49話 精霊門
昼食をいただいて、精霊の魔道具店で少し休んだ後。
私たちはリンジーさんやクライヴ、それにジャレッド公や兵士の方々への差し入れを手に、デミスに乗って精霊門へと戻っていった。
すると、門の前ではリンジーさんとクライヴが解析用の魔道具を片付けているところだった。
「リンジーさん」
「おっ、ティアラじゃないか。街は楽しかったかい?」
魔道具を手に取り、しゃがんでいたリンジーさんが立ち上がる。
「色々とびっくりすることがあって。その話もしたいんですけど……」
「その前に師匠。精霊門の解析は?」
リンジーさんは手にしている魔道具へ視線を落として、
「さっき終わったよ。結局、私と助手が直接魔術で観測、解析して、手計算もする羽目になった。魔道具については荷物が増えただけだったね」
「そうか。……ちなみに結果は?」
リンジーさんは魔道具を背嚢に戻した。
「ある意味では見た目通り。いくら精霊門が人間を拒む代物といっても、まずは正常化しないと……って考えたけど、即座に正常化するのは不可能だ。内部が強固な結界と化していて、門は外部の指示を一切受け付けない状態になっていた」
「そうか。ならばそんな師匠に朗報だ」
アレックスは街であったことをゆっくりとリンジーさんに説明した。
賢者の精霊と、彼女が残した言葉について。
リンジーさんは話を聞きながら、持ってきていた魔導書──空気を読んでか、静かにしている──を手にした。
「ふーん。そんな機能が付いているんだ、コイツ。大賢者も前に現れた時、教えてくれればよかったものを。もしくは魔導書に何か書き足すとか」
「今際の際、魔力だけを後付けにしたそうだ。死の直前にメッセージまで組み込むのは不可能だったのだろう。その時には劣化防止の術も強く施されていただろうし、魔導書へ新しく何かを書き込むことも、できなかったんじゃないのか」
「理屈は通っているね。……で、その魔力を私に託して、力業で精霊門を突破しろって?」
リンジーさんは手にしていた魔導書を、なんと「ほい」とこちらに投げ渡してきた。
「あの、リンジーさん。この魔導書に名前を……」
「断る」
「えっ……おいらそんなに嫌われていたの⁉ 大ショックなんだけど⁉」
泣きそうな声で喚く魔導書に、リンジーさんは「違う、違う」と、なだめるように言った。
「流石にそこまで嫌いじゃない」
「じゃあちょっとは嫌い⁉」
「やかましいからね」
「ばっさり言うし!」
……実際、やかましい魔導書のせいでリンジーさんが安眠を妨げられているのは知っているので、仕方がないかもしれない。
「師匠、最早好みの問題じゃないんだぞ。精霊門を突破しなければ、精霊郷を元通りにする手立てだって……」
「我が愛弟子よ、私の言いたいことがまだ分からないのかい?」
いつになく真剣な眼差しのリンジーさんに、アレックスは閉口した。
「一度限りの大魔力で精霊門に穴を穿て? そんな再現性のない力任せの方法に訴えて何が魔導か。美学に欠ける、センスがない。それが大賢者の下した結論と言われたって余計なお世話さ。力に頼るなら魔導を修める必要性がどこにある。穴を穿てと言うなら、王国全土の竜を集めてブレスで精霊門を粉微塵にしようって考えた方がまだ生産的だよ」
「リ、リンジーさん……?」
いつになくヒートアップしているというか、怒りっぽい。
リンジーさんは「何より」と拳を握り締めた。
「二百年前から未来を覗き見て、現代すら手のひらの上、困っているなら助けてやろう、ってスタンスが気に食わないねぇ。私にだって魔術師としてのプライドがある。要は自分の子孫を信じきれなかった爺さんが、不要な世話を盛大に焼いたってもんさね」
「師匠、そこまで言うなら……まさかあるのか? 精霊門を突破する方法が」
「ない」
あまりに清々しく言い切ったリンジーさんに、アレックスは硬直していた。
信じられないと雰囲気で語っている。
しかしリンジーさんは不敵な笑みを浮かべた。
「落ち着きなよ、アレックス。手段と目的が逆転している。私たちの目的は精霊郷に入ることで、門の突破はその手段だ」
「……! 存在するのか? 門を使わず、異空間である精霊郷に入る方法が」
「それを思いついたからこうして魔道具の後片付けをしているのさ。助手君、例のものを」
「承知いたしました」
リンジーさんは目を瞑って「ちょいちょい」とクライヴに合図をする。
クライヴもリンジーさんの仕草に便乗しながら、リンジーさんの背嚢から取り出した何かを、献上するような仕草で持ち上げた。
