくりと頷いた。


「変装って言い方で間違ってないだろう? だってティアラは元とはいえ、帝国の聖女としてそこそこの有名人だ。着飾って目立った状態で船から降りて王国入りしたら、要らぬ噂話が立っただろうしな。王子と一緒に異国の貴人がやってきたって。……だからその一般市民にも従者にも見えるラインの服装は、変装としてかなりいいと思ったぞ。流石は帝国の聖女様、状況の把握が上手くて正直助かったよ」


「あ、うん。そうね」


 アレックスの中の私像って凄いなぁ。


 一体どんなふう見えているんだろう。


 ……本当は考えなしでした、なんて言えなくなってしまった。


 誤魔化しつつも、我ながら遠い目になってしまう。


 そして歩みを再び進めていくと、左右の扉へ一本ずつ剣が描かれた大扉の前に着いた。


「左の白い剣は民を守る剣、右の黒い剣は魔を払う剣。我が王家の紋章で隔てられたこの先に父上が、この国の主がいる。準備はいいか?」


 緊張のあまり、私は息を呑む思いだった。


 口の中がカラカラだ。


 私はアレックスへ「大丈夫」と返事をしつつ、心の中で思った。


 ──しまった、こんなことなら船の中で王国の礼儀作法を聞いておくんだった……!


 帝国式で不作法ではないだろうか。


 貴族令嬢とか姫君ならこんな時どうやって乗り切るのだろうか。


 田舎娘には荷が重い。


 ともかく私は、内心ガッチガチなのが表面に現れていないことを祈りつつ、騎士たちが大扉を開くのを待った。


 ……そうして開いた先には、広々とした空間が広がっていた。


 金銀などで美しい装飾が各所に施され、帝国の王の間より華美に思える。


 部屋の奥の玉座に座っているのがアレックスの父、この国の王様だろう。


 アレックスと同じ金髪に翡翠色の瞳。


 親子なだけあり長身なのも同じだと遠目からでも見て取れる。


 ただ、その目は思っていたよりもずっと柔らかなものだった。


 ──帝国の王族の方々が私を見る、厳めしい視線とは全く違う……。


 国が違えば為政者の姿勢も違うのだと、私は肌で実感した。


「父上、ただ今戻りました」


「うむ、四年間にも及ぶ留学、ご苦労であった。前に戻ってきたのは一年前か。随分とよい顔になったものだ。学業や研究では実りはあったか?」


「はい。帝国の魔導学会にて、学園卒業時に提出した論文を発表させていただきました。恩師の方からはぜひ帝国に残り研究職に、などと冗談を言われたものです」


 ……それを聞いて、私は「ん?」と変な声が出そうになった。


 帝国図書館には直近の新聞も置かれ、自由に読めるようになっている。


 そこでこんな見出しを少し前に見たのだ。


 異国の秀才が帝国の魔導学会を震撼させたと。


 ──あれってまさかアレックス!? 本当に優秀なんだね……というか多分、その恩師の方の言葉は冗談じゃなくて本音だよ。


 帝国が大陸中に轟く魔術大国なだけあって、魔導学会は非常にレベルが高いのだという話は宮廷でも定期的に耳にしていた。


 それも発表するだけでも一定以上の実績や成果がないといけないので、一生魔導学会に出られない魔術師さえ珍しくないのだとか。


 なのに若くして魔導学会に出られたほどの教え子がいるのなら、たとえ隣国の王子であっても、その恩師はきっと手放したくなかっただろう。


「ふむふむ、大いに実りがあったようで何よりだ。それと……そうか。そちらの方が前回の魔石通信で話題に上がった帝国の聖女様か」


「初めまして、ティアラと申します。帝国の宮廷で聖女をしていましたが、今は特段、そういった地位や立場はございません。ですので私のことは聖女ではなくティアラとお呼びくださいませ、陛下」


 ……無難に一礼してみたけれど、特に無礼とかなかったよね?


 というかアレックス、前もって魔石通信で私のことを王様に話してくれていたんだ。


 そう思いつつ待てば、王様から「承知した」との返事が返ってきてほっとした。


「こちらの挨拶が遅れたな。私はクリフォード・ルウ・エクバルト。見ての通り、このエクバルト王国を統べる者だ。帝国の宮廷では酷い扱いを受けていたと聞いているが、この国では自由にしてもらえれば何よりだ。元聖女である前に、アレックスの大切な友人として歓迎する」


「ありがとうございます。クリフォード陛下」


 王様ことクリフォード陛下はやはり優しい方のようだった。


 私の持つ治癒の力というのは、不思議と体の傷だけでなく心の傷にも関係する。


 だからだろうか、私はこの力を得てから何となく人の心を感じることができるようになっていた。


 なのでそういった意味でも、クリフォード陛下は優しく、寛大な心の持ち主であると伝わってきた。


「船旅で疲れたであろう。今宵はもう休むとよい。アレックス、失礼のないようにな」


「分かっていますよ、父上。ティアラ、行こう」


 それから私は再び一礼し、アレックスに連れられてクリフォード陛下のいる王の間から退室したのだった。

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