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6話 王国の港町

 エクバルト王国の東の港、アリダ港町にはアレックスの言った通りに夕暮れ時に到着した。


 港は船から荷を降ろす人や、観光客と思しき人たち、さらに市場に出入りする人で賑わっていた。


 そしてアレックスが船から降りると、周囲の人々が一斉にアレックスの方を向いた。


 中には伏せている人さえいる。


「見ろ、アレックス王子だ!」


「帝国での留学からお戻りになったんだ……!」


「お帰りなさいませ、アレックス王子!」


 人々の声を受け、アレックスは「ありがとう」と応じた。


 ちなみに今のアレックスは手の傷跡を民に見せないためか、白い手袋を嵌めている。


 衣服も船から降りる前に王国の正装らしきものに着替えていた。


 ……こうして見ると本当に王子様なんだなぁと感じさせられる。


「流石は王子様。人気者だね」


「帝国の聖女様には負けるよ、多分な」


 周囲に聞こえないくらいの小声で軽口を言いつつ、大通りに控えていた馬車に乗る。


 馬車には船同様、二本の剣の紋章が刻まれている。


 これがアレックスの言っていたエクバルト王家の紋章なのだろう。


 中も各所に精緻な装飾が施され、席もふかふかで座り心地がいい。


「流れで乗ったけど……ちなみにこれ、私が乗ってもよかったんだよね?」


「当たり前だろう。ティアラに王国に来ないかって言ったのは俺だぞ。客人を城まで歩かせる馬鹿はいないさ」


 アレックスはさも当然のようにそう言った。


 けれど私は元々田舎娘なので、いまいちこういった場面に慣れきれずにいた。


 ……帝国の宮廷での扱いが、聖女と呼ばれていた割に雑だったから、というのもあるかもしれないけれど。


「そんなに固くなるなよ。これからこの国で暮らすんだから。……ほら、窓の外の景色でも見てのんびりしてくれ」


「窓の外?」


 振り向けば窓の外には、夕焼け色に染まった空と、その下に広がる海や港町の景色があった。


 既に明かりが灯り始め、夜にも昼にもない美しさがそこにあった。


「この景色も凄く素敵だね。人がいっぱい暮らしている感じがする」


「帝都の方が人は多いが……って、そうか。宮廷で聖女の仕事ばかりだったから、こうやって外に出る機会もあまりなかったって話だもんな」


「そう。休日も早く宮廷へ戻らないといけなかったから。だからこうやってゆっくり景色を眺めるのは新鮮かな」


 そうやって町並みを眺めていると、馬車の御者が進行方向に付いている小窓を数度ノックして開き「失礼します、アレックス王子」と話しかけてきた。


「僭越ながら、本日もあの場所に向かわれますか? 普段この町を訪れる際は、必ず向かわれていたと思いまして……」


「よく聞いてくれた。勿論向かってくれ」


「承知いたしました」


 御者は短く会釈し、小窓を閉めた。


「あの場所って?」


 尋ねれば、アレックスは微笑んだ。


「この町にある孤児院だ。……悪い、少し遠回りになるが構わないか?」


「うん、大丈夫。でもどうしてアレックスが孤児院に?」


 するとアレックスは「王子の仕事だ」と語り出す。


「エクバルト王家の紋章は民を守る白剣と魔を払う黒剣の二本と言ったろう? これも王家の習わしで、王族の人間は若いうち、民を守る仕事か魔を払う仕事の一方を担わなくてはならないんだ。王になれば両方やる必要があるからな。要は国のための政策か、騎士を率いての魔物狩りか、どちらか一方を練習せよってことだ。王家が直接動くことで民からの信頼も厚くなる。それで俺は民を守る仕事を選んで、その結果がこの町のを含めた王国各地の孤児院って訳だ」


「アレックスは立派だね。ちゃんとそういうことも考えるんだ、流石は王子様」


 元々浮浪児だった私としてはアレックスの仕事についてはかなり好感が持てた。


 行く宛のない子供というのは心細くて悲しいものだと、身をもって知っていたから。


「よせよ。孤児院の具体的な運営は各地に任せているから、俺は初動として働いたに過ぎない。何より当時から帝国へ留学する予定だったから、魔物狩りの方は国外へ行く都合上継続はできないって事情もあったしな」