それは陽光を受け、黒く照り輝く、岩のような質感のもの。
その正体は、前にウィルとシェリーを魔道具店へと召喚する前に見たものと同じ。
「隕鉄ですか……?」
「正解だよ、ティアラ。クライヴの協力で門を解析した結果、私たちが下した結論はただ一つ。突破が難しいなら、この隕鉄を使って第二の精霊門を作り出すまで!」
……これは想像の遥か外側だったというか。
その場にいたリンジーさんとクライヴ以外の全員が、反応もできず、無言で驚愕していた。
厳めしい顔つきのジャレッド公さえ、呆気に取られた表情となっている。
リンジーさんは、いたずらが成功したようなしたり顔になった。
「驚いただろう? 門を魔力で穿つ方法より再現性もある。もう一度こういった事態が起こった際にも対応できるってわけ」
「でもリンジーさん。こんな小さな隕鉄で精霊門を作れるんですか……?」
目の前に聳える白磁の門は巨大であり、対して隕鉄は両手で持ち上げられる程度の大きさだ。
「じゃあティアラ。門を横から眺めてみな?」
リンジーさんに言われるまま、回り込んで、精霊門を横から眺めてみる。
……すると、驚くべきことに、
「えっ……厚みがない?」
紙一枚分ほどの厚みしかない。
これまで正面からしか見ていなかったので、全然気付かなかった。
これだけ巨大な門なのに、横から見れば消えてしまったかのように薄い。
門として自立しているのが不自然に感じるほど、あまりにも不思議な光景だった。
「そう! 精霊門はこの世界と異空間を繋ぐ、半異空間的な存在。つまりほぼ質量がない。解析の結果、重ささえ見た目通りでぺらっぺらだと判明した。ちなみに質量的にはそこの隕鉄の方が遥かに重い。だったらさ……隕鉄を魔術で引き延ばして、体積を大きくすれば、門に加工できると思わない? 質量あたりに含む魔力は素材的にも隕鉄の方が多いんだから」
「……あの、素朴な疑問なんですけど、なんで隕鉄で精霊門を作れるんですか?」
「これが世界の外側から来たものだからですよ、ティアラ様」
答えてくれたのは、隕鉄を手にするクライヴだった。
「精霊門は異空間を繋ぐもの、要はこの世界の外側に由来するもの。対して隕鉄も同じく、長い年月をかけて虹の魔力を蓄積し、世界の外側から飛来したもの。魔導的にはこの二つは同じ特性を持つ、同属性の品なのです。異空間であろうと、空の果てであろうと、『僕らの世界の外側にあったもの』という点が合致していることが重要なのですよ」
「そうなんだ……」
分かるような、分からないような。
不思議な感覚でいると、隣のアレックスも話し出す。
「すまない、ティアラ。この辺りを深掘りすると専門的な話になるから、割愛することを許してくれ。しかし隕鉄で精霊門を作るというアプローチについては魔導的な筋は通っている。魔導の原則は等価交換、ならば同じ属性のものなら吊り合うんだよ」
「その通り。ですがまさか、第二の門を生み出すなんて発想に至るとは……。というより、これほど良質な隕鉄、一体どれほどの価値が……」
ローレッタさんは隕鉄を値踏みするように見つめていた。
「この有事に金の話なんて後だよ。……ちなみにジャレッド公」
「金銭的な補填は行う。同様の隕鉄を所望するとなれば、少々時間はいただくが」
「お任せします」
ちゃっかりしていると表していいのか。
他国の為政者に対してさえ、リンジーさんは臆するどころか相変わらずだった。
「説明も終わったし、さっさと門を作ろうかね。クライヴ、魔導式は」
「僕もチェックしましたが、完璧です」
「よろしい」
リンジーさんは自筆と思しき紙を数枚、隕鉄を地面に置いたクライヴから受け取った。
「魔導式自体が完成している以上、この通りに魔法陣を展開して、魔力を流せばいいだけさ。私はきっかけを作るだけ。その後は隕鉄の魔力が魔法陣に流れ込んで、自動で門へと変換される」
リンジーさんは隕鉄を中心にして、普段通りに詠唱もなしに魔法陣を展開する。
三、四、五……その数はどんどん増えていき、隕鉄とリンジーさんの周囲では、十を超える魔法陣が踊っているかのようだった。
「さあ、立ち上がるがいい。そして思い知れ、あの世の我が先祖。今こそ私はあなたの想像を超え、一人の魔術師として花開こう!」
リンジーさんが宣言した直後、言葉通りに隕鉄が立ち上がる。
より正確には、姿を変えながら、真上へと引き延ばされていく。
その形は精霊門を写し取ったかのようで、白磁と対を成す漆黒の門。
けれど黒の門の内側には渦が巻いておらず、鏡面のように穏やかだった。
「これが王国の賢者、リンジー・ダイアスの底力か……!」
ジャレッド公は感嘆したような声を発した。
「感謝する。あなたがいなければ、我々は門の前で立ち往生するばかりだった」
「構いませんよ。それに問題はここからです。私たちの行き先は、かの大賢者が千里眼をもってしても見通すことの叶わなかった、異変の生じた精霊郷。これまで以上の困難も予想されます」
「だとしても、それを制する他ない。さもなくば、この世は捻じれ狂うばかり。賢者、それに王子に聖女。どうか、あなたがたの力を……」
ジャレッド公が語りかけてきた、その最中。
「……えっ?」
元々あった白磁の精霊門の渦から、巨大な何かが飛び出し、素早くこちらに迫っていた。
気付いた時にはもう、それは私の目の前に迫っていた。
「……っ!」
──避けられない。
竦んで足も動かない。
咄嗟に目を瞑ると、浮遊感に襲われた。
目を開ければ、アレックスの顔がすぐ近くにあり、彼に抱き上げられているのだと分かった。
「大丈夫か?」
「う、うん……」
アレックスはストンと地面に降りた。
私を抱き上げ、大きく跳ね飛んで、白い何かとの衝突を避けてくれたのだ。
……びっくりしたけれど、少しだけ安心してしまった。
「クラ……助手!」
「了解!」
クライヴが杖を抜き、無詠唱で深紅の魔法陣を展開して、突っ込んできたものを小爆発で吹き飛ばす。
……地面へと四つ足で着地したそれは、小屋ほどもある、巨大な白い狼だった。
体毛は月明かりのように輝き、しなやかな体つきは美しいとさえ感じた。
けれど瞳は深紅に染まり、口元から絶えず呻き声を上げ続けている。
さらに精霊門からは次々に獣が飛び出してくる。
鹿、狐、猫、熊……様々な種類の獣が現れるけれど、全て美しい銀毛で瞳が深紅という点は一致していた。
「魔物……いいや、この魔力は」
「精霊じゃないのかな? 精霊門から出て来たのだし」
私を降ろしたアレックスと、杖を握ったクライヴが前に出て、剣と杖をそれぞれ構える。
そんな二人を追うように獣たちへと歩み出したのは、ウィルとシェリーだった。
「嘘だろ、皆……」
「私たちだよ! どうしてそんなふうに……!」
ふらつく足取りで獣たちへ向かっていく風精霊の双子を、私は後ろから止めるように抱きしめた。
「あの獣たちは二人の知り合いなの?」
「あそこにいる皆は、精霊獣。獣の精霊たちで、よく背中に乗せてもらったんだ」
「普段は門の内側から精霊郷を見守っているのに、様子が変。目もあんな色じゃなくて、綺麗な青色だったのに……!」
シェリーが手を伸ばすと、狼の精霊獣は威嚇するように鋭く吠えた。
途端、シェリーは「ひっ」と息を呑み、手を引っ込めて小さく震える。
「なっ、なんてことを! いくら狼さんでも、妹に手を出させは……!」
ウィルも怯えた表情ながら、シェリーを守るために精霊の力を開放し、魔力で緑色に輝いていた。
「獣の精霊が俺たちを阻むとは! よもや、これが精霊王の意思とでも?」
「……いいや。多分、違うよ。あの精霊たちの魔力に、明らかに異物が混じっている。彼らは苦しんでいる。神経に沿って変な靄が掛かっているから、体の動きを乗っ取られているのかな……?」
そのように語るクライヴの右目は、淡い燐光を発していた。
私の視線に気付いたようで、はにかみながら、クライヴは自身の右目を指差す。
「僕の目、遺伝の関係でちょっと特殊でして。俗に言う魔眼ってやつなんですよ。効果は色々ありますが、相手の魔力を見る能力なら横にいる彼以上です。精霊門の解析だって、僕の目で多くの情報を抜き取れましたし」
どこか勝ち誇ったように語るクライヴに、アレックスは茶化すことなく、
「言ってくれるな。……で、お前としてはこの状況をどう見る?」
「どうもこうもないかな。魔導式と魔力量からして、リンジーさんが作った門の効果は長くても二時間程度。その間に僕らのうち、誰かが精霊郷に入って、少なくとも内部を調べてくる必要がある。たかが二時間程度で精霊郷の正常化なんてできないだろうから」
「……だな。しかも二つ目の門が開いた直後に現れた辺りから、精霊獣は俺たちを精霊郷に入れないつもりだろう。即ち、誰かが奴らを足止めする必要があるわけだが」
アレックスとクライヴは互いに目を合わせた。
「僕が残ろう。少なくとも、ティアラ様と護衛役の君には、精霊郷に行ってもらう必要がある」