「それでも十分だよ。何より普段この町を訪れる時、この町の孤児院には必ず行っているんでしょ? きっと子供たちも喜ぶよ。……それに持ってきたお菓子、最初から子供たちへのお土産にするつもりだったんでしょ?」


「……まあ、手ぶらでも仕方ないからな」


 アレックスの傍らには手提げの袋が置かれ、その中身は帝国で買った焼き菓子だ。


 出航する前にアレックスが直接買っていたので誰かへのお土産だと思っていたけれど、ようやく合点がいった。


「ほら、話しているうちに見えてきたぞ。あれだ」


「へぇ、思っていたよりも大きい……!」


 アレックスが指したのは緋色のレンガ造りの、大きな一軒家のような建物だった。


 古びた建物を改築しているのかもしれないが、造り自体は頑丈なように見える。


 正面には大きな庭が付いており、そこでは子供たちが駆け回っている。


 ……聖女の力に目覚める前、私は故郷の寒村で誰かに必要とされず、凍えながら毎日を過ごしていた。


 だからこそ、こうやって子供たちが安心して遊んでいる様を見ると、やはり心が和む。


 ここなら友達もいっぱいだし寒くない、よかったね……と。


 アレックスが馬車から降りると「あっ、王子だ!」と子供の一人が指を差す。


 すると庭から、孤児院の中から、次々に子供たちが集まってくる。


 数にして二十人から三十人はいるだろうか。


 にこにこした子供たちにあっという間に囲まれたアレックスも、まんざらではなさそうな表情だ。


「お土産を買ってきたぞ。皆、いい子にしていたか?」


「うん! ローレルさんのお手伝いとかもしているよ!」


「あ、でも最近アビーが花瓶割った……」


「ちょっとっ! あれは孤児院に入った野良猫を捕まえようとしたからでしょっ!」


 アレックスからお菓子を受け取りつつ、子供たちは思い思いに近況を話す。


 中には「王子! また剣舞を見せて!」とせがむ子さえいた。


 アレックスはびっくりするほど子供たちに大人気だった。


 そんな時、孤児院の中から一人の女性が駆けてきた。


 長い黒髪を後ろで束ね、エプロン姿で慌てて走る様は生活感があり、皆の優しいお母さんといった様子だった。


「皆、王子が困っているでしょう? ……すみません。この子たち、王子のことが大好きなようで……」


「構わない。ローレルさんも毎日ありがとう。子供たちの相手は大変だろう?」


「いえいえ、とんでもないです! 私も毎日楽しいです。何より王子のお陰でこの子たちもすくすく成長しています、ありがとうございます」


 やはりこの方、ローレルさんが孤児院で子供の面倒を見ているらしい。


 アレックスも久々の来訪ということもあってか、ローレルさんから近況を聞いていた。


「それで、最近は変わりないか? 何かあればこの場で言ってほしい。見回りの騎士も定期的に顔を出していると思うが、俺にこの場で言った方が早いぞ」


「それがですね……。実は最近、この町で病が流行っていまして。大人はかかっても問題ないのですが、体力のない子供たちが不安で。この孤児院でも今はジャックとトーマスが寝込んでいます」


「となれば薬が必要か。分かった。すぐに手配を……」


 アレックスがそう言った時、私は反射的に「あの!」と声をかけていた。


 昔の私自身を重ねて思えば、困っている子供がいると言うのなら放ってはおけなかった。


「病気の子がいるんですよね? なら私が治します」


「治す……? あの、アレックス王子。この方は?」


 そう尋ねてきたローレルさんに、アレックスは言う。


「俺の友人、ティアラだ。腕利きの治癒術師なんだが……」


 アレックスはそんなふうに、濁した気配で言った。


 治癒術師とは魔術で人を癒す職業の人だ。


 私は魔術を扱えないので、厳密には違う。


 けれどああ言ったのは、私が帝国の聖女と知れれば要らぬ噂を立てるから、という配慮なのだと思う。


 そしてアレックスは小声で私に聞いてくる。


「ティアラ、病も治せるというのは本当か? 聖女の治癒の力はあくまで傷にのみ作用するんじゃないのか。聖女の力はあくまで、治癒系統の魔術似の力が極まった形、といった認識だったが……。そもそもどんなに高度な治癒系統の魔術でさえ病までは治せないしな」