「悪い、任せる」
短く話したアレックスのその後は素早かった。
「デミス!」
『オオオッ!』
アレックスの呼びかけに、デミスがこちらまで飛翔してくる。
その間にも、精霊獣の数は数十という数まで膨らみ、まだ精霊門から次々に現れてきている。
「テオ、そこの助手と共に精霊獣を足止めし、ジャレッド公たちを守れ!」
「御意! 王子とティアラ様もご無事で! ……全員、出るぞ!」
テオの掛け声で、竜騎士たちが精霊獣に殺到する。
精霊獣の体躯は、通常の獣よりも数周りほど大きい。
けれどテオたちの駆る竜はよく鍛えられているようで、精霊獣の反撃を避け、逆に尾でなぎ倒している。
倒れた精霊獣へと、竜の牙が届きかけた、その時。
「テオさん、待って!」
「お願い、傷付けないで!」
「なっ……⁉」
精霊の双子の悲鳴にも似た声に、テオたち竜騎士より先、騎竜たちが行動をもって応えた。
噛み付くことをやめ、空へと舞い上がった。
「こうもあっさり牙を収めるとは……? 一体どうした?」
『ルル、ルルル……』
困惑するテオに、困ったように鳴く騎竜。
竜たちの異変に、アレックスは目を細めた。
「……竜たちの動きが重い」
「えっ、あんなに素早いのに」
「普段の任務ではもっと速いんだ。察するに、竜たちも精霊獣が神聖なる存在と感覚的に理解している。それで攻撃に乗り気じゃない。ウィルとシェリーの声に応じたのもそういう理由だろう」
上空のテオたちへと、アレックスは声を張り上げた。
「テオ、竜の感覚に任せてやれ!」
「王子、しかし……⁉」
「あくまで足止めでいいんだ! 精霊獣たちを引き付け続けてくれ!」
「承知!」
テオは騎竜に指示を送り、精霊獣の手前へと、直撃を避ける形でブレスを撃たせた。
すると巻き起こった爆炎に、精霊獣たちはテオたちへの唸り声を増した。
「今のうちだ、突入するぞ!」
アレックスはデミスの上に私を乗せ、次にウィルとシェリーも乗せた。
「師匠、来てくれ!」
アレックスがリンジーさんに向かって手を伸ばすけれど、リンジーさんは首を横に振った。
「それ以上は定員オーバーだろう。デミスでも飛び辛いはずさ。それに……」
私たちの乗るデミスに向かって、数体の精霊獣が駆けてくる。
さしものデミスも反撃のためか、首を持ち上げるものの、
「ほいっと」
リンジーさんが魔法陣を展開し、精霊獣の足元から植物の根を張り出す。
足を取られた精霊獣たちは転倒し、その隙にリンジーさんが木の根を操り、精霊獣の動きを止めていく。
「竜騎士は空からの足止め。それで地上からの足止めが臨時の助手だけって、流石に厳しいだろう?」
リンジーさんの視線の先には、杖を振るうクライヴの姿があった。
クライヴは拘束系の魔術を使用したのか、五体もの精霊獣を鎖で縛り、動きを封じていた。
……ただ、アレックスがリンジーさんの言葉に「そうか?」と真顔で返した時。
「これは……歌?」
「私も助力します、リンジー殿」
歌のようなものを響かせ、根の中でもがいていた精霊獣たちを気絶させたのは、ローレッタさんだった。
「特等の魔術師が大公の傍を離れても?」
「あの御方直々にお許しをいただきましたので。世界の有事、我が身の守護より、精霊郷へ向かう方々の導きになれと」
「ははっ……。護衛の戦力を割くとは、大公様も肝の座った御方だ」
リンジーさんとローレッタさんは魔術で精霊獣たちの動きを封じる。
けれど、精霊門からはまだまだ精霊獣たちが現れ続けていた。
「こっちは足止めしながら二つ目の門も守るから、そっちも行きなよ! ……と、その前に」
リンジーさんは喋る魔導書をこちらに放り投げた。
『およよよっ……⁉』
「はいっ!」
『ナイスキャッチ!』
私の手に収まった魔導書は、安堵したように声を漏らした。
「そいつも持っていきな! いざとなったら名前でもなんでも付けて、魔力をもらうといい!」
「ありがとうございます! ……ごめん、ここに入っていて」
『あいよっ!』
私は受け取った魔導書を、デミスの鞍に付いている雑嚢に収納した。
「すまない、師匠! デミス、行ってくれ!」
『オオオオオオ!』
咆哮を上げたデミスは、リンジーさんの作り上げた精霊門へと向かう。
その直前、クライヴが微笑んで、こちらに手を振ってくれたのに気付いた。
──クライヴたちが頑張っているんだもの。私だって、しっかりやらないと。。
そんな決意を胸に、手を振り返して、私は精霊郷へと入り込んだ。