「……? そうなの? でも帝国の宮廷で王族や貴族の方々が病で倒れた時も、私が全部治したけど。二年前の流行り病の時だってそうだったから」


「二年前の流行り病って、黒鱗病か……!? 場合によっては国が傾くという病。あの時、学園に通っていた貴族家の子息が罹患した数日後には元気に出てきていたが、あれはつまり……」


「多分、私が治したんじゃないかな。治した人が多すぎて覚えていないけど、子供から老人まで皆を治したもの」


 そういえば黒鱗病って名前の病だったなと、アレックスに言われて私は思い出していた。


 これまでの日々が激務すぎてすっかり頭から抜けていたのだ。


 確か黒鱗病は肌へ黒のまだら模様が出て鱗のようになり、高熱も出る病だが、確か私が治癒の力を使った途端に肌も熱も元通りになったはず。


「あまりにもデタラメな力だが、流石は聖女といったところか。帝国の連中、ティアラを追い出すとは本当に間抜けなことを……」


 驚き半分呆れ半分と言った様子のアレックス。


 私はローレルさんの方を向いた。


「ローレルさん、私を病気の子供たちのところへ連れて行ってください。どうにかしてみせます」


「分かりました。それではこちらへ」


 ローレルさんに連れられ、私とアレックスは孤児院の二階へ向かった。


 二階の隅にある部屋の前へ行くと、ローレルさんはドアを数度ノックした。


「ジャック、トーマス、入るわよ」


 ドアを開くと、ベッドの上で子供たちが横になっていた。


 時折苦しそうに「うーん……」と唸り、額には大きな汗が滲んでいる。


「アレックス王子は部屋の外で。病が移ると大変ですので……」


「構わない。今からティアラがやることを傍で見届けたい」


 アレックスの言葉に、私は一つ頷いた。


「大丈夫です。もしアレックスに移っても私が治すもの」


 それから私は子供たち二人の体に触れ、治癒の力を使う。


「辛かったね、でも大丈夫。これで楽になるから」


 魔力を流し込んで、二人の中にある悪いもの、黒い塊を光で押し流して砕くイメージを持つ。


 そのまま力を使い続ければ、子供たちの顔から赤みが引き、息も落ち着いたものになった。


 感覚からも、二人の中から黒い塊は消え去っている。


 一方、私の方は反動で少しばかりの疲労感があったけれど、アレックスと王国に行くと決めてから一切治癒の力を使っていなかったので大したことはなかった。


「……ふぅ。終わりましたよ、ローレルさん。多分、もう大丈夫です」


 ローレルさんは子供たちの額に手を当てると目を丸くした。


「熱が引いている、三日も熱が引かなかったのにこうもあっさりと……! ありがとうございます、ティアラさん!」


 大きく頭を下げられ、私は「いえいえ、そんな大したことは」とローレルさんに言った……のだけれど。


 アレックスも目を丸くし、少し驚いた様子で割り込んできた。


「待て待て、大したことあるぞ! 本当に治してしまったのも驚きだし、相変わらず魔力のロスによる輝きはなかったが、よくよく感じてみれば凄まじい魔力量だ。……古から伝わる聖剣並みの大魔力、それを一切のロスなしに取り扱うとは。これは……あれだな」


「あれとは?」


 アレックスは腕を組んで「言ってみればだな」と告げた後。


「素人目にはただ体に手を当てているだけの、大したことのない光景に見えるだろう。でも魔力や魔術について造詣のある人間から見れば圧倒的な達人技だと分かる。ティアラの力がここまでだと……帝国がこの王国を凌ぐ魔術大国である割に、向こうの宮廷のお偉方は素人だったと露見したようなものだな」


 アレックスはそれから「まあ、実際に力があるのは仕えている魔術師や技師で、王族や貴族はそうでもないのだろうな」と付け足した。


 実際、宮廷にいた王族や貴族の方々は直接魔力や魔術に触れると言うより、各所へただ指示を出す司令塔的な役割だった。


 それが偉い人の働き方なのかと私は思っていたのだけれど、実際には少しは魔術的な知識も必要らしい。


「帝国のお偉方もある程度は魔力や魔術について造詣があってもいいだろうに。これは王国も同じ轍を踏まないよう、反面教師にしないとな」


 アレックスは大真面目な表情でそう言い切ったのだった。


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